同罪


 コンコン、と夜道に扉を叩く音が響く。
 道中から何度目かのため息と共に扉を見つめたアウラリアリアは少し後悔を抱えながら、それでも目的の人物に会いたくてもう一度扉を叩いた。
 待っているだけで息が詰まりそうになる。扉を一枚隔てた先に彼がきっといるはずなのに、ぴくりともしないそれが段々と壁のように重苦しいものに見えてくる。
 長く美しい髪を月明りと外灯が照らし夜風が優しく揺らす。けれど、ふわりとしたその感覚は今のアウラリアリアには肌寒いと感じるだけのものだった。
 やはりこんな時間に尋ねるのは迷惑だったろうか。それよりも夜遅くに一人で出歩いたことを怒られるかもしれない。家に入れてもらえないかも。
 そんな不安が山のように積み重なっていくが、扉がゆっくり開いてアウラリアリアはひとまず胸をなでおろす。

「君は……」

 一瞬だけ目を見開いた家主──アルハイゼンはすぐにいつもの真顔に戻るとアウラリアリアの手を引いて室内に入れると玄関を閉めた。

「一人で来たのか?」
「うん……。ごめんなさい」
「最初からそうして謝らなければいけないと思う行動は控えるべきだ」
「うん……」
「…………落ち込ませたいわけではない。顔を上げて、まずは奥へ」

 そう言ってアルハイゼンはアウラリアリアの手をまた引いてくれる。

「あの、カーヴェくんは?」
「……あいつに会いに?」
「ううん! 違う、違うの。アルくんに会いたくて。でも、ちょっとカーヴェくんが居たら気まずいなって」

 アルハイゼンの声のトーンが一瞬下がり、慌てて首を振って否定しながら顔を上げればアルハイゼンと目が合った。少し不満げにきゅっと眉間に皴が寄っていたが納得したのか彼は軽く息を吐きだす。
 定位置になっている座席に座らせられたアウラリアリアの隣にアルハイゼンも腰を下ろすと握られていた手に力が籠められる。

「なら何故君はこんな時間に一人で俺の家に?」
「その……」

 当然の疑問だ。そして当然の怒りだ。夜道には何が潜んでいるかわからない。そうでなくともアウラリアリアは元からトラブルに巻き込まれやすい。
 それでも、今夜アルハイゼンに会いたかった。正確には今、会いたかった。

「……パパと喧嘩しちゃって」

 アウラリアリアの屋敷は広い。喧嘩した父親と顔を合わせない方法なんていくらでもあるし、そうでなくとも大人しく部屋にでも引きこもって陽が昇るのを待っても良かった。けれどあの家に居ること自体が気まずくて屋敷を飛び出した。

「無性にアルくんに会いたくなって、それで……。本当は途中で引き返そうかとも思ったの。絶対怒られるに決まってるって」
「…………」
「どうしようって悩んでも足が止まらなくて、気が付いたらお家の玄関を叩いていたの……ごめんなさい」

 何度目かわからない謝罪を繰り返せばアルハイゼンが息を吐く。
 呆れられてしまっただろうか。アルハイゼンならまず取らない行動だ。
 彼はいつも冷静沈着で、感情に任せて動くなんてことはしない。
 感情で動いてしまうアウラリアリアとは正反対。どちらかといえば、そう、彼女の父に似ている。

「喧嘩をした理由はもう覚えてなくてね。今になってしまえば些細な理由だった気がするの。けどお互い……というか私がどうしても引かなくてパパに呆れられちゃって……それで……」

 べらべらと言い訳がましくここに来た事情を並べていたアウラリアリアはふと気づく、今まさに自分の目の前の人物も軽率な感情任せの行動に呆れているに違いない、と。

「…………っ」

 ずっとアルハイゼンの顔を見れていなかったアウラリアリアは室内に向けて視線を彷徨わせる。
 父親にもアルハイゼンにも呆れられてしまったら今夜はこの後どうしたらいいのだろう。
 慌てて口を閉ざしたが、かえってそれが気まずい沈黙を作り出す。

「…………はぁ」

 息すら止まってしまいそうな沈黙の後、アルハイゼンがため息をつく。
 やっぱり呆れられてしまった。膝の上に乗せていた手をぎゅっと握りしめれば、いまだにアルハイゼンに握られたままだった方の手には彼の指が絡むように重なっていく。

「っ、な、なに?」
「……そう驚くこともないだろう。それとも恋人の手を握るのに理由が必要なのか?」
「い、らないけど……。もう怒ってないの?」
「別に俺は最初からそこまで怒っていない。多少君の軽率な行動に呆れはしたが、そういう人物であると重々承知している」
「うっ……」

 ぐさりと言葉の刃が胸を指す。わざと棘のある言葉を選んでいる……というわけではないだろう。アルハイゼンはこういう人だ。

「それよりも、俺は君が真っ先に頼ろうと思った相手が俺であることに喜びを覚えている」
「え……?」
「危険な行動を叱らなければと思う一方で、君の拠り所になれていることを幸福に思う俺にその資格はないだろう」

 いつのまにか絡められていた手を持ち上げて、その指先に唇を落としたアルハイゼンは穏やかな笑みを浮かべてアウラリアリアを見つめる。
 独特の色彩を放つ瞳が少し熱っぽくてアウラリアリアは戸惑いを隠すように空いている手で胸の上から心臓を抑えるが、高鳴る鼓動は先ほどまで落ち込んでいたのが嘘のようにアウラリアリアの頬を紅潮させてしまう。

「アルくんってば……。もっと怒られると思ってたのに……」
「叱ってほしいのか?」
「それはいや……。だって、優しくしてほしくて来たんだもの」

 アルハイゼンならきっと味方に付いてくれるに違いない、その一心でここまで来た。夜風に当たって肝心の喧嘩の原因を忘れてしまったがそれだけは覚えている。
 けれど、今思えばアルハイゼンは父寄りの考えをする人なので自分の味方になってくれるとは限らないのではないだろうか。
 なんとなくアルハイゼンは自分の味方だと思い込んでいる自分の浅はかさとそれほどまでの信頼を彼に寄せている自分に笑いがこみ上げる。

「ねえアルくん。今日は泊めてもらえるかしら? それで、できれば明日一緒にパパに謝って怒られてほしいの」

 無断外出を通り越して外泊なんて以前のアウラリアリアには考えられなかった。
 そんなことをすれば、また事件に巻き込まれたのかと家族や使用人たちが青ざめ血相を変えて自分を探し始めるのは想像に容易い。
 けれど今日は一応ばあやにだけは行き先を告げている。彼女が父に話すかはわからないが、両親に行先を告げてない外泊は初めてのことで内心ずっとドキドキだった。
 期待を込めて彼を見つめれば、そんなことかとアルハイゼンは肩を竦める。

「俺に拒否する理由はない。君がうちに居てくれるのは俺にとっても好都合であり、容認したならば同罪だからな」

 始まりがいつもと少し違うだけで、二人きりで過ごす夜は変わらず甘いものになりそうでアウラリアリアは自分からアルハイゼンに抱き着いた。

「カーヴェくんがいきなり帰ってきたりしない……?」

 アルハイゼンの腕が背中にまわる。アウラリアリアの髪を梳いて、手繰り寄せるとそっと毛先に唇を落とす。
 そして満足そうに笑うとくいっと顎で机を指す。机の上で獅子の飾りが付けられ鍵が灯りを反射して輝いている。

「……忘れちゃったのね」

 ぱちぱちと瞬きながら鍵を見つめていれば頬に手が添えられてアルハイゼンに視線を戻される。

「これ以上あいつの話を続けるのなら俺にも考えがある」
「ふふ、ちょっと怖いけど、気になっちゃうかも」

 優しく触れあう唇が、何をされるかを物語るがアルハイゼンが自分に酷いことをしないとアウラリアリアはよく知っている。
 どちらからともなく繰り返す口づけが深くなるのと同じくらい夜が更ける。
 陽が昇る頃には父に謝らなければと思ったことも忘れてしまいそうだが、きっとそれはアルハイゼンが覚えてくれているだろう。
 たまにはこんな夜の始まりも悪くない。
 もう一度、心の中で父に謝ったアウラリアリアは広い座席に身を沈めた。

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