星に願いを


 芽唯がスターゲイザーに選ばれたデュース達の手伝いを始めて早数日、協力的な生徒たちから願い星を順調に回収出来ている。もちろん非協力的な者も中にはいるが、ほんの少しの手間と努力を惜しまなければ快く承諾してくれた。方法に関してはノーコメント。学園長も言っていた『やり方は問わない』と。
 回収作業は少々骨が折れるものの、集めた願い星を木に飾り付ける瞬間が芽唯は一番好きで、順調に溜まっていく星々に笑みを浮かべる。出来ることなら自分の手で行いたいところだが高所の作業は危険すぎるとデュースやトレイに止められてしまい、二人とオルトの作業をただ見上げることしか出来ないのが少々残念だ。
 
『随分楽しそうだけどこんなイベント無意味でしょ』
「そうですか?」
『オルトが毎年楽しみにしてるから余計なことは言わないけど…』

 作業を眺めていると傍らに置かれたタブレット越しにイデアが芽唯に声をかけた。

『なんでそんな浮かれるのか意味分からなすぎ。陽キャ?陽キャなの?』
「んーっと…私の元の世界に同じような行事があるんです。七夕って言うんですけど…。あ、これレオナ先輩には内緒でお願いします」

 シーッと人差し指を唇に当て、内緒ですよと促せばイデアは「はぁ…」とため息をついた。
 『自分が選ばれたわけでもないのに物好きな草食動物だ』と馬鹿にされたのもあるが、レオナは芽唯が元の世界の話をすることを露骨に嫌がる。彼が何故そんなにも嫌がるのか、ラギーにそれとなく聞いてみたがはぐらかされてしまい、唯一わかったのは“ラギーは理由を知っている“ということだけだった。
 
『僕にとってはただの公開処刑。黒歴史確定どころか漆黒の歴史。ハーツラビュル寮もオンボロ寮もどこぞの主人公よろしく張り切るのはいいけど巻き込まないで欲しいんだけど…』

 心底嫌だと言わんばかりの声に芽唯は少しだけ困った顔をした。





「…と、言うことがあったんです」
「そりゃあおまえ、集会の様子もそのあとの回収作業も見てたなら理由はわかってるだろ」

 怠そうにベッドに寝転がるレオナの近くに慣れた様子で腰を掛けていた芽唯はわかりやすく肩を落とした。

「レオナ先輩も嫌いですか?」
「おまえは好きそうだな」
「はい、お星さま自体見るの好きですし」

 そう言ってベッドから降りるとベランダの柵に手をかけ空を見上げる。元の世界と違ってこの世界は星が見やすい。特にレオナの部屋は窓もなく、簡単に星空を求めることが出来て芽唯のお気に入りの場所だった。学園と近いオンボロ寮の気候と違って夜風が身体に響かない辺りも最高だ。
 
「……空の王の話を覚えてるか」
「過ぎ去りし偉大な王、悩んでいる時に導いてくれる存在だった…って話ですよね」

 声に釣られて振り返るとこちらを見るレオナと目が合った。片腕で頭を支え横になっている姿は、眠そうな顔を除けば…そんな表情でも十分美しいのだが…まるで彫刻のようで彼の周囲だけがどこか浮世離れして見えた。
 
「その時言っただろ。あんなのは何億キロも先にあるただのガスの塊だって」
「私も言いました。自分たちから見ればあんなに綺麗なんだから正体がなんだっていいじゃないですか、って」
「ふん……」

 芽唯の返答が不満だったのか、レオナはじっとりと張り付くような視線で彼女を見やる。

「お前、願い星は毛玉に譲ったんだってな」
「『大魔法士になれますように!』ってお願いしてました!叶うといいなぁ」
「ハッ、んなの本人次第だろ」
「グリムならなれます!頑張ってるし!」
「努力は報われるってか?」

 はい!と頷けばレオナはベッドから身を起こし、ゆっくりと彼女の隣に歩み寄ると柵に身を預ける。二人分の重みでぎしりと悲鳴があがるが気にする様子はない。

「自分のことは願わなくてよかったのかよ」
「特に願いたいことないですから」

 迷いなくバッサリと自分には欲などないと返す芽唯にレオナは一瞬動きを止めたが、すぐさまもう一言付け足した。

「帰りたいんだろ」

 低く、唸るような声だった。それを聞いて芽唯は驚いたように数度瞳を瞬かせる。

「まぁ、その、なんて言えばいいんでしょう」

 視線を彷徨わせ、言葉を選ぶ。下手なことを言えば喉笛を噛みちぎられる気がしたからだ。
 一方彼女をそんな風にさせた張本人は、なぜそんな言いにくそうなのか理解できないのか首を傾げた。

「”今は”まだいいかな…みたいな」

 最初を強く強調し、うん、そう、それです、と芽唯は何度か頷いた。

「んな悠長なこと言って、帰れなくなっても知らねぇぞ」
「ふふ、それは困るなぁ。……そうなったら、またその時考えます」
「呑気なもんだ」

 呆れたような口ぶりだがレオナの声色は優しく、芽唯は眉尻を下げた。
 この世界にやってきたときは確かに「早く帰りたい」と強く願っていた。右も左もわからない世界に不安しかなくて、グリムやゴーストに気付かれないよう唇を何度も噛み締めた。
 しかし、この世界で過ごしていくうちに友達が出来た。人の形はしていないが家族のような存在も出来た。そして傍に居ると安心できる人がいる。そこがどうしても心地よくて、離れがたいとさえ思ってしまっている。
 ちらりと自分に倣い、星空を眺めるその横顔を盗み見るだけで心が満たされる。この気持ちに名前を付けてはいけないことを芽唯は直感的に理解している。ましてや、声に出して願うなんて許されるわけがない。
 もしかしたら明日起きたら元の世界に帰っているかもしれないし、こちらに来てからのすべては夢かもしれない。芽唯の中ではいつもそんな「もしも」が渦巻いていた。
 
「……複雑なんです、色々と」

 星に願って叶えてもらえるなら、導いてもらえるなら、どれだけよかっただろうと芽唯は空を仰いだ。

(空の王でも私のことは導けないだろうなぁ…)

 そう思ったから願い星はグリムに譲ったのだ。自分の願いはきっと聞き届けられないから。
 二人で肩を並べて、空を見上げることができる。この幸福だけでいいじゃないかと芽唯は自分に言い聞かせながらそっと目を閉じた。
 

 
◆◆◆



(複雑…ねぇ)

 隣で何を思っているのか、目を閉じた後輩の姿を無遠慮に見るレオナはその目を細めた。
 おまえで複雑なら俺はどうなる。そう言ってやりたかったが口にするのは憚られ見つめるだけに留めた。
 鈍い草食動物はきっと自分の気持ちになど気づいていない。そうでなければ、夜の帳が降りきるこんな時間まで先ほどのように無防備に男のベッドに腰を掛けたり出来ないだろう。
 目の前にいるのは爪も牙も隠し持った危険な肉食獣であることなど頭からとうに抜け落ちているに違いない。
 
「あ……」

 漸く目を開けたと思えば何かを見つけたらしく芽唯が小さく声を漏らす。釣られてレオナも空を見上げれば、小さな光が夜空に一筋の線を描く。

「流れ星か」

 続けざまに一つ、また一つと降り注いだ光は一瞬にしてその姿を消した。流れ星に祈れば願いは叶うとも言われているが、アレに咄嗟に祈ることなどよほどの反射神経と集中力がなければ無理だろう。
 
「先輩は何かお祈り出来ましたか?」
「俺があんなものに願掛けする奴に見えるか?」

 質問に質問で返せば芽唯はふふっと笑うだけで答えはしない。

「お前はどうなんだよ」
「私ですか?聞いてもらえたかはわからないですけど、少しだけ」

 先ほどと同じように願いなどないと返ってくると思ったが、やはり草食動物は詰めが甘い。 

「やっぱりあるんじゃねぇか。願い事」

 肘で小さくその細い身体をつつけば「しまった」と言わんばかりに口元を抑えた彼女の姿にレオナの口角が上がる。

「聞かなかったことにしてください!」
「願いがないから譲ったなんて大嘘だな。大方、人前で言うのが恥ずかしかったとかそんなところだろ」

 自分でも意地の悪い顔をしているのがわかる。あっという間に芽唯の顔は真っ赤に染まり、レオナはそんな彼女の様子に自分の心が浮き立つのを感じていた。人の気持ちなど単純なもので、コロコロと好きなように自分の気に入りを転がせる快感をレオナは噛み締める。
 
「も、もう!レオナ先輩のいじわる!」

 口では適わないということは身に染みている芽唯は真っ赤な顔をそのままにレオナからぷいっと顔を背けた。そんな姿が愉快で、レオナはくくくっと喉を鳴らす。
 
「まぁ、素直じゃないのはお互い様だ。あんまり深くは追及しないでやるよ」
「……はい?」

 追撃が来るであろうと身構えていた芽唯は、すんなり身を引いたレオナのらしくない様子に驚き目を丸くした。そのきょとんとした顔がおかしくて、レオナが声を出して笑い出せば口を尖らせるのでもっとおかしくて、レオナは自分の胸を満たす感情の甘ったるさに込み上げてくる笑いを止めることが出来そうにない。
 可哀想な草食動物は肉食獣の爪の先でただ踊っているだけに過ぎない。恐らく自分の予想が当たっていると確信したレオナは片手で己の前髪をかきあげた。
 忠告じみた言葉で誤魔化した己の感情に気づきもしないで『優しい先輩』と自分を慕う芽唯が愛おしくて堪らない。

(帰れなくなる?帰せなくなるの間違いだろ)

 何を気にしているのか、いやそれも大方想像はできている。
 彼女に声に出す勇気がないのであれば、星などではなく自分がその願いを叶えてやろう。あんなガスの塊に祈るよりも確実に聞き届ける自信がある。
 虎視淡々と獲物を歯牙に掛けようと狙う獅子は小さく舌舐めずりをした。

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