青春を切り取る


「それでは頼みましたよ」

 学園長室に呼ばれて早数十分。説明を終えた学園長に頷いて部屋を後にする。
 片手に握られたままのスマホの中では「ナイトレイブンカレッジ公式アカウント」という、そのままの名前のアカウントが開設されたばかりだ。

「タダで使わせてもらえるとは思ってなかったけど……」

 割と、……いや、かなり大変な仕事を押し付けられてしまったんじゃないだろうか。
 肉体労働でないことは嬉しいが、新たに与えられた役割にずしりと肩に重みを感じたまま私はオンボロ寮への帰路へ着いた。


 パシャリ、と何気ない日常を切り抜く。
 ゴーストカメラもあるのに似たような業務が増えてしまったな……と考えながらも指先は別に意識があるように写真に合わせた文章を打ち込み続けるのはスマホ文化に慣れてしまった現代人の性だろうか。
 私が最初の投稿に選んだのはグレート・セブンが並ぶメインストリート。早朝なので生徒が映り込む心配もない。寝ぼけたグリムを寮に残して足を伸ばして正解だった。
 グレート・セブンはもちろん一人ずつ紹介する予定なので忘れずにその写真も撮る。快晴の空を背景にしたその姿は魔法士達が憧れる存在に相応しい雄々しさや優雅さがあり、流行り言葉を使うなら映えている≠ニ言えると思う。
 グレート・セブンというだけあって彼らは七人。つまり、七回分は投稿内容がこれで決まった。更新間隔はそんなに多くなくて良いと言われているし、困った時の切り札としてこれ以上の題材はないだろう。
 頼まれた時にはどうしたものかと悩んだけれど、いざ写真を撮ろうと考えてみれば右も左も知らない人には新鮮に映りそうなものばかりで、学園内はネタの宝庫なのかもしれない。

「メイくん?」

 不意に声をかけられ振り向くと既に一汗かいたと言わんばかりに頬を紅潮させているラギー先輩が立っていた。

「おはようございます! 朝練終わりですか……?」
「そうっス」

 運動着に袖を通したままのラギー先輩は頷くけれど、先輩は箒もディスクもマジフトで使用するものは何一つ持っていない。なにより──。

「朝練って寮内のマジフト場を使ってるはずじゃ……?」

 サバナクロー寮はわざわざコロシアムに向かわなくても寮内に独自のマジフト場がある。練習帰りという理由でラギー先輩に出会すのは不自然だ。
 私の問いかけに肩をすくめたラギー先輩は片手に持っていた買い物袋を顔の前に突き出してはわざと揺らしてため息をこぼす。

「レオナさんの急な無茶振り。『無駄に腹が減った、なんか出せ』とかいきなり言われても材料がなきゃなんもできないから」

 少し声を低めたのはレオナ先輩の真似なんだろうか。なんとなく雰囲気が伝わってくるモノマネに思わずくすりとしてしまう。

「メイくんこそ、なんでこんな所に朝から?」

 当然の疑問に答えるため、私は先程のラギー先輩を真似てスマホの画面を突き出す。
 安直なアカウント名と学園の校章アイコン。
 場所と像について簡易的に記した投稿に目を通したラギー先輩は数度頷いては同情するような視線をこちらに向ける。

「またいつもの≠竄ツっスね」
「普段よりは楽……って言いたいところなんですけど、意外と制約が多くてちょっと困ってます」

 同情的な視線を向けてくるラギー先輩に笑って返せば返事に困った先輩は苦笑する。
 ナイトレイブンカレッジ公式アカウント。昨日、SNSの片隅に開設されたばかりのそれは管理・運営が全て私に委ねられている。広報活動で少しでも学園のことを知ってもらおうという学園長の突発的な考えの元、急に決まったらしい。
 入学出来るのは馬車が迎えに来た人だけ。普段は閉鎖的で特定の時期以外は部外者は基本立ち入り禁止。そんな閉ざされた門を暴きたくなる人間は多い。
 万が一の為に魔法障壁が張られて外部からの侵入者を遮断している学園だけれど、いらぬ疑いの目やその他諸々、刈り取れるものは無くそうという魂胆なのだと学園長は語っていた。
 運営役に私という一生徒に白羽の矢が立った理由は当たり障りなく『普通の学園』という紹介が出来そうだったかららしい。単に面倒事を押し付ける都合のいい相手が私だったのでは……とも思わなくもないけれど、いい意味で個性派揃いの生徒達に任せるよりは一般的な視点で学園内を紹介出来るというのは我ながら納得してしまった。
 学園内は当然魔法が使える人間しかいないけど、学外にはほんの少し魔法が使える人、魔法がまったく使えな人と様々な人がいるらしいし。魔法が使えないどころか魔法が存在しなかった世界から来た私は一番フラットな視点で学園の紹介が出来るだろう。
 改めて学園内を見てまわるのは楽しいし、元の世界の学校と違って絵になる画角も多いので与えられた業務自体は苦痛じゃない。
 けれどプライバシーの保護だとか、煩わしいことも少なくない。
 学園長からとびきりきつく言い渡されたのが「個人が特定できる写真はあげないこと」だ。
 ヴィル先輩という大物有名人が学園内に居ることは既に広まっているけれど、ここにはレオナ先輩を始め王族や富豪、良家のご子息など、その素性が知れれば悪い人に狙われかねない人が多すぎる。
 侵入者を許す学園ではないが、万が一ということもある。
 そう言った生徒の情報を学園の公式アカウントが不特定多数に流す危険性を何度も、口が酸っぱくなるほど言われるのは当然だけど、最終的にどこぞのコメディアンのようにフリなんですか……?と言いたくなるような口ぶりで繰り返す学園長を笑わなかったのは褒めて欲しい。

「とりあえず、しばらくはグレート・セブンをネタに繋ぐので先輩も何か良い案あったら教えてくださいね……!」
「報酬があるならいくらでもネタ提供するッスよ」

 ニコッと笑顔を浮かべるラギー先輩はこんな些細なことでもちゃっかりしている。

「あはは……」

 支払えるものなんて当然持ち合わせていない。
 確かに、ラギー先輩がタダで情報提供してくれる訳なんてないよね。なんとなく、社交辞令として交わしただけの言葉なので気にしてないけど。

「あー、でも逆にこっちが良いネタ貰っちゃったんでちょっとぐらいならサービスするッス」
「良いネタ……?」
「こっちの話なんで気にしないで。学園の良いとこアピールなんスよね。だったらオレは中庭をオススメするッス。どこかはわかんねぇんスけど、最近渡り鳥が巣を作ったってもっぱらの噂。世の中好きっしょ。そういう命が育まれてる的なやつ」

 シシシ、と特徴的な笑い声をあげるラギー先輩はそれだけ言うと満足したように鏡舎へと背を向け去っていく。
 しばらくその背中を黙って見送り、残りの像を撮り終えてから私もその場を後にした。

◇◆◇

 昼休み。お弁当を片手に教室から植物園に向かう途中少し寄り道。
 今朝ラギー先輩に教えてもらったばかりのネタを新鮮なうちに撮り納めたかったからだ。
 なにより、生き物というのはうつろいやすい。先にあるネタを消化し終えてから……なんて悠長なことを言っている間に雛たちが巣立っても抜けのから、などという自体は避けたい。
 せっかくあのラギー先輩が支払った覚えがない対価で教えてくれた情報を無駄にしたくない。
 カメラアプリを立ち上げたままスマホを握りしめ、キョロキョロと周囲を見渡す私の横を食堂に向かう生徒たちが不思議そうな顔で通り過ぎる。
 ほんの少し距離が遠いのはまた私が迷惑ごとに巻き込まれているのだろうと予想してのことだろう。
 不本意ながら、学校一のトラブルメーカーとして顔が知れ渡っている自覚はある。特にグリムやエースとデュースと一緒にいる時は一部の同級生や好奇心旺盛な先輩を除いてある程度の距離を取られていることは知っている。
 みんなも入学初日から退学になりかけたり、度々オーバーブロットと相対することになってる生徒……しかも一人は別世界から来た異邦人なんて関わりたくもないよね。
 遠巻きにされる理由に心当たりしかない私は、逆に避けてくれるのを利用してスムーズに鳥の巣を見つけることができた。
 中庭沿いの外廊下。その天井を支える柱の上部空間。そのわずか数センチしかないであろう部分を土台に自然物を集め作られた鳥の巣がたしかに存在している。
 元の世界でも高架下や駅、屋根のちょっとした空間。鳥たちは逞しく色んな場所で巣を作っていた。
 こっちでも同じなんだ。何も変わらない。──そんな感傷に包まれながらシャッターを切る。

「なんだメイ、今日はレオナのところに行かなくていいのか?」
「トレイ先輩?」

 ちょうど親鳥が雛に餌を与えているところを撮影していると後ろから画面を覗き込まれた。
 振り向けばクローバーのスートを左目の下に描いた見慣れた先輩の姿。
 きっと食堂に向かう途中に私を見かけて声をかけてくれたんだろう。

「鳥、好きなのか?」
「いえ、そういうわけじゃなくて……」
「もしかしてマジカメアップ目的とか? 動物ネタって結構ウケるよね! あれ、でもメイちゃんってマジカメやってたっけ?」

 トレイ先輩とは逆側から画面を覗き込んできたのはケイト先輩。
 どうやら鳥の巣を探しているうちに三年生の教室近くまで来てしまっていたようだ。

「実は学園長に頼まれて……」

 ラギー先輩に説明したことを二人にも話す。
 まだ始めたばかりでほとんど何もないアカウントを少しだけ見ては「大変だね」と笑うトレイとケイト先輩。

「今までの無茶ぶりに比べれば……」

 傷害事件、イソギンチャク……解決を求められた今までの事件と比べたら写真を撮ってアップするだけで衣食住を保証してもらえるんだから文句はあまりない。

「あの、先輩達も良かったらお勧めの撮影場所とか教えてもらえませんか?」
「もちろん! けーくんのオススメかなりあるか……あー……」
「ケイト先輩……?」

 スッとスマホを取り出してくれたケイト先輩。けれど動きがすぐに鈍り、私の背後に何かを見ている。
 視線の先が気になり振り返ろうとしたその瞬間、ぐいっと身体が何かに引き寄せられる。肩に感じた重みは熱を持っていて、その先端は頬に触れては横髪を梳く。

「面白いことしてるじゃねぇか?」
「レオ、ナ、先輩……?」

 ニヤリと笑うレオナ先輩が突然現れたことに驚いているとぐるぐると自分のお腹が鳴りだした。
 間抜けな音を立てるそれに、写真とお話に夢中ですっかりお弁当のことを忘れていたことに気付く。

「あっ……ご、ごめんなさい! 私、お昼ずっと持ったまま……!」

 写真を撮ったらすぐに向かえばいいと思っていたのが甘かった。片手に持ったままだったお弁当を少し持ち上げてみせるけれど、レオナ先輩は特に気にした様子もなくするりと私の手からそれを奪い取る。
 特別不機嫌になるでもなく、笑みを浮かべたままのレオナ先輩に私は無意識に首をかしげる。
 なかなか姿を現さない私に痺れを切らして自ら探しに来てくれた……というわけではなさそう。そうだとしたら遅いだの、腹が減っただのお小言が今にも飛んできているはずだもの。

「……先輩も鳥を見に来た、とかですか?」

 レオナ先輩にそんな趣味があると聞いたことはないけれど、私と同じでラギー先輩に鳥の巣の話を聞いてここに来たのだと考えれば辻褄は合う。
 お昼ご飯に対するお叱りがないのも元々植物園に自分の方が遅れてくる予定だったからなのかも。
 私の問いかけにレオナ先輩は数度瞬きを繰り返しては目を細めて笑う。

「まァ、そんなところだ」

 楽しそうに喉を鳴らすレオナ先輩。指先はいまだに私の横髪をくるりと巻きつけたり梳いたりと好きに動いている。
 身体をレオナ先輩に預ける形になっていた私が自然と彼と見つめ合っているとコホンとわざとらしい咳払いが横から聞こえてくる。

「あー、俺たちらそろそろ行くよ」
「メイちゃんまたね!」
「は、はい!」

 なんだか居心地が悪そうなトレイ先輩と苦笑するケイト先輩がひらひらと手を振り、背を向け去っていく。
 引き止める理由もなければ暇もないほどあっという間に二人の姿は食堂に向かう生徒に紛れてしまった。

「先輩、鳥を見に来たのならあそこですよ」
「ん」

 巣の位置を指さしてみるがレオナ先輩は特に興味を示さない。それどころか視線は私に向いたままで……どうしたらいいんだろう……。
 巣の中では雛たちは既に食事を終え、親鳥も羽を休めてのんびりしている。

「先輩ってば……もう……」

 何も言わないレオナ先輩を仕方がないと諦めて、スマホで撮った画像の確認。グレート・セブンの像を始まりに大きく口を開けて餌を求める雛鳥や餌を運んできた親鳥の姿が良く撮れているので大丈夫そう。

「つまらねえ写真ばっかだな」
「つ、つま……。しょうがないじゃないですか。趣味で撮ってるんじゃなくて学校紹介の為に……」
「ラギーから聞いてる。この俺が良いネタ提供してやるよ」
「先輩が……?」

 ラギー先輩が教えてくれただけでも驚きなのに、レオナ先輩まで協力的なんてどういう風の吹き回しだろう。
 そもそもでいつも居眠りばかりして、学園内の何かに感動を覚えたりしなさそうな先輩とマジカメ投稿のネタが結びつかない。

「まぁ、良い写真が撮れるかはお前次第だがなァ?」

 ニィと口角を上げるレオナ先輩の尻尾がゆるりと足に絡まった。

◇◆◇

 綺麗な放物線を描いたディスクがゴールへと吸い込まれるように入っていく。
 見事なシュートを決めた選手がガッツポーズを取る姿を顔が写り込まないようにシャッターを切れば、まさに青春の一ページと呼ぶにふさわしい一枚が生み出される。

「すごい、学生の写真っぽい……!」
「ぽい、じゃなくて正真正銘学生の写真だろ」

 くわっと大きく口を開いて興味なさげに画面を覗き込んだレオナ先輩は欠伸をすると、つまらなさそうにコート上を飛び交うディスクを目で追い始める。


 ──良いネタを提供してやるよ。


 その言葉と共に放課後、運動着で指定の場所に来るよう言われたのが数時間前。
 指定の……運動場に赴けばマジフト部の部員たちが準備運動を始めていて、運動着に着替え、箒を支えにだるそうに彼らを見つめていたレオナ先輩に手招きされて近づけば「今日からマネージャーだ」と紹介されたのがほんの少し前の出来事。
 突然のマネージャー宣言に驚きはしたものの、恐らくそれがネタ提供への対価なのだろうとこの学園生活ですっかり慣れ切ってしまった私は「よろしくお願いします」と流されるまま頭を下げた。
 マジフト部には見慣れた人もいれば、初めて会う人もいて緊張したけれど、彼らはレオナ先輩が指示を出すとすぐに持ち場に付いて練習を始めてしまったので特に言葉を交わすこともなかった。
 レオナ先輩の隣にぽつんと残された私は、運動場の片隅にこれまたぽつんと置かれたベンチにレオナ先輩と腰かけて今に至る。

「レオナ先輩、私マネージャーのお仕事って何をすればいいんですか?」

 生憎運動部のマネージャ―業務の経験なんて全くない。部活自体も所属したことが無かったため、全体的に何を行うのかが不明慮だ。
 無難に思いつくのが点数を付けたり、試合後の選手にドリンクを用意したり……だけれど、私たちが座っているベンチから少し離れた場所でそれは既に他の部員が行っている。
 なにより、動こうにもレオナ先輩の尻尾が腰に巻き付いていてベンチから離れることが出来そうにない。

「そのまま座って、試合を黙って見てろ」
「それってマネージャーの仕事じゃないですよね……?」

 単なる見学なのでは……?と疑問をぶつけたくなるけれど、ちらりと私を見つめるレオナ先輩の視線が不服なのかと訴えてくるので口を噤むしかない。
 先輩が意味もなくこんなことをするとは思えないし、何か理由があるんだろう。
 視線を試合に戻せば繰り広げられる攻防は魔法を使った派手なものになっていて、適当に画面に収めるだけで写真フォルダが潤っていく。
 ラギー先輩がいつのまにかディスクを奪い取っていたり、訛りの混じった言葉で何かを叫びながら突っ込んでいくエペルなど、写真だけでは残しきれない面白い場面も多々あった。
 生徒の顔が写ってしまったものは上手くトリミングして数点マジカメにアップする。
 拙い写真だけれど、この学園のマジフト部の活気が少しでも外部の人に伝わればいいなと思いながらマジカメを閉じた。

「満足そうだな」
「はい! 他の部活の写真もアップするのもいいかも、なんて新しいネタも発見出来ちゃいました」

 きっとエースに頼んだらバスケ部も撮らせてもらえるかもしれない。陸上部もデュースやジャックを伝手にお願い出来ないだろうか。

「よくもまァ、ちまちましたことをご苦労なこった」
「私も初めは面倒そうだな〜って思ったんですけど、始めてみたら意外と楽しいんですよ」

 写真フォルダを開けば今日切り取った思い出がすぐに表れる。
 グレート・セブンから始まって、学校で使われている教材や、クルーウェル先生が教えてくれた植物園の片隅に咲いている希少な花。ゴーストカメラよりも気楽に写真が撮れる為、今日だけでも本当に色々なものを写真に収めた気がする。

「……ちょっと貸してみろ」
「あっ」

 写真の整理をしているとレオナ先輩の大きな手に横からスマホを奪われた。

「なにするんですか!」
「もっと上手く撮れよ」
「ちょ、ちょっと!」

 そう言ったレオナ先輩は私の肩を抱き寄せるとスマホを高く掲げ、もっとだと言わんばかりに身体も顔も近づけてくる。
 元々尻尾を巻き付けられていて身動きに自由が利かなかった私はされるがまま、レオナ先輩とぴたりと体をくっつける羽目になり。撮影モードが切り替えられたカメラによってスマホの画面にはぴたりとくっついた頬をこれでもかと赤らめた私とニヤニヤと笑みを浮かべるレオナ先輩が映し出されている。

「せ、先輩っ! 近いですっ!」

 カメラを見ればいいのか、先輩を見ればいいのか、混乱しきった私はとにかく離れたい一心で互いの間に手を刺し入れようとするがレオナ先輩の力に叶うはずもなく。その体勢のまま無情にもレオナ先輩がシャッターを切る音が耳に届く。

「ハハッ、真っ赤じゃねーか。これも上げたら他の写真より人気が出そうだぜ」
「なんでですか! 意味わかんないし、顔がはっきりわかる写真は載せられないんです!」
「なんだ、つまらねぇな」
「もうっ! いいから返してください!」
「少しの間くらい良い子にしてろ」

 肩を抱く力を弱めるどころか強めた先輩はもう数枚写真を撮るとカメラアプリを閉じてなんらかの操作をし始める。

「だ、だめですからね! マジカメに投稿しないでくださいね⁉」
「わかったって」

 マジカメではない、何か別のアプリを立ち上げたレオナ先輩は私が奪い取ると思っているのか、見えない位置に腕を伸ばしてスマホを遠ざけてしまったので何をしているのかがさっぱりわからない。
 暴れたことで少し息を乱した私とは対照的に機嫌良さそうにスマホを弄ったレオナ先輩はしばらく経ってから漸く満足したのか「ほらよ」とやっとスマホを返してくれた。

「もう、一体何したんですか!」
「なんも悪さはしてねぇよ」

 慌ててマジカメを開くが別に勝手に投稿をしていたわけではなさそう。
 他にもメールなんかを確認してみても証拠はつかめず、レオナ先輩が何をしていたのかはさっぱりわからない。

「信用されてねぇな、悲しくて涙が出ちまうぜ。くくっ」
「涙なんて嘘ばっかり! 騙されないんですからね!」

 声は震えているけれど、笑いをこらえているからだろうし、唇だって角が上がっている。
 レオナ先輩は必死に先輩が何をしたのかスマホを確認する私を、顔を覆った指の間から覗き込んでは肩を揺らす。



 結局、こらえきれずに声をあげて笑いだしてしまったレオナ先輩に何事かと部員達が集まってきて時間もキリがよかったので部活はそこで終了になった。
 レオナ先輩がなにをそこまで楽しんだのかはわからないけれど、私が揶揄われているというのはよくわかった。
 写真フォルダに残された顔を真っ赤にした私と楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべるレオナ先輩は今の私たちの関係性をよく表している。
 優しくしてくれたかと思えば、人の気持ちを弄ぶように意地悪をして。それでも瞳の奥に甘い何かが見え隠れする。
 決して投稿することは出来ないし、この世界を去る時に手放さなければいけない思い出かもしれないけれど、せめて私がこの世界に居る間くらいは手元に残していても罰は当たらないよね……?
 投稿用とは別に作った振り分けフォルダに自分とレオナ先輩が写ったデータを移して私はスマホをそっと伏せた。

◇◆◇

 投稿だのなんだの、マジカメと呼ばれるそれに興味はない。
 あいつが更新しているらしいとラギーが情報を掴まなければ何の変哲もないアカウントに興味を示すこともなかっただろう。
 見慣れた景色に当たり障りのない文章が添えられていて、その中には今日のマジフト部の様子も混ざっている。
 どこぞのマジカメに嵌っている輩はハッピービーンズデーの時に投稿から足が付いたらしいし、安全性を考えれば生徒の顔を学園公式という名目を担ったアカウントが投稿できないのは理に適っている。
 俺があいつと撮った写真は投稿されることなく、スマホの中でほんの数MBのデータとして残り続けるか、はたまた既に消されているかのどちらかだろう。
 無機質で中の人物の素性など見えてこないそれを閉じた俺は暴れるメイを押さえつけ、自分のスマホに送信したデータを開く。
 事前にあいつと連絡先の交換をしていたおかげでスムーズに移せた。履歴も消したのであいつがこのことに気付くことはないだろう。
 抵抗も虚しく林檎のように頬を染め、困り顔の癖にどこか嬉しそうな女の姿。
 その隣で頬を寄せる俺もどこか緩み切った顔をしているのだから人のことは言えないが、他人から見ればいつも通り、意地の悪いと言われるそれなのだろう。
 恥ずかしさからか抵抗はされたが反応を見るに嫌われてはいない。腕どころか尻尾を巻きつけても嫌がるそぶりすら見せない女に好かれていないと思えという方が無理な話だ。
 画面を数度タップして、適当な位置で決定すれば背景が今日の写真に固定される。
 こんなもので満たされる日が来るなんて自分も安くなったものだと笑みさえ溢れる。画面の中だけでなく、実際にあの女を手中に収めるまではあとどれくらいかかるだろうか。
 追い詰めた獲物が熟れた果実ようにぽとりと落ちてくるのをまだかまだかと獅子が下で待ち続けてるのをあいつはまだ知らない──。

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