親切な妨害
図書館の奥には誰も立ち入らず埃っぽいけれど日当たりがよくて、死角になっていて他の人が気にならない静かで読書をするにはちょうどいいスポットがある。──というのはどこの世界でも共通らしい。
最近教えてもらったその場所に道中かき集めてきた本を並べればあっという間に私だけの場所が出来上がる。
本の内容は元の世界へ帰るヒントになりそうな専門的な参考書や趣味のファンタジー小説だったり。後者は本気で探してますか?と怒られてしまいそうだけど、魔法に関しては正直お手上げな部分が多いので息抜きを用意するくらい許してほしい。
「あとは……」
並べた本を少し押しやって、鞄の中からノートを一冊取り出し開く。
このノートには読み終えた本のタイトル。著者。帰るヒントになりそうな情報が記されているけれど自分なりにかき集めたそれらは何の役にも立たないのかもしれない。
この世界では常識的なことで魔法士の卵である生徒、もしくは先生に見せたら笑われてしまう内容なのかも。それでも自分でも帰る方法を調べなければ落ち着かなかった。
無意味だとわかりつつもぱらぱらとノートを捲り、白紙のページに借りたばかりの本の表題を書き写す。今日こそ何かこれだ!という手がかりを掴めますように。
そんな祈りを込めながら、難しい文字の羅列と向き合い始めた。
◇◆◇
「鏡はどこかに必ず繋がっている……」
どの本にも必ず出てくる一文を一言一句そのまま書き写す。
「やっぱりみんな同じことばっかり」
「そりゃあこの世界の常識だからな」
「っ……レオナ先輩!?」
またハズレかな。そう思ってガッカリとため息を吐こうとした瞬間声をかけられ逆に息を呑む。
顔を上げればつまらなさそうに向かい側に頬杖をついたレオナ先輩が腰掛けていた。……いったい、いつのまに。
「よお」
「な、なにかご用ですか……?」
「別に?」
一応問いかけてみるがすぐに首が横に振られる。
「えっと……」
ならなんで?なんて聞く勇気があるはずもなく、突然の来訪者に視線が右往左往する。
「ふぅん……」
どうしたものかと考えている間にレオナ先輩は私のノートをいつのまにか手に取って目を通している。
「あの、面白いことはないというか。素人以下のメモ書きみたいなものなので……」
あまり見ないで、という意味合いを込めた言葉を並べながらノートを取り返そうと手を伸ばしたのに、邪魔をするなと言わんばかりにレオナ先輩はわざわざ椅子を横向きにずらして私からノートを遠ざける。
少し子供っぽい意地悪な行動のせいで横顔を眺めることになった私は、レオナ先輩の綺麗なサマーグリーンが拙い私の文字をなぞる毎に上がっていく体温をどうにかしたくて逃げるように立ち上がって近くの窓を勢いよく開け放つ。
時折何を思ったのか私を無意味に構う先輩の行動は深く考えたら負けなことはよく知っている。
熱の篭った顔を冷やすために風を誘い込めば当然室内にも流れ込み、舞い上がった埃がキラキラと日差しに照らされ輝き出した。
空気があまり綺麗じゃない証拠のはずのそれらがレオナ先輩の周りを飾る。
本棚の作り出す影と窓から入り込む日差し。どこにでもある、ありふれたワンシーンなはずなのに、妙に絵になるのはレオナ先輩の存在感と顔立ちの美しさ……だけが理由じゃない。
「ま、草食動物が調べられるのはこの程度だろうよ」
満足したのか、読み終えたのか。ぱたりとノートを閉じて、私を見上げながらレオナ先輩は口角を上げた。
「あうっ……」
目の錯覚なんだと思うけど、それがどこか微笑んでいるように見えて心臓がドキリと跳ねる。
その反応を見たからなのか、頬杖を付いて見上げてくる先輩は獲物を見つけた猫のように段々と瞳を細くし弧を描く。
二人の間にはそれなりの距離があってすぐに逃げれるはずなのに、まるで追い詰められたように窓際から離れられなくなる。
風で冷やされたはずなのに、逆に自分の体温が上がっているのがよくわかって居た堪れない。確認しようがないけれどきっと耳まで真っ赤なんだろう。
「見、ないで、ください……」
何かをされたわけじゃない。何を言われたわけでもない。それでも、綺麗だな。……好きだな、と思ってしまったのがダメだったんだ。
ずるずると壁に背を預けながら座り込めば、すぐにレオナ先輩も隣に腰を下ろす。
「まだ探すのか?」
「今日はちょっと無理かも……」
「くく、だろうな」
体を揺らして先輩が笑うと時折肩と肩が触れ合って、それに私が体を跳ね上げればレオナ先輩はさらに笑って。ひどい悪循環。楽しんでる。すっごい意地悪!
日向ぼっこに丁度いいこの空間は何を隠そうレオナ先輩のお気に入りの場所で、教えてくれたのに毎度毎度こうして邪魔をしてくるのだからまったく意味がわからない。
「寝ちまえよ、何もかも忘れて」
「う〜〜〜っ……」
せめてもの抵抗で体育座りで顔を膝に隠せば、今度は頭を優しく撫でられる。
「言っただろ、ここは休むのに丁度いいって。本と向き合う為に教えた訳じゃねえんだよ。どうせお前じゃ理解出来ねえだろ」
「……趣味の読書は邪魔しないでください」
「はいはい」
返事と一緒にぽんぽんと優しく頭を叩かれる。
ちらりと顔の角度を変えてレオナ先輩を覗き見れば口角が上がったまま私を今度は見下ろしている。
「……いじわる」
調べるな、とは直接口にはしない癖に。
なんでレオナ先輩が私の邪魔をするのか理解したらダメだと本能が告げる。避けているのはお互い様だからそれ以上の追求はしない。
それだけ言って黙り込む私の隣でレオナ先輩がノートを砂にする。さらさらと床にこぼれ落ちる砂は光から逃げるように影へと消えた。