大きな燃える色の瞳をより丸くしてこちらを見ている。急いで無礼を詫びるべく、意図せず縮まってしまった距離をとり直す。柱の厚意で任務に同行させてもらう道中に立ち寄った藤の家で、現在このような状況に陥っていた。

「も、申し訳ありません……!柱……!」

 まだ心臓が痛いくらいに跳ねている。あまり良い姿勢でなかったが為に、柱である煉獄の懐近くにまで入り込んでしまった。内心、何度も自分を叱責しながら、頭を下げると快活な一声が頭上より降ってくる。

「気にするな」
「しかし、柱に迫るような真似を……」

 自分がそう口にした途端、部屋の空気が変わったのを感じ、恐る恐る顔を上げてみれば穏やかな笑みを浮かべている煉獄の姿があった。他愛もない、何の変哲もないと言った表情をしている。

「迫る、と言うのはさっきのことか?」
「……は、はい。そのように自覚しておりますが、」
「いや、きみのは『迫る』に値しないだろう」
「それは、」

 つまり、先程のは単なる事故であったと流してくれているのだろうか。煉獄は至っていつも通りの様子ではあるが、変わってしまった部屋の空気に少しだけ居心地が悪い。


「いいか、『迫る』と言うのは ──── 」

 長考にかまけていたせいで、煉獄のとろうとしていた行動を読むことが出来なかった。ただ聞こえていたのは、言葉の意味を説明しようとしていた煉獄の言葉である。
 次には、片腕をやんわりと押さえつけられ、背は部屋の畳にあり、正面は薄暗がりで、辺りは静寂に包まれていた。音も視界も閉ざされた中で感覚だけで煉獄の意図を汲み取らなければならない。しかし、それは自ずと察するのではなく、着実に理解出来るよう、一つ一つが確かに行われていった。

 腕を掴む大きな手は緩やかに力を増していき、薄暗がりの理由は自分の上に煉獄の姿があるからだと知り、自分が押し倒されたのだと目の前の現実が告げている。間近にあることで瞬きに揺れる睫毛や正直な目の動き、息遣いまでもが感覚として伝わってくる。だが、それは全て静寂の内に行われたことだ。割れることのない静寂に煉獄の長い髪が垂れ下がり、きらきらと照っている。


「すまない、ただの戯れのつもりだった!」
「……いえ。ご教授いただき、ありがとうございました」

 そう口を開く頃には二人は適切な距離に身を置き、座して話をしていた。煉獄はいつもと変わらぬ様子で、しかし、彼女は穏やかではいられない心境のままで、何事も無かったかのように振舞っている。掴まれた腕の感触を忘れられるものか。一瞬にして迫って来た煉獄のことを忘れられるものか。薄暗がりの中で見た煉獄の、捉えて逃がさないと言うような眼差しを忘れられるものか。

「呼吸が乱れている。すぐに整えるといい」

 柱ともなれば、他者の呼吸の乱れをすぐに察知出来るのだろう。言われた通りに呼吸を少しずつ整えていく。しかし、先程の光景が脳裏にちらつき、正常ではいられない。早く直そう、戻そうと意識すればするほど、動揺が目に見えて表れ、思考が徐々に停止し始める。

「うむ、少し出てくるとしよう」
「え、あ、柱……、」
「その間にきみも落ち着くことだろう」

 燃えるような羽織りを翻し、煉獄は早々に部屋を出た。一人取り残された彼女はゆっくりと深呼吸を繰り返す。柱であるが故の威厳、凛とした佇まい、堂々とした立ち振る舞い。何もかもが煉獄という男を欠点のない完成された人間のように思わせる。間違ってはいない。間違ってはいないが、こうも考えてしまうのだ。それは全て煉獄杏寿郎という男の『陽』の顔であり、『陰』の顔は誰も見たことがないのではないかと。そして、その陰りは先刻のように、ふとした瞬間に顔を覗かせるのではないかと。
 彼女はまだあの煌々と光る瞳を忘れられそうにない。

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