気持ちのいい、爽やかな風がボウルタウンを通り過ぎていく。色とりどりに咲き乱れる花々を揺らし、日常を営む人々の肌をそっと撫でていく。街の象徴でもある、大きな風車もその風に吹かれ、ゆっくりと羽を回している。ボウルタウンは緑豊かな、そして、何処よりも太陽に愛された街だ。それだけでなく、芸術においても盛んであるとされているこの街で彼女は過ごしていた。太陽そっくりなポケモンであるキマワリ達の世話をしながら。なんでも、この街では太陽の象徴であるキマワリを大切にし、時にはもてなすという風習があるそうだ。けれど、いつしかその風習はジムテストとして採用され、今では街に隠れたキマワリを探し出すことで、この街のジムリーダーに挑戦出来るようになった。
 それは今日も例外ではなく、一人の少年がジムリーダーに挑むべくボウルタウンを訪ねて来た。またあどけなさの残る可愛らしい少年だ。今回もジムテストの一環としてキマワリ探しに励むらしい。それを遠目から見ていると、不意に声を掛けられた。その人物はこの街のジムリーダーであり、名を馳せる有名な芸術家でもある彼だった。

「新しい挑戦者か、」
「いらしてたんですね、コルサさん」
「直に風車へと登る。その前にどんな相手か見ておきたくてな」
「ふふ、可愛らしい男の子でしたよ」
「可愛らしい?」
「ええ、だってほら。見てください、あんなにキマワリを連れて」

 彼女が指を差した先には先程の挑戦者である少年が後ろに数匹ものキマワリを連れて、街のあちこちを歩き回っている姿があった。彼女はそれを見て、可愛らしいと言うのだ。コルサと呼ばれた男は僅かに眉間に皺を寄せ、同じく少年を見た。

「可愛らしいだけでは華がない。あっと驚かせるような二面性がなければ」
「もうそろそろ、時間じゃありませんか?」
「ああ、そうだな。残りは風車の上から拝見させてもらおう」
「頑張ってくださいね、あまり無理なさらないよう」

 キミも時間があるなら見に来るといい。いつものバトルコートだ。きっといい刺激になるだろう。
 では、と言い残し、コルサは一足先にステージへと上がって行った。彼女は、なまえはその後ろ姿を見送りながら、笑みを噛み締めていた。これから、あの少年とコルサのバトルが見られる。つまり、この胸を躍らせる程の素晴らしい創作が見られると言うことだ。なまえは熱い視線を送る。あと数匹を見つければバトルコートに上がれるだろう少年と、バトルを盛り上げる為の演出に身を投じる一人の芸術家の背中へ。なまえは、太陽の街で一人の芸術家に恋をしている。


***


 彼は無事に十匹のキマワリを見つけ出し、ジムテストに合格した。時折、悪戦苦闘しながら、街のあちこちを駆け回り、鋭い観察眼でキマワリ達を集めていた。そして、一匹も欠けることなく、広場まで送り届けてくれた彼は今、ポケモンジムにいる。なまえは一仕事を終えたキマワリ達を休ませ、一人でバトルコートに来ていた。既に他の観客達も集まっていたらしく、賑やかな人混みの中でその時が来るのをじっと待つ。
 すると、不意にざわめき立つ。挑戦者である彼がバトルコートへと通され、なまえは息を呑む。ようやく、『彼』の演出が見られるのだ。これから、あの二人が素晴らしい芸術の世界を見せてくれる。そして、時は満ちる。ざわめく観衆達を黙らせたのは、風車の上から浴びせられた少年への一言だった。聞き慣れた声の次は、見慣れた演出。風車の羽の上から軽い身のこなしで、バトルコートへと着地する姿は、挑戦者にとってはかなり衝撃的である。だが、観客達は盛り上がるばかり。なまえも例に漏れず、華麗な着地に目を奪われ、黄色い歓声を飛ばしていた。

 二人は面と向かい合い、言葉を交わしている。どうやらコルサも、挑戦者の彼もやる気に満ちているようで、互いにバトルコートの端まで距離を置くと、やっとジムバトルが始まった。それからはあっという間の出来事だった。ボウルジムは比較的初心者向けの場所と言うこともあり、コルサの手持ちポケモン自体少なく、バトルそのものが早めに終わる。つまり、彼が風車から飛び降りる演出は日常茶飯事ではあるが、バトルによる創作模様はトレーナーによって異なってくるのだ。
 だからこそ、なまえはジムバトルがあると聞き付ければ、必ずその模様を見に来ていた。芸術家であるコルサが活き活きとして、相手トレーナーとの創作にどのように取り組んでいるのかを見たいが為に。タイプが違えば、また変わったバトルの様子が見られる。同じタイプであっても、互いに対するアプローチの仕方でバトルの結末が変わってくる。完成するまで、どのようなものになるか分からない作品を目の前で完成させていくのが、なまえにとって一番好きな瞬間だった。

 そして、少年の彼はどのようなバトルを、芸術を見せてくれるのだろうか。今回はコルサもかなり気合いが入っている。挑戦者の彼を気に入っているようだ。それはなまえ自身も同じだった。一生懸命になってキマワリを探す姿に心を打たれたのだ。そんな彼には頑張って欲しい、勿論ジムリーダーであるコルサにも同様の感情を抱いているのだが。


***


 結果は、鮮やかな勝利だった。挑戦者の彼は見事、ジムリーダーのコルサに勝利し、バッジを手にすることが出来た。そして、彼は律儀にキマワリ広場に立ち寄ると、自分にそのバッジを見せてくれた。キラキラと輝く、小さな丸いバッジには草のマークが中央にあしらわれており、初めて手にした宝物のように尊いものだった。嬉しそうに笑う彼に、聞いてみたいことがあった。

「ねえ、ハルトくん。さっきのバトル、どうだった?」

 この質問が意外だったのか、多少間があいてしまったものの、彼は素直な感想を伝えてくれた。初めてのジムバトルでとても緊張したこと。ジムリーダーの登場の仕方にとても驚いたこと。たった三匹とは言え、長く感じたこと。最後のウソッキーがテラスタルする時の台詞があまりよく分からなかったこと、などを教えてくれた。概ね、満足の結果である。そこまで聞けたなら、もうこれ以上聞くことはないのだが、どうしても一つだけ聞いておきたい。

「……コルサさんのこと、どう思った?」

 有名な芸術家でありながら、この街のジムリーダーも兼ねている彼はとてもかっこいい人だと、彼は幼い唇で答えてくれた。なまえはその言葉が聞けただけで満足だった。素直にそこまで教えてくれる彼がとても可愛らしいと衝動的に抱き締める。なまえはコルサへ賞賛の言葉を投げ掛けられると、嬉しく感じることがある。この街を代表する人物が彼なのだ。この街に住んでいて、それを喜ばない人間などいるのだろうか。

「ありがとう、ハルトくん。これからもジムバトル頑張ってね」

 いつまでも抱き締めていられないと、小さな彼からそっと離れる。すると、彼の顔はほのかに赤く染まっており、かわいいね。と告げれば慌てふためいて、帽子を目深に被ってしまった。その様子でさえも可愛らしく、なまえは、またね。とだけ告げ、彼を見送った。少年の後ろ姿が小さくなった頃、待ち合わせたかのように隣に佇む人がいた。それはなまえの最も憧れる芸術家の男だった。

「随分と仲が良いようだな、なまえ」
「コルサさん、……見てたんですか?」
「たまたま、だ。アトリエに向かう前にコッチへ寄っておきたかったのだ」

 ふらり、と立ち寄ったと言う割には、どこか眉間の皺が深いような気がしたが、彼の眉間に深い皺があるのは日常茶飯事なのだ。気にし過ぎても良くないと、なまえの話題はすぐに先程のジムバトルへと移る。

「そう言えば、さっきのバトルとっても刺激的でした……!」

 なまえは屈託のない笑顔を見せる。そして、ハルトとコルサのバトルについて個人的な感想を述べると、どこか不機嫌そうに見えたコルサも次第に表情を明るくさせた。あの攻防がよかった、あの時繰り出した技がよかった、と拙いながらも身振り手振りで伝える。なまえが一生懸命であればあるほど、コルサの表情は柔らかくなっていった。しかし、一つの問いの前では再び硬い表情をして見せた。

「つかぬ事を聞くが、なまえ。なまえは、あの少年のことをどう思っている」
「え、あ、ハルトくんのことですか……?」
「ああ、あの若く小さな芽のことだ」
「素直で可愛い、男の子ですよ。ですから、宝探しも上手くいくんじゃないでしょうか」

 なまえの回答にコルサは黙って頷くと、分かった。と口にした。神妙な面持ちなのはいつもの事だが、一体何に悩んでいるのかまでは分からない。けれど、あのコルサが気にかけるような相手なのだ、彼はきっと大きく成長するのではないだろうか。太陽に向かって一身に伸びていく植物のように。

 もうあの小さな背中は見えない。なまえは所用を思い出したと、コルサは自分の創作意欲が枯れぬ内にアトリエへと、互いが互いの事情を伝え、二人はその場で別れた。なまえはこれからセルクルタウンへと向かわなければならない。その街には昔からの友人がおり、顔を合わせる用事があるのだ。コルサはと言えば、勿論これから創作活動に励むのだが、彼女と少年の関係性が上手く掴めず、胸の隅に不格好なモヤを抱えている。



01.太陽の季節


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