「それで、いつになったらくっつくのかしら」
衝撃的なその一言に、咥えていたフォークごとお菓子を吹き出してしまいそうになった。穏やかなティータイムになんてことを言うのだろうと、急いで口元を手で覆う。それとは対照的にセルクルタウン上空を飛び去っていくムックルの鳴き声はのどかだ。
「……くっつく、ってなにが?」
「なまえちゃんとコルサさん」
「な、なんでそんな話になるの……?!」
「だって、こんなにたくさんお話してくれること、全部コルサさんのことじゃない」
「そ、そりゃあ、憧れの人ですからね……!」
「じゃあ、恋人になりたいって気持ちはないのかしら?」
会話の相手はカエデだった。セルクルタウンのジムリーダーである彼女とは、同じ学び舎で育った仲だ。それ故に互いのことを親しく『ちゃん』付けして呼んでいるのだが、カエデはなまえの良き相談役でもあった。なまえはボウルタウンでキマワリの世話をこなすと共に、連れているミツハニーから採れるあまいみつをカエデに提供していた。以前、たまたま採れたあまいみつで作ったお菓子が好評だったらしく、なまえは定期的にカエデの元を訪ねるようになった。
勿論、ただのおしゃべりと言う訳ではなく、ボウルタウンでの暮らしやコルサのこと、カエデの新作スイーツの味見なども兼ねた、ちょっとした女子会である。テーブルに並ぶ皿に乗せられているのは、全てパティシエールである彼女の作品だ。彼女が作り出す一皿はどれも全て美味しいだけでなく、見た目の美しさや細部に施された技が光るものばかり。そんな素晴らしいプレートをつつきながら、なまえはカエデを見た。
「出来るものなら、……だけど。でも、私は今みたいに気兼ねなく話し掛けてくれる関係も好きだから」
「ふうん。でも、コルサさんはどう思ってるんだろうね〜?」
「別に何ともないよ。ジムテストのキマワリのお世話をしてるだけの人だし、」
「それにしては、ってところたくさんあったけどなあ」
カエデは首を傾げ、目を閉じる。その様子を見て、なまえは苦々しい表情でプレートの隣に添えられたカップに手を伸ばす。なまえは時々、カエデの言い分に苦い思いをさせられる。それは単に自分の熱量が恋愛だけに向いているのではなく、応援したいという気持ちにも向いているからだ。芸術家としての彼に心を惹かれている。つまり、彼の作品や表現したいものに感銘を受け、胸をときめかせている自分もいる。確かに彼のことで一喜一憂することは多々あるけれど、それが必ずしも恋愛感情だけを伴ったものかと言われれば、そうでは無いはずだ。憧れを抱くことと好意を寄せることがいつだって同じ方向を向いているとは限らない。
「わたしね、なまえちゃんのお話を聞いて思ってたんだけど」
「うん、」
「なんで、コルサさんはなまえちゃんとハルトくんの関係性を気にしてたのかしらって」
なまえの頭上に『?』が浮かぶ。カエデの気がかりになっているのは、今日行われたジムバトルについてのようで、挑戦者である彼が去った後に何気なく交わした言葉が引っ掛かっているのだろう。
「だって、ハルトくんとなまえちゃんがどんな仲であっても、そんなのコルサさんには関係ない話でしょう〜?」
「コルサさんもハルトくんのこと、気に入ってたみたいだったよ」
「わたしだったら、気になってる子が別の誰かと親しげに話でもしてたら、ムッとしちゃうけどなあ」
「それはカエデちゃんだからでしょ、」
「ふふ。わたし、ずっとコルサさんにはヤキモチ焼いてるんだから」
緑色の綺麗な瞳を細くさせて笑う。ふっくらとした頬がやんわりと持ち上がり、馴染みのある友人としての顔を覗かせる。すきなら、すきってきもち、ムシしちゃだめ。やんわりと微笑みながら、真っ直ぐにこちらの目を見つめるカエデから目が離せない。心臓が少しずつどきどきと心音を大きくしていく。頬の熱ささえ意識してしまいそうなほど、大胆な言葉選びになまえは無口になってしまった。
「そんな顔しちゃだめよ〜。そう言うのは、本当に好きな人にしてあげなきゃ」
「も、もう、からかわないで、」
「まあまあ。なまえちゃん、昔っから変わってないのね」
今頃思い出したかのように、手付かずだったプレートに手をつける。一口分をフォークの先端で掬い、そっと口に運ぶ。口の中でほろほろと優しく崩れていくパウンドケーキは、しっとりとした甘みが特徴的な美味しいお菓子だ。彼女のお菓子を一口でも食べてしまえば、先程まで考えていた悩みやちょっとした迷いが消えてしまう。だから、なまえはカエデの作るお菓子が好きだった。いつだって彼女のお菓子は自分を前向きな気持ちにしてくれる、魔法のお菓子だからだ。
「本当にカエデちゃんのお菓子って、美味しいね」
「あらあら、ふふ。ありがとう」
「ねえ、これにも入ってるの?」
「ええ。なまえちゃんの持ってきてくれる、あまいみつをたっぷり入れてあるのよ」
「たっぷり入れてるのに、甘過ぎたりしないんだね」
「なまえちゃんのミツハニーから採れるみつがすごく美味しいんだもの」
カエデにそう言われてしまうと、正直嬉しさが勝る。また、いっぱい持ってくるね。と笑いかければ、二人揃って笑顔になっていた。それからはまた少しずつ彼の話と自分の話、カエデの話を交えながら楽しい女子会の時間は過ぎていった。新作のお菓子についての悩みは次回までにまとめるとして、コルサについてはなまえの頑張り次第ということで次回に持ち越し。なまえはなまえで上手いアプローチを見つけることと念を押されて弱気なまま、結局次回へ。
***
カエデはこれから再び店に戻るのだそうだ。過ぎた楽しい時間を惜しみながら笑って別れた。なまえはボウルタウンへ向かう空飛ぶタクシーの中でぼんやりと考えていた。それは、カエデの言葉だった。一度も自分の気持ちを見つめなかったことはない。恋をしている、という自覚もあるが、それがどっちに向いているものなのかは分からない。単なる尊敬を『恋』と勘違いしているだけ?だとしたら、かなり迷惑な話だ。それとも、本当に彼をそういう目で見ている?だとしても、良きパートナーとして隣に居続ける未来が思い浮かべられない。『好き』という言葉はここ最近でかなり解釈の幅を広げてきたように思う。
芸術家として、自分の作品に妥協を許さない姿勢が好きだ。同じ人として憧れている。時にポケモン達に向けられる優しげな一面も素敵だと思う。苦悩し、試行錯誤を繰り返すストイックな一面だって魅力的だ。ジムバトル前の演出でさえもこだわりが感じられるし、何より無邪気そうな姿には普段とのギャップが感じられて、胸が苦しくなる。これは、……これは混じり気のない、純粋な『恋』なのか。これは、恋愛感情に由来する『恋』で間違いないのか。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、思考を振り払った。これ以上、考え込んでも答えは変わらない。折角、昔からの友人と話が出来たのだ。すっきりとした気持ちで街に帰らなくては。彼女からの素敵な贈り物もあるのだから、いつも通りでいなくては。大丈夫。不安な気持ちは今だけで、また明日になれば、何もかもがいつも通りになるのだから。それに暗い顔ばかりしていては、彼に心配をかけることにもなる。大きく息を吸って、大きく吐いた。気持ちのリセットはこれでいい。街に戻ったら、折を見て彼をティータイムに誘おう。
『これ、よかったら持っていって。いつものお礼に、コルサさんと食べてね』
タクシーの窓から、あの大きな風車が見えた。膝の上にはカエデに持たせてもらった特別のお菓子が置いてある。運転手が、間もなくボウルタウンに到着すると告げ、なまえは小麦色の髪を一房、飾り気のない耳にかけた。
02.豊穣の街