蝶のようにひらひらと
「ディアナちゃんってお人形さんみたい」
突然不躾にぶつけられた言葉にディアナは立ち止まる。
廊下の真ん中、正面から歩いてきた彼女は……そうだ、黒鷲学級のドロテアだ。
ミッテルフランク歌劇団の歌姫として名を馳せていたのに士官学校に通い始めた変わり者。
意外な人物からの接触を真顔で受け止めたディアナの表情筋はぴくりともしなかった。
「……何も言い返してこないのね」
「返す必要がないもの」
「あらそう? 普通だったら『失礼ね』とか『そんなこと言われる謂れはないわ!』って怒ったりするものよ」
ドロテアの挙げる具体例はどれもピンと来ない。
確かにいきなり他人に投げかけるには失礼な言葉だとは思うが何も間違っていない。
周りから見た自分は感情の起伏が少なく、整った容姿も相まって作り物に見えることもあるのだろう。
「どれも響いてなさそう……。ディアナちゃんってずっとそうなの? 怒ったり、笑ったりしたことがない?」
「……あなたに関係ないでしょう」
「関係はないけど興味があるの」
口角を上げ、数多の男性を惑わしたであろう小悪魔的な笑みを浮かべたドロテアはディアナの周りをぐるりと回る。
「顔も、髪も、それに声も凄く綺麗よね。歌劇に出たらきっと人気になるわ」
「興味がない」
「でしょうね。ねえ、なら何になら興味があるの?」
立て続けに投げられる質問にディアナの眉間に皴が寄る。
まったくもって意図がわからない。
そんなことを知ってなんの意味があるのだろう。
なぜ自分に彼女は興味を持ったのか……。どう考えても面倒ごとの気配しかない。
「それを知ってどうするの」
「あら、やっと疑問で返してくれた! 少しは私に興味を持ってくれた?」
「……あなたがどうしたら去ってくれるかには興味があるわ」
「ふふ、意地悪なのね」
くすくすと笑うドロテアはきっと誰から見ても魅力的なのだろう。
ディアナにとってはただの厄介者でしかないが。
「貴女とお友達になりたい、って言ったらどうする?」
「は?」
「へえ、そんな顔もするのね」
目を見開いたディアナに微笑んだドロテアは満足そうに頷くと「今日はここまでにしようかしら」と背を向けた。
「あんまり急ぎすぎて嫌われるのはイヤだから行くわ。またね、ディアナちゃん」
ひらひらと手を振って去っていくドロテアの背を黙って見送る。
まるで花にとまる蝶のように気まぐれに去っていく彼女の姿が見えなくなった頃、ディアナはゆっくりと息を吐きだした。
「……なんだったの」
きっとディアナに理解出来ることではない。
あまりにも違う存在すぎる。
どっと疲れに襲われたディアナもまたふらふらとその場を去った。