なあ、坂上。お前には家も近くて、同い年の幼馴染ってヤツはいるか?え?いない?そうか、そういう奴も中にはいるよな。でもな、俺にはいるんだよ。家が近くて同い年、十何年来の付き合いがある幼馴染がさ。そうそう、みょうじのことだよ。お前も日頃から良くしてもらってるだろ?実はアイツ、俺の幼馴染なんだよ。昔っから親切な人間でさ、頼みごととか他人の相談とか平気で受けるタイプのイイ奴。自分とは無縁な話にまで、一緒になって悩んだり考えたりしてくれる奴なんだ。そのくせ、自分の悩みごとや困ったことは誰にも言わない。でも、俺はみょうじと長い付き合いだから、聞かなくても分かる。ああ、また悩んでんだろうなあって。
そんな時には俺から聞いてやるんだ。最近どうだ?ってな。すると、大抵は困ったように笑って色々と話してくれるんだ。やっぱりさ、頼られると嬉しいもんだよな。後輩よりも同級生に頼られる方が意外と何倍も嬉しいもんだ。まあ、俺とみょうじの仲っていうのもある。長く付き合ってると、相手のことが手に取るように分かるようになってくる。不思議だよな。別に親友でも恋人でもないのに、幼馴染ってだけでもっと深い繋がりを感じるんだからさ。……ああ、そうだった。確か、話の続きだったな。でも、お前も今日の集会で既に六人分の七不思議を聞いてるんだろ?だったら、小休止といこうじゃないか。
俺が小休止がてらに話すのは、とある幼馴染についての話だ。坂上、お前もしかして震えてんのか?まだ何も話してないんだぞ。なに?今日はこのまま一旦お開きにして、続きは明日の明るい時間にしませんかだと?……お前なあ、それでも新聞部員なのか?新聞部員としての意地や誇り、熱意はないのか。無理矢理、七不思議の特集の担当にされて熱意も何もないって?おいおい、折角俺が指名したのに何て言い分だよ。まあ、いいから聞いてくれ。軽い気持ちで流すくらいに思ってくれりゃあいいさ。じゃあ、早速だが聞いてくれ。
***
ある所に一人の女生徒がいた。そいつには同じ高校に通う幼馴染の男がいたんだ。家は隣同士、小さい頃から付き合いのある二人で、不思議と小中高も同じ進路を選び、同じ学校の制服に身を包んで毎朝一緒に登校していた。もちろん、この二人もお互いのことを幼馴染以上には思っていなかったさ。友達なんて軽い関係でもなく、恋人なんて深い仲でもない。本当にただの幼馴染。クラスメイトにどんなにからかわれようとも、それ以外の答えなんてありゃしなかったんだ。そんな、距離が近過ぎて何とも思っていなかった二人の関係に変化が訪れる。
それは、彼女が高校二年になった時のことだった。幼馴染の男の携帯に彼女から連絡が入る。通知画面を開いてみると、彼女からのメッセージで『今日は友達と登校するね』の一言が送られていた。珍しいこともあるもんだと、その日男は一人で学校に登校して行ったんだ。だが、彼女のメッセージはその日だけで終わりはしなかった。翌日も同じものが届いた。その翌日も、更にもう一日……と彼女と顔を合わせない日が増えていくばかりで、男は寂しさを覚えた。まあ、でも、無理もないよな。俺らみたいな年頃は、こういうこと普通にあるもんだからな。
いつも一緒に過ごしていた奴と顔を合わせなくなる。なんなら、変な空気になっちまって言葉を交わすこともなくなる。そして、別の友達や恋人と楽しそうに過ごしている姿を見て、自分もそうでなくちゃいけないと、よりすれ違っていく。でもな、そいつはそうじゃなかったんだ。確かに疎遠みたいになっちまったが、家は隣のままだろ?だから、完璧に他人行儀にはならなかった。もちろん、目が合えば手を振るなり、一言声をかけるなりはしたさ。昔のように隣にいるのが当たり前じゃなくなったものの、それでも二人はいい関係でいられたんだよ。
でもな、ある日彼女が泣き腫らした顔で帰っているのを見たんだ。同じく下校中だった幼馴染の男はどうしたんだと、すかさず駆け寄った。彼女が言うには、実はあの一緒に帰っていた友達と恋愛関係に発展したものの、付き合ってみたらすぐに手を出してきたそうだ。彼女としてはそのことにも驚いたらしいが、もう少し時間をかけたいと伝えたところ、罵声を浴びせられたと。彼女にとってはそれが堪えたんだろうな、その場で別れを告げて一人帰っていたところを幼馴染の男が見つけたのさ。
相手の奴、最低だよな。お前は相手の男をどう思う?勝手に何かを期待して、勝手に近づいていったくせに、好き勝手が出来ないと知り、勝手に失望する。本当に自己中心的でどうしようもない奴だと思うぜ。今の俺と同じように幼馴染の男も怒りを覚えた。彼女が泣いているのなんて、小さい頃以来全く見ていなかったからだ。そんな彼女が目の前で泣いている。目を腫らして、頬や鼻先を赤らめて、顔をぐずぐずにして泣いているんだ。でも、出来ることなんてなかったんだよ。幼馴染の男が恋人の代わりになることなんて出来やしない。相手の男をとっちめて謝罪の言葉を吐かせることも出来ない。辛いよな、歯がゆいよな、悔しいよな、胸糞悪いよな。
だからこそ、幼馴染の男は相手への報復より、目の前にいる彼女に寄り添うことを決めたんだ。泣き濡らした頬を拭えるようにハンカチを渡し、震える背中をさすってやり、一緒に帰ってやった。一人じゃないことが彼女の救いにもなったんだろう、家に着く頃にはなんとか泣き止んだそうだ。
「……ありがとう、付き合ってくれて」
「いいって。ただ、前みたいに一緒に帰ってきただけだろ?」
彼女があんまりにも弱々しく言うから、幼馴染の男は彼女が家に入るまで見送ってやったんだ。静かに閉まるドアを見届けると、ふつふつと怒りが込み上げてくるのがわかった。彼女といた時には感じなかった怒りがどこまでいっても止まりやしない。憎しみさえ感じていたその時、頭上から彼女の声が降ってきたんだ。
「またね、おやすみ」
腫れぼったい顔で少し笑って見せた彼女に、胸の怒りが鎮まっていくようだった。もう忘れよう。あんな奴のことを思い出したり、思い出させるようなことはしないと固く決め、その幼馴染も家に帰ることにしたんだ。
***
大切な相手には幸せになって欲しいと誰もが思うもんだ。お前もそうだろ?だから、泣かせたり、不幸にするような男なんて許せない。それが恋人だって言うなら尚更だ。でも、幼馴染は彼女を第一に考えたんだ。腸が煮えくり返る思いだったに違いない。相手をどうにかしてやらないと気が済まないだろう。それでも、彼女を選んだんだ。