心地いい夜


 ゆっくりと睫毛を震わせ少女が目を開く。まだ空は薄闇色のベールをまとい、自分の衣擦れの音だけ耳に届く。時間を確かめるため時計に手を伸ばそうとするが、背後からがっしりとした腕が腰に絡みつき身動きが取れない。芽唯は少し驚きながらも自分の状況を思い出し、わずかに首を後ろに捻った。

「レオナ先輩、ちょっと邪魔、です」

 そうだ、今日は彼の部屋に泊ったのだった。初めて泊った日はあんなにも緊張していたのに今では逆に居心地が良いとさえ思い始めているのだから不思議なものだ。
 絡みつく手足からなんとか抜け出し、漸く掴んだ時計の針はまだ夜が明けないことを示している。眠れる獅子を起こさないためにももう一度瞼を閉じるべきだということは分かったが、二度寝をするには少し目が冴えすぎている。
 慎重に寝返りを打てば、精悍な顔立ちと向き合うことになる。すべてを見透かすような眼差しも鋭い牙も今は姿を隠し、少しだけ幼く見えた。
 こんな姿を見ることが許されているのは自分だけという優越感に胸が甘い気持ちで満たされる。目元の傷跡も、どこかのゴーストがキュートと称した自分とは全く違う形をした耳も、今この瞬間は自分だけのものだ。

「……起きてます、よね?」

 胸元に頬をすり寄せながら顔を覗き込めばグルルと喉を鳴らしながら二つの翡翠が姿を現す。

「……いつから気づいてた」
「ふさふさの尻尾が悪さをし始めた辺りから」

 ふふっと笑う芽唯の太ももには確かに尻尾が絡みついている。乱暴そうに見えて案外優しい手付きで触れる彼と同じく、この尾もまるで宝物を撫でるようにゆっくり優しく皮膚の上をなぞっていた。反ってそれがくすぐったくてすぐに気づいたのは内緒にしておこう。

「まだ早いだろ。寝ろよ」
「先輩こそ。今起きてたらまた午後の授業サボりそう。次は絶対出てもらいますからね」
「ラギーみてぇなこと言うなよ」

 そのラギーから口酸っぱく言われてるのだからしょうがない。なんて言えば機嫌を損ねるのはわかっているので絶対言わない。

「ぎゅってしていいので、一緒に早く寝ましょう」

 ほら、と自分から抱き着けばレオナは両目を細めながらそれに応える。

「随分大胆になったもんだな」
「言葉にするよりずっとずっと簡単です」
「……そうか」

 大きな手が後頭部に添えられ引き寄せられる。レオナの落ち着いた鼓動に反し、バクバクと音を立てる自分の心臓の音が彼の耳に拾われないよう祈りながら芽唯はゆっくり目を閉じる。

「おやすみなさい、レオナ先輩」

 応えるように尻尾がするりと静かに巻き付いた。

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