面倒な女
民家につき建物への立ち入り禁止。この文言を見れば大抵の人は大人しく引き返すだろう。だが今年のナイトレイブンカレッジに集まった恐ろしいモンスター達にはそんなものは一切通じなかった。
「あ、あのレオナ先輩……私ならだい」
「お前は黙ってついてくればいいんだよ」
「……はい」
言葉を遮ってまでそう告げるとレオナは芽唯の手をぎゅっと握り直す。
ゴースト目当てにオンボロ寮に入り込むマジカメモンスター。朝昼晩、時間を問わず彼らの対応に追われた芽唯のどこを見て大丈夫と言えるのだろうか。二日、三日とハロウィーンウィークが過ぎるほど彼女はやつれ、目の下にはくっきりと濃い隈が出来てしまっている。
そんな芽唯を半ば引きずる形で自室に連れてきてレオナは彼女を自分のベッドへ座らせると自身も隣に腰を下ろした。
「ハロウィーンが終わるまでは泊まっていけ」
「でも先輩も疲れてるんじゃ……?お客さんに耳を触られたり写真を撮られたりすごかったって聞きましたよ。私はあと数日我慢すればいいだけですし」
獣人への興味、そして何よりあのヴィルすら『顔だけは良い』と褒める整った容姿に魅せられたマジカメモンスター達の餌食にされたレオナがサバナクロー生を率いて彼らと対立した話は芽唯の耳にも届いていた。
心配そうに己の顔を覗き込む双眼を見つめ返すとレオナは不意に彼女の肩を掴んで引き寄せると一緒にベッドへと体を鎮めた。
突然のことにもちろん反応しきれなかった芽唯は小さく悲鳴を上げながら倒れこむと、彼の腕の中で身動きが取れないまま大人しくレオナが口を開くのを待つ。
「こんな状況じゃお前がいない方が気が散って休まらねぇよ」
「うっ……心配かけてすみません……」
「謝るな。お前のせいじゃないだろ」
すっかり濃くなってしまった隈を指先でなぞりながらレオナはため息をつく。ディアソムニア寮が展示場所をオンボロ寮に決めた時から自分の部屋に連れ込んでおくべきだったと後悔ばかりが募っていく。
柔らかな寝具とレオナの温もりに包まれた芽唯はうとうとと船を漕ぎ始める。この隈だ、当然だろう。
「レオナ先輩……私……」
「そのまま寝ちまえ」
「でも…グリムが……」
こんな時まで他者の心配をする芽唯の瞳を寝ろという意味を込めて片手で覆い隠せば、続きの言葉は音にされる前に飲み込まれた。
声をかけずにそのまま数十秒待つと寝息が聞こえ始めたのでそっと手を離すと疲れを隠し切れない寝顔が目に入る。
「ったく、もっと早く自分から頼ってくればいいだろ……」
意外と強情というか、周囲に頼らず自分の力だけで解決しようとするのは芽唯の悪い癖だ。特に、恋人と言う肩書を持った自分に何故早く助けを請わないのかと度々レオナをやきもきさせていた。
隈だけじゃない。ストレスからか少し荒れてしまった柔い肌、風呂も恐らくのんびりと入ることは出来なかったであろう……少しだけごわついてしまった髪。レオナの唯一にして、なによりも大切な少女を追い詰めたマジカメモンスターへの怒りが沸々と湧き上がってくる。
眠りの妨げにならないよう髪紐を解き、手櫛で髪を整えてやれば幾分か安らいだ表情になったのは気のせいではないだろう。
「あと数日……か」
己の縄張りでもあるオンボロ寮に入り込む不届き者の対処を考えたいところだが、ハロウィーン期間はディアソムニア寮がその任を全うすべきだ。ならば、自分に出来るのは彼女に安らげる場所を提供することのみ。
「いっそのこと、このまま俺の部屋に住まわせちまうか」
その方がよっぽど話は簡単だ。だが芽唯が絶対に首を縦に振らないことは安易に想像出来る。こうして男の腕の中で無防備に寝息をたてる癖に身持ちは固く、イソギンチャク事件以来泊ったのはレオナが無理やり引き留めた時のみで、それも片手で数えられる程度。
らしくもなく甘やかしてやりたいのに頼ってくれないことにほんの少しの寂しさと苛立ちを覚えるが、そんな面倒な部分すらも愛おしいと感じてしまう辺り恋というものは厄介だ。
「本当にめんどくせぇ女」
口ではそう言いつつも頬が緩むのを抑えきれなかったレオナは、誰に見られているわけでもないのに口元を隠そうと彼女の頭を抱え込むと自身も眠りへと落ちていった。