願いは叶う
いつものようにラリスと一緒に子供たちと遊んでいるとその内の一人が瞼をこすり始めた。
「眠くなっちゃった?」
彼女の問いかけにその子が頷けば「僕も」「私も」と他の子たちも欠伸と共に眠気を訴える。
こくりこくりと船を漕ぐ子の背に手を添えたラリスは少し安堵したような笑みを浮かべると席を立つ。
「私、この子たちを寝かせてくるから。ジョシュアは先に寝てていいわよ」
「大丈夫、待ってるよ。片付けもしなきゃいけないし」
「そう? ……じゃあお願いね」
一瞬躊躇ったけれど、ラリスはあちこちに散らかった本やペンを見て肩を竦めると今にも寝そうな子の背を押して部屋を出た。
残された僕はそれらを拾い集めて片づける。子供たちが「ラリス先生これ読んで」と持ってくる本はどれも好みが違う。
物語を好む子もいれば、図鑑の解説を望む子もいる。
ラリスは読み聞かせは得意だし、言葉の意味も教えられる。けれど「このお花はどこに咲くの」とか「どうして蝶は飛ぶの?」なんて解説を求められると困ってしまう。
もちろん図鑑に記されていればその通り教えるけれど、小さな体から発せられる好奇心はそれで満たされるほど甘くない。
そんな時に助け船を出すのが最近の僕の仕事だ。
専門家ほど詳しくはないけれど、それなりの知識や旅の道中で見た景色を頼りに世界を教える。
そんなことを繰り返していれば気が付けば僕も「ジョシュア先生」と呼ばれるようになっていて、なんだか不思議な気分だった。
「……ラリス戻ってこないな」
片付けを終え、出入り口を見つめるけれどラリスが帰ってくる気配はない。
子供たちの部屋までここからはさほど遠くない。
隠れ家で何か起きるとは思えないし……どうしたんだろう?
ジョシュア先生……なんて慕われるようになったけど、先生と呼んで彼女を囲む子供たちと一緒で僕も彼女が居なければ落ち着けない一人だ。
部屋を出た僕は足早に子供たちの部屋へと向かう。
途中、すれ違ったヨーテが「ラリスならまだ子供部屋だと思います」と何も言ってないのに僕の目的を察して助言をくれた。
優秀すぎる従者に感謝を述べて通り過ぎ、目的の部屋の扉をそっと開ける。
「ラリス……?」
小声で彼女を呼ぶけど返事は返ってこない。
そのまま音を立てず部屋に入れば彼女は上半身をベッドに預け、子供たちの間に挟まりながら寝息を立てて眠っていた。
「しょうがないな……」
子供たちの頭を撫でていたのだろう。ラリスの手は小さな手を握ったまま離れていない。
起こさないようそっとその手を剥がし、彼女の顔にかかっていた髪を耳に掛ける。
むにゃむにゃと寝言を発する子供たちから大好きなラリス先生を取り上げるようで気が引けるけれど、そろそろ僕に返してもらおう。
彼女の背中と膝裏に手を回し抱き上げると、それまで感じていた温もりが離れたせいか近くに眠っていた子が一瞬身じろいだ。
「……ごめんね、みんな。おやすみ」
起きる気配がないことを確認してからそっと部屋を出る。
このまま一緒に寝かせてあげてもいいのだけれど、それじゃあ僕が耐えられそうにない。
やっと僕だけのラリスを取り戻して歩いていると正面から兄さんがやってきて小さく笑う。
「ラリスは昔とまったく変わらないな。どうせ子供部屋で寝落ちていたんだろう」
「寝かしつけてる途中で一緒に眠ってしまったみたいなんだ。このまま部屋まで連れていくよ」
「ああ、そうしてやれ」
ラリスを見て肩を竦めた兄さんは「けど」と言葉を続ける。
「お前は変わったな。いや、成長したというべきか」
兄さんは僕の腕の中のラリスに目を向けて微笑む。
「あの日のお前が願っていたことが叶ったな」
「願い……? って、兄さん……!」
僕の疑問に答える前に、兄さんはラリスと僕の頭を撫でて去っていく。
まるで子供にするようなそれが気恥ずかしくてその背を一瞬追いそうになるけれど、腕の中のラリスの寝息が聞こえてすぐ立ちどまる。
「あの時……?」
腕の中の温もりと去っていく兄さんの背中が何かと重なる。
『僕も、兄さんみたいにラリスを抱えて送ってあげられたらよかったのになって』
在りし日の自分の声が脳内に響くと一緒にどこかまだ幼さを残した兄さんが小さなラリスを抱えて去っていく。
「あっ……」
その姿に僕の脳内に遠い日々の思い出が色鮮やかに蘇る。
幼い僕は肩に感じるラリスの重みに緊張して、抱き上げるほどの力もないから彼女を家に届けるという兄さんを見送ることしかできなかった。
手からすり抜けていったあの日の暖かさが今は腕の中にある。
安心して眠ってしまって、その身を僕に委ねている。
「ああ……僕は、これが欲しかったんだ」
兄さんはわかっていたんだろうか。
あの日は違う意味だったかもしれないけれど、今はきっとそんな気がする。
僕はラリスを家まで送り届けたかったんじゃない。
ただ彼女が安心して眠れる場所になりたかった。
そのまま眠っていていいのだと、誰かに怯えて彼女を手放さなければいけないなんて思わなくていい日常が……今が欲しかった。
「随分遠回りになってしまったけれど、確かに叶ったみたいだ」
ここにはラリスが居ることを叱る母上も居なければ、僕を遠ざけながら生きるラリスももういない。
当たり前のように僕と穏やかな日々を過ごして、きっと今日だってこのまま一緒に朝を迎える。
おやすみとおはようを言い合える。そんな、ありきたりな毎日。
幼い僕が夢見た願いは、きっともう叶っている。