身勝手な友情


 ディアナの婚約者となったシルヴァンだったが、士官学校に入学してからも彼の素行は変わらなかった。
 婚約者が是とするならば、わざわざやめる必要が見当たらない。
 それにあの婚約者様は修道院内で顔を合わせても会釈すらしない。身内に内通者でもいない限り、二人が婚約関係にあると気づく者はいないだろう。

「……シルヴァン、あなたねえ!」
「おっと……。ああ、じゃあまた今度〜……!」

 眉を吊り上げ、腕を組んで仁王立ちする幼馴染の迫力にシルヴァンの隣に居た女性はそそくさと逃げて行った。
 
「どうしたんだイングリット。別に迎えは頼んでないぜ」
「あなたが自分の立場を弁えないからこうして待ち伏せていたのよ! 朝帰りだなんて本当に信じられないっ!」
「おいおい、そんなに眉間に皴を寄せると老けるぞー」
「余計なお世話よ! もう、ちょっとこっちに来なさい!」
「っと、いた、いたたた! 痛いってイングリット!」

 大股で近付いてきたイングリットは問答無用でシルヴァンの腕を掴むと建物の陰まで無理やり連れこむ。
 これは相当怒っているに違いない。幼馴染の勘がそう言っている。
投げ飛ばすように離された手をわざとらしく擦っていればイングリットが大きくため息をつく。

「ディアナはよりにもよってなんであなたを……。ううん。これで普段の素行が治るかもしれないと思った私が軽率だった……」

 頭を抱え、唸るイングリットの言葉はシルヴァンに投げかけているというより自身への自問自答に近い。

「……なあ彼女は、どういう子なんだ?」
「知らないまま婚約に同意したの?」

 信じられない。
 イングリットが目だけでそう語る。
 至極当然の反応だ。
 婚約なんて大事な話、紋章の有無以外にも相手の素性や性格、家の事情……その他諸々を考慮して慎重に決めるべきであって、実際イングリットは常にそうした事柄に振り回されている。

「あー……、彼女が俺に興味を持っておまえが紹介した、っていうのは聞いてるし、そうなった理由も聞いた。けど、ほら青獅子学級の中でも割と浮いてるというか、壁が何枚もある子だろう?」

 少なくとも彼女が誰かと親しく過ごしているところをシルヴァンは見たことがない。
 もちろん、フェリクスのような存在もいるが彼はなんだかんだで顔なじみが多いので、彼が拒絶しようとも無理やり輪に入れられている。
 だがディアナはそうじゃない。
 イングリットとは多少踏み込んだ話をするようだが、友人と呼べるほどの関係なのだろうか。

「そうね……。多分、ディアナは自分から話さないだろうし、話したところで怒る人じゃないし話してもいいかしら……」

 少し悩みながら顔を伏せたイングリットはしばらく考え込むと顔を上げる。
 あまり他人の話は大手を振ってするものでもない。
 イングリットがさらに壁際に寄るのでシルヴァンも同じく影の奥へと入った。

「聞いているかもしれないけど、ディアナは縁談をいくつも断っているの」
「ああ、それも聞いた。子供を産まされることに文句はないが、それ以上のことを求められるのが面倒だからって言ってたな」

 随分と潔い女性だと思ったものだ。
 それが貴族の、しかも紋章持ちに産まれた故に背負わされる運命なのだと飲み込むにしても、その身体にかかる負担は男の比じゃない。
 紋章持ちが産まれるまで繰り返されるその業で身体も精神も病み亡くなった……、なんて事例も風の噂で聞いたことがある。

「ルグレ家は男児でないと家督を継げない決まりらしくて、嫁ぎ先で紋章持ちを複数産めと口酸っぱく言われているそうよ」
「そりゃまた……」

 紋章持ちを一人産むのも大変だというのに、それを複数望まれるのはさぞ重荷だろう。
 なのにディアナはその事実に対して平然とした顔をする。

「ますます彼女を理解できる自信がなくなったんだが……」

 きゅっと眉間に皴を寄せたシルヴァンはあの日、初めて出会ったディアナの姿を脳裏に浮かべる。
 こちらには冷たい視線を向ける一方で、戯れる鳥たちへの視線からは確かな温かさを感じた。
 けれど、あの熱は結婚相手に向けられることはないのだろう。
 ただ義務として男を受け入れ、子をなすための腹になろうとしている。
 いったい、何が彼女をそうさせたかシルヴァンにはまったく想像がつかなかった。

「『産めばいいだけでしょう』……ディアナはいつもそう言うの。まるで最初から自分はそのために産まれたとでも言うように」
「……もっと彼女のことがわかる情報はなにかないのか? 甘いお菓子が好きとか、実は空想にふけるのが好きとか」
「ないわ。なかった。私に話しかけたのも面倒な縁談相手を知りたいからだと率直に言われたの」
「あー、うん。想像できる……」

 きゅっと眉間に皴を寄せたイングリットは黙って首を横に振る。

「私も、家のために縁談を探している身の上だし、同じ貴族の女性として彼女の言い分もある程度は理解出来る。けれど、ずっとそれでいいのか疑問だった」

 視線を地面に落とし、言葉を続けるイングリットはちらりとシルヴァンを見た。

「だから、あなたに彼女が興味を持った時に何かこれで変わらないかと、そう思ったの」
「変わるって……そんなの……」

 俺に望まれても困る。
 何故だか、その一言が出てこなかった。

「もちろん、あなたが変わらない以上、ディアナも変わらないかもしれない。けれどね、初めて見たの、彼女が他人に興味を持つの」
「それは俺が……」
「ええ、そうね。あなたの素行が悪くて、仮初の婚約者として丁度良かった。それだけのことかもしれない。将来を見据えても家柄は問題ないし、女遊びをする最低な部分を除けば条件としては悪くない」
「あのー、褒めるのか貶すのかどっちかにしてもらえるか?」
「褒めてないし、貶してもない。事実を述べてるだけよ」

 イングリットはそう言うと顔を上げ、少しだけ高い位置に昇った太陽を見つめて目を細める。

「私も……正直彼女のことは何も知らないの。友人だなんてきっと言えない。けれど、変わって欲しいって思ったの。もちろん、良い方に」
「イングリット……」

 それを己に託すのは彼女の興味が偶然向いたからなのか、それとも幼馴染としての信頼なのかはわからない。
 言葉の真意を汲み取りかねたシルヴァンは首に手を当てると居心地悪そうに襟足をかく。
 
「そんな期待されても困るんだが……」

 けれど、何故か悪い気分ではなかった。

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