番外:01
「うっわ、本気でこんなこと書いてんの? ウケるんだけど」
「はは、やっべー。めっちゃ笑える」
「……るせぇな」
ぴくぴくと獅子の耳が揺れる。
品性の感じられない笑い声に眠りを妨げられ、レオナは眉を顰めた。欠伸を噛み殺しながら身を起こしてみると己の縄張りに忍び込んだ愚か者の姿は簡単に見つかった。
(いい度胸してるじゃねぇか……)
この時間の植物園はレオナが好んで昼寝をしている。そんな、この学園に長く滞在した生徒なら誰でも知っているような常識すら持たず、呑気に会話を楽しんでいる辺り、大方一年生だろう。
背を向けた二人組は手元の何かに夢中でレオナの視線に気づく様子はなく、下品な笑い声をあげては何かを捲った。
「『私の日記、途中からレオナ先輩の名前が出てくる頻度が凄い。先輩には絶対に見せられないな』だってよ。残念、俺らが見ちゃいました〜」
「なぁ、これ使えばアイツのこと脅せるんじゃねぇか?」
「お、名案じゃん。って言ってもアイツがあの寮長のこと好きなんてのは周知の事実じゃん? 今更っつーか…」
不意に出た自分の名前に形のいい耳がまたぴくりと揺れる。何をしているのか暫く泳がせようと思っていたのを変更し、足音を立てずレオナは二人の背後に立った。
「随分楽しそうじゃねぇか? なぁ、俺も混ぜてくれよ」
ポケットに両手を入れたまま、上半身だけを屈めて二人の間から覗き込む。
「ひっ!」
「れ、レオナ・キングスカラー!!」
二人は話題にあげていた人物の突然の登場に大きく肩を揺らすとその手からぼとりと何かを落とした。無理やりこじ開けたのか、秘密を守り切れず無惨な姿になり果てた錠前の横に開いたまま落ちた本は日記だろう。恐らく、レオナの想像通りなら秘密を暴かれたのはこの学校で魔力を持たない唯一の女生徒。
「あ、あのオレ達はその……」
グルルルと自然と唸る喉。まるで地の底から這いあがってくるような低音に身を竦めながらなんとか出したであろう声は徐々に小さくなっていく。
「テメェらはここで何も見なかった」
「へ?」
「何も読んでねぇし、誰にも出会わなかった。そうだな?」
「え、あ、あの…」
察しの悪い二頭の草食動物にレオナがもう一度唸る。
「は、はい! 俺たちは監督生の日記なんて読んでないし、キングスカラー先輩にも会ってないです!」
「おい、馬鹿かお前! それ全部事実だって言ってるようなもんだろ!?」
背筋をピンと伸ばし、固く目をつぶって言われたことを復唱する馬鹿な相棒の腕を掴むと、少しだけ賢い片割れは青ざめたままレオナの方を振り返りもせず、彼を引きずるように植物園から逃げ出した。
その姿を視界の端に捉えながら、レオナは足元に落ちた日記を拾い上げる。どう考えても女性向けであろうデザイン、中には丸みを帯びた滑らかな文字、何よりも匂いが誰のものかを物語っている。
鍵付きの日記がどんな秘密を守ろうとしていたのか、全てのページを捲るまでもなく想像出来るそれらが無遠慮に踏み荒らされたと思うと腹が立つ。
「失くしたか…。いや、盗られたってところか」
恐らく、今頃必死になって探しているだろう。どのページにも自分への気持ちが込められた日記を失くして彼女が青ざめている姿を思い浮かべレオナは舌打ちをする。
取り返してやったところで、自分の手に渡った時点で彼女にはこの世の終わりのような気分だろう。ゆっくりと真綿で包み込むようにじりじりと罠に追い詰め堕としてやろうと思っていたのになんてざまか。
少しだけ狂ってしまった予定を再度頭の中で組み立て直しながら、レオナは彼女を探すため植物園を後にした。