不死鳥の見た夢
今日は朝から体調が良くなくて部屋から出ることが許されなかった。
いつもだったら抜け出してしまうけど、昨日も一昨日もそれを繰り返していたら怒った母上が部屋の入り口に兵士を立ててしまった。
ここから出してほしい。兄さんの稽古が見たい。
そうお願いしてもその人は困った顔で「申し訳ありませんジョシュア様。私がアナベラ様に叱られてしまうので……」と取り合ってくれなかった。
僕のワガママでこの人に迷惑をかけたくない。
せめて父上が居てくれれば何か変わったかもしれないけれど、今は遠征に出てしまっている。
だから仕方がない。そう諦めて本を手に取る。僕の日常はそれがあたりまえだった。
……けど、それは少し前までの話。
背後で静かに閉まったばかりの扉が開く音がする。
誰だろう?なんて疑問は湧かない。だって僕はあの子がいいなと願いながら振り返るから。
そうすれば、そこには僕の世界を少しずつ変えてくれた子がやっぱり立っていた。
「遊びに来ちゃった!」
「ラリス……!」
ノックもなしに僕の部屋を訪ねるその子はそっと兵士の脇を抜けて部屋に入ってくる。
「アナベラ様に見つかったら何を言われるかわからない。絶対に静かにするんだぞ」
「はーい。大丈夫よね、ジョシュア。お話しするだけなんだもの」
「う、うん!」
いたずらっ子のように笑う彼女と頷く僕を見た兵士は苦笑しながら扉を閉める。
母上はあまりいい顔をしないけど、ラリスはいつも大人を味方につけて僕がどこにいても会いに来てくれる。
ころころと変わる表情は城内にはあまりないもので、ピリピリとした空気を柔らかくしてくれるからきっと誰にでも受け入れられているんだろう。
今日も体調悪いの?なんて疑問を投げかけながら僕の手を取った彼女は近くのソファにまるで自分の部屋のように僕を連れていく。
二人並んで座れるソファはいつのまにか僕たちの定位置になっていた。
もしかしたら誰かしら彼女が来るのを見越していたのか、机の上にはお菓子が乗った皿がまるで僕たちみたいに行儀よく並んでいる。
「少し咳が出るだけだよ。母上はいつも大げさなんだ」
「ジョシュアのことが大事なんでしょ」
「そう、だったらいいんだけど……」
少し歯切れの悪い僕に一瞬動きを止めたラリスは唇に人差し指を当てながら首をかしげる。
「だって私はそうだもの。だから今日はここでお話しましょ!」
「……うん!」
他の人なら「貴方はフェニックスなのだから」とか「次期大公としての自覚をお持ちください」とか役割を通して母上の気持ちを代弁する。
でも、ラリスはただ自分の気持ちをまっすぐ伝えて、それ以上のことは言わない。
僕はそんな彼女だからその隣が心地よかった。
◆◇◆
「それでね、ラリス……ラリス?」
僕たちはそれから時間を忘れていろんな話をした。
最近読んだ本のこと、学んだこと、兄さんや父上に聞いたこと。
彼女は昔行った街のことや、両親から聞いた他国のことを話してくれる。
どれだけ時間があっても語りつくせなくて、でも陽ざしは勝手に傾いていく。
少し暗くなり始めた室内でラリスはお日様と同じように傾くと僕の肩に頭を預けて静かになる。
「……寝ちゃったの?」
問いかけても返事は返ってこない。
耳元から聞こえる寝息のせいで身を固くした僕は動くことも出来なくて膝の上で服をぎゅっと握りしめる。
「どうしよう……」
このままラリスがここに居たらいつか母上か誰かが来てしまう。
そうしたら怒られるのはきっと彼女と彼女を通した兵士だ。
でも無理やり起こして「そろそろ帰った方がいいよ」とも言いたくなかった。
帰ってほしくないという気持ちが強かった。
困り果てたまま悩んでいるとノックと共に扉が開く。
思わず体が震えてラリスが僕の肩からずり落ちる。
彼女の頭が膝にこてんと落ちた頃、影を背負いながら入ってきた人は僕の前に立つと苦笑した。
「なんだ、ラリスは寝てしまったのか?」
「兄さん!」
「お前が部屋で大人しくしていると聞いた時点で、どうせまたラリスが来ているんだろうとは思っていたけどな」
膝を折って僕たちの前にしゃがんでくれた兄さんはラリスの顔にかかった前髪を払う。
「起こしてしまうのも可哀想だな。このまま俺が家まで送ってこよう」
そう言って兄さんは彼女の背中と膝裏に手を差し込んでラリスを軽々抱き上げる。
もし膝に乗られていなかったとしても僕には出来ない芸当だ。
「ん……? どうした、ジョシュア」
「あ……っと……」
名残惜しさと悔しさで思わずラリスの手を握ってしまうと兄さんがすぐに気づく。
慌てて離すけど、僕は言葉が見つからなくて視線を彷徨わせた。
「……僕も、兄さんみたいにラリスを抱えて送ってあげられたらよかったのになって」
ぽつりと呟けば兄さんは僕とラリスを見比べて困ったように笑う。
「お前たちの年頃ならまだ女の子の方が体が大きいからな……。安心しろ、お前だって父上の子なんだ。大人になる頃にはラリスを軽々持ち上げられるようになってるさ」
「本当に? 兄さんみたいにいっぱい鍛えてなくても?」
「それは……多少は必要だろうが……。そうしたいって思うならお前は努力するだろう?」
「うん……!」
頷く僕に笑って返してくれた兄さんはそのまま彼女を連れて部屋を出る。
兄さんの言う通り、いつか僕も眠ってしまった彼女を軽々抱き上げて連れて帰れる日が来るのだろうか。
その後姿を見送りながら僕は少し先の未来を想像しながら目を閉じた。