知りたいこと
道中、みんなが集めてくれた鏡の欠片。それをツノ太郎が本来の形……ミラーボールへと直したことであるべき姿を取り戻した輝きの間。
生者も死者も関係が無い、ハロウィーンを楽しむ様々なモノ達の集うホールは笑顔で満ちていた。
けれど、私の隣。美しい双眸の片側を眼帯で隠したレオナ先輩は深く……それは深くため息をつくと壁へと疲れたように寄りかかる。
「レオナ先輩……楽しくないですか?」
「あのなぁ……俺がどれだけ心配したと思ってる」
「うっ……ごめんなさい。だって、連絡する時間がなくて……」
ハロウィーンが、十月三十一日が終わってしまうからと急かされて私とグリムはバタバタと着の身着のままオンボロ寮から連れ出された。幸い、魔法で衣装は変えてもらったけれど、スマホは今もオンボロ寮で充電中。他に連絡を取る手段はないし、ツノ太郎やリリア先輩に待っていればみんなやってくると言われてしまえば、用意してもらったお菓子をグリムと一緒に摘まみながらのんびり待つ以外に選択肢はなかった。
「大事無くてよかった。……とは言え、後で説教は聞いてもらうからな」
「はい……」
ゴーストやツノ太郎達の意図が正しく伝わっていなかったせいで『ハロウィーンを終わらせ隊』の面々は差はあれど疲れ果てていた。一時的にゴーストに身体を貸していた生徒達もパーティーを楽しんではいるものの身体的にも精神的にも疲労を感じてきているのだろう。
グリムと一緒に『先輩達まだかなぁ』とのんきなことを言いながらお菓子を食べていたのが申し訳なくなってくる。
いつもならこの時間、レオナ先輩はとっくに寝ているはず。
寮生が居なくなって焦っただろうし、私とグリムも姿を消していた。ただでさえ、今週はマジカメモンスター達に振り回されて疲弊していただろうに追いうちにもほどがある。
「ごめんなさい、レオナ先輩……」
「ん……」
壁に寄り掛かったままのレオナ先輩の腕にそっと寄り添い肩に頭を預ければ、ぽんぽんと逆側の手で頭を軽く叩かれる。
説教だと言いながら、本当はそこまで責めるつもりもないんだろう。今も踊ったり、食事を楽しんだり。一連の騒動など無かったようにはしゃぐサバナクロー生を見つめては「呑気なもんだ」と大きく欠伸を繰り返えしている。
「レオナ先輩も何か食べますか? 薔薇ジャムのロールケーキとかバグズグミとか色々用意されてるんですよ」
「随分国際色豊かだな。ゴーストの世界じゃ国境なんてあってないもんか」
「あとほら! 三つ叉クッキーと……」
「虹色スープ?」
「それです!」
珊瑚の海で祝い事の際に振舞われる料理だとゴーストは言っていた。三叉槍に見立てたクッキーで空色のスープをかき混ぜると綺麗な虹色に変わっていく。
みんなを待っている間、シェフゴースト達の手伝いも行っていた私は短時間の間に色々な国の料理に少し詳しくなった。
夕焼けの草原のスーパーでよく売られているというバグズグミはちょっと遠慮したいけど……。それ以外は興味をそそるものが多く、まだ見ぬ国々に必然的に思いを馳せた。
「ったく……にこにこしやがって。腹立ててるのもアホらしくなってくる」
そう言って壁から離れたレオナ先輩は添えていただけだった私の手を腕ごと絡めとるとホールの中央へと向かっていく。
色とりどりの豪華な料理。各テーブルごとに並んでいる物が違う。ラギー先輩やグリムは全ての料理を制覇しようとホールを右往左往しながら大量の料理を抱え込んでいる。
「先輩なに食べます?」
「腹が膨れるもん」
パーティーでもレオナ先輩のメニューの選び方はどうやら変わらないらしい。自然とほころぶ口元を押さえテーブルを見渡す。確か向こうに分厚いステーキがあった気がする。
私の視線の先に気付いたのか、レオナ先輩の足が自然とそちらに動き出す。
「夕焼けの草原にはバグズグミ以外にはどんな食べ物があるんですか?」
「あ? そうだな……」
目的のテーブル前、レオナ先輩の腕を解いて、バイキング形式の料理を小皿に好きに盛り付ける。お肉にミートボールの乗ったスパゲッティ、かぼちゃの馬車シチュー。味だけでなく見た目まで楽しめる品々は小皿の上に乗せても一級品の装飾のよう。
「象の墓場の温泉卵、だな」
「温泉卵……ですか?」
つるりと殻が剥けた卵が脳裏に浮かぶ。虫の形をしたグミと言い、夕焼けの草原の名産品はどことなくシンプルなものが多いみたい。
「見目に拘るなら
そう言って笑うくせにレオナ先輩は夕焼けの草原の国の事情を語る時、割と口数が多くなるのを私は知っている。
今だって、尋ねてもいないのに象の墓場の特徴や歴史的背景。温泉卵以外の有名な品などを教えてくれた。
ここで「先輩、自分の国のこと大好きですよね」なんて言ってしまったら機嫌を損ねかねないので言わないけれど、やっぱりこの人は自分の国に対して思い入れは強いのだろうとひしひしと感じてしまう。
好きというだけで王様になれるわけではないのはわかってる。けれど、こんなに色々なことを知っていて、考える力のある人が学園で燻ってるのは勿体ないなとどうしても思ってしまう。
それこそ、レオナ先輩自身が夕焼けの草原という国が育んだ素晴らしいモノの一つだというのに。
レオナ先輩の説明を聞きながら皿の上をこれでもかと飾り付ける。
肉、肉、肉。おまけにもう一つお肉。お肉ばかりを盛ったお皿の隅にさりげなくお野菜もほんの少し乗せておく。
「おい、草はいらねぇぞ」
「そんなこと言わないでくださいよ。これ、産地が夕焼けの草原なんだってゴーストがさっき言ってたんですよ」
宮廷シェフを務めていたというゴーストは手伝いっている最中、色々な知識を今のレオナ先輩のように授けてくれた。
薔薇の国ではエディブルフラワーを使った物がよく見られるとか、この食材は輝石の国産の物が上質だとか。
嬉々として語るゴーストの姿は微笑ましくて。好きだからこそ、あれだけの膨大な知識を死後も忘れずにいるのだろう。嫌いなことはいくら詰め込もうとぽろぽろと記憶から零れ落ちていくものだ。
「ほんと、勿体ないなぁ……」
「何がだよ」
「ううん。なんでもないです。ほら、あーん」
「いらねぇって」
そう言って顔を顰めるくせに大きく口を開いてくれるレオナ先輩。
このサラダ、実は私が作ったんですよ。なんて伝えたらきっと目を丸くするのだろう。
早くその顔が見たい気もするけれど、子供のような拗ねた顔で嫌々ながらお野菜を口にしてくれる姿が可愛くて次の一口を運び入れる。
レオナ先輩にとっては疲れた体に追い打ちをかける騒動になってしまった終わらないハロウィーン。私にとっては色々な国のことを知るいい機会になった。
バグズグミ、温泉卵、骨の形をしたバニラクッキー。
後にグレート・セブンの百獣の王が歌った曲も教えてもらうことになるのだけれど、それはまた別のお話。
宝石のように綺麗な薔薇の国や輝石の国、珊瑚の海の特産品はどれも魅力的だったけれど、私の記憶に強く焼き付いたのはやはり夕焼けの草原の……大切な人の祖国が育んだものだった。
いつかこの知識を役立てて、夕焼けの草原風の手料理を振舞うのもいいかもしれない。後でゴーストにレシピをもういくつか教えてもらおうと算段しながら、しかめっ面のレオナ先輩の口にサラダをまたねじ込んだ。
◇◆◇
腹ごしらえが終われば運動がてらダンスに誘われた。
「でも、先輩。私ダンスなんて……」
率直に申し上げて、まったく経験がない。
困り果てる私を見ても、レオナ先輩は口角をあげるだけでうんともすんとも言ってくれない。
もしかしたら、先ほどこれでもかというほどサラダを食べさせた仕返しなのかも。意地悪には意地悪で返す。レオナ先輩ってそういう人だ。
助け船を求めようにも、サバナクロー寮生は遠巻きに見つめてくるだけだし、エースとデュースも我関せずとグリムと一緒に遠くの方ででたらめなダンスを踊ってる。流れているのはワルツなのに、ブレイクダンスを決め込む辺りが彼ららしい。
どうせなら私もあっちの方がいいな……と視線を送っていると問答無用でレオナ先輩の手が腰に添えられる。
私の片側の腕は既にレオナ先輩に捕らえられていて、ワルツを踊る体勢は出来上がっていた。
「あの、ほんと! 無理です!」
「ばーか、こういうのは大人しく男に身を預けておけばいいんだよ。リードが上手けりゃ自然と踊れる。俺を誰だと思ってるんだ?」
流石、俺様、何様、レオナ・キングスカラー様!そんなエースのはやし立てる声が聞こえる。知らないふりをしていたくせに、ばっちりこっちを見てるんじゃない!聞き耳まで立てて!
ガチガチに緊張する私をよそに、レオナ先輩はそんな声もなんのその。私の身体をこれでもかと引き寄せてはホールの中央へと進み出る。
テンポの良い淡々とした曲。三拍子で刻まれるそれは元の世界のワルツとなんら変わりはないとは思う。教養として学んだと言う生徒もちらほら居たが、生憎一般人の私には縁もゆかりもなさすぎる。
……レオナ先輩の隣に立つ、ということを考えれば学んでおいた方がいいのかもしれないけれど。何もいきなり実践投入でなくともいい気がする。というか、良いでしょ!
「そら、踏んでもいいから足を動かせ。遅れんな」
「わ、わ、わわっ」
外見だけならそれなりに見えるだろうか。見目と不釣り合いな拙いステップ……とすらも呼べない物でよたよたとホールを回る。
このために誂えたわけではないけれど、都合がいいことにドレスを着ている私。レオナ先輩も胸元は大きく開いているが海賊のコートが優雅に舞う様はワルツの動きに合っているだろう。
出来るだけ足を踏まないように地面ばかりを見つめていると腰に添えられていた指が背中をつつつ…となぞる。突然のことに背筋が震えた私が思わずレオナ先輩の顔を見上げれば、顎がくいっとそのまま上を見ていろと言わんばかりにあげられる。
「下を見るな。顔上げろ。力を抜け」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
「難しく考えるな。最高のリードがついてるんだ。言われた通りにしねぇと逆に恥かくぞ」
「うぅ……」
きっとレオナ先輩は王族として、それこそ教養の一環として学んだのだろう。確かに力を抜いて身を預ければ自然と足が動きはする。けれど緊張した頭で余計なことを考えると途端に縺れてしまうのだから仕方がない。
「それとも、俺のこと以外考えられなくしてほしいか?」
にやりと笑うレオナ先輩。やたらと近づいてくる顔があまりに綺麗で、跳ねた心臓を誤魔化すように全力で頭を横に降る。
「いいです! っ結構です! 間に合ってます!」
「そこまで拒絶されると傷つくんだが……」
なんて口では言いながらもくつくつと喉を鳴らして笑うレオナ先輩はこの状況を誰よりも楽しんでいる。
「……冗談は抜きにしても、今のうちに慣れといたほうがいいと思うぜ」
「え?」
「ここには学生とゴーストしかいねぇが、後々もっとやらしい視線を送るやつらの中で踊る羽目になるかもしれねぇからな」
やらしい視線、とはなんだろう。
言葉の意味が呑み込めず、一瞬ぽかんとした私。何度か瞳を瞬かせると、理解できていないと悟ったレオナ先輩が耳元でそっと囁く。
「教養のない女だと馬鹿にされたくないならワルツは定番だ。ダンスごときで第二王子妃を値踏みするような不敬者が居たら俺がその場で砂に変えてやってもいいがな」
「おぉ、おうじ……」
耳元で囁かれた聞きなれない言葉、第二王子妃。あぁ、そうか。レオナ先輩のお嫁さんになるとしたら、そう呼ばれる日が来ることになるのか。
急激に上がった体温を誤魔化すようにぴたりと身を寄せればステップが踏みやすくなる。なんだ上手いじゃねぇかと零すレオナ先輩は未だに喉を鳴らしながら笑っていて、私の動揺なんてお見通しなんだろう。
「い、意地悪……」
「意地悪で結構。俺は悪い王子サマなんでなァ?」
観念して身体を預ければ、本当にステップが踏みやすい。
最高のリードと自負するだけあって、レオナ先輩のダンスは一切の隙が無い。音楽に合わせて身を揺らすくらいしか出来ない私ですら拙いながらワルツを踊ることが出来ている。ちゃんと学んだ人が相手ならきっととても綺麗で人目を惹きつけるんだろう。
腰に回った手に少し力が入ったと思えば身体がふわりと持ち上げられ、ヴェールやドレスの裾が閉じていた蕾が開花するように広がっていく。
ほんの一瞬の出来事なのに会場の視線を集めたその動きは自然と拍手を誘う。ほら、大丈夫だろうと言わんばかりに口角をあげるレオナ先輩の見た目は海賊なのに中身はやっぱり素敵な王子様だ。
「ダンス……今度ちゃんと教えて欲しいです」
色んな国のこと、お料理のこと、知りたいことは山ほどある。
それでも、やっぱり一番に知りたいのはこの人の隣に立つのに相応しくなれる方法だ。
「俺の教えは厳しいぞ?」
「手取り足取り教えてくれるんでしょう?」
「あぁ、もちろん」
「それならどんなに厳しくても頑張れます」
厳しいなんて言いつつ、きっと実際には今のような甘い時間を過ごせるに違いない。
だって相手はレオナ先輩なんだもの。こうして二人見つめあって、何時間も過ごせるのならどんな難しいことだってきっといつかは覚えれる。
「不出来な生徒だけど、お願いしますね。レオナ先生」
「先生はやめろ、変な気分になる」
「ふふ、なにそれ」
妙な顔をしたレオナ先輩とそれを笑う私。
優雅なんだか、いつも通りなんだかわからないまま。それでも軽やかなステップを刻んでいく。
ゴースト主催のハロウィーンパーティーは学園主催の物とはまた違って、けれどみんなが笑顔なのは変わらなくて。
安否を気にしてヤキモキしている先生達のことをすっかり忘れたまま、私達は素敵な夜を過ごしたのだった。