私だけの特別
花束のような箒を抱えた芽唯は緊張した面持ちでバースデーロードを踏みしめた。
既に陽は落ちかけていて、道の先に見えるシルエットはちょうどその輝きを背負って顔は見えないが誰なのかはわかりきっている。
魔法使えないのに……、と負い目を感じるくらい「まさに」と言わんばかりの衣装の気後れしてしまった芽唯の足は重く、このままでは陽が沈むどころか月が登り始めてしまいそうだ。
そんな芽唯に痺れを切らしたのか、インタビューをしてくれたサバナクロー生に数度背を押される。思わず立ち止まって振り返れば周囲の生徒──やけにサバナクロー生が多い──も早く早くと騒ぎ出す。
もちろん彼らに芽唯を責める意思はない。むしろヒューヒューだとか指笛を吹いたりなど、場を盛り上げようとしてくれている。
そんな空気もまた芽唯に恥ずかしいという感情を植え付けるのだが、周囲をゆっくり見渡せばラギーの腕の中でグリムまでもが自分に早くしろと声を上げているし、その両隣にはエースとデュース、それにジャックやエペルといった顔なじみが並んでいる。
「もう……」
逃げられる空気ではないと諦めた芽唯は逆光でシルエットと化している大好きな人の元へと歩を進め始めた。
待ち人だけは急かすことなく、けれど待ちきれないという気持ちを隠すつもりはないのか尾を揺らめかせ、目の前まで来ればすぐに手が差し伸べられた。
「おせぇよ」
「ごめんなさい……。だって、その、恥ずかしくて……」
本来ならバースデーロードから自力で飛び立ち、箒の装飾として付いている花をまき散らしながら生徒達のはるか上空を飛び回る。けれど芽唯には魔力がない。当然飛ぶことが出来ない。
なので事前にインタビューは受けるが、その先は自分には必要ないと教師に伝えていたのだが、蓋を開けてみればあれよあれよという間にバースデーロードに連れていかれ、今に至る。
「似合ってるじゃねぇか」
何が恥ずかしいんだよ。と首をひねったレオナは芽唯から箒を奪い取る。芽唯は両手で抱えるのでやっとだったのに、彼は軽々と片手で持つので力の差を色々な意味で思い知らされる。
「もしかしなくても、ですけど……一緒に飛んでくれるとか……?」
「それ以外何のために俺がここに居ると?」
「ですよね……」
わかっていた。わかっていたけれど、少しばかり違うのではと期待した。おめでとうと祝福してくれて、それで終わり。くらいでもいいんじゃないだろうか。
レオナはどうか知らないが、芽唯はあまり目立つのが得意じゃない。
けれど、レオナと関わる以上は慣れなければと思うことも増えた。今もまだかまだかと友人達だけでなく、レオナを慕う彼の寮生達も自分たちの動向を見守っている。
この人といる限り否でも注目を浴び続けることになるのは学園生活で身に染みた。
「嫌なのか?」
「えっ、そういう……わけじゃ……」
下がりかけていた視線を上げて思わずレオナの顔を見れば、まっすぐ自分を見下ろすサマーグリーンと瞳がかち合う。
探る様な美しい緑は芽唯が嫌だと言うのなら、今すぐにも彼らを解散させようと後方へと向けられるのだろう。
見つめ合ったままぱちぱちと芽唯が瞬きを繰り返せば、レオナも同じだけ瞬きをする。さらに傾き始めてきた陽の中で瞬くそれは一番星よりも煌めく。
既にオレンジ色の夕焼けには濃紺が混ざり始め、夜が訪れようとしていた。せっかく用意されたレオナと飛ぶにふさわしい時間が終わってしまう。
「一緒に……飛んでくれますか……?」
「ばーか、だからここに居るんだろ」
さっきも言ったろ、とくしゃりと笑うレオナの箒を握る手に己のそれを添えれば静観していた寮生達が湧きたつ。その声に押されるようにすぐに箒に腰を下ろしたレオナに抱きかかえられた芽唯が落とされないように彼の体に手を添えもたれかかる頃には地面から既にレオナの足は離れていた。
レオナと飛ぶのは初めてじゃない。あっという間に地上から離れ、生徒達が小さくなる。
どれがグリム達だろうと探すように見下ろしていればほとんど耳元でレオナが囁くように呟いた。
「別に自力で飛べないくらいで負い目を感じることもないだろ。この箒を用意した奴もそんな風に思って欲しかったわけじゃない。インタビューでも制限なしに箒で飛べるならどこに行きたい、なんて夢物語を語らせられたんだろ?」
「そうですけど……」
本当に芽唯からしてみれば夢物語だ。芽唯は箒で飛ぶ以前の問題なのだから。
顔を照らす夕陽を見つめて目を細めれば、レオナも同じように沈みゆく太陽を見る。
「夕焼け、綺麗ですね。先輩の国とおんなじ名前」
レオナの母国、夕焼けの草原。その名と同じ、恐らく由来になっているであろう輝き。だからこそこの時間に飛び立つよう準備されていたのだろう。
「不思議だなぁ。私、その国の王子様の腕の中で今飛んでるんだ」
魔法がある世界というだけでもびっくりなのに、その世界の人と恋人になって、しかも相手が王子様だなんて去年同じように誕生日を迎えていた自分はきっと信じない。
「……夕焼けの草原の第二王子なんて肩書きも役に立たなきゃただのガラクタだ。利用できなきゃなんの意味もねぇ」
「ガラクタって、レオナ先輩なら利用方法なんていくらでも考えつくんじゃ?」
その名にどれだけの価値があるのか正確にはわからない。けれど何も持たない『オンボロ寮の監督生』よりは何百倍、何千倍も力のあるものだということはわかりきっている。
「ならお前も『レオナ・キングスカラーの恋人』って肩書きをちゃんと利用しろよ」
「え?」
「こうして今飛んでるのは確かに俺の力だが、そうさせてるのはお前だ。ならお前の力も同然だろ」
「そう、なんですか……? でも、それってなんか屁理屈じゃ」
「ンなことねぇだろ……」
むっと口を尖らせたレオナはなにかを言いたげだがそれ以上言葉を紡ごうとはしない。
(先輩を利用するのも私の力……)
以前レオナはラギーが自分にゴマを擦るのは悪いことではないと言っていた。自分では出来ないことをやれる人間を利用するのは賢いのだと。
──利用する、というのは言い換えれば頼るということだ。
「もしかして、レオナ先輩頼ってほしかった……?」
夕陽を見るのをやめ、レオナを正面に捕らえながら首を傾げれば彼は深くため息をついた。
「なんで疑問形なんだよ……」
「だ、だって」
「自分の女に頼られたいと思って何が悪い」
「……迷惑じゃないんですか?」
「むしろ他の野郎から『飛行はキャンセルと言うことだが、それで良いのかキングスカラー?』なんて厭味ったらしく聞かれる方が迷惑だ」
「あー……クルーウェル先生……」
レオナの言い回しから断る時に伝えた相手が脳裏を過る。レオナからしてみれば嫌味に聞こえたのだろうが、きっとあの教師なりの親切心に違いない。
「断る前にレオナ先輩に相談すればよかったですかね……」
飛べないのにどうしよう。なんて言えばどんな返事が返ってくるかはわかりきっていた。だからこそ躊躇してしまったのだが。逆に悪手だったらしい。
「お前はいい加減遠慮するのをやめろ。毎回そのせいで遠回りになってんのわかってんだろ?」
「すみません……」
「別に謝らせたいわけじゃない。……甘えていい相手なんだといつになったら覚えるんだよ」
「甘えてないわけじゃないんですけど……」
今だってこうして身を預けている。芽唯からしてみれば十分甘えているに入っているのだが、レオナからすると不満らしい。現に身体を引き寄せる腕の力が強まっていく。
視界の端で風に吹かれ飛んでいく花びらと一緒に箒を浮かすレオナの魔力が目に見える形となって二人の周囲で瞬いている。
その様子につられてまた夕陽の方へ向けば、もうそろそろ地平線の彼方へと沈みゆく寸前だ。
「綺麗……」
「沈むまで見てくか?」
「良いんですか? この後パーティーとかも……。それにみんな下で待ってるかも」
「待たせとけよ。今日の主役はお前だろ。それに俺が一緒な時点で当分帰ってこないのはどいつもわかってるはずだ」
「もう……」
確かにバースデーロードを囲んでいた生徒は大半がサバナクロー寮生だった。彼らが中心に祝ってくれるのだとしたら自分達の登場がいくら遅くとも文句の一つも言わないのかもしれない。
「……やっぱり私はみんなには控えめで丁度いいと思うんです」
「あ?」
「だって、レオナ先輩が周囲に横柄な態度を取るから。私まで一緒にワガママ言ったら困らせちゃう」
「お前な……」
「だから私がワガママを言うのは先輩だけにしておきますね」
どうせ芽唯が甘えればレオナは己の権限や持っている力、そして周囲への影響力を利用してその願いを叶えてくれる。ならレオナにだけ甘えても得られる結果は変わらない。
それに、仮に芽唯が他の人に甘えてしまえば、また違う理由でレオナは拗ねてしまう気がする。
「だから私のお願いはレオナ先輩が全部叶えてください」
遠慮するなと言うのだし、それでレオナが満足してくれるなら芽唯もワガママという名の甘える努力をしようと思える。
「しょうがねぇな。特別だからな」
「はい。私だけの特別、なんですよね」
「あぁお前だけだよ。無条件で俺をそんな風に利用して許されるのは」
ふふ、と芽唯が笑えばふはっとレオナも笑う。
ふわりと舞った芽唯の裾が翻り、まだ濃紺が混ざり切っていないオレンジ色の空に映える。
青空が夕陽で染まり、さらに夜の帳が下りるようにゆっくりと、そしていつの間にか。そんな風にレオナに自然に甘えられる自分になれたらいいなと瞳を伏せる。
彼と飛ぶに相応しい美しい世界はゆっくりとゆっくりとその色を変えていった。