娼婦の秘密
ただ名前を呼ぶだけなのに彼は……ジョシュアはまるで大切なものを愛でているかのような柔らかな音を出す。
少なくとも友人に向けられる声音ではない。
きっと彼の兄すらも聞いたことはないだろう甘さを含んだそれが少し……いや、かなり苦手だ。
まるで自分の名前じゃないみたいに聞こえるそれ。
けれど、私の名前であることは間違いなくて。
何度も何度も呼ばれてようやく「……どうしたの」とだけ振り向かずに返せば「なんでもない」と言うのだから困った王子様。
そんなジョシュアの様子に別の男の顔が脳裏をよぎる。
娼館にいるのに体を売らないこんな女に通いつめ、ニコニコと嬉しそうにあれこれ話してくれた不思議な男。
……彼は、ある時期を境にパタリと来なくなった。
私に飽きてまともな娼婦に移ったのか、死んだのか、はたまた別の理由か。
その程度の縁の相手を重ねるのは不敬であると重々承知しているけれど似ていると思うのは何故だろう。
話す内容も似通っている。綺麗な花が咲いていたとか、とある料理がおいしかったとか、他愛のないこと。
「ラリス、僕の話聞いてる?」
「……聞いてない。別に大事な話じゃないんでしょ?」
「随分冷たいな。それでよく娼館で働けてたね」
いつのまにか隣に立っていた彼に伝わるようわざと大きく首を横に振ればジョシュアがため息をこぼす。
彼は私が娼館を出入りしていたことをよく思っていないのか、事あるごとにちくちくとその話題を掘り返す。
不死鳥教団の役には立っていたのだし文句を言われる筋合いもないのだけれど、誰も彼もがこの件に関してはジョシュアの味方になってしまうので今のところ止めるすべがない。
クライヴに至っては同じようなやり取りに立ち会っても「相変わらずジョシュアは君が好きなんだな」と見当はずれなことを言っていた。
「これでも結構人気だったんだから」
確かに、普段の私なら娼婦としては到底成り立たないだろう。
抱くこともできず、媚もせず、愛嬌があるわけでもない女に男が報酬を払う訳がない。
けれど、あそこに居る時はそれなりに可愛げのある女を演じていた。
聖女と使途のとあるシーンを演じるのが好きだった誰かのように、昔ジョシュアが教えてくれた物語に出てくる女の子。彼女が私のお手本であり先生。
そうやって仮初めの愛らしさと本物の娼婦に教えてもらった技術を活かせば面白いほどいろんなことを知ることができた。
教団員たちを通してそのことを知っているはずなのに意地悪を言うジョシュアに少しだけムッとして返せば、彼は「そうだね」と言いながら何故か私の右手に自分の手を重ねて無理やり体を引き寄せる。
「けれど、普段の君はこういう人だ」
「ちょ、ちょっと……っ」
これが他の男性なら絶対にありえない。けれど、ぐっと縮む距離に思わず息をのんだ私は強制的に向き合うことになったジョシュアから目を逸らす。
端正な顔が不服そうに少し歪み、許さないと言わんばかりに重なっていた手が指ごと絡まっていやでも意識を持っていかれる。
子供の頃より随分と大きくなったそれは私の手を余裕で包み込んでしまう。
兄であるクライヴに比べるとどうしても細く見えるが、自分と比べれば彼が立派な男性に成長したことはよくわかる。……男と女であることを強く意識させられる。
「ジョ、ジョシュアってば……」
彼の手に好きに遊ばれる自分の右手が哀れでならない。
左手はほんの少しばかりの抵抗にと彼を押すが力なんて入っているわけがない。
形だけの拒絶は意味をなさず、彼の瞳には真っ赤な顔をした私が映っていることだろう。
「他の人の前でもそんな顔をしてた……わけじゃないよね?」
「いや……それは……」
「それは?」
こんな風になるのはあなたの前だけ。……なんて、言えるはずがない。