もう、コンマ一秒だって待たせない


「なあ忍足、昨日の試合みた!?」
「あー、あれな。見たで」

 俺が好きになった彼女は、俺のことなんて初めから眼中になかった。俺がどれだけ試合で活躍しようとも、それこそ全国まで駒を進めても、彼女の眼中に俺は入らない。それが悔しくて、その悔しさを原動力に変えて走り続けても、きっと彼女はずっと俺に背を向けたまま。半ば心が折れそうになりながらも、だからといって彼女への気持ちを簡単には捨てられない。昼休み、何とか必死に彼女との会話を繋げようとしている俺を見て、事情を知っている白石が失笑していようとも、だ。

「や〜ほんまに、あの場面での高速ダッシュはめちゃめちゃ痺れた!やっぱり足速いのかっこええよな、余裕のある走塁!ほんま流石やわ……」

 彼女が好きなのが、いっそテニスだったら話は早かっただろう。スピードでは誰にだって負けないという自負があるし、彼女にだって胸を張って自慢できた。けれど残酷にも彼女が好きなのは野球で、彼女が好きな選手というのも、また自分と同じようにスピードを自慢とする選手らしい。彼女との会話のきっかけにするために見たその選手の足は確かに速い。速いが、あれならきっと俺の方が何倍も速い。そんなにも足が速い奴がかっこええと思う癖に、身近におる足の速い奴のことは眼中にもないってか。どないやねん。

 しかしそんな俺にも、ひとつチャンスが回ってきた。それが何を隠そう今日の球技大会だ。うちの学校の球技大会のルールとして、自分が属している部活の競技には参加できない。つまり、俺はテニスには参加できないということだ。優勝を目指すクラスメイト達は、俺や白石がテニスへ参加できないという事実を嘆いていたけれど、俺としては好都合。迷うことなく、野球への参加を決めた。何だかんだ俺に付き合ってくれた白石とはバッテリーを組む事になったが「お前の球、ほんまにちゃんと取れるんやろか」などとぼやいていた。そう、俺かてほんまはめっちゃ速いねん。走るだけちゃう、何においても。浪速のスピードスターを舐めるなっちゅー話や。

「忍足、頼んだで!一組の原田な、小学校ん時野球やっとったらしいわ。つまり経験者や。うちのクラスで対抗できるんは、お前の豪速球だけやろ」
「……おう、任せときや」
「なんや、お前今日元気あらへんな。ほんまに大丈夫か?腹でも痛いんか?」

 どうしてもこの試合に勝ちたいらしいクラスメイトから、試合前に念押しされる。当たり前や、俺かてこの試合に負けるわけにはいかへん。ちらりとグラウンドの外の応援席を確認する。二組のところにちゃんと彼女の姿があるのを確認して、ひとつ深呼吸。事前のくじで先攻と決まった俺ら二組は、最初は攻撃に回る。大丈夫や、練習通りにやったらええ。朝、ガッチガチに固まっていた俺に、そう言ってくれた白石の言葉を再度頭で再生する。せや、大丈夫。俺はあの選手より、早よ走れる。絶対にかっこええとこ見せたんねん。


「三対一で、二組の勝ち!」

 グラウンドに響く先生の声に合わせて互いに頭を下げる。経験者だと噂の立っていた一組の原田を見事に押さえ込み、なんとか優勝することのできたという事実に、グラウンドの外、応援席がわっと湧く。明らかに試合前より増えているギャラリーは圧倒的に女子が多い。どうやら横のコートで行っていた女子のテニスが一段落ついたらしく、その影響もあるとのことだった。勿論それだけが理由ではないことは、数々の黄色い歓声を聞けば一目瞭然。相変わらず顔がええっちゅーんは得なもんや。俺の横で、勝てたことを喜んでいるバッテリーの腹を小さく小突いておいた。

「お疲れさま!すごいやん、相手経験者やったのに勝ってまうなんて!」

 私は負けてもてんけどな。そう言って、自販機のスポーツドリンクを手渡してくれた彼女に、一瞬固まる。これ、わざわざ俺にくれるんやろか。他の奴らにも配ってんのやろか。受け取らないままだった俺に対して「要らんかった?」と眉を下げて笑う彼女に首を振って、ありがたく受け取る。貰えるんやったら、何でも嬉しい。例えこれが、俺と一緒に活躍した白石とのついでとかだったとしても。

「今日の忍足、めちゃめちゃかっこよかったから。それ、私からプレゼント」
「は?なんやそれ。かっこよかったん今日だけかいな」
「いいや?いっつもかっこええけど。……今日は特別、かっこよかった」

 ペットボトルのキャップが開く、カチッという音と共に、俺はまた固まる。今、なんて。お世辞や冗談だったとしても、喜びを隠せない。なんとかにやけそうになる表情筋に必死で力を込めて、口角が上がらないようにする。絶対今気色悪い顔しとる。そう思っても、こっちをじっと見つめてくる彼女から、目を逸らせない。

「……忍足、なんぼこっちがアピールしても気付いてくれんから。白石くんにも色々相談乗ってもろたりして、遠回しに好きや〜〜言うててんけどな」
「待て、何言うてんねん、」
「まだ分からん?そらほんまに野球は好きやし、あの選手のことも好きやけど。私が、速いのがかっこええと思うようになったんは、忍足のせいなんやで」
「いや、分かった分かった!もう分かった!だからそれ以上言うな!……ちゃんと、俺から言わせてくれへんか」

 うん、と短く返事をした彼女の頬は、見たことないくらい真っ赤だった。いつもならしれっと俺のことなんか興味ないような顔して、ただ話が会う奴やから、くらいのノリでしか絡んでこない彼女が照れたのなんて、これが初めてで。よく見れば小さく震えている肩、時折逸らしている目線。それら全てが、改めて彼女が好きなんだと俺に告げる。僅かに空いたキャップを閉めて、彼女に向き合って、一言。きっとその間だって、誰よりも速い。だって、こんなにも勇気出してくれてんのに、俺がウダウダしてられへんやんか。

「好きや。俺と付き合うてくれへんか」
「……うん」


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