暖かな色


 ファーガスの大地を雪が白く染め上げる。

「……寒い」

 音を立てながら雪を踏みしめたディアナは少し離れた先にまるで炎のように映える橙色を見つけて近づくと、何をするでもなく遠くを見つめる男の傍に立って少し雪の乗った肩に頭を乗せた。

「えっ」
「なに」
「あー……いや〜……ナンデモナイデス」

 一瞬びくっと大きく揺れたが見上げれば慌てて背筋を伸ばした男は……シルヴァンは黙ってディアナの突然の行動を受け入れる。
 ぴたりと隙間を埋めるように密着してシルヴァンの腕に手を添える。着衣越しに伝わる熱などこの寒さでは大したことはないはずなのに妙に心地が良い。

「あなた、暖かいわね」
「そうか……?」
「ええ、とっても」

 瞼を閉じてその温もりを甘受するとここがまだ寒空の下であることを忘れてしまいそうだ。

「寒いなら屋敷に戻ればいいだろ」

 当然の指摘に目を開いたディアナは自分を見下ろしていたシルヴァンを見つめ返して目を逸らす。

「あなたがいないじゃない」
「えっ、そ、それはどういう意味で言ってるんだ……⁉」
「…………さあ」

 戸惑うシルヴァンの声を聴きながら発言したディアナ自身も己の発言の意図がわからなかった。
 別に彼がいなくても屋敷の中では誰かが暖炉に火を灯しているはず。身体に積もった雪だって払ってくれるだろうし、この男がいなければならない理由は何もない。

「あー……っと、だ」
「なに……」
「俺と一緒に屋敷に戻りたいと……そう受け止めても構わないのか?」
「…………そう、かもしれないわね」

 いやぁ、まさかな……。そんなことを呟きながら躊躇いつつ口にしたシルヴァンの言葉を同じく躊躇いながら肯定する。
 多分、きっと、恐らくそう。癪だが彼の言う通りだ。
 どれだけ屋敷の中が暖かろうとこの橙色が見えなければ寒いと感じてしまう。つまり、この男のことを暖かい場所なのだと……温もりを分け与えて欲しいと思っていることに他ならない。
 腕を辿って指先を絡める。防寒着越しなのがもどかしい。どうにかこの場で良いからもっとこの男から熱を奪えないだろうか。
 ぎゅうぎゅうと痛くない程度に力を込めれば頭上からはディアナの名を呼ぶ声が響くが明らかに震えている。

「ディアナ! ディアナ! ちょ、ちょっと待ってくれ。色々といきなりすぎて刺激が強い!」
「なによ。もっとすごいことベッドの上でしているでしょう」

 二人はとっくの昔に夫婦になった。そして貴族の務め……でもあるが、互いに望んで何度も身体を重ねた関係だ。これくらいで生娘のように動揺される筋合いはない。

「そうだけど! 君からぐいぐい来られるのは慣れていないというか。も、もちろん最高! もっとしてくれ! とは思うんだが俺にも心の準備ってもんがだな……!」
「……ごちゃごちゃうるさい」

 あまりにも慌てるシルヴァンがなんだか気に喰わない。ディアナは彼の胸倉をつかんで唇を奪ってみせた。
 目を見開いて固まったままのシルヴァンが無性におもしろくてディアナはそのまま何度か啄むように唇を重ねて楽しんだ。徐々に彼の頬が熱を帯びていくのがおかしくて、曲がり始めていた自分の機嫌が直るのを感じて小さな笑みのオマケつきだ。

「一緒に帰ってくれるの、くれないの?」
「か、帰る。そんでもってまずは寝室に行ってだな……」

 ディアナが訊ねればシルヴァンは震えながら彼女の両肩を掴んでこの先の予定を語りだす。
 どうやら刺激が強すぎたらしい。まだ陽は頭上まで登り切ってすらいないのにいつのまにかディアナの腰を抱いたシルヴァンの声音は本気のものだった。

「こんな時間からなにを言っているの……」
「煽ったのはそっちだろ⁉」

 呆れてため息を零せば目を血走らせたシルヴァンが喚くので思わず両手で耳を塞ぐ。
 まあ、こんな寒い雪の日はそうして暇を潰すのも悪くはないかもしれない。戦争が終わったばかりで領民たちに明るい話題も必要だろう。

「……なら早く帰りましょう。気が変わらないうちに」

 シルヴァンが屋敷に戻るならもうなんでもよかった。
 彼の頬に手を添えてもう一度口付けを贈ればシルヴァンは勢いよくディアナの身体を抱き上げた。

「ああ、もちろん! 君の気が変わらないうちに!」
「ふふっ……。まあ、それでもいいけど」

 微妙なすれ違いを感じながらもディアナは互いが満足するならいいかと頷いた。
 屋敷にこの色が戻るならそれでいい。シルヴァンが望むなら使用人たちが呆れようとこのまま寝室になだれ込もう。
 シルヴァンの首に腕を回したディアナは暖かな色が自分の元に戻ってきたことに満足して微笑んだ。

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