花冠
「できた」
黙々と何かを作っていた幼馴染がようやく顔を上げる。
小ぶりな青い花がいくつも並んでいるそれは、昔から彼女が作るのを得意としたものだ。
綺麗に編み込まれた花冠──それはミンウの花でできている。
ここは水の民の里。
族長・シュラとクライヴが里を離れている間、ジョシュアは里の護衛を引き受けた。
一緒に残ったジルは里の者に許可を得ると気に入った花を一輪ずつ選びながら、器用に茎を編み合わせ始めた。
長年戦場に立つことを強いられ、今も戦いに身を置いているジル。
戦いのために剣を握る手が、今は花を傷つけないように慎重に動いている。
この幼馴染は本来こういう人だった。
昔を思い出す穏やかな時間に目を細めていると、出来上がったものを満足そうに眺めたジルが花冠をこちらに向けるのでジョシュアは静かに頷く。
「綺麗だね」
「でしょう? はい」
「……僕に?」
花冠を差し出され、戸惑いながらもジョシュアは手を伸ばす。
可憐な花で作られたそれが自分の頭の上に乗るのを想像したジョシュアが思わず顔を顰める。
幼い頃ならともかく、今の自分が花冠を被っている姿はどうにも想像したくなかった。
けれど、ジルが「まさか」と肩を竦ませ笑う。
「ラリスによ。お土産にしたらきっと喜ぶわ」
ね?と手渡すジルの頭の中ではきっとラリスがもう花冠を身に着けているのだろう。
ふわりと笑うジルから握り潰してしまわないよう丁寧に受け取ったジョシュアが瞬けば、ジルはさらに一言付け足した。
「だって、ラリスのことずっと考えていたでしょう?」
「……気づいてたの?」
「当然。……というより、あなたがあの子のことを考えないことの方が珍しいわ」
「そんなこと……いや、そうかも」
「でしょう?」
得意げに笑ったジルは決して揶揄っているのではないのだろう。
それが当然なのだと、そうであるジョシュアが自然なのだと彼女はきっと思っている。
そして、それはジョシュア自身もそうだった。
ラリスのことを考えなかったことなど、離れていた十数年の間すら一度もなかったのだから。
「ねえ、ジョシュア」
不意に名前を呼ばれ彼女を見れば、その視線は花冠に落ちている。
「……あなたは覚えているかしら」
穏やかな瞳が細められ、そこに少しだけ寂しさが混ざった気がしたジョシュアはそっと隣に腰を下ろす。
「子供の頃。私があなたに聞いたこと」
ジョシュアは少し考えて、それから彼女と同じように目を細める。
ジルと過ごした時間はほんの数年。けれど交わした言葉は数多くある。
なのに、今聞かれているのはきっとこのことなのだとはっきりわかった。
「……結婚のこと?」
「そう」
ジルが笑う。
やはりどこか寂し気で、諦めたようなそんな笑み。
「私ね、あの頃はとても嫌だったの」
「うん」
「まだ私は子供なのに、大人たちは私を誰と結婚させるのが得なのかという話ばかり。私の意思はそこに含まれなかった」
和平の証として北方から単身ロザリア公国にその身を預けられることになったジル。
彼女は自由を許されていたが、その人生は縛られてばかりのものだった。
大公派につくべきか、それとも貴族派か。
クライヴとの婚姻を望むものもいれば、そうでない者も当然いて。
いつだってジルの周りはそんな噂が飛び交っていて、ただの子供であることを許された時間はほとんどなかったに違いない。
彼女の話を黙って聞いていたジョシュアは、今でこそその身の振り方の難しさがよくわかる。
もちろん自らも、フェニックスであり次期大公家を背負うものとして数多の期待を寄せられていた。
特に母・アナベラからのそれはあまりに重く……もう彼女は亡くなったというのに脳裏にすぐにその顔が過る程度にはいまだにジョシュアをどこかで縛り付けている。
「だからね、あなたにも聞いてみたの。ちょっとした意地悪だったのよ」
「そうだったの?」
「ええ。『あなたは誰と結婚したい?』なんて、私よりも年下のあなたにする質問じゃないもの」
肩を竦めたジルだったが、当時のジョシュアはそんなことを微塵も感じなかった。
どちらかと言えば、そう、意思を確認されているのだと思った。
「あなた、自分がなんて答えたか覚えてる?」
「もちろん」
迷わず頷く。
なにせ、その答えは今も変わらない。
「『ラリスがいい』」
「そう、それ」
くすくすとジルが笑う。
「本当にまっすぐな目で言うんだもの。『母上がなんて言うかわからないけど、僕はラリスがいい』って」
「そんなにおかしなことかな」
思わず口を尖らせれば、ジルが違う違うと首を横に振る。
「羨ましかったの」
「……羨ましい?」
「ええ」
少し間を置き、静かに続ける。
「私は、私が誰と結婚したいかなんて考える前に、誰と結婚させるべきかを周りが決めようとしていた。私の未来は私のものじゃない。誰かの為に使われるものなんだって、そんなことばかり考えていたから」
あの頃のジルは気丈に振舞っていたが、ロザリアに来た頃は泣いてばかりだったことを思い出す。
そんなジルを笑顔にしたのはクライヴだ。
泣いてばかりのジルをクライヴが連れ出して、……時には大人たちを困らせて騒動になったりもしていたが、それがどれだけ彼女の支えになったかは言うまでもない。
「私も、あなたも、……クライヴも。ずっと大人の都合に振り回されて、自分で選べるものなんて何一つないんだと思ってた」
「選ぶ……なんて大層なものじゃないよ。ただ、そうだったらいいなってお願いみたいなもので」
それにラリスが同じ気持ちだったかはジョシュアにはわからない。
あの頃のラリスは「ジョシュア!ジョシュア!」と何かと自分に会いに来てくれたが、今の彼女はどこか遠慮がちで、視線を合わせるとすぐに目を伏せてしまう。
「……ラリスは、今でもあなたが好きよ」
「え?」
「ふふ、だって不安そうな顔をするんだもの」
「まいったな……」
照れ隠しに頬をかけば、ジルがまた笑う。
「あの子、あなたの話をするときだけ少し困った顔をするの」
「……」
「あなたと同じよ。好きだからこそ、どうしたらいいのかわからない顔。だからそれ、ちゃんとラリスに渡してね」
花冠に落ちた視線に頷きで返す。
なんで私に?と問われても、ジルからだよと言えば躊躇いながらも受け取ってくれるに違いない。
「……ありがとう」
「そう思うなら、ラリスをちゃんと捕まえてね。あの子、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうのも変わってないから」
「うん。身に染みてるよ」
待ってよ、と駆けるその手に引かれていた遠い昔。
自分が目を覚ました途端に傍から離れていったその姿。
どちらもが浮かんでジョシュアは花冠を静かに見つめた。
きっとラリスによく似合う。