まだまだ貴方は見習いシェフ


 不安そうな視線が不躾に飛んでくる。
 じっとこちらを見ているのは己の恋人である女性なので不快ではないのだが、こうもあからさまだとため息もつきたくなるものだろう。

「……言いたいことがあるならはっきりと言え」
「えっあ、……大丈夫、ですか?」
「大丈夫に決まってんだろ」
「でも……」

 視線が右往左往してから手に注がれる。ちなみにレオナが持っているのはただの皿だ。昨晩の余ったおかずが乗っているだけのなんの変哲もない皿。

「……フロイド先輩が」

 すっかり自身の手を止めてしまった芽唯がこの場に居ない人物の名を出してきた。ウツボの片割れ。オクタヴィネルのヤバい奴。いろいろな敬称で呼ばれることのある男だが、レオナにしてみると気分屋でガキっぽくて相手をすると疲れる人物だ。

「マスターシェフの時に審査員をしたら相手がレオナ先輩で……おいしくなくて、失敗の理由が電子レンジだったって」
「あー……」

 単位を取るためエペルのついでに申し込んだマスターシェフ。適当にそれらしくやっておけばどうにかなるだろうと甘い考えだったが、実際に受講してみれば魔法薬を作るのと同等に分量や手順を守らねば所謂「美味い飯」を作るのは困難だということを思い知らされた忌々しい記憶が蘇る。

「それで経験の浅い哀れな第二王子がまた電子レンジで失敗を招くのではと恐る恐る見守っていた、と。お優しい恋人で涙が出ちまうなぁ」
「ち、ちが……くないかも」
「おい、そこは否定しろよ。俺を誰だと思ってるんだ?」
「ゼラチンを溶かすの失敗した人」
「お前な……」

 たまにこの恋人はズバッと痛い所に切り込んでくる。まっすぐな言葉に傷つくことはないものの、多少なり腹は立つ。確かに事実なのだが、あれは別に本気でやって失敗したわけではない。適当にいじって適当にやったら、たまたまそうなっただけ。怠惰故の結果だ。

「こんなもん、使い方がわかれば簡単なんだよ」

 しかも今回はただ温めるだけ。それこそオートで事足りる。扉を開けて皿を置き、しっかりと扉を閉めたらただボタンを押す。それだけで電子レンジは特有の音をさせながら昨日のおかずを温め始めた。

「よかった〜」
「……まさか、本当に俺がこれだけのことが出来ないとでも?」
「そうじゃないんですけど、ゼラチンの話聞いてからちょっと不安で……。あの、間違っても金属とかプラスチックとか非対応の物は入れちゃだめですよ。大変なことになっちゃいます」
「それくらい言われなくても考えりゃわかることだろ。俺はガキか?」
「ふふ、ごめんなさい。でもレオナ先輩でも失敗することがあるなんて可愛いって思っちゃいました」

 フロイドの話を思い出しているのか、芽唯の頬が緩んでくすくすと笑い声をあげる。
 むきになって否定するのも何かが違う。失敗したのは事実。言い訳するのもバカらしくてレオナは笑い続ける恋人を後ろから腕の中に閉じ込めるとその肩に顎を乗せる。

「ンなに言うなら俺が失敗しないようキッチンではお前が面倒見てくれよ」
「えぇ、でもレオナ先輩が料理することなんてないじゃないですか……」

 ずるっとレオナを引きずりながら芽唯がオンボロ寮のキッチンを往復する。結局レオナがレンジにかけた皿も彼女が取り出し他の料理と一緒にトレーに並べている。

「お前が風邪ひいたり動けなかったらやるかもしれねぇだろ」
「その状況だと私はキッチンにいないんじゃ……?」

 首を傾げた芽唯の髪がふわりと頬に当たる。そのくすぐったさに身をよじれば、今度はレオナの髪が芽唯の首筋を掠めて彼女の方が身をよじる。

「そういう時の為にお前が手取り足取り教えてくれって話だよ」
「えー? マスターシェフでちゃんと履修したんですよね?」

 おかしくないですか?と目を瞬かせる芽唯が運ぼうとしたトレーを取り上げて談話室に二人分運べば後ろからひょこひょこと彼女がついてくる。

「学んだのは基礎みたいなもんだろ。お前好みの味とか、そういうのはシェフゴーストから習えるものじゃない」

 実際には口八丁で奪ったレシピを見てシェフゴーストの話は要所以外は聞き流していたので彼に習ったと言えるかは疑問だが、芽唯好みの味を知っているのが芽唯だけなのは事実だ。
 隣に座ってうーんと悩む芽唯の口元に彼女の手料理を一口分掬って運んでやれば躊躇することなく口が開けられるようになったのは日々の積み重ねによるもの。同じように芽唯好みの味を己の腕に覚えさせる必要性は感じている。
 寮生活で二人っきりになれる時間は案外少ない。オンボロ寮にはグリムやゴーストが芽唯と共同で住んでいるし、植物園やサバナクロー寮の自室も寮生が急用だと訪ねてくる可能性もある。
 それなのに貴重なその時間にラギーを呼び出したりするのが最近は勿体なく感じているほどに彼女にのめり込んでしまっている。仮に彼女が本当に風邪をひいたりしたときに、その弱った姿を自分以外に見せるのも本意ではない。
 レオナがもっと料理を覚えたいという欲は芽唯が原因で芽生えているのだから、その本人に教わるのが色々な意味で効率がいいということだ。

「フロイド先輩やシェフゴーストのお話を聞いた後だと先輩に料理を私なんかが教えられるのか不安なんですけど……」
「あ? 俺以上に良い生徒がいるわけないだろ」
「そうかなぁ……」

 少なくとも芽唯の前では誰よりも優秀で従順で良い生徒になる自信がある。なにせこの努力は巡り巡って芽唯を手中に収めて愛でる為に必要なことなのだから。
 納得がいかないのか、レオナにされるがまま餌付けされている芽唯はもごもごと口を動かしながらいまだに首を傾げている。

「でも……」
「ん?」
「レオナ先輩と一緒にお料理できたり作ってもらえるのは嬉しいかも……」

 ちらりと芽唯が視線を移したのはレオナが先ほどレンジで温めたおかず。一からそれを作ったのは彼女なのだが、ただ温めただけで彼女にはなんらかの価値が付与されたらしい。

「ならお前にも得しかねぇだろ」

 ほら、とすぐにそれを口元に運んでやれば嬉しそうに頬張る姿がやけに可愛く見える。

「……ちゃんと言うこと聞いてくれますか?」
「聞く聞く」
「適当にやったりしない?」
「俺がお前に関して適当に済ませたことがあったか?」
「……たぶん」
「おい……」

 これだけ大事にしているのにまだ伝わりきっていないのかと思うと自然と尻尾がソファを叩く。
 ぺちんと音が鳴ったのと同時に芽唯が鈴を転がしたような声で笑うので揶揄われているのだとすぐにわかった。

「じゃあ、まずはパンナコッタからお願いします」
「またアレを作るのかよ……」
「だって、ちゃんとやってくれるんでしょう? フロイド先輩が食べれなかったレオナ先輩が作った完璧なパンナコッタ食べてみたいなぁ」

 だめですか?と首を傾げる恋人にノーを言えない程度にレオナは彼女には甘い。
 ため息交じりに頷いて、シェフゴーストから渡されたレシピはまだ自室に残していたか記憶を手繰り寄せるレオナを見てソファにしなだれかかる芽唯がやけに楽しそうなのが少し憎たらしい。
 いつもと立場が逆なせいだろうか。魔法が使えない、この世界の歴史がわからないと悩む芽唯はいつもこんな気持ちだったのかもしれない。

「わかったよ。今まで食ったどんな料理よりも美味いって言わせてやるからな」
「ほんとに? 楽しみにしてますね」

 少し小ばかにされてる気分だが、芽唯から見ればまだまだレオナは見習いシェフの称号が取れていないも同然なのだろう。
 この感覚は国でキファジにチェスの相手をさせて負かされていた頃に近い気がして、レオナの中で沸々と不屈と負けず嫌いな精神がたぎり始める。
 元々レオナは凝り性だ。魔法薬を作るのも苦手ではない。要はその応用と考えれば後は正しい手順を頭に叩き込んでしまえばいいだけの話。
 今に見てろと芽唯を見れば、彼女が嬉しそうに頬を緩ませているのでレオナの口角も自然と上がる。
 根っこにあるのが対抗心なのか愛なのか、はたまた別のものなのか。どちらにしろ彼女が喜ぶならばいいかとレオナは自分で温めたおかずに手を伸ばした。

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