いつもと違ういつも通り


 目的地にたどり着いたアウラリアリアが玄関を叩けば住人がすぐに顔を出す。

「君は……!」

 ぱちぱちと瞬いた男は金の髪を揺らして後ろを向くともう一人の住人の名を呼ぶ。

「アルハイゼン、君にお客さんだ!」

 奥からゆっくりと現れたアルハイゼンは金髪の同居人・カーヴェの横を通り抜けて真顔でアウラリアリアに向き合う。

「それで? いつもと逆の立場になった気分は」
「相手が出てきてくれる直前までドキドキしちゃうわね」

 そう言って手を差し出せばアルハイゼンは少しだけ表情を崩して微笑みながらその手を取った。

◇◆◇

 今日はアルハイゼンの誕生日だ。でも彼は特別なことを望まなかった。
 好きな物を好きなだけ買う財力は持っているし、好みそうな書籍を貸し出すのは二人にとって特別なことじゃない。
 それでも何かしたいと思ったアウラリアリアは何日も前から頭を悩ませていた。それこそ「悩みがあるなら俺に打ち明ければいい」と本人に言われてしまうほどわかりやすい悩み方をしていた。
 サプライズを諦め素直に話せばアルハイゼンは美しい色彩の瞳を少しだけ丸くさせ、不思議そうにアウラリアリアを見つめてこう言った「いつも通りでいいよ」と。
 だが、それではこちらの気がおさまらない。アルハイゼンには感謝してもしたりない恩があるし、なにより恋人として彼に何かしてあげたい。だからアウラリアリアはその言葉をヒントにひとひねり加えることにした。

「いつもと逆のいつも通りをしましょう」

 少しだけ謎かけじみた言葉を受け取ったアルハイゼンは少しの間を開け、ただ静かに頷いた。



 アウラリアリアがアルハイゼンの手を引いて歩く。
 引くと言っても肩を並べて歩いて、目的地をアウラリアリアが決めているだけ。いつもならアルハイゼンが連れ歩いてくれるバザールを今日は自分の意思で見てまわる。
 プレゼントを選ぶため立ち止まる、なんてことはしないけれどこれが『いつもと違ういつもと同じ』過ごし方だ。

「ねぇアルくん、今日の晩ご飯はランバド酒場でいい?」
「構わない」

 一応彼の意見を窺うが実は既に予約をしてある。誕生日祝いと称してお酒を飲むために集まってくれそうな彼の友人たちにも声かけ済みだ。

「じゃあ後はお昼ご飯よね」
「今日の君は食事のことばかりなんだな」
「だってアルくんの誕生日なんだもの。少しくらい特別感を出したいの」
「……そうか」
「あ、あのザイトゥン桃おいしそう!」

 アルハイゼンが少し唇を緩ませるのと同時にアウラリアリアは彼の手を引っ張り店の前へと連れていく。

「そうだ、お昼はアルくんのお家で食べましょうよ。私何か作るわ」
「構わない。なら予備の鍋でも買っていこうか」
「どうして焦がすの前提なのよ!」

 冗談なのか本気なのか、真顔で言うアルハイゼンを軽く叩きながら笑ったアウラリアリアは他の食材も手に取り昼ご飯のメニューを決めた。

◇◆◇

 結局少しだけ焦げた昼食を彼の家でとった二人は次にアウラリアリアの家へ向かっていた。
 ふらふらと予定を考えずにあちこちに出歩くのはとても珍しいことだが今日の案内人はアウラリアリアなので仕方がない。フライムのように風の向くまま気ままに流される。
 いつもと変わらずスメールローズが咲く庭を通ればアウラリアリアが来たことを察したように玄関扉が開かれる。
 おかえりなさいませ、と頭を下げる召使いたちに軽く声をかけながら階段を登り始めたアウラリアリアは後ろ手で連れ歩いているアルハゼンに振り返る。

「そういえばお父さまの書斎に行くのって初めて?」
「ああ」
「ふふ、いつもと同じって難しい」

 何度か自室に招いたことはあったが書斎に行く理由は特になかった。いや、アルハイゼンにしてみれば宝の山のような場所に違いないが大半の蔵書を既に彼は読み終えている。記憶を失くす前から習慣だった本の貸し借りは書斎に連れていく理由を奪っていた。

「こっちよ」

 軽く手を引っ張って廊下を進む。
 すっかり覚えた道順をアルハイゼンに教えるのは不思議な気分だ。いつも教えてくれるのは彼の方だったのに今日だけはずっと立場が逆転している。
 玄関と同様に召使いが扉を開けてくれる。両開きの大きな扉が開けば日差しと一緒にたくさんの本の匂いが鼻腔をくすぐる。
 流石に知恵の殿堂には敵わないが父親自慢の書物が並ぶそこはあらゆる壁が本棚で埋め尽くされており、遠く稲妻に足を運んで買った娯楽小説。市場に滅多に出回らない希少本。砂漠の遺跡から見つけ出した古文書。読書を愛する者ならば垂涎ものの品揃えだ。

「あらお嬢さま。アルハイゼンさまをお連れしてるなんて珍しいですね」

 物音に気づいて振り返ったメイド長はアウラリアリアが手を引くアルハイゼンに会釈をすると奥の本棚を差す。

「右奥の角にまだアルハイゼンさまにお見せしていない本が何点かございます」
「ありがとうばあや」

 お礼を言って彼女の横を通り過ぎた二人は教えてもらった場所で本棚を見上げる。

「どれか好きそうなのある?」
「君の父親の蔵書はどれも魅力的だよ」

 そう言って本を手に取るアルハイゼンは何故か片手だけを使っていて開きにくそうだ。

「あー……」

 もう片方はどうしたのかと視線を向ければ、自分が握って離さないから使えないのだと漸く気付く。
 だが手を放そうとすれば逆に握られてしまって離れられない。
 どう考えても邪魔だろうに。不思議に思って彼の顔を見上げればタイミングよく目と目が合った。

「手を貸してもらえないだろうか」
「……もう」

 手を離せばいいのに。何故かその一言が言えなくて、アルハイゼンが持つ本をアウラリアリアがぺらりと捲る。そんな不思議な読書がしばらく続いた。



 小難しい言葉が並んだ本を捲って捲って、満足そうに彼が目を通すのが嬉しくて隣で夢中で捲っていたのに気がついた時には意識がなかった。
 目覚めたアウラリアリアはまず目を擦ろうと片手を上げれば、いまだに握られていたのかアルハイゼンの手がついてきた。
 それに気が付いたのは彼の指先が目元をなぞって離れてから。

「ア、アルくん……おはよう……」
「おはよう。よく眠れたようだな」

 彼に手を引かれながら身を起こせば、書斎に居たはずなのに何故か己のベッドの上だった。時計を確認すると数時間分の記憶がない。

「私いつのまに寝ちゃったの……?」
「覚えていないのか? 読書を続けていると君が舟をこぎ始めて『眠いのか』と問うても『違う』と言ってきかなくて。そのまま黙って見ていればあっという間に眠ってしまったんだ」
「えぇ……」
「君は今日について随分悩んでいたようだから寝不足もあったんじゃないか」

 アルハイゼンはそう言って空いている方の大きな手でアウラリアリアの頭を撫でる。
 あまりの心地よさに目を閉じてしまうが、また眠ってしまいそうで慌てて目を開けるとアウラリアリアは繋がれたままの手を両手で握りしめる。

「ごめんなさいアルくん。私ったら……今日はお祝いしなきゃなのに」
「言っただろう。いつも通りでいいと。俺は特別なことは何も望んでいない。君が傍に居てくれる日常があればそれで構わない」

 ベッドに腰かけていたアルハイゼンはアウラリアを抱き寄せると黙ってしまう。
 大きな温もりを感じながら目を閉じたアウラリアラは反論の言葉を探すが何も出てこなくて一緒に口を閉ざす。
 変わらぬ日常を送ることがどれだけ大変か。そしてアルハイゼンがどれだけそれを大切に思っているのか。アウラリアリアは嫌というほど知っている。

「……一番難しいお願いかも」
「そうだろう」

 だが、とアルハイゼンは続ける。

「今日は君が迎えに来てくれた以外いつも通りの一日だった」
「え、嘘よ! 今日は私から色々したもの!」
「嘘じゃない。君があちこちに目移りするのも、気ままに移動したり、気が付いたら眠ってしまうのもいつも通りだ」
「そん、そ……んなことあるかも……」

 少し身体を離したアルハイゼンはアウラリアリアの頬を撫でて微笑むが、アウラリアリアとしてはそんな場合ではなかった。少しくらいいつもと違うことがしたかったのに、結局変わらないと言われてしまうのは不満どころの話じゃない。
 けれど納得して頷いてしまえばアルハイゼンも満足そうに頷いた。

「俺の希望通りだ」
「そうだけど……私がしたかったのはそうじゃないのに……」

 でもアルハイゼンが喜んでいるならいいのか。適当な落としどころを見つけて諦めたアウラリアリアはアルハイゼンの手を強く握り返す。

「お夕飯まではまだ時間があるから次は何しましょう」
「君が望むことならなんでも構わないよ」

 アルくんの誕生日なのに、とはもうアウラリアリアは言わなかった。結局、一番アルハイゼンを喜ばせるのはいつも通りの毎日なのだから。

◇◆◇

「──それで彼女の部屋で仲良く過ごしてたら遅刻した、ってこと?」
「まったく誕生日の男は良いご身分だな。ゲストを待たせるだなんて」

 だいぶ酒が入って顔を赤くしたカーヴェが絡んでくるのを避けながらアルハイゼンは黙って酒を飲む。
 ティナリの言う通りアルハイゼンとアウラリアリアは集まりを主催したのに遅刻した。主催であるのと同時に主役でもあるのだから文句を言われる筋合いはないとアルハイゼンは言ったがアウラリアリアはとても肩身が狭かった。
 そんな彼女も既に酒に負け、アルハイゼンの隣で机に突っ伏し夢の中に落ちてしまっている。今日はもうこのまま寝かしておこうと男性陣は決め、肩にはアルハイゼンの上着をかけてぐっすりだ。

「そのまま二人で過ごせばよかったんじゃないか」
「彼女がずっと気にかけてそんな雰囲気じゃなかったんだ」

 セノの言葉にアルハイゼンはため息をつきながら答える。
 アルハイゼンとしては彼の言う通り来ないという選択肢を取っても良かった。
 集まるのはいつものメンバー。特別顔を合わせたいわけでもなければ、会ってもろくな話をしないことがわかっていた。どう考えてもアウラリアリアと二人で過ごす時間の方が何倍もの価値がある。

「ま、彼女の性格的にそうだろうね。図太い君と違ってさ」
「褒めたところで何も出ないぞ」
「……君も少し酔ってる?」

 アルハイゼンの顔を覗き込んで肩を竦めたティナリがアウラリアリアをちらりと見ると全員の視線が彼女に集まる。

「最近の彼女の周囲はどうなんだ」
「特にこれといった問題は起こっていない。マハマトラの耳に入れるようなことは何もな」
「そうか。俺たちだけでは目が届かないことも多いが、常日頃からお前が傍にいるのだから問題はないだろう」
「あぁ、それはもう彼女にべったりだからな! 今日だって朝訪ねてきた彼女を見てニヤニヤと顔を緩ませていたし」
「ニヤニヤなどしていない。君は朝から酒も飲まずに酔っていたのか」
「なんだと⁉」

 ガタッと音を立ててカーヴェが立ち上がるが、振り上げたこぶしと一緒にゆっくり体が落ちてまた椅子に戻る。
 そのまま「僕だってなぁ……!」ともごもごと何かを言いながら寝落ちた彼を黙って見つめた三人はカーヴェを無視して話を続ける。

「彼女にも些細なことでも構わないから気が付いたことがあれば相談してくれと言ってある」
「それで素直に言ってくれる子かなぁ」

 関係が拗れていた頃のことを思いだしているのか、ピンと立った耳をぺしゃりと寝かせてティナリが首を傾げる。

「言うつもりがなくても言わせるさ」
「まるで俺たちのようだな」
「俺がマハマトラと同じだと? まさか。ただの恋人同士の簡単なやりとりだ」

 フッ、と息を吐いたアルハイゼンはアウラリアリアを見つめて笑う。

「それも俺の日常だからな」

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