君の隣に


 戦場であの人によく似た人物を見たという伝令が入った。
 もちろん俺は耳を疑った。なにせ、五年前のあの日以来一切消息がつかめなかった人だ。
 白昼夢か、集団幻覚か、もしくはそうした幻術の類を疑う。
 けれど、あの人があちらに居るならば、俺は五体満足で生きたまま彼女に会えるかもしれない。
 そんな無謀な夢物語は今まさに現実になろうとしている──。

◇◆◇

「お久しぶりです、先生」
「シルヴァン……」

 戦場の片隅でチリチリとした緊張が走る。
 当然だ。顔を合わせた二人は敵同士。命のやりとりをする関係だ。
 けれど馬に跨っていたシルヴァンはゆっくりと地面に降りると両手を上げて戦意がないことを示す。

「……どういうつもり?」

 殺意と共に向けられた天帝の剣はすぐに下ろされる。
 シルヴァンが携えていた破裂の槍を放り投げたからだ。

「連れて行って欲しいんです。もちろん捕虜で構いません」
「意味がわからない」
「でしょうね」

 少し彼女を彷彿とさせる恩師の表情に思わずシルヴァンは口角を上げる。
 着実に彼女に近づいている。そんな手応えがある。

「教え子のささやかな願い、叶えてもらえませんか」
「君を受け持った覚えはない」
「はは、そりゃ手厳しい。ま、確かにそうですけど、兄上の時には世話になったじゃないですか」

 青獅子学級と黒鷲学級。
 その違いは明らかだが、師事をまるっきり受けなかったわけではない。

「頼みますよ、先生」

 あんたにしか頼めない。シルヴァンは静かにそう付け足した。

◇◆◇

 皇帝が師と呼ぶその人が戦場から犬猫でも拾うように敵国の士官を連れてきたせいで修道院内は当然ざわついた。
 連れてきた本人は無表情ながらも申し訳なさを醸し出し「責任は取るよ」とエーデルガルトに頭を下げた。

「師……。事情はわかったわ。……わかった、と断言していいのかは疑問だけれど」

 迷った末に、それでも許したエーデルガルトはシルヴァンを見つめると瞳を伏せる。

「少しでも不審な動きを見せれば命はないと思って」
「ああ」
「師、彼を彼女に会わせるの?」
「……そうだね、彼をどうするかはすべて彼女に任せよう」

 二人は顔を見合わせるとシルヴァンを一瞥して部屋を出た。
 
「ここまで予定通り……、だな」

 ふぅ、と息を吐きだして身体の緊張をほぐす。
 最悪の場合、すぐに切り捨てられるだろうと思っていたが随分甘い。
 戦争を始めた元凶の癖に心に血が通いすぎている。

「もうすぐだ……」

 もうすぐ、やっと、彼女に会える。

◇◆◇

 扉が軋む音がする。釣られるように顔を上げれば怪訝そうな顔で、長い髪を靡かせながら五年間頭の中から離れなかったその人が現れた。
 心臓が暴れるように悲鳴を上げる。まるで殺される直前、命乞いをする兵士の悲鳴のようだ。
 シルヴァンは気づかれないよう息を呑み、静かに笑みを携え彼女を迎える。 

「なんであなたが……」
「そりゃあもちろん、君に会いたかったからに決まってるだろ」
 
 あまりにもバカなことを言っている自覚はある。
 やはりと言うべきか、彼女の後ろでエーデルガルトが大きくため息をついていた。
 
「シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ……」

 きゅっとこぶしを握り締め、己の名を呼ぶディアナの声がわずかに震えた。
 いや、震えたように思えた。願望かもしれない。
 彼女もこの再会に何かを感じて欲しいと、そう願った故に聞こえた幻聴。

「なんだい、ディアナ」

 それでもいい。
 幻聴だろうと幻覚だろうとディアナは今現実として己の前に立っている。
 シルヴァンにはそれがすべてだ。世界のすべてだ。彼女以外何もいらないと選んだ自分にはこれ以上ない褒美だろう。

「……あなたとの婚約はとうに破棄されたのでしょう。わたしは帝国について、王国を捨てたのだから。なのに、なぜここにいるの」

 ディアナらしい事実だけを淡々と並べる声が耳を打つ。

「まあ確かに、五年前のあの日を境に俺と君は婚約者じゃなくなった。けど、だからってそれはここに俺が来ちゃならない理由にはならないだろう?」
「はあ?」

 瞳を揺らし、声を上げたディアナは記憶の中にいる彼女より幾分人間らしい。
 それがおかしくてシルヴァンの口から「ははっ」と思わず笑みが零れた。

「っもう一度言うわ。あなた、なぜここに来たの?」

ディアナの疑問に少しの間も開けずシルヴァンは答える。

「君があの日俺に口づけを贈ったように、俺もただ君の隣に居たかった。理由はそれだけさ」

 オマケのようにウインクする彼にディアナはきゅっと眉間に皴を寄せ、理解しがたい生き物を見る目で彼を見た。
 けれど、すぐに諦めたように首を振ると「そう」とだけ静かに言う。
 シルヴァンらしい答えだったろうか。女好きの。誰もが想像するシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエとして正しい姿に見えただろうか。
 疑問だけが過って答えは出ない。誰も出せないからだ。
 けれど、それでよかった。
 自分の存在が彼女の重荷にならなければ、なんでもよかった。
 やっとディアナに逢えた。シルヴァンにはそれがすべてだった。

「ふざけた理由。変わってない。変な人」
「君もまったく変わってない」
「……誉め言葉として受け取っておくわ」
「ああ、もちろん! 相変わらず美人な婚約者に会えた俺は幸せ者だ!」

 また少しだけ彼女の瞳が震える。
 そこに乗った感情がなにかはわからない。
 けれど、その姿が見れただけで、すべてを捨ててまでここに来てよかったとシルヴァンは口元に笑みを携えた。

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