「どうしたんだよ、いきなり荷物なんかまとめて」
「帰って来て早々、ごめんね。でも、私もようやく宝探しに行く決心がついたんだ」
「宝探しって、」
「私も、……私もペパー君みたいに宝物探してみたいの」

 なまえの自室に二人はいた。自分のリュックに必要な荷物を詰めているのがなまえで、部屋の入り口で難しい顔をしながら立ち尽くしているのがペパーだった。ペパーは先日、ハルト、ネモ、ボタン達との冒険を終え、帰って来たばかりだった。なまえとの関係は同じ学年の同じクラスの女子生徒。ただ、何かと話が合うことから、周囲のクラスメートよりかは仲が良かった。なまえはどんな話であっても聞いてくれ、時には寂しい心情に寄り添おうとしてくれる、あの三人とはまた違った大切な友人だった。土産話もそれなりに拵えてきたつもりだった。手土産代わりに自分が作ってきたサンドイッチを振る舞うつもりだった。しかし、当の本人はアカデミーの寮を離れ、このパルデアの広大な大地を冒険しに行くのだと言う。長い間アカデミーを不在にした自分が言えた義理では無い。だが、ペパーはあの三人と同様になまえとももっと打ち解けたいと思っていた。エリアゼロからの帰り道、密かに胸の内で願っていたことだ。

「さみしい?」
「さ、寂しくなんか、」
「ふふ、私はね、少しさみしい。でも、帰って来ないわけじゃないから」
「さみしいちゃんなら、急がなくったっていいんじゃねえの?」
「ううん、もう決めたから。見つけたの、やりたいこと」

 寂しいけれど、行きたいと言うなまえの見せた笑顔が胸に突き刺さる。やはり、彼女は明日にでもアカデミーを後にするだろう。この部屋の中で寂しさに尾を引かれているのは、自分だけのような気がした。彼女は、なまえは、まだ見ぬ宝物を探すことに希望を抱いている。そんな彼女の足止めをしたところでどうなる。後でそのことを悔やむことになるだけだ。ペパーは気付かれぬように手を握り締めた。

「何を探しに行きたいんだ?」
「私ね、パルデア十景を見に行きたいの。そして、私のスマホロトムにその景色を収めたいの」
「パルデア十景って、あれか?ありがた岩やビシャビシャの斜塔とかの、」
「うん。私、その為にね、色んな子とポケモンバトルをして、手持ちのポケモン達みんな育ててたから」
「そういや、なまえの相棒ちゃんは確か、ガーディだったよな」

 もう、ウインディに進化したよ。と嬉しそうにしている姿に、ペパーはもうこれ以上引き止めるような言葉を言うのはやめようと思った。彼女の気持ちに水を差してまで、ここに留まらせるわけにはいかない。もしかしたら、ジム巡りをしている時にばったり出くわすかもしれない。家のドタバタもようやく落ち着いたのだ、次の新しい冒険に出たって……、と考えたところで閃く。

「なあ、なまえはパルデア十景を見たら終わりなのか?」
「ううん、それは最初の目的だから。パルデア十景を巡りながら、途中途中でジムバトルにも挑戦してみようと思ってて」
「ってことは、ジム巡りもするんだよな」

 一つ、前に決めたことがある。友人であるハルトを見て思ったことだ。自分も強くなりたい、ポケモンバトルで彼に勝てるように強くなってみたい。だから、ジム巡りをしてみても良いかもしれないと。なまえが首を傾げるよりも早く、先に言い出していた。

「だったら、俺も行くぜ」
「……ペパー君も?」
「おう。なまえ一人で行かせて、迷子ちゃんにでもなったら困るからな」
「ちゃんと下調べしてあるから、迷子ちゃんにはならないよ」
「だ、だとしても、だ。何かあった時のために、一人くらい冒険のメンバーが増えてもいいじゃねえか」

 きょとん、とした顔でこちらを見るなまえは少し考えた後、本当にいいの?だって、帰って来たばかりなんだよ。と一言、二言問い掛けてきた。彼女のあれは、自分の我儘に巻き込みたくないという顔をしていた。だが、どうしても付いていきたい理由をたった今思い出したのだ。

「そんじゃあ、聞くけどよ。なまえ、自分のメシはどうするつもりだったんだ?」
「……そう、ご飯ね。ご飯、うん」
「なまえ、料理得意じゃねえよな」
「まあ、そんなこともあったね」
「サワロ先生の授業で、いつも苦い顔をしてただろ」
「……う、うん」

 目、泳ぎまくりちゃんだぞ、なまえ。だ、大丈夫だもん、途中立ち寄った街で済ませるから。それじゃあ、金がかかってしょうがねえだろ。なまえは、そんなにお金持ちちゃんだったか?
 なまえは次第に苦い顔をしていった。親しい友人のことだ、よく知っている。彼女は料理が苦手なのだ。彼女が作るサンドイッチも、パンの間に適当なジャムを塗り込むだけの簡易なものが多い。色々な具材を挟んだ方がいいとアドバイスをした事があり、一緒に作ってみたのだが、その時も散々な結果だった。まずはレシピ通りに作ってみても、最後には彼女のオリジナリティによって全く別物へと変わってしまう。具材のベーコンは生より炙った方が美味しいからと、ガーディの炎で炙って焼こうとしたが、技としての火力が強過ぎた為に駄目にしてしまったり。いつものジャムサンドじゃ飽きてしまうからと、わざわざミツハニーのあまいみつを取りに行っては、みつのかけ過ぎで甘くなりすぎてしまったり。それをリカバリーしようと、コジオの塩を使って味を調整しようとしたが、塩っぱくなってしまったり。と、中々どうしてか相性が悪い。

「そういう意味でも結構頼りになるぜ、俺は」
「……じゃあ、一緒に来てくれる?」
「三食しっかり面倒見てやる」
「ありがとう……!」
「まあ、俺もジム巡りしたかったしな」
「へへ、本当はさ、ちょっぴり心細かったんだよね」

 楽しみだなあ、と口にするなまえの表情が先程より明るくなったように思えて、顔を覗き込むと彼女の瞳の中にもう一人、表情の明るくなった相手がおり、慌てて距離をとる。

「街の外に出る前にどこか寄って行った方がいい?」
「そうだな、食材の残りを確認して足りなくなりそうなものを買い足すくらいだな」
「ベーカリーオルノとかが良さそうだね」
「念の為、なまえも少しは買ってけよな」
「も、勿論……」
「食いたいもんとか買ってくれりゃあ、それ作ってやれるからな」
「私ね、ペパー君の作るサンドイッチ好きなんだよね」
「へっ、なんだそりゃあ」

 一口食べると、優しい味がするから。と、リュックに荷物を詰め終えたなまえは口にする。やはり自分が料理が得意でないことを気にしており、だからこそ、誰かの作ってくれた料理が美味しく感じられて羨ましいのだそうだ。『出来ない』からこそ、誰かの『出来る』が羨ましいのだと。しかし、いつまでも『出来ない』ままでいる訳にもいかない。

「実は、裏でこっそり料理の練習もしようと思ってたんだ。ウインディと二人きりだから」

 それで上達したら、今度は私がペパー君に美味しいサンドイッチ食べさせてあげるの。秘密のつもりだったんだけどね。
 なまえはいっぱいになったリュックを撫で、照れ臭そうな顔で笑った。きっと、その照れ臭さが嬉しかったのかもしれない。だから、柄にもないことをしてしまったのだろう。どうしていいか分からなかった。上手い言葉も見つからなかった。彼女を、なまえを抱き締めること以外、何も出来なかった。自分より背の低い彼女を胸元に抱き寄せるような、ロマンチックなものじゃない。本当に衝動的に抱き締めただけだった。

「……ありがとうな、」

 ほんの数秒で離れ、ペパーは驚いた彼女の目を見て答えた。彼女も幸いなことに嫌な顔はせず、うん、と一度頷いてくれた。怒らないのか、と尋ねれば、だって、嬉しかったんでしょう。とやけに大人びた返事が返ってくる。何で分かるのかと尋ねれば、だって、顔に書いてあるよ。と次は子どもみたいな返事が返ってきた。

「本当に良い宝物が見つかったんだね」
「なんで、そう思うんだよ」
「宝探しに行く前のペパー君、荒れてたから」
「なっ、そんなに露骨ちゃんだったか?!」
「時々ね。でも、もう大丈夫なんだなあって思った」

 ペパー君、よく笑うんだもん。何気なく、なまえが口にした言葉に、今まで彼女の意識が何処に向いていたのかを気付かされる。人の喜びを自分の事のように喜べる人間が、どれほどいるのだろうか。突き動かされる、胸の鼓動に。もう一度だけ、彼女に手を伸ばし、

「……ちょ、ちょっと、」
「いつからこんな、いい子ちゃんになったんだ〜!?なまえは〜?!」

 わしゃわしゃと頭を撫で回していく。ペパーは自分の手の下で、ぎゃあぎゃあと騒いでいるなまえのことはお構い無しに、思いの丈を込めて撫で回す。最終的には気が済むまで撫でていたのだが、なまえはかなり不服だったらしく、むすっとした顔で自分を見ていた。

「……やっぱり一人で行く」
「わ、悪かったって、」
「ペパー君はお留守番」
「あー、じゃあ、あれだ、好きなもん」
「好きなもん?」
「今日の晩飯、なまえの好きなもん作ってやるから」
「い、いいの……?!」

 途端に目を輝かせたなまえに、このペパーお兄さんに任せとけ!と意気揚々と胸を張ったのだが、……?私たち、同級生でしょ……?とイマイチ、ピンと来ていないなまえの反応に、ペパーは少しだけ恥ずかしくなった。それでも、いい。また新たな冒険へと、今度は二人で飛び込んで行けるのだから。こんなに喜ばしいことがあるだろうか。いつか、叶えばいいと思っていた望みがこちらを見つめて微笑んでいるような気がした。



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