捕食者にはご注意を!


「おや、まだなにか用があるのかな?」
「そういうわけじゃないんですけど……」

 きゅっと唇の端を噛みしめても何も変わらない。それでも弱音を漏らすよりはずっとマシだと力を込める。
 左右を見渡し、埃を被った教室に入ったことを再確認した芽唯はゆっくりと瞼を伏せた。
 ──迷ってしまった。簡潔に今の状況を説明するならばその一言に尽きる。しかも自分には解決できない迷い方をしている気がする。

「あの……もう一度帰り方を教えてもらってもいいですか?」
「構わんよ」

 豊かな髭を生やした老齢の肖像画に尋ねるのはこれで三度目だ。
 だというのに嫌な顔一つしないのは肖像画故に表情が変わらないか、久々に他者と関われることを喜んでいるから気にしてないのか。もしかしたら両方かもしれない。

「その扉を出たらすぐに右に曲がる。奥に口うるさい肖像画がいるがそいつの話は全て無視して大丈夫だ。もしそいつがよりよい道を教えるなどと言っても耳を傾ける必要はないぞ。あぁもちろん、奴の額縁が傾いていても直す必要もない!」

 よほどその「奥の肖像画」のことを嫌っているのか。三回目だというのに先ほどとまったく同じ言葉で敵対心を露にする肖像画の語気は荒い。

「……わかりました」

 苦笑いで芽唯が頷けば肖像画は続きを口にする。

「奴の近くに階段があるが、こいつはダメだ。気分で行き先が変わる。けれどその隣にある扉、こいつは誠実だ。永遠にただ同じ場所に繋がっている」
「そして目の前の階段を下りて、左手側の扉を開ければ中庭に戻れる。ですよね?」
「なんだ、わかってるじゃないか。なのに戻ってきたということは何か問題でもあったのかね?」
「……もう一回試してきます」

 ありがとう、とお礼を付けたし背を向けた芽唯は古びた教室からすぐに出る。あの肖像画に弱みを見せるのを避けたかったからだ。
 この学園では何に対しても隙を見せるなと口すっぱくレオナに言われているし、相手が人でも物でも厄介なことになるのは芽唯もよく知っている。

「教えてもらった通りに進んだのに……」

 どうしてこうなってしまったのかと沈む気持ちが自然と視線も気分も下げてしまう。
 もしかしたら助けを求めれば肖像画は親切にしてくれるかもしれない。けれどレオナの言いつけを破るのは気が引ける。アズールのように対価を求められたら応えられる気もしない。
 どう足掻いても芽唯にはこの状況を自力で打破する以外の選択肢がないのは明白だ。

「もう一回試すしかない……よね」

 肖像画に教えられた道順は扉を出たらすぐに左。確かに肖像画が奥に見える。少し傾いた額縁の中にいるのは華やかなドレスに身を包んだ夫人。先ほど目の前を通った時旦那に対する愚痴を延々と聞かされかけて、慌てて髭を生やした彼の忠告通り近くの扉に逃げ込んだからあまり会話はしていない。
 その扉の奥には何の変哲もない廊下が広がり。少しだけ長い階段をゆっくりと降りて左手側の出入り口を開ければ、……何故か先ほどの教室に戻ってしまった。
 ナイトレイブンカレッジの外観はまるで中世の城のようで、内装も同様の日本建築ではまずお目にかからない構造になっている。
 魔法が多様に使われている、ということを除いても芽唯には不慣れな環境だ。

「次は大丈夫だと良いけど」

 ここでの生活にも慣れてきた。そう思っていたのにまさかの躓きに芽唯はため息をつく。
 魔法が使えなくてもやれることはたくさんある。授業も魔法を使うものばかりではない。
 音楽の授業なら芽唯にだって歌を歌うことは出来るし、体育だって飛行術でなければ参加出来る。
 個性豊かな同級生より物事を頼みやすいと教師からも信頼を寄せられている。その証拠に頼まれた荷物を抱え直し、芽唯は悪い結果を振り払うように頭を振って廊下を奥へと進み始めた。

「あら、また貴女? ねえ今度こそ私の話を聞いていってくれない?」
「ごめんなさい。急いでるので」
「つれない子。少しくらいいいじゃない」

 まるで無垢な少女のようにコロコロと鈴を転がすような声音で話しかけてくる夫人は甘えたような声を出し続ける。
 額縁には埃が積もり、傾いたまま誰にも直されることもなく忘れ去られた肖像画は話し相手を逃さないように必死なようだ。
 ねぇ、と再度声をかけてくる夫人の声を無視して扉に手をかける。開けた先には当然先ほど見たのと同じ景色が広がっている。
 遠ざかる夫人の声をBGMに目の前の階段を下りれば左手側に扉が見えた。
 ここまでは順調だ。何も問題はない。先ほどだってそうだった。
 ということは、おかしいのはこの扉ということだろうか。もしかしたら何か魔法がかけられているのかもしれない。
 けれど芽唯にはそれを確かめる術もなければ、もしわかったとしても解除する方法がない。
 荷物と一緒に不安を抱えたままドアノブに手を伸ばした芽唯はまたあの部屋に戻されるかもしれないと思うと手首を捻る気になれなかった。
 この現象の悪い所は開けた時に目の前に広がるのは確かに中庭だということだ。
 真っすぐ続いた道。葉の隙間から木漏れ日が地面を照らす。芝生は青々と生い茂り、休み時間を使って運動に励む生徒達の声があちこちから聞こえてくる。
 それなのに一歩そこに踏み込めば、何故かあの教室に戻される。一体どうしたらいいのだろう。
 残念なことに芽唯に外部への連絡手段はない。こんなことなら学園長にスマホの一つもねだっておけばよかった。『私、優しいので』が口癖の男が本当に優しく恵んでくれる奇跡が起きていたかもしれない。
 現実逃避のたらればにまたため息が零れ落ち、時間だけが進んでいく。レオナとの待ち合わせの時間はとっくに過ぎてしまった。

「お腹減った……。先輩もお腹減っただろうな……」

 自分はまだいい。この空間に閉じ込められてしまったのは何かしら自分に隙があったせいに違いない。誰かが自分に向けた悪意なのか、ただここに魔法の罠が仕掛けられていたのかはわからないが、この学園はそういう場所だということは嫌になるほどわかっていたのに避けられなかったのは自身の落ち度だ。
 けれどレオナは芽唯が待ち合わせの時間に訪ねてこなかったせいで昼食を逃す羽目になる。来ないことを不審に思って探してくれる……などといったことを彼に願うのはグリムが規則正しい生活を自主的に行うようになるのと同じくらい難しい。

「せめて途中で見限って食堂とかで食べてくれてると良いけど」

 ぐぅとなる自分の腹の虫は聞かなかったことにしてレオナが腹を満たしてくれたことを祈る。何故来なかったのかと詰め寄られたら全力で謝ろう。
 事情を説明してもバカにされて笑われるだけかもしれないが、仕方がないと芽唯には思える理由がある。彼に納得してもらえるまで根気強く語るか、もしくは許されるように誠心誠意謝罪するしかない。
 サマーグリーンの瞳が弧を描き、謝罪の代わりにと難題を告げる姿を想像すると胃にキュッと痛みが走る。だがレオナは案外優しい男というのが芽唯の認識だ。少なくとも理不尽な怒りをぶつけられたこともなければ、命令をされたこともない。
ラギーは度々彼の態度に対して愚痴を零してはいるが、なんだかんだで雇用関係が続いているのを鑑みれば相応の報酬とやらを彼は支払っているはずだしラギーもそれに満足しているはず。
 彼は相手が逆立ちしても出来ないことをやらせようとする人ではない。可能な範囲で可能な限り、相手の力量を見極めたうえで自分の要望を叶えさせようとする。レオナ・キングスカラーとはそういう男だ。

「お肉マシマシお野菜抜き一週間……とか……?」

 彼に弁当を作るようになってから野菜に顔を顰めても残すということはしなかった。嫌々食べる姿に苦笑はしつつも彼の健康を想えばどうしても野菜を抜きにするというのは抵抗があって、毎回申し訳ないと思いつつもぺろりと食べきってくれる姿を見るのが好きでどうしても入れてしまった野菜たち。
 レオナからしてみれば余計なお世話だろうが、強くやめろと言われないのでたまに小さな嫌味はもらうが今後も変えるつもりはない。
 迷惑をかけてしまったのは昼食絡みななことも考慮すれば、それにまつわる謝罪になるのは妥当だろう。多分。
 そう自分に言い聞かせて頷いた芽唯は少し軽くなった心のままドアノブを捻ろうとした。
 けれど、まるで妨害するように彼女の白い手を包む褐色の手がそれを阻んだ。

「えっ……⁉」
「こんなところで何してんだよ」
「な、なん……それはこっちのセリフですレオナ先輩!」

 見て確認するまでもない。けれど振り向こうとした芽唯の体は彼にぶつかり首以外を捻ることは叶わなかった。
 トンッと軽くぶつかったのを構うことなくレオナは芽唯の手をドアノブから引きはがすと息を吐く。
 先ほどまでの芽唯が零していた悲観的なものと違う。呆れを含まれたそれに自然と頬が膨らんだ。

「腹減った」
「なら食堂に食べに行けばいいんじゃないですか」
「昼食係はお前だろ。それともサボりか? 随分身軽そうで用意してあるようには見えねぇな」
「……教室に行けばちゃんとお弁当ありますよ。今はその……先生からのお使いの途中で」

 さほど重くない荷物を見せつけるように抱え直せばすぐに取り上げられる。
 芽唯には抱き上げるように抱えないと運べない大きさのそれもレオナは簡単に片手で掴み上げた。

「トレインの野郎か……。ったく、こんな面倒な場所にしまい込んだもんを生徒に運ばせんなよな」
「面倒な場所って?」
「なんだ気づいてないのか?」
「……出られないことを言ってるのなら知ってます」
「出られないねぇ……。今回はそんなことになってんのか」
「今回は? じゃあ前は別のことが起きたってことですか?」

 奪った荷物をそのまま脇に抱えたレオナは大きく欠伸をすると、先ほど芽唯が降りてきたばかりの階段を……いや、階段が続く上階を睨みつける。

「肖像画に話しかけられなかったか?」
「二枚ほど。ドレス姿の若い女性の絵とお髭の生えたおじいちゃんくらいの男性……離れた場所に飾られていて男性の方は女性の方を妙に毛嫌いしていました」
「どっちか傾いてただろ」
「確か女性の方が……。男性の方が絶対に直すなって会うたびに言うんです」
「それだな」
「え……?」

 何がそれなのだろう。芽唯が浮かんだ疑問をぶつける前にレオナの体は芽唯から離れ、気怠そうに階段を登り始める。
 慌ててその背を追いかけた芽唯は転ばないよう手すりに掴まりながら口を開いた。

「あ、あの、なんでここに居るんですか!」
「あ? そんなの飯係がなかなか来ないからに決まってるだろ」
「別に食堂で食べたらいいじゃないですか。確かに約束はしてましたけど、私のお弁当にこだわる必要なんてないですよね」

 必死に背中を追いかけて思ったことを投げかければレオナの動きがぴたりと止まる。
 わざとらしくゆっくりと彼が振り向けば豊かな鬣とも呼べる彼のチョコレートブラウン色の髪が肩を滑り落ちる。なんだかそれが異様に目に焼き付いて離れなかった芽唯が思わず凝視すればレオナはくつりと笑い声をあげた。

「見すぎ」

 愉快そうに細められた瞳は一体何を思っているのかわからない。けれどそこにあたたかいモノが混ざっている気がして自然と鼓動が高鳴っていく。
当然の指摘と向けられた瞳の柔らかさに思わず頬が赤くなった芽唯はレオナのそんな視線から逃げたくて足元に目を向けた。
 すると、足元に当然あるはずの床がなぜか無い。自分もレオナもいつのまにか空中を闊歩している。離れた場所にある床はあまりにも遠すぎる。

「えっ⁉」

 信じられない現象に驚いて肩どころか体ごと跳ね上がった芽唯は見えない段差を踏み外してしまい身体が後ろへと傾いていく。

「⁉︎ っンのバカっ!」

 手すりに捕まっていたはずなのになぜかその手すりもいつのまにか消えていて、バランスをどうにか取ろうと頼るものを失った両手をばたつかせてみても体は言うことを聞きやしない。ぐらりと視界がさらに傾いていく。落ちるのを受け入れて目を閉じたのは恐怖からだった。

「っ……!」

 せめて頭だけでも守らねばと手の位置を変えようとしたとき、温かい何かが芽唯の腕を強く引く。

「わっ、なっななななっ⁉」

 ドンッと当たった衝撃に思わず目を開ければ目の前には黄色いベスト。そのまま見上げれば眉間にしわを寄せたレオナと目が合った。

「お前は……問題を起こさないと気が済まねえのか?」
「だ、だって床がないなんて……」

 ありえない。そう言おうとしてもう一度足元に視線を向けた芽唯は息を呑む。

「っ……! あ、足元! 床がないです! なん、なんで⁉」

 レオナと二人、やはりなにもない場所に立っている。目を白黒させる芽唯の瞳をじっと見つめたレオナは深く息を吐く。

「そういう幻覚魔法をかけられてるんだよ、お前だけ」
「え、わ、私だけ? レオナ先輩には……?」
「俺はまだ原因に会ってないからな。お前には存在しないように映ってるようだが足元には階段があるし、ここには手すりだってちゃんとある」

 いつのまにか同じ段に乗っていると思われるレオナは隣に立って芽唯の腕をなにもない方へと導く。
 大人しく彼の誘導に従って震える指先で近くを探れば確かに手すりらしき隔たりがある。
 隔たり、と称すのは芽唯には何も見えないし質感も感じられないからだ。それでも何かが指先や手のひらに当たってそれ以上先に進めない。
 見上げればレオナが黙って頷くのでそのまま指を添わせれば感覚はないのに何かを握っている気がしてくる。

「変な感じ……。頭がおかしくなっちゃいそう……」
「普通の生徒はそこまでかからねぇんだがな。魔力がないからなのか、素直すぎるのか。あの二対の肖像画が危険物扱いでこの学園で管理されてる理由を初めて正しく理解したぜ」
「二対……ってただの仲が悪い肖像画じゃないんですか?」

 学園のどこにでもいる肖像画だとばかり思っていた。すっかり芽唯の中で当たり前になった喋る肖像画。大半は生前のその人物を模した性格をしていて、優しかったり意地悪だったり、中には嘘しかつかない者も居たりした。
 けれどナイトレイブンカレッジに女生徒がいることが大層珍しかったのか、概ねどの肖像画も優しくしてくれていたので油断しきっていたと言われれば確かにそうだ。

「さっき出られないって言ってたな」
「ぐるぐると同じところを巡ってるんです。さっき私が開けようとした扉を開ければ外に出られるって教えてもらったんですけど、開けた先は確かに中庭なのに一歩足を踏み入れたら二階の角部屋に戻されていて……」
「ならその角部屋に肖像画の片方はあるんだな」

 部屋の位置がわかっているのか、レオナは少し上の方へと視線を向けると芽唯の腰を掴んだまま一歩ずつ芽唯には見えない階段を登り始めた。
 芽唯も手すりを掴んだ時と同じようにレオナに誘導されるがまま足を動かすが、まるでレオナと二人で空中浮遊をしているようで夢のような、恐ろしいような、奇妙な感覚に包まれる。足元から伸びるやけに長い影だけがそこに段差がちゃんとあるのだと教えてくれる。
 不安に駆られレオナにぴたりとくっつくように身体を近づければ尻尾がそのまま離れるなと言わんばかりに腰に巻き付いてきた。思わぬ行動に少しだけ早まった胸の鼓動が彼に聞こえていなければいいが。もし指摘されでもしたら誤魔化せる気がしない。
 そんなことを考えながらさほど長くもない階段を登り切ったところでようやく身体が少し離れる。けれど腰に添えられた手も尻尾も離れることはなく、思わずレオナを見上げれば視線がかち合う。

「あの……階段ってもう終わりましたよね……?」

 目の前には扉がある。この扉を抜ければその真横には夫人の肖像がかけられているはず。
 階段は踏み外す可能性があって危ないと支えてくれた理由はわかる。だがこの先には特にそんな危険な場所はないはずだ。それなのに離れないレオナに首を傾げれば何故か同じようにレオナも首を傾げる。

「確かに終わったが、だからどうしたっていうんだよ」
「距離感がおかしいというか……」

 多少なり身体を離すことは出来るのだが、レオナにもたれかかる形になっているのは階段を登っていた時と変わらない。

「また床がないだの騒いでふらふらと踊りだされたら困るからな」
「踊ってないです! 本当にないんですもん!」
「わかってるよ。お前にはそう見えるようになってる。それは嘘じゃない。だからこそこの先も変なもんを見ないとも限らないだろ」
「変なものって……?」
「ここは二階だからそうだな……真実味を付加するために徐々にひび割れて落ちていく床。窓ガラスを割って魔獣が入ってくる幻覚なんてのもあるかもしれねぇな」

 なんてことない天気の話でもするかのように芽唯が見せられるかもしれない幻覚の話をするレオナはその内容自体にはあまり興味はなさそうだ。それもそうだろう。なにせ彼にはただの予測に過ぎず、実際に見ることはない。それにもしそんなものを見せられたとしてもレオナは動揺すらしなさそうだ。
 だが実際に目にするかもしれない芽唯は想像して息を呑んだ。
 足元にあるはずの階段を認識できなくされた時点で自分に今かけられている魔法の効力は痛いほどわかっている。先ほども自分一人だったら階段から転がり落ちていただろう。

「あの、もう一つ質問なんですけど。肖像画には悪意か敵意があるんですか? 同じ場所をぐるぐるさせられるだけならともかく、レオナ先輩と合流してからの悪戯は下手すれば怪我をしてもおかしくないです」
「…………」
「レオナ先輩……?」
「はぁ……行くか」
「えっ、ちょっと先輩!」

 妙な間を置いてため息をついたレオナは答えることなく目の前の扉に手をかけた。
 先ほどまで問えばなんでも答えてくれたのに突然どうしたというのか。芽唯が縋るように彼の胸に手を添えてもレオナは前へと進むので腰を抱かれている芽唯は逆らうことも出来ずに彼と共に扉を抜ける。

「あら、ふふっ。ようやく王子様のお出ましね」
「わっ、あ、あの」

 扉の先では真横に夫人の肖像が飾ってあるのはわかっていたのに芽唯は声に驚き肩を跳ねさせる。

「チッ、面倒なことしやがって……」
「面倒? だって私達そういうものだもの。わかっていてここに飾っている学園側に文句を言ったらどうかしら」

 額縁の中で楽しそうに笑みを浮かべる夫人はパンッと手を顔の横で合わせては首を傾げる。まるで少女のような仕草をする愛らしさに反してその目は笑っていない。
 獲物を定めた肉食獣のような瞳は少しずつ細められ、緑色の光を放ちながら怪しく瞬く。

「…………っ」

 髭の肖像画に促され彼女とあまり対話をする時間を持たなかったが、もしそれがループの原因だったとしても今となっては正解だった気がしてくる。もし仮にあの顔で「行くな」と命令されればどれだけその声が柔らかでも芽唯はその場を動けなくなってしまっていただろう。
 思わず息を呑んでレオナの背中に顔を埋めれば「まぁ!」とその圧に反してやはり軽やかな声が廊下に響く。

「単刀直入に言うぞ、こいつにかけた魔法を解けと伝えろ」
「どうして?」
「人様を勝手にこの空間に閉じ込めておいてどうしても何もないだろ」
「だってまだろくにお話もしてないもの。急いでいるとは聞いたけど、それはその子の事情であって私にはまったく関係ないわ」

 そんなに自分と何を話したいのか。夫人はただ話し相手が欲しいだけなのか。浮かんでくる疑問をぶつけようにもレオナの腕がまるで動くなと言わんばかりに自身の胸に押さえつけるように芽唯の頭を抱きかかえているので何も口出しが出来ない。
 もう片方の手はすでにマジカルペンを握りしめてはいるがそれが肖像画に向けられることはない。あくまで会話でこの状況は打破できるのだろうか。

「テメェらの暇つぶしに使われるなんざごめんなんだよ。こいつは俺の昼食係だ。トレインの小間使いにされてるだけでも腹が立つのに、くだらねぇ理由で通りすがりの人間に魔法をかける迷惑な肖像画にやるこいつの時間はない」

 憤りの証拠のようにレオナの腕に込められた力が強くなる。昼食係というのは置いといて、教師の手伝いをするくらいは自分の自由だろうという反論も先ほどと同じように飲み込んだ。ただでさえ苛立っているのに火に油を注ぐ必要はない。

「まあまあ! 酷い言い草ね。せっかくここに来てくれたのに逃がすなんてもったいないじゃない? 私たちは哀れな肖像画。私に足はあるけれど額縁にはそれがない。多少の自由を奪ったところで同情で洗い流してもらえませんこと?」
「ンなことが出来るやつはここにはいねぇよ。ロイヤルソードアカデミーに転居でもしたらどうだ?」
「あぁやだやだ。本物の白馬の王子様の物語なんてつまらないじゃない。綺麗に並べられた宝石店に行くより、寂れた鉱山からキラキラと光る原石を見つけて帰った時の方が何倍も嬉しいものよ」
「そう言いつつあちこちで面倒を起こしたから、滅多にその宝石とやらが採掘できないこの場所に保管されることになったんだろうが」

 この場所に彼女が飾られることになった経緯をレオナは知っているのか深くため息を零すとマジカルペンを一振りする。するとカタッと音がしたかと思えば壁から外れた肖像画が動き出し降り積もっていた埃は同じく魔法で開け放たれた窓から外へ飛び、壁の日焼け跡に反して額縁が斜めに傾いていたのも直される。

「あれ……?」

 レオナのマジカルペンが輝きだした瞬間は「なにをするのよ!」と叫ぶ夫人の声が聞こえていたのに魔法の気配が収まる頃には夫人は何一つ喋らなくなっていた。
 そして廊下には静寂が広まっていき、不思議に思った芽唯が首を傾げればようやくレオナの身体が離れていく。

「あの、いったい何が……?」

 いつまでも口論が続きそうだったのに、物音ひとつしない。

「こいつと話してても埒が明かないからな」

 肖像画の方を見てみろと顎で指すレオナに従い振り向けば、正しくかかった肖像画の中で婦人は先ほど怪しく輝いた瞳を瞼で隠しすやすやと眠りについている。

「本来はこうやって封印されているのが正しい姿だ。額縁が傾いたことでそれが緩んだんだろ。なら話は簡単だ。ただ直してやればいい」
「これでぐるぐる回らなくなるんですか……?」

 肖像画は二対だとレオナは言っていた。夫人の封印が解けていたのが原因だとすれば髭の男性の方は無関係なのだろうか。

「いや、恐らくお前に魔法をかけたのは男の方だ。だからこっちは眠らせた。時間の無駄だからな」
「凄い、そんなのわかるんだ……」
「匂いがしなかったからな」

 レオナがたまに口にする魔法の匂い。初めて出会ったときも自分の匂いを嗅いだ彼は同じことを言っていた。レオナ特有なのか、獣人特有のなのかはわからないが、魔力のまの字もわからない芽唯には到底理解出来ない感覚だ。

「あの、宝石がどうのとかロイヤルソードアカデミーの名前が出てましたけどあの人は私になにが聞きたかったんですか?」

 ただ話し相手が欲しかった、なんて雰囲気ではなかった。
 特定の話題を聞きたがっている素振りがあったし、レオナの口ぶり的にそれを追求した結果迷惑な代物としてここに封印されたんじゃないだろうか。

「……さぁな」

 知っているだろうに答える気がないという意思表示か。先ほどまでの雄弁さとは比べ物にならないほど簡潔な受け答えでレオナは芽唯の腕を引くと角部屋に向かって歩き出す。

「もう……。お髭の方は傾いてなかったですけど、あの人も本当は封印されてるんですか?」
「いや、あいつは俺が知る限りンなことはされてねぇな。四六時中、虚空に向かってぶつくさ呟いてるか、ただの絵のように固まってる時もある」
「詳しいんですね。なんだか定期的に通ってるみたい」
「ここは普段生徒も教師も立ち入らねぇからな。サボるにはちょうどいい。オンボロ寮で埃臭いのに慣れたからか、窓を開けてやればさほど空気の悪さも気にならなくなった」
「あはは……」

 それってなんて悪影響。
 レオナは学園内に寝床にしている場所がいくつかあるとは聞いていたが、まさかこんなところまで彼の縄張りの一つだったとは。
 しかし、レオナがこの場所を選ぶのも少しわかる。トレインに頼まれごとをした時、彼は本当ならば芽唯を立ち入らせたくないと渋っている様子だった。
 かといって、明日の授業で使うのは貴重な魔法道具らしく何を起こすかわからない問題児だらけの他の生徒に頼むのも気が引けるようだった。……と言っても、芽唯もある種の問題児だ。本人が悪いわけではなく、周囲がトラブルに巻き込んでくるのだが。今回もその類で貴重な昼休みを今も刻々と失っている。
 まさかトレインもこんな狭い場所でトラブルに巻き込まれるとは夢にも思っていないだろう。彼はなにも悪くない。

「あれ、そういえば魔法道具は……?」

 出会った瞬間レオナが片手で軽々と奪っていたのに今の彼は何も持っていない。空いている手を見つめればレオナは見せつけるように手をぶらぶらと振る。

「魔法で俺の部屋に送っておいた。ラギーに連絡しといたからあいつがトレインにクレーム付きで届けるだろ」

 クレームは不要なのだがあくまでもレオナと無関係なのに巻き込まれたラギーからの、ということだろう。
 角部屋の前までたどり着くと扉に手をかけたレオナは芽唯を背後に庇うようにすると「おい、いい加減にしろよ」と喧嘩腰に入室する。

「おや、誰かと思えば。なんだついに助けが来てしまったのかい。つまらないねぇ」

 自慢の髭を指で挟みこんでは梳く肖像画は声だけでレオナだとわかったのだろう。瞳を伏せたままレオナと芽唯を見ることなくため息をつく。

「ああ彼女はもう眠ってしまったのか。せっかく久しぶりに楽しませてやれると思っていたのに君も酷いことをする」
「俺は几帳面なんでなァ。傾いた額縁があったもんでつい直しちまった。ついでにお前も黙らせられるとありがたいんだが?」

 夫人と対面した時のようにレオナが芽唯を庇いながらマジカルペンを握りしめるかと思ったが大きな欠伸を零しながら肖像画と向き合うレオナはマジカルペンを取り出す素振りすら見せない。
 問われた肖像画はぎょろぎょろと瞳だけを動かして思案しているのだと言わんばかりに「うーん」と声をあげ始めた。

「レオナ先輩……あの二枚って仲が悪いんじゃなかったんですか?」

 男の意識が逸れた隙にレオナの背中に張り付くように近づいた芽唯は彼の頭上の耳に届くように上向きに小声で話す。
 ぴくぴくと動いた耳は時折伏せられながらも芽唯の声を拾ってくれてレオナは視線だけを芽唯に向けた。

「言っただろ、あいつらは二対の肖像画だって。こいつの目的はお前を閉じ込めてあの夫人の気が済むまで話し相手にさせることなんだよ」
「お話なんて……」

 別にそんなことをしなくてもそう言ってくれればよかったのに。
 『気が済むまで』という部分は気にかかるが、時折遊びに来る約束なら出来る。なにより例え肖像画でも女性と話せるのは芽唯だって嬉しい。
 ちらりと視線を肖像画に戻せば彼はただ黙ってこちらを見つめていた。

「獅子の坊やの言う通りだ。私は彼女と一生話してくれる相手を作ってやりたかった。文字通りのね」
「一生は……ちょっと困ります」
「ハハッ、ちょっとなのかい? 変わったお嬢さんだね。そこは絶対無理とでも言い切りなさい。私のような悪いものに付け入られてしまうよ」
「つ、次からはそうします……」

 確かにレオナの言う通り危険な肖像画なのかもしれないが、穏やかな雰囲気からはまったく想像出来ない。

「あの、夫人は封印されて普段は寝てるみたいなんですけど、あなたはレオナ先輩と顔見知りってことはいつも起きてるってことですか?」
「あぁそうさ。ふらりとこの部屋に立ち寄る坊やが眠るのを見つめるだけの時間を何度過ごしたことか」
「見てんじゃねぇよ」
「なら授業にちゃんと出ることをお勧めするね」

 ため息交じりの正論にレオナはグルルルルと喉を鳴らして不服だったことを表現する。

「……レオナ先輩、この人にはどういう対処をするんですか?」
「こいつの魔法は相方を封印した時点で破綻する。が、完全に解けたわけじゃないからな」

 数歩前に踏み出したレオナは胸の高さから天井付近まで続く肖像画を見上げるように睨みつけた。

「だからとっととコイツにかけた魔法を解け。話し相手ならまた他を探すんだな」
「……しょうがないね、まさか君の知り合いだなんて思いもしなかった。今日一日かしばらくの間はお嬢さんの時間を頂けると思ったんだが実に残念だ」

 目を伏せた肖像画の手がキラリと光る。するとたちまち芽唯の周囲も光だし、パチパチと小さな花火が上がるかのように瞬いたかと思えばすぐにおさまって辺りが一気に暗くなる。光を見つめていた芽唯は自分の身体を思わずぐるりと見下ろすが目に見えた変化はない。
 けれど今のが魔法を解いた合図なのだろう。レオナは男を睨みつけるのをやめてゆっくりと息を吐きだした。

「あの……毎日は無理ですけど時々だったら夫人の話し相手になれます。肖像画のお友達結構いるんです。西校舎のロザリアちゃんとか」
「なに?」

 提案に驚いたのか男は先ほどまでの花火のようにパチパチと瞬きを繰り返したかと思えば困ったように笑いだす。

「ハハッ、なるほど。これは獅子の坊やが手を焼くわけだ。せっかくの申し出だが遠慮しておくよ」
「……? でも……」

 なぜレオナのことが絡んでくるのかわからない。思わず首を傾げた芽唯だったが提案を断られたのが意外で自分の願いでもないのに食い下がる。

「言っただろ、こいつらは危険な肖像画なんだって」
「一つの場所に閉じ込められるから危険とか、そういうのじゃないんですか?」

 延々と同じところをループさせられる。正直あれはメンタルがおかしくなるだろう。
 いつかは繰り返すのをやめて、話し相手としてこちら側から肖像画を頼るようになる。きっとそれが目的だ。

「なら聞くが、お前ここに閉じ込められてどれくらい経ったと思ってる?」
「どれくらいって……まだお昼じゃないんですか?」

 確かめるために窓の外を見ればまだ陽は高い。──はずだった。

「えっ、なん……うそっ⁉」

 思わず駆け寄って窓を開け放つ。魔法にかけられている間は開けることも出来なかった鍵がすんなり開いて身を乗り出すように外を見れば頭上ではいくつもの星が瞬いている。

「さっきまでお昼でしたよね⁉」
「いや、俺がお前を見つけた時点で夕方だ。俺が何時間お前を探し回ったと思ってる」
「だ、だって……」

 なら中庭への扉を開けるたびに聞こえていたあの賑やかな声は、眩しい日差しはなんだったのか。

「さっきそいつが言ってただろ『時間を頂けると思った』って。単純に話し相手としてならまだ可愛いが、こいつらは魔法をかけた相手の生命力を特定の条件下で奪うことが出来る」

 説明をしながら近寄ってくるレオナの瞳が暗い室内で先ほどの夫人の瞳のように怪しく光る。

「お前自身がここでどれだけの時間を彷徨った自覚があるかは知らねぇが、現実の時間は御覧のありさまだ。魔法が解かれて肉体の疲労も正しく感じられるようになったんじゃないか?」
「確かに……」

 先ほどまでと違って身体が重たい気がしてきた。お腹も空いてきたなんてものではない、今にも大きな音を立てて鳴き出しそうなくらいの空腹感がある。

「でも、こんなことどうして……」
「一生話し相手になってもらう、だったか。狂ったまま気が付きもせずここで過ごせばお前はいつか生命力を奪われてやがて死ぬ。けれど魔法で時間も空間も己の疲労感すら誤魔化され続けたお前は自分が死んだことにも気づかないままゴーストになる」

 ふわりと冷たくて柔らかいオンボロ寮で待つ家族の姿が脳裏に浮かぶ。確かにゴーストになってしまえば成仏でもしない限り永遠に話し相手になれるだろう。

「一生ってそういう……⁉」

 ぞわりと背筋が凍りつく。油の切れたロボットのようにギギギと鳴りそうなほどゆっくりと肖像画の方を見れば彼は穏やかな笑みを浮かべている。

「昔、私たちは森の奥深くの洋館に飾られていたんだ。彼女が目覚めていないと空間を捩じらせることは出来ないのだが、私がこの方法で何人を殺めたか聞いたら君はもう口を聞いてくれなくなるだろうね」
「だっ、だから学園で管理してるんですね……。魔法士にはあまり効かないみたいだし、少なくとも定期的に誰かがここを見回るようにすれば事故は防げるから……」

 普段は夫人が封印されているので無害。なんらかの事故でそれが解けていたとしても今回は最悪頼みごとをしたトレインが異変に気づいただろう。

「この学校には曰く付きのもんばっかりだ。お前みたいにどこに繋がってるかもわからない鏡に吸い込まれたり肖像画に魔法をかけられたりする運の悪いやつは相当珍しいがな」

 口元は笑っているのに目が笑っていないレオナに頭をくしゃりと撫でられる。
 肖像画の方へと向き直ったレオナは「廊下で待ってろ」と芽唯を顎で促した。

「でも……」
「ちょっと話をするだけだ、すぐに行く」
「……わかりました」

 渋々頷けば安心させるようにもう一度レオナの掌が頭の上に乗る。
 レオナが言うのだから大丈夫だろう。怖くないと言えば嘘になるがそれでも芽唯は駆け出すように部屋を後にした。

◇◆◇

 扉が閉まったのを確認したレオナは改めて肖像画へと向き合った。

「ふざけるなよ」

 芽唯がいた時には出さないように必死に抑えた低音を耳にした肖像画は肩を震わせ笑いだす。

「坊やは本当に彼女のことが大事なのだね。ならば早々に捕まえて首輪でも付けてしまえばいいだろうに」
「……まだ時期じゃねぇんだよ」

 すべてを察しているかのように高笑いをする男の声が廊下の向こうの芽唯に聞こえないようさりげなく部屋全体に魔法をかける。

「お前らみたいにやっかいな肖像画を残している学園側の気がしれねぇな」
「私はともかく妻は本当にただ彼女と話したかっただけなんだ。許してやってくれ」
「妻の好みに合わせて魔法をかける相手を選んでるくせによく言うぜ」
「なんと、そこまで知っているのか! 私達も有名になったものだ」
「チッ……」

 思わずこぼれた舌打ちに肖像画はまた笑いだす。

「片想いをしている人間を捕まえて、時間をかけて狂わせていく。出ることが出来ない空間で精神的に追い詰めて、最後には想い人の幻覚を見せて騙すなんて趣味が良すぎて涙が出るぜ」

 レオナが見つけた時点で芽唯はまだほんの数時間捕まっていただけだった。まだ追い詰められている段階で、仮にレオナが来ずに教師が探しに来たとしても時間を無駄に過ごしただけで生命力を奪われるまでにはならなかっただろう。

「あいつは俺の獲物なんだ。テメェらみてぇなたかが絵に手を出されて笑って許してやれるわけがねぇだろうが」

 腸が煮えたぎるような怒りがふつふつと湧き上がる。今湧き出てきたわけではない。数時間前から。芽唯と合流した時点からレオナの中で生まれていたものだ。
 これ以上この熱を抑えるつもりは毛頭ない。レオナは躊躇せず目の前の肖像画に手を伸ばす。

「俺こそが飢え、俺こそが渇き、お前から明日を奪うもの」
「待て、何をする気だね?」

 焦ったように男は目を見開くが、彼が奪った生命力で行使する特殊な魔法は強力な魔法士であるレオナには効果がない。そうなってしまえばレオナの言う通り彼はただの絵に過ぎない。
 文字通り手も足も出ない男は喉を引きつらせ、叶わないと知りながら響き渡る詠唱が終わらないことを祈る。

「平伏しろ──“王者の咆哮(キングス・ロアー)”!」

◇◆◇

「レオナ先輩! お話は終わったんですか?」

 部屋を出れば扉のすぐ真横の壁を背凭れに待っていた芽唯が飛びつくように目の前にやってくる。
 何も知らない少女はすっかり安堵しきって己を見上げていつもの笑みを浮かべた。

「あァ、大した用じゃなかったからな」
「その割には防音魔法が……」

 首を傾げて部屋を見た芽唯は自信なさげにぽつりと呟く。

「……気づいてたのか」
「あ、っと……その、お話する時によく使ってくれる知り合いがいて。その時と同じ気配がしたからなんとなく」

 泳いだ視線は誰を思い浮かべたのか。いけすかないトップモデルの顔が脳裏にちらついたレオナは黙って芽唯の腕を引くと廊下を進みだす。

「腹減った」
「ごめんなさい。お昼どころかもう晩ご飯の時間ですもんね」
「お前のせいでどっちも食べ損ねることになりそうだ」
「大丈夫、お詫びは先輩に会う前から考えてあるんです! お肉マシマシお野菜抜き一週間でどうですか?」
「ハッ、そりゃいいな! こんだけ働かされたんだ、見返りはそれくらいじゃないとわりに合わねぇ!」

 真面目な顔で握りこぶしで答えた芽唯は自信に溢れた目をしている。
 キラキラと輝くその瞳は既に忌々しい肖像画に取って喰われかけたことを忘れたかのようだ。
 あぁ、なんて間抜けな草食動物なのだろう。捕食者から逃げきれたと安堵した顔がおかしくてたまらないレオナは笑いが止まりそうにない。
 レオナと芽唯が夫人の肖像画を横切るとカタリとまた彼女の額縁が傾く音がした。けれど、音に釣られた芽唯が振り向くとそこには砂の山だけが残されていた。

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