起爆剤


「いらっしゃいませ!」

 ここ数日で何度も口にした言葉はだいぶ馴染んできた。しかし、店内のあちこちで生じる様々なトラブルにはいまだに頭を抱えさせられている。
 捌き切れないとはこのことか、と客のやけに細い肩越しに生徒で溢れかえったフロアを見て思わずこぼれそうになったため息をデュースはぎりぎり飲み込んだ。

「ふふ、疲れた顔。ダメだよ、お客さんの前でそんな顔しちゃ」

 他の生徒より高い声。男子校で聴くはずのない、けれど聞きなれたソプラノに視線が目の前の客に戻る。

「メイ⁉」

 道理で華奢な肩をしているはずだ。
 口元を片手で隠した芽唯と逆側の肩に乗っていたグリムが自分を笑い続けるので少し頬に熱が集中する。
 彼女に限って笑いものにするために来店したということはないだろうが、肩の魔獣には少しばかりその意図があってもおかしくない。

「お会計、お願いします」

 芽唯がカウンターに乗せた品物を両手で前に押しやる。そうだ、自分は今仕事中だった。
 切り替える為に数度頭を振ったデュースは一口サイズのお菓子たちをレジに通す。

「来てくれたんだな。ミステリーバッグは買っていかないのか?」
「もちろん買うよ! これはグリムが待ちくたびれて逃げない用の先行投資」
「なるほど」
「オレ様、こんなもんが無くったってちゃんと待てるんだゾ!」

 客達の間で妙な噂が広まっているのか、ミステリーバッグを求める列は日に日にその長さを増している。
 グリム自身はああ言っているが、あの魔獣を飼い慣らしている芽唯が必要だと判断したのならこのお菓子たちは実際に役に立つ時が来るのだろう。

「よかったら詰め放題もやっていかないか? 僕の話を元にサムさんが新しくコーナーを用意してくれたんだ」
「つ、詰め放題? 私得意だよ!」
「うん? だと思ったよ」

 少し声を上ずらせた芽唯に首を傾げつつも、ちょうど通常会計の列は芽唯で途切れたのでそのまま彼女を案内すれば、詰め放題がわからないのか、興味深そうにのぞき込むグリムを肩に乗せたまま芽唯はデュースの合図で袋を手で広げ始める。
 得意と自称するだけあって、慣れた手つきで破れないぎりぎりまで袋を伸ばした芽唯は次々にお菓子を詰め込んでいく。
 隙間を出来る限り作らないよう形を合わせて押し込んで、自分の記録と並ぶか超すか。
 芽唯の頑張りに得意そうだと思っていながら彼女を案内したことにサムに少しだけ悪い気がしたが、マブをルールの範囲内で贔屓するくらいは店員特権として許して欲しい。

「はい、そこまで!」

 手際よく詰め込まれた膨らみは比べるまでもなく悪戦苦闘していた生徒達の中で一番と言っていいだろう。
 落とさないよう受け取って彼女の成果を一つずつ丁寧に数える。

「……すごいな、メイ。最高記録とぴったり同じだ!」
「よかった……!」

 緊張していたのだろうか。胸をなでおろして安堵する芽唯。袋から出したお菓子を一回り大きめの袋に入れ替えて彼女に渡す。

「大半はこの記録の半分も詰めれなかったんだ」
「そ、そうなんだ」
「魔法はもちろん禁止されてるから実力勝負だし、これまで挑んだ人たちよりメイの方が上ってことだな!」
「やだな、大げさだよ」
「流石オレ様の子分なんだゾ!」

 まるで自分の手柄のように胸を張るグリムはお菓子大量ゲットで気分がいいのだろう。芽唯の肩の上で彼女の首筋に豊かな毛並みを押し付けている。どこか落ち着かない芽唯はくすぐったいだろうに気にする素振りがないがどうしたのだろう。
その不自然な様子に疑問を抱きつつも次の目的地に案内すべく店内を見渡して最後尾を確認する。

「次はミステリーバッグだよな。列は──」

 彼女を誘導しようとしたその時、デュースの前に生徒が一人飛び出した。

「あ、あの、もう一度お願いします!」

 財布からマドルを取り出したその生徒はデュースに詰め寄ると早く挑ませろと言わんばかりに硬貨を握らせてくる。

「俺も! 俺ももう一回挑戦させてくれ!」
「さっきの記録はなんかの間違いなんだ! 次こそ記録を抜いてみせる!」
「いきなりなんだ⁉」

 ぐいぐいと人波が押し寄せ、圧倒されたデュースは後ろの壁に思わず手を付く。
 詰め寄ってきた生徒達を見渡せば全員既に一度は挑戦したことがあるようで、片手には芽唯の量には劣るがお菓子の入った袋が握られている。

「ま、待ってくれ! 慌てないで! お菓子は大量にあるから……!」

 まさか芽唯の結果を見て触発されたのだろうか。確かに、自分以外にあれほどの量を詰め込めた生徒はいなかったが、いくらナイトレイブンカレッジの生徒が対抗心が強いとはいえ、競技でもないのに争うように詰めかけてくるなんて。

「おい、なんかあっち騒がしくないか?」
「俺もやってみようかな……!」

 徐々に店内のざわつきが大きくなる。ミステリーバッグの列に並んでいた生徒すらも騒ぎに興味を示し始めているのか、列を抜け出してこちらにやってくる生徒もいるようだ。 
 まさかこんな騒ぎになると思っていなかったデュースは息を呑むが、傍にいた存在が消えていることに漸く気づく。

(そう言えばメイは……?)

 押し寄せた波に驚いた拍子に見失ってしまった。彼女は無事なのだろうか。

「列を……列を作って並んでください……!」

 芽唯を探そうにもまずは自分がここから脱出しなければ。
 先頭の生徒を少し押し、ゆっくりと全体を下がらせると意外にも素直に整列し始め、詰め放題コーナーの前にはミステリーバッグにも劣らない列が完成する。

「メイ……」

 誰かに押されて転んでないか、もみくちゃにされてどこかにはじき出されてしまったのだろうか。姿の見えない友人のことを描いては悪い想像が脳裏を過ぎる。

「おい、早くしろよ」
「っ……はい!」

 先頭に立った獣人の生徒がしびれを切らしたのかデュースにマドルを押し付ける。その次の生徒もまた獣人で、彼は確か一番最初に硬貨を握らせてきていたはずだ。
 バイト中であるデュースは客が目の前に居る以上自由はない。無事であることを信じて袋を配り、時間を計る。単純な作業を繰り替えし、その回数が増えるのと比例して店内の人も増えていく。

(キリがないな……)

 やけに続いた獣人……それもサバナクロー生達を漸く捌き切ったがそれでもまだ行列は続いている。こちらが混雑した分、向こうに見えるミステリーバッグの待機列は少しだけ進みが早くなっていた。

「あれ? レオナじゃないか! また来てくれたんだな!」

 カリムのよく通る声が響く。また彼が来ていたのかと顔を上げたデュースはその隣で微笑む姿に目を見開いた。

「あァ、こいつがどうしてもミステリーバッグが欲しいって強請ってな」
「どうしてもなんて言ってないです! ちょっと福袋気分が味わいたかっただけで……」
「だから、そのフクブクロってなんなんだよ」

 三人分のミステリーバッグの代金を支払ったレオナは視線を送った相手……芽唯がバッグを持とうとした瞬間、慣れた手つきで奪い取った。
 伸ばした手の行き先を見失った芽唯だったが、空いている方のレオナの大きな手がその手を掴んで指を絡めると身体の横に固定する。

「ハハ、よくわかんねぇけど相変わらず仲がいいな二人は! 列長くなかったか?」
「そうでもねぇよ。俺達が並ぼうとしたらあっちの方が賑わって、何人かは抜けてったからな」
「詰め放題の方か! なんでも誰かが最高記録と同じ個数詰め込むのに成功したらしくて、はずれかもしれないミステリーバッグより確実だし、勝負になるからってみんな自分もやってやるって躍起になってるらしいぜ!」

 誰か──それは芽唯のことだ。
 遠くに聞こえる会話に耳を澄ませていたデュースは無意識に記録を記入した看板を見る。

「そりゃ運が良かったな。そいつらに煽られて人が減ったってわけか」
「サバナクローのやつも結構挑んでたよな!」
「うちの奴らは耳が良いからな。情報も早く入ってくるんだろ」

 そうだ、黄色いベストの獣人がやけに多かった。
 彼らに釣られて他の生徒達も慌てて列に加わって。その姿はまるで群れを誘導するかのようで……。

「レオナとメイもよかったら挑んでくれよな!」
「いや、間に合ってる。なァ?」
「は、はい。あの、……既にいっぱいあるので……」

 おずおずと先ほどデュースが渡した袋を持ち上げる芽唯。居心地が悪そうに肩を窄めた彼女がこちらを見やる。目が合ったデュースは軽く手を振ろうとしたが、その前に彼女の唇が小さく動いた。

「ごめんね……?」

 一体なんなのことだろう。けれど、音こそ届かなかったが彼女は確かにそう言っていた。
 手を引かれ店を後にする芽唯の背を見送るデュースは一瞬レオナとも目が合った気がしたが、ゆるりと細められるその視線の意味がわからず、ただ軽い会釈と店員としての決まり文句を口にする。

「あ、ありがとうございました……!」

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