幸せの香り


 時計を確認したアウラリアリアは自室の窓を大きく開く。カーテンが風に攫われようと、自身の髪も同じように踊りだそうと気にすることなく身を乗り出してある一点をじっと見つめた。
 この行動がすっかり習慣になってしまったのは規則正しい彼の影響が大きい。

「あっ、れ……?」

 すぐに目的の人物を見つけたアウラリアリアの顔が一瞬にして綻ぶが、同時に疑問が浮かんで首を傾げた。
 ともかく彼がもうすぐ到着してしまう。なにせ見つけたのと同時に視線がかち合い軽く手を振ってくれたのだ。彼がそれで走り出すなんてことはないのだが、アウラリアリアは待ち遠しくて跳ねるように自室を飛び出した。
 階段を駆け下りれば一緒にお小言も飛んでくるが、それもすっかり習慣染みて右から左へ受け流したアウラリアリアは軽く息を整えてから玄関扉に手をかける。

「アルくん……!」

 開けるのと同時に名を呼べば、アウラリアリアが先に出てくると察していたのか扉から一歩引いたところでアルハイゼンは待っていた。

「そんなに慌てなくても俺は逃げない。何度言えばわかるんだ」
「だって……」

 早く会いたかった、なんて言い訳はありきたりすぎるだろうか。
 喉から出かけた言葉を呑み込んでも他に言葉が出てこない。ばつが悪くて視線を逸らせば自然と先ほど疑問を持った原因が視界に入る。

「……これは?」

 話題を逸らしたくて彼には不釣り合い……というと失礼かもしれないが、普段の彼ならまず手荷物に含まない花束に手を伸ばす。
 アルハイゼンには片手で十分な花束もアウラリアリアには抱えて持つのが精一杯で、花の中に飛び込むように受け取ればアルハイゼンの唇が少しだけ弧を描いた。

「恋人に会うのならたまには花の一つでも贈ってやれ、と店主にしつこく絡まれた」
「それで買っちゃったの?」 

 頷くアルハイゼンが珍しくて花と彼を交互に見比べては首を傾げる。彼について特別詳しいとはまだ言えないが、押し売りされるほど気が弱くないのは知っている。
 それどころか、一時期は会うことを拒絶していたにも関わらず今と変わらず毎日のようにこの屋敷を訪ねていた程度には図太い性格だ。
 自分の中の人物像と花束を手にするに至った経緯がかみ合わずアウラリアリアはますます首を傾げるが、アルハイゼンはやけに機嫌がよさそうだ。

「君の恋人だと他者にも認識されている証拠のようなものだろう」
「そっ、……そう」

 そんな理由?とは流石に言えない。誤魔化すように短く言葉を紡げば自由になっていたアルハイゼンの手がアウラリアリアの頬を撫でる。
 心地いいような、むず痒いような、なんとも言えない感覚で顔に熱が集まっていく。

「アルくんはちゃんと私の恋人よ……とっても素敵な恋人だわ」

 恥ずかしくて彼の顔は見れないが、ぽつりと呟けばアルハイゼンの掌がぴくりと一瞬震えた気がして、羞恥心に耐えてすり寄れば少し遅れて返事をするようにまた優しく手が動き出す。
 恋人という肩書一つで大げさなと知らない人なら思うだろう。それでもすったもんだの末にやっと今の関係まで持ち直した……いや、進展した二人には自他ともにそう見えるのはとても大きなことだ。

「私も恋人にって勧められたら何か買わされちゃうかも」
「花でも家具でもなんでも好きに買うといい。置く場所には困ってないからな」
「もう……」

 それはそれで今度はとある人物が怒り出すのではないのだろうか。風スライムのようにプンプンと膨らむ姿を想像しては笑みがこぼれる。

「それじゃあ今日はこのままおでかけね? 私お花ばあやに預けてくるわ」

 花束を抱え直して香りを吸い込む。幸せに香りがあるとしたらきっとこんな匂いなのだろう。彼の傍を離れたというのに自然と緩んだ頬をばあやに指摘されたアウラリアリアは恥ずかしそうに微笑んだ。

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