自由の花


 遙か彼方に見える建物はどれもとても小さく、あのカリム先輩のお屋敷すらここからではミニチュアサイズだ。
 お願いしたら二つ返事で貸してもらえた魔法のじゅうたんは箒よりも早く、優雅に、私達を大空へと導いた。風で舞い上がる髪を押さえながら街を見下ろしていると隣のレオナ先輩がじゅうたんに投げ出したままだった私の手を握る。

「満足か?」

 言葉と一緒にするりと尻尾が腰に絡みつく。祭りを楽しむなら、と一緒に貸してくれた衣装は腰部分の布地が無く、巻き付いた尻尾は直接素肌を撫で上げた。

「すごい、夢みたい」
「そうかよ」

 今は星と月だけが私達を照らしている。もう少しすれば、そこに打ち上げられた大輪の花たちも加わることになるだろう。
 薄暗い中、おぼろげな輪郭を握られているのとは反対の手でそっとなぞれば不満げなレオナ先輩が手のひらに頬をすり寄せる。

「先輩は……嫌い、ですか?」
「……なんでそう思った」
「楽しくなさそうというか、……拗ねてる?」

 思ったことをストレートに伝えると一瞬きょとんと眼を丸くしたレオナ先輩が居心地悪そうに瞳を彷徨わせた。当たったな、と一目でわかる反応が可愛くて、落ちないよう慎重にじゅうたんの上でレオナ先輩との距離を詰める。
 近づいて、そっと彼の肩に頭を乗せて身を預ければようやく視線が絡み合う。

「何が不満なんですか? ご飯も美味しいし、衣装だって先輩のご自宅で貸して頂くのと同じくらい豪華じゃないですか」
「他の男にお膳立てされて、それに乗っかってるだけなのが気に食わねぇ」

 深く、それは深くため息をつくとレオナ先輩は忌々しそうに顔にかかったターバンを振り払う。

「私はレオナ先輩と一緒ならなんでも楽しいですよ……」

 せっかく今回はレオナ先輩と一緒に祭りに来られたのに。朝からずっと口をとがらせている恋人は今日一度もニコリともしていない。……ニコリと笑うレオナ先輩は想像出来ないけど。もう少しくらい楽しんでくれてもいいと思う。
 頭の上で風に揺られるジャスミンの花が掠めるたびにぴくりぴくりと耳が動く。少しだけ伏せられたそれを撫で、毛並みを楽しんでいると何か言いたげにもっと口を尖らせたレオナ先輩が私の顔をじっと見つめてきた。

「祭りが楽しみたいだけなら別に夕焼けの草原(俺の国)でもよかっただろ」

 なんで熱砂の国の祭りにこだわる。恐らくそう続くであろうレオナ先輩の言葉にどう返そう。
 少し体を離し、自分の髪に付けられたジャスミンの花を手に取る。

「……レオナ先輩はこのお祭りの由来、聞きましたか?」
「あんなのどこの国にもある」
「でも、ほら。身分違いの恋……ってちょっと他人事じゃない、って思いません?」
「まさか、自分のことを重ねてんのか?」

 呆れたと言わんばかりに顔を歪ませるレオナ先輩はいつものように額に手をあてると息を吐きだす。
 その反応に今度はこちらの方が拗ねてしまいそう。伝承だろうとなんだろうと縋れるものには何でも縋りたくなるのが乙女心だ。

「立場は男女逆ですけど、本来結ばれるはずがなかった二人が永遠の絆を得た。……なんて言われたらあやかりたくなるじゃないですか」
「恋愛成就の祭りだとは聞いてねぇぞ」
「気持ちの問題です!」
「そーかよ」

 興味が無いと言わんばかりにまた息を吐きだしたレオナ先輩はつまらなそうに未だ花火が打ちあがらない闇夜を見つめる。
 絡まなくなった視線が寂しくて、早く花火が上がってほしい。そうすればすれ違ってしまった気持ちも少しくらいは晴れるかもしれない。
 前回、熱砂の国を訪れお姫様と青年の身分違いの恋の話を聞いた時、真っ先に思い浮かんだのがレオナ先輩のことだった。伝統のピーコックグリーンの衣装を身にまとって、そんな二人のお話に基づいた祭りを楽しむ。ランプの魔人が祝福の為に打ち上げた光の環を模した花火を一緒に見上げたら、私達もお姫様達みたいに祝福してもらえるんじゃないかと……そう思ったから。
 けれど、私はあの祭りの雰囲気に呑まれて一人舞い上がっていただけで、肝心の想い人の気持ちを置き去りにしてしまった。これじゃあきっとランプの魔人でもお手上げだろう。
 こうなってしまえば握りしめたままのお花もなんだか萎れて見えてきた。魔法のじゅうたんの上で二人別々の方角を向いて微妙な空気が流れている。

「あ」

 一瞬、強い風が勢いよく二人の間を流れ、その強風に煽られてもじゅうたんはびくりともしなかった。けれど、私の手元で頼りなく揺らめていた花弁はあっという間に攫われてしまう。
 慌てて手を伸ばしたけれど指先はかすりもせず、深追いしかけた私の体を腰に巻き付いたままだった尻尾と追いかけてきた逞しい腕が引き寄せた。

「危ないだろ!」
「でも、お花が……」

 ひらひらと風に攫われた花弁は月明かりを浴びた白が闇夜に映えて、まだ目で追える。暗闇に吸い込まれる姿が一人浮かれきった私のようで、なんだか居た堪れない。
 未練がましく花が落ちた先を見つめているとレオナ先輩の深いため息が耳に届く。あぁ、また呆れさせちゃった。なんだか今日は本当にうまくいかない日だ。
 これ以上恋人にどうしようもない女だと思われたくなくて、顔をあげて諦めたふりをする。

「ごめんなさい、レオナ先輩。あの、もう下に降りましょう。カリム先輩もいつでも合流していいって言ってたし……」

 このまま二人でいるよりは下に降りてご飯でも食べながらみんなで花火を見た方がきっとレオナ先輩の機嫌もそれなりに直ってくれるだろう。
 もしくは祭りから早々に撤収してベッドに入った方がいいのかもしれない。
 元からレオナ先輩はお祭りを楽しむタイプじゃないし、ましてやみんなで楽しく!なんてありえないと思ってる方だ。

「……掴まってろよ」
「へ?」

 トントン、とレオナ先輩が魔法のじゅうたんに合図を送る。
 捕まったままだった腰をさらに抱き寄せられ、ぴたりと二人の身体がくっついた。
 それを合図のように、待ってましたと言わんばかりに勢いよくじゅうたんが動き出す。

「待って、なに……っ!」
「舌噛むぞ」

 風を切るじゅうたんは私たちが振り落とされないのが不思議なくらい速度を付けて空を飛ぶ。急降下する身体を支える腕を辿ってレオナ先輩の顔を見れば、何かを捕捉したのかその目がきっと前を見つめる。
 片手を伸ばしてその“何か”を掴み取ったレオナ先輩が口角を上げるとじゅうたんはひらりと身を翻し、先ほどまでの速度が嘘のようにゆっくりとまた元の高さまで戻ってきた。
 ほんの一瞬の出来事すぎて何が起きたのか分からなかった私は目をぱちくりさせてレオナ先輩とじゅうたんを見比べる。

「なに……?」

 本当に、それ以外の言葉が出てこなかった。
 呆気に取られている私に先輩がくつくつと喉を鳴らすと右手を取られ、見覚えのあるものを握らされる。

「そんなに落ち込むなら、もう落とすんじゃねぇぞ」
「え……?」

 私の手ごと包み込むようにお互いの手の間に存在するそれは、先ほど落ちていったはずのジャスミンの花。
 白い花弁を揺らしながら、落下していったのが嘘のように可愛らしく私たちの間で風に揺られる。

「な。なん。え、今の一瞬で?」
「こっから下まで何メートルあると思ってるんだ。こいつの速度なら落ち切るまでに取りに行くくらい出来る」

 今度は落とすなよ、と付け足してレオナ先輩は手を離す。
 手放してしまったはずの花が戻ってきたことよりも、わざわざそれを追いかけてくれたことに驚いてしまう。

「別に……カリム先輩に頼めばまたもらえたと思いますよ?」
「なら未練がましくいつまでも見てんじゃねぇよ」
「だ、だって失くしたなんて言いたくないじゃないですか! なんか縁起悪いし……」
「なんだよそれ……」

 また呆れたような視線を送られる。けれど、ここで尻尾を巻いて逃げ出してしまえばきっと先ほどと同じ空気に戻ってしまう。せっかく風向きが文字通り変わってきたのだからレオナ先輩にも私と同じ気持ちでお祭りを楽しんでほしい。

「このお花、青年がお姫様に贈ったもので、花火大会のシンボルになってるんです」
「ジャミルがそんなこと言ってたな」
「その、これは、それだけじゃなくて」

 それは、街の片隅でたまたま聞いただけ。きっと伝承にも残っていない。噂程度のお話なんだろう。

「自由のお花、なんだそうです」

 もちろん、ジャスミンにそんな花言葉はない。

「お城の中の世界しか知らなかったお姫様を、そんなお城での暮らしに憧れた青年が連れ出したんです。その時に彼女に贈ったのがこのお花で」

 狭い世界に閉じ込められていたお姫様。広い世界に生きていたけれど、泥水を啜るような辛い暮らしをしていた青年。まったく立場の違う二人は本当なら会うことすら叶わなかった。
 けれど、偶然か神様の悪戯か、たまたま出会った二人はお互い惹かれ合った。

「青年はお姫様に広い世界を初めて見せてくれた人で、知らないこと、不思議なこと、全部自分の目で確かめようって、魔法のじゅうたんで旅に出るんです」

 ほんの一時の夢のような夢じゃない時間を二人で過ごす。

「お城に戻ってしまったらお姫様はまた狭い世界で生きなきゃいけない、けどこうして二人で旅してる間は自由なんだ、って。今この瞬間は身分なんて関係ない」
「それが俺達みたいだ、って言いたいのか?」

 黙って私の話を聞いてくれていたレオナ先輩がそっと花を持っていた手に手を重ねてくれる。その言葉に頷き、先輩の目をじっと見つめる。

「だって、この世界のことをたくさん私に教えてくれたのはレオナ先輩じゃないですか」

 私にとって本当にこのお話は他人事じゃない。
 ナイトレイブンカレッジという狭い世界に居る私に、この世界のこと、夕焼けの草原のこと、知らないことをたくさん教えてくれる。

「身分は真逆ですけど、境遇はそっくり……じゃないですか?」

 レオナ先輩のことを知れば知るほど、昨日の知らなかった自分に戻れなくなる。お姫様もきっと青年に世界を広げられて、彼のことを知れば知るほどお城に戻るのが嫌になったに違いない。

「……お前が妙に祭りに固執する理由はよくわかった」

 そう言って、私の手から花を奪い取ると元あった位置にそっと戻してくれた。
 風や飛行中に乱れた髪を手櫛で整えられたかと思えば、指先で頬を撫でられる。

「……身分がどうのと、気にするなって言ってどうなるってもんじゃねぇのはわかってる」
「みんなに祝福されたい、なんてワガママは言いません。それでも、いろんな人にレオナ先輩とのこと認めて欲しいし。祝って欲しいんです」

 この伝承のお姫様と青年が羨ましい。ランプの魔人に祝福されるどころか、今もこうして二人の絆を祝したお祭りが行われるほど多くの人に祝われ、認められている。私達もそんな風になれたらどんなにいいだろう。

「……はぁ」

 深いため息をついたレオナ先輩は私の背中に腕を回すと強く抱きしめられる。

「お前の気持ちも知らずに悪かった」
「私こそ、先輩のこと考えないで自分の気持ち押し付けてごめんなさい……」

 先輩からしてみたら自分の国よりも他国に興味深々な私は面白くなかっただろう。伝承のことを聞いただけで同じことを考えてくれるなんて、そんなことあり得ないって知ってたのにちゃんと説明しなかった私が悪い。

「今度はレオナ先輩の国の伝承も聞きたいです。素敵なお話ありますか?」
「さあ、どうだったかな」

 目を細め、顔を近づけてくるレオナ先輩に応えるように目を閉じる。
 けれど、その瞬間ドンッと大きな音が鳴り響く。驚いて目を開けば周囲が明るく照らし出された。

「花火、始まりましたね」
「……タイミングわりぃな」
「ふふ、続きはまた後で、ですね」

 邪魔をされたと思ったのか、不機嫌そうなレオナ先輩の肩に頭を乗せれば諦めたレオナ先輩も同じように寄りかかってくる。
 ふわりふわりと宙に浮かんだままの私達をいつまでも花火の光が照らしていた。

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