着信32件、メッセージ94件
“今ね、スカラビアに監禁されてるの。”
短いメッセージを二人の友人に送ってスマホをベッドの片隅に置いて横になる。
玄関をリースで飾り付け、少し浮かれた気分で定番ソングを口ずさみながらパーティーの準備。夜になったら温かい暖炉の前で豪華なディナー……。
そんなありきたりなクリスマスを過ごせると思っていたのに、気が付けば照り付ける太陽にじりじりと身を焦がされ、雪景色とは真逆のカラカラと乾いた砂の海を横断することを強いられている私達の元にきっとサンタは来ないんだろう。
「ぜってー外に出てやるんだゾ……!」
夜になるころにはすっかり体力を消耗しきってぐったりと動けない私の代わりに懸命にスプーンで床を掘るグリム。その姿を横目に見慣れてしまった天井を仰ぎ見る。
ザリ…ザリ…、と地面を削る音とグリムの荒い鼻息が部屋に響く夜に虚しさを覚えるのは仕方がないことだと思う。
「そういえばオマエ、レオナには連絡したのか?」
「レオナ先輩?」
夢中で穴を掘っていたグリムはふとこちらを見ると数度瞬きを繰り返す。つられて私も瞬きをすればグリムの耳がぴょこぴょこと反応した。
「オマエのこと何かと気にかけてたし、意外と助けに来てくれるかもだゾ」
スプーンを片手に駆け寄ってくるとグリムはベッドの片隅に放られたままだったスマホを小さな手で操作に悩みながらも弄りだす。
グリムの行動に慌てて起き上がってスマホを奪い取るも、既にコール音が相手を呼び出していることを無情にも知らせてきて胃がギュッと締め付けられた。
「ちょっと、グリム……!」
あっあっ…!と情けない声を漏らしながらもなんとか通話終了のボタンを押す。スッと静かになったスマホに反して私の心臓は大きく音を立てていて今にも飛び出してしまいそうだ。
「ふなっー!? なんで切ったんだ!」
「こんな状況先輩になんて説明するの! 今ご実家に居るんだから迷惑でしょ!」
抗議するように私の太腿の上に乗りあげるとグリムは地団駄を踏む。
助けて欲しいとは思うけれど、家族団欒の邪魔にはなりたくない。レオナ先輩が私なんかからの連絡を無視してくれるよう心の中で祈る。
大丈夫、きっとチェカくんに振り回されたとかなんとかで疲れて寝ているに違いない。
「こんな状況でそんなこと気にしてたらオレ様達ずーっとこのままなんだゾ!」
「確かに……そうだけど……」
スプーンをこちらに向けて苛立ちを隠そうとしないグリムを見つめていると不意にスマホが震えだす。
「う、……嘘でしょ」
ディスプレイに表示された名前にサーッと血の気が引いていく。
「何ぼーっと見てんだ! 早く出るんだゾ!」
待ってましたと言わんばかりに私の手に飛びついたグリムは『レオナ先輩』と表示されたディスプレイの通話ボタンを迷わず押した。押してしまった。
私の意思とは関係なしに繋がってしまったスマホから『おい』と聞きなれた低音が小さく零れ落ちる。ゴクリッと息を飲んでいると苛立ったようにもう一度同じ言葉が繰り返された。
ぺちん、とグリムの尻尾が何度も私を叩くので覚悟を決めてスマホを耳に押し当てる。どうにか上手く誤魔化さなければ。
「あ…あの……」
『どうした』
「えーっと…ですね……」
『何かあったのか』
あの、その、と取り留めのない言葉ばかりがあふれ出す。そんな私の様子にグリムはますます苛立ったのか今度はスプーンで私の腿を叩くが、彼と違って電話の相手は優しく先の言葉を促してくれる。
「えっと……お、お元気ですか?」
『……まァ、それなりにな。お前の方はどうなんだ』
小さくため息をついたレオナ先輩の声はどこか疲れている気がする。予想通りチェカくんの遊び相手でもさせられていたんだろう。面倒だと邪険にしつつも甥っ子に優しい一面を持ち合わせているのを私は知っている。
「私もそれなり、ですかね」
そんなレオナ先輩に要らぬ心配をかけたくなくて、睨みつけてくるグリムは見なかったことにして嘘をついた。
『ハ、そうかよ。その割には随分疲れた声をしてるじゃねぇか』
「あはは……。やだな、そんなことないですよ。元気いっぱいですよ?」
鋭い指摘にびくりと肩が跳ねる。笑って返したものの、乾いた笑いは肯定しているようなものだ。スピーカーからはぁ……と息を吐きだす音が聞こえたかと思うと地を這うような怒りを含んだ声が耳に届く。
『今度はどんな面倒に巻き込まれやがった? 言え』
「なにもないです!」
『んなわけねぇだろ、そんな声震えさせて』
「本当の本当なんです! こ、声が聞けてよかったです! おやすみなさい!」
おい!待て!そんな声を無視して通話を切る。その勢いのまま電源を落としてしまえばスマホはただの黒い板と化した。
「ふなー!? メイ、オマエ本当にここから脱出する気あんのかー!?」
「あるよ! ある、けど…せっかく家族と過ごしてる皆に迷惑かけたくないの!」
助けてレオナ先輩、今すぐ学校に戻って来て!なんて言えるわけがない。私はあくまでもちょっと目をかけてもらっている後輩程度の存在で、そんな立場の人間がまだかまだかとご実家で彼の帰郷を楽しみにしていたチェカくんから大好きなおじさんを奪うのは申し訳なさすぎる。家族がいる人間は家族と絶対過ごすべき。……なんて、自分が家族と過ごせないからか強く思ってしまう。ごめんね、グリム。
動かなくなったスマホを睨みつけたグリムは不満そうに尻尾をびたんびたんと床に叩きつけるとスプーンを担いでまだまだ小さい穴を掘りに戻っていく。
その背中を見つめながら私はせめて彼の作業が寮生たちにばれないよう、扉の外の気配に意識を集中させた。
***
『おかけになった電話はただいま……』
何度かけ直しても流れるのはまるでこちらを拒絶するような機械音。
「電源切りやがったな……」
“──ホリデー、楽しんできてくださいね。”
少しだけ寂しそうな顔をしながらも早く自分に実家に帰るよう促した少女の姿を思い浮かべる。
俺(だけではないと思うが)と離れることを惜しむ程度にはこの世界に馴染んで周りに心を許している彼女の声色は最後にあった時よりもだいぶ疲れの色を見せていた。間違いなく何かあったに違いない。
奥ゆかしい……と言えば聞こえはいいが、引っ込み思案な彼女は一癖も二癖もあるナイトレイブンカレッジ生達の面倒ごとに頻繁に巻き込まれる困った女。
簡単に折れてしまいそうな細い身体で魔法が飛び交う最中に突っ込んでくるし、妙な所で我が強く、周囲に頼ることをしない。他者を利用して甘い汁を吸おうとする輩が多いあの学校では格好の餌食だ。
まさに今も“そういうい輩“に食いものにされているんだろう。どんな状況かはわからないが相当面倒なことになっているはずだ。
言い訳すらもせず、まるで逃げるようにスマホの電源を切ったのが何よりの証拠だ。
ともすれば、少なくとも今夜中に彼女と連絡を取るのは難しいだろうと判断した俺は電話を諦め、メッセージアプリを開くと数回に分けてメッセージを送りつける。
履歴の件数を見れば俺が如何に自分の身を案じたのかというのは嫌でも伝わるだろう。ああいう頑固な奴には言葉で説明するよりも、数字という目に見える形で教えてやるのが手っ取り早い。
問題があるとすればスマホの電源を切った彼女がその存在を忘れてしまわないか、ということくらいか。
何かしら追い詰められた状況に居る彼女が物言わぬ板になったスマホに意識を向けるとは思えない。それどころか鳴らなくなったことに安堵して眠りに落ちてすらいるかもしれない。
「ったく……」
やはりと言うべきか、当然既読にならないアプリを閉じて備え付けの机にスマホを置くと俺はベッドに腰を下ろした。
出来ることなら今すぐにでも王宮こんなところを抜け出して草食動物の所に行ってやりたい気持ちを抑えて横になる。沈みゆく身体に反して頭の中は彼女のことで埋め尽くされていて珍しく直ぐに眠りに落ちることが出来そうにない。
もしや、またオンボロ寮を追い出されて根無し草になっていないだろうかなどと要らぬ心配も込み上げる。瞼の裏側ではあらゆる可能性が過っては消えていく。
「ちっ……」
俺にこんなに心配させたんだ。それと同じくらいアイツには自分の価値を思い知らせてやらないと気が済まない。
手放したばかりのスマホを再び手に取りメッセージアプリを開く。
短いが身を案じる……そんな言葉を何度も、何度も、彼女宛てに送り続けた。