押しかけバースデー!


 何度も何度も念を押すようにポケットの中でスマホが震える。

「おい、本当に帰るのか?」
「何度も言ってるじゃないですか」

 不服そうに顔を顰めて、けれどなんだかんだで寮まで送るとついてきてくれたレオナ先輩は私に問いかけるとため息をついた。
 すでに寮は目と鼻の先で今更引き返すというのも変だけど、その方がレオナ先輩の機嫌は直るんだろう。でも。

「ごめんなさい、どうしてもやらなきゃいけないことがあって。明日また行きますから」
「……そうかよ」

 わざとらしく困った顔をして見せれば納得は出来ていなさそうだけれど、それ以上レオナ先輩は引き留めようとしなかった。
 本当はこんな顔をもさせたくない。けれどこれはレオナ先輩の為でもあるのだから今は我慢してもらうしかない。
 不機嫌すぎてついに目すらも合わせてくれなくなった先輩は玄関前までたどり着いてもそっぽ向いたまま。握られた手だけが素直に離れたくないと訴えるように力強くて思わず頬が緩んでしまいそうになる。
 そんな隙を見せたらここぞとばかりに口八丁に乗せられてサバナクロー寮に逆戻りさせられてしまうので、今は私の演技力が試されていると言っても過言ではない。
 頑張れ、と背を押すようにまたポケットの中でスマホが震えた。

◇◆◇

「それじゃあ行ってくるね」
「グリ坊に送らせた方がいいんじゃないかい?」
「こんな遅くに出かけるなんて危ないよ」

 なんとか渋るレオナ先輩を追い返した数時間後。
 シャワーを浴び終えたのにまた制服に袖を通した私を玄関前でゴースト達が心配そうに取り囲む。
 時計の針は急がなければもうすぐ十二時を指しそうだ。

「サバナクローのみんなと約束したし私もレオナ先輩の誕生日をピッタリに祝いたいの。グリムはもう寝ちゃったみたいだし、鏡舎はすぐそこだから大丈夫だよ」

 それじゃあ、おやすみ。と付け加えてオンボロ寮を出た私ははやる気持ちを抑えきれずに駆け出した。
背後でカチャリとゴーストが鍵をかけてくれた音がするのを聞きながら門へと向かえば私を呼ぶように手招きする人影が見える。

「姫さん、早く早く!」
「わざわざ迎えに来てくれたの?」
「こんな真夜中に姫さんを一人で出歩かせたなんて寮長にバレたら誕生日会が説教会に変わっちまうからな」

 待っていたのはサバナクロー寮に所属するクラスメイトで見た目からはわからないがフクロウの獣人ウラルだ。
 昼間は眩しすぎると細められている瞳が今は大きく開かれているのが特徴的で、初めて夜に彼に会ったときは一瞬誰かわからなかった。

「連絡した通り寮長はもう部屋に戻ってる。姫さんが誕生日前日なのに自分の寮に帰ったからめちゃくちゃ不機嫌だったけど、ご機嫌取りは任せていいんだよな?」
「大丈夫だよ。日付が変わった瞬間きっと笑って許してくれる」

 横並びで歩きながら少し困ったように私を見るウラルに向かってクスクスと笑って見せれば彼は信用できないのか眉間の皺を深くした。
 鏡舎からサバナクローへの鏡をくぐれば、談話室で待機していた他の寮生達もウラルと同じように心配そうな顔をして私を見るので面白くて仕方がない。
 プレゼントを握りしめるように持ったジャックの大きな尻尾が垂れているのがとても可愛いくて思わずまた笑ってしまえばムッとした顔で睨まれてしまった。……睨まれた、と言ってもその後すぐ顔を逸らしたので照れ隠しだと思う。

「姫さん待ってました!」
「早くこっちこっち!」
「わ、私が一番前なんですか⁉」
「もちろん! 姫さんが見えなきゃ寮長がっかりしちまう!」

 息つく間もなくぐいぐい声をかけてきた寮生達に腕を引かれて先頭に立たされるとすぐさま大移動が始まった。しなやかな人から大柄な人まで、屈強な集団という言葉がふさわしい男性ぞろいのサバナクロー寮生が一斉に動くのは圧巻で。その中に自分が紛れ込んでいる状況は未だに不思議気持ちになる。

「オレ、君は普通に断ると思ったんスけどねぇ」
「ラギー先輩! どうしてですか?」

 先頭に引きずりだされると隣にはラギー先輩がいた。他のそわそわしている寮生と違い平然としていて、頭の後ろで腕を組み、大きな欠伸をすると横目に私を見て首を傾げた。

「レオナさんが不機嫌になるのはわかりきってたし、彼女なら自分が一番に祝いたいって思うもんなんじゃないッスか?」
「まぁ、……うん。でもレオナ先輩と私が二人でお部屋に籠ってたらみんな入りにくいじゃないですか」
「そりゃそうッスね。なにしてるかわかんないし、邪魔なんてしたらマジで殺されかねない」
「フフ、レオナ先輩はそんな酷いことしないですよ。けど、やっぱりみんなレオナ先輩が大好きだから邪魔したくないって思って我慢しちゃうと思ったから。私ばっかりが独占するのもずるいかなって」

 納得出来たのか、出来なかったのか。どちらなのかはわからなかったけど「そういうもんか」と肩を竦めたラギー先輩はレオナ先輩の部屋前に到着するとタイミングを窺うようにスマホを取り出す。

「俺が時間見てるから、約束通りよろしくッス」
「わかりました」

 日付が変わるまであと五分。息を殺すように寮生達が全員静まり返り、寮を出てからずっと高鳴り続けた心臓の音だけが聞こえて自分が緊張しているのが手に取るようにわかる。
あと一分で日付が変わるというタイミングで私は忍び足で扉の前に立つと、音を立てないようにドアノブを握りしめる。
隣のラギー先輩を見ればゆっくりと頷き、後ろの寮生達も倣うように何度も頷く。
正面を見据えて、すっかり見慣れた扉の木目を数えるくらいじっと見つめる。耳が痛いくらいの静寂の中、ラギー先輩の手が私の肩を二度叩く。

「レオナ先輩お誕生日おめでとうございます!」
「寮長!」
「おめでとうございます!」
「誕生日おめ、おい! 押すな! 潰れる、姫さんが潰れるから!」
「レオナ寮長!」
「もっと奥詰めろよ!」
「おい、誰だ今俺の足踏んだの!」
「いってー! 肘ぶつかったぞ! 自分のデカさ考えて動けよ!」

 なだれ込むように部屋に突入した私達は一斉にバラバラの祝辞を述べる。

「なん……メイ……?」
「わっ、ちょっと、押さないで……!」

 突然のことに驚いたレオナ先輩が目を丸くして絶句しているのを見ていれば、本当に潰されかねない勢いで後ろからぐいぐいと押されて身体のバランスが崩れていく。
 サバナクロー全寮生がレオナ先輩の部屋に押しかけているのだから無理はない。しかも誰も遠慮をしない。
 あれよあれよという間にレオナ先輩が腰かけているベッドの前まで押し出された私はレオナ先輩の胸に飛び込む形で倒れ込んだ。

「おいっ!」
「寮長おめでとうございます!」
「俺も部屋に入れてくれよー! 寮長〜! 俺のこと見えてますか〜⁉」
「寮長! 今日はみんなで夜食にしましょうよ! 肉用意したんス!」

 寮生の祝いの言葉は止まることを知らず、まだ後ろの人は部屋に入り込もうと押し合いを続けているらしく、あっという間にレオナ先輩のベッドの周りは人だかりでいっぱいになってしまった。
 咄嗟に私を受け止めてくれたレオナ先輩は尻尾をパシパシとベッドに打ち付け、腕に力を籠める。
 あー、もう……とラギー先輩が苦笑したのと同時に恐らくレオナ先輩が読んでいた本がベッドの端から転げ落ちるとそれを合図にしたかのようにレオナ先輩が大きく咆哮を上げたのだった。

「いい加減にしやがれテメェら!」

◇◆◇

 談話室に移動させられた寮生達は尻尾や耳を垂れさせたまま隊列を形成して全員がこちらを見ている。
 こちら、というのはもちろんレオナ先輩の方なのだけれど、隣に立たせた私を見下ろすレオナ先輩の視線が痛くて私は顔を上げられない。

「ったく、何時だと思ってやがる。帰したはずのメイがいるのも、お前らがやったことの理由もわかっちゃいるが、部屋の規模と限度ってもんが考えられねぇのか」
「だってよぉ……寮長ぉ……」

 くぅーん……。と犬が飼い主に叱られた時のような声を出しながら項垂れる寮生達にレオナ先輩が大きくため息をつく。

「あの、怒らないであげてください。かなり前から計画してたんです。みんなで一緒に日付が変わるのと同時に祝おうって。レオナ先輩が生まれてきた日がみんな嬉しくて仕方がないんです!」
「……怒っちゃいねぇよ、呆れてるんだ。お前らがこそこそ企んでたことに俺が気づいてない訳がないだろ」

 額に手を当てたレオナ先輩は言葉を選ぶように珍しく歯切れが悪い。

「部屋の前に来てたのも気づいちゃいたが、全員とは……」

 ぎゅうぎゅうに部屋に詰め寄った寮生達のインパクトは当分忘れられないだろう。
 レオナ先輩の部屋は寮長部屋ということもあり、他の寮生と比べて一人部屋な分かなり広い。それでも寮生全員が押しかければ当然許容量を超えてしまい、結局全員は部屋の中に納まりきらなかった。
 押し合いへし合いの末、少しだけぼろぼろになった寮生達はそれでもレオナ先輩の誕生日を日付変更と同時に祝えたことは嬉しかったのか笑みを浮かべている。

「寮長ほんとおめでとうございます!」
「オレたち満足したんで、あとは姫さんとゆっくり過ごしてください!」
「あ、でもパーティーには参加してくださいよ! あとバースデーロードから飛び立つ寮長俺すっげー楽しみにしてるんで!」
「オレはレオナさんの実家からのお届け物が楽しみッス!」
「ラギー先輩だけ楽しみの方向性が違う気が……」

 静かだったのはほんの数分だけ、あっという間に先ほどと同じ活気を取り戻してしまった寮生にレオナ先輩は大きくため息をつく。
 すっかりレオナ先輩を抜きに盛り上がり始めてしまった寮生を横目に、気を引くためにレオナ先輩の手を握れば視線がゆっくりと向けられる。

「皆さんとお誕生日を祝う続きは寝て起きてからになりますから、今はお部屋に戻りましょう?」
「……帰らなくていいのかよ。用事があるんだろ。俺を放置してでも『どうしてもやらなきゃいけないこと』が」
「はい。だって用事はこれでしたから」
「ったく……」

 寮に送ってくれた時と同じように不服そうに、けどどこか照れくさそうに顔を歪ませたレオナ先輩は私の手を握り返すと自室へと向かいだす。
 私達の背中を見送る人はいるけど、呼び止める人は一人もいなかった。

◇◆◇

「疲れた……」

 床に落ちてしまった本を拾い上げることもせず、部屋に入るなりすぐにベッドに横になったレオナ先輩が手招きをするのでブレザーを脱いでから隣に潜り込む。
 先程はとても狭く感じた部屋がとても広く感じる。いつも通りの静寂を取り戻した室内で間接照明のランプだけが私達を照らす。

「改めて、お誕生日おめでとうございます」
「わかったわかった。もうそれはいい。休ませろ」

 ぎゅっと背中に手を回し、息を吐きだしたレオナ先輩は黙れと言わんばかりに私の首筋に額を押し当てる。
 わざとまた吐き出される息がくすぐったくて身をよじれば、動くなとさらに力がこもる。

「ただでさえこれからインタビューだの面倒事ばかりだってのに、人の誕生日で好き勝手盛り上がりやがって」
「でもレオナ先輩なんだかんだでこういうの嫌いじゃないでしょう?」
「あ?」

 やっと身体を離したレオナ先輩はマジカルペンを取り出すと自分と私の服を寝間着に魔法で変えるとそのままマジカルペンを棚の上へと放り投げる。
 カタンッと音を立てたマジカルペンは床の上に落ちたのか、もう一度、今度はゴトンッと硬い音がした。

「だって、部屋に押しかけられるのが嫌だったなら鍵かけておけばよかったのに。作戦に気づいてたなら防げましたよね?」
「…………」

 そうじゃなくても魔法で入れなくするとか、レオナ先輩なら取れる方がいっぱいある。
 なのにまったく対策をしなかったということは、レオナ先輩は彼らの気持ちを無下にしなかったということだし、あの方法を受け入れていたということだ。

「余計なことばっか気づきやがる……。俺が帰したくなかったのには気づかなかった癖に」
「気づいてたけどわざと無視したんです。だって、本当にずっと前から計画してたんですよ」
「にしてはずさんな計画だったなァ」

 魔法で制服のポケットから近くの棚の上に移されていたスマホに手を伸ばして寮生達とのやりとりを開く。
 どれだけレオナ先輩に引き留められても強い意思で一度は寮に戻って欲しいとか、ラギー先輩に肩を叩かれたら部屋に突入するとか、前日である二十六日のあらゆることを決めていたのをレオナ先輩に見せる。
 ログを辿るレオナ先輩の目が文章を追いかけ、一定のリズムで指先が戻したり先へ進めたりするのを見守っているとわずかながらに口角が上がっているのがわかる。

「愛されてますね、レオナ先輩」
「野郎に愛されて喜ぶ男がどこにいる」

 ここにいますよ、と指摘したら怒られるのはわかっているので黙って身を摺り寄せれば足に尻尾がぐるりと絡む。
 一通りログを読み終えたのか、返されたスマホはホーム画面に戻っていて、私の誕生日の時に撮ってもらった夕方の空を飛ぶ私達が写し出されていた。

「レオナ先輩この服似合うだろうなぁ……。グリムじゃないけど、本当に大魔法士って感じ」
「あの毛玉と一緒にすんな」

 フンッと鼻で笑ったレオナ先輩は私を抱きこむとまるで小さい子を寝かしつけるかのように背をゆっくりと叩いてくる。

「とりあえず今は寝ろ。こんな時間にはしゃぎやがって、明日眠すぎて箒から落ちたらどうしてくれる」
「レオナ先輩が落ちないように私が起こしてあげるから大丈夫ですよ」
「そりゃ頼もしいな。一緒に飛ぶってことでいいんだよなァ?」
「えっ、なんでそうなるんですか。下から声かけるとかでじゅうぶ……」
「可愛い恋人を乗せて飛んだらなにより目が覚めるに決まってるもんなァ? ん?」

 わざとらしく可愛いを強調したレオナ先輩の目が細められて、サマーグリーンが怪しく光る。
 その色気というか、有無を言わせない圧力のようなものに完敗して頷けば瞳が綺麗な弧を描く。

「うぅう……わかりましたよ……。前みたいに腕のな……」
「今回お前は後ろだからな。せいぜい俺に必死にしがみつくことだ」
「えぇっ⁉」

 私の誕生日の時のように抱えて飛んでくれるものだとばかり思ったのに、どうやら今回はそうはいかないらしい。
 慌てだした私にくつくつと喉を鳴らしたレオナ先輩はそれまでの妖しい笑みをひそめて満面の笑みを浮かべる。

「楽しい誕生日になりそうでよかったぜ」
「もう……レオナ先輩がそれでいいならいいんですけどねっ!」

 だって今日の主役はレオナ先輩なんだもの。
 レオナ先輩が喜んでくれるなら私はどんな嘘も付けるし、怖いことだってへっちゃらだ。
 笑うレオナ先輩にぎゅうぎゅうと痛いくらいに抱きしめられて、それに応えるように抱き着きながら目を閉じる
 レオナ先輩の誕生日はまだまだ始まったばかりだ。

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