彼女はよく笑い、よく喋り、感情に富んだ人物だった。健康的な肌、小麦色の髪を一つに束ね、ボウルジムの近くにあるキマワリ広場でキマワリ達の世話をしている。元々は違う街の人間だったらしく、あの日は偶然にもボウルタウンへ観光に来ていたのだと言う。向日葵のような麦わら帽子を被り、白から緑のグラデーションが鮮やかで美しいワンピースを着た彼女は、この街の景観に似合う印象だったのを覚えている。
 自分はと言えば、ジムの受付から挑戦者の連絡を受け、いつもと同じく風車の上からその様子を見ていた。しかし、一向に全てのキマワリを見つけ出せず、時間ばかりが過ぎて行く。挑戦者があまりにも苦戦していることから、テストをクリアすることは困難に思えた。そして、挑戦者は困ったようにキマワリ広場でジムスタッフと話し込んでいた。今回の挑戦者とは相見える機会はなさそうだと風車から降り、自分のアトリエへ戻ろうとした時だった。

「あの子、どうしたんだろう」

 ぽつりと呟いた彼女とすれ違う。他者であると言うのに、心配そうな顔をして連れているミツハニーと顔を見合わせていた。初めは彼女の身に着けていたワンピースの装飾に気を取られていたが、それ以外は特に気にも留めず、向かう足を止めたりはしなかった。だが、アトリエに着いて暫く経った頃、ふと視線を窓の外へと逃がしてみる。すると、自然の緑が美しい街並みに紛れて、あの彼女が街を行き来しているのが見えた。服装からして、途中ですれ違った彼女に間違いなかった。創作の手を止め、窓に身を寄せる。
 慌ただしく街を縦横無尽に駆け回っている様子から、キマワリ探しの手伝いをしているのだと知った。実際に彼女はミツハニーの他にメェークルを連れ、その背中に二匹ほどのキマワリを乗せていたからだ。さながら、花を売る羊飼いのようである。不思議とその姿が絵になるような気がして、粗末なラフを珍しく紙に殴り付けた。気付けば、創作の手は完全に止まり、彼女の行方をその窓際から眺めていた。

 彼女は彼女で奮闘したらしく、メェークルの上にいたキマワリも次第に二匹から三匹、四匹と増えていた。そして、また少し時間が経つと今度は彼女の後に続いて歩くキマワリの姿が見えた。キマワリの大所帯を連れ歩く彼女を目で追っていると、彼女はふと足を止めた。またキマワリでも見つけたのだろうか。しかし、辺りにはそれらしきものは見受けられない。彼女が足を止めたのは、あの彫像の前だった。足元にはわらわらとキマワリ達が集まってくる。『投げやりのキマワリ』、それはかつて自分が何もかもどうでも良くなってしまった際に生まれた作品だ。
 ここでふとした疑問が浮かんできた。彼女は今、何を思っているのだろうか。あの作品を見て、足を止めた彼女にしか感じられない何かがあそこにはあるのではないか。そう思うと、居ても立ってもいられず、衝動に突き動かされるまま、アトリエを飛び出した。

 彼女は未だにあの作品の前で足を止めており、自分は声をかける前に、とせめて乱れた呼吸を整えて努めて平静を装い、声をかけた。初めにこちらに気が付いたのは、もう何年と馴染みがあるキマワリ達で、彼女は連れていたメェークルに優しく足を押されてから、こちらを見た。よく見ると、彼女は普通のものより一回り大きな麦わら帽子を被っており、帽子に括られているリボンの黄色がとても鮮やかに映る。

「……あの、どちら様でしょうか」

 彼女は恐る恐る訊ねた。こちらも次いで返事を、と思ったのだが、返事をするよりも先に彼女の周りに群がっていたキマワリ達が自分の足元へと一斉に集まって来る。その様子に彼女は、自分が妙な相手ではないと悟り、先程より柔らかくなった表情で話し始めた。

「この子達の、お知り合い?なんですね」
「ああ、ワタシもここに住んで長い」
「それじゃあ、この子達が隠れそうな場所って分かりますか?向こうで、困っている人がいて、」
「ワタシにかかれば造作もないことだが、その前にひとつ聞いておきたいことがある」
「……なんでしょう?」

 ──── キミは今、何を感じている。
 彼女はこの問いにすぐは答えられなかった。ぽかん、とした顔でこちらを見つめていたが、やがて質問の意味を理解すると、臆することなく自分の感想をなぞり始めた。

「上手く言葉に出来るか分かりませんが、」

 彼女はこの彫像を前にして、とても身近に感じられるものがあると口にした。『投げやりのキマワリ』は言わば、負の遺産である。元より作ろうとして出来たものではない。寧ろ、その時の自分を諌める為だけに強引に作り上げた作品だ。しかし、人々はこれを目にすると誰もが感嘆の声を上げる。勿論、作品に感化され、受け取り手がどのように形容しても構わないのが芸術だ。だが、その個人に秘めたるものを聞く機会など滅多にないのも事実で、ただ闇雲に聞けば良いと言うものでもない。

「私、今日初めてボウルタウンに来たんですけど、とても素敵な街だって感じました」
「やはり観光目的か?」
「実は次の引越し先を探してまして、」
「ほう、それは忙しいな」
「そうなんです。でも、こんなに素敵な街があるなんて知らなかった」

 本当はもうちょっとあちこち見に行こうって思ってたんですよ。ハッコウシティとか、チャンプルタウンとか。
 彼女ははつらつと笑う。そして、再びこの街の芸術に触れた感想を続けた。ここは自然と芸術が調和しているように思える街だと。街としての景観もシンプルに良いだけではなく、所々に散りばめられた自然をモチーフにした作品がこの街の良さにもなっていると。先述の『投げやりのキマワリ』同様、自然も芸術も全て身近なもので、身近にあるからこそ、そこから得られるものがあるのだと。キマワリ達を探しながら思ったことがあると最後に彼女は答える。

「ここはキマワリ達を大切にする風習があると聞きます。街の皆が良くしてくれるからこそ、キマワリ達も安心してかくれんぼが出来るんじゃないかと」
「……模範的且つ、良く出来た答えだが、それはそれで良いッ!」
「え?ああ、ありがとうございます……、」
「作品の善し悪しを見極める審美眼も文句のつけ所がない、作品の意図を汲む能力にも長けている。それに何より……」

 つい、衝動的に彼女の肩を両手で掴み、その瞳をまっすぐに覗き込む。暖かな日差しのせいだろうか、どことなく赤らんで見える頬に、狼狽える瞳、頼りなさげな口元。日に焼けていない素肌とグリーンのワンピースのコントラスト、何もかもが美しく見えた。アンニュイな表情から漂う刹那的な儚さは筆舌に尽くし難い。

「キミは誰よりも楽しそうに、この街の自然やワタシの作品に触れてくれる」

 それがどれほど素晴らしく、貴重で、有難いことなのか分かるだろうか。芸術と言うジャンルは人の感性に依存する特殊な分野である。誰一人として全く同じ受け取り方をしない、決まった答えが存在しない難解な問いなのだ。キャンバスの全てを濃紺で塗り潰したとして、それを夜であると認識する者と、それを深海であると認識する者がいるように、何もかもが鑑賞者に委ねられてしまう。しかし、それで良い。それが芸術のあるべき形だ。だが、一つ惜しむべきは感じたものを知る術が無いということに尽きる。

「こんなことをワタシが言うのも何だが、」

 素直な気持ちだった。比較的、ありのままの気持ちを吐き出せたように思う。表現者は自分の素朴な感情をありのままに表現出来ない節がある。それはただ単に何も装飾されていないものを、人の目に晒すことが出来ないからだ。だから、表現者である自分がこうして、ついさっき出会ったばかりの彼女に素直さを告げるのは、後にも先にもこの瞬間しかなかった。

「キミの移住先がこの街であることを祈ろう」
「ボウルタウンに、ですか……?」
「ワタシはキミが気に入った。それに初対面であるはずのキマワリ達がキミに懐いている」
「そ、そうでしょうか、」
「多くを語る必要は無い。感じたことが全てなのだ」

 この言葉に彼女は自分が見つけてきたキマワリ達に視線を向けた。足元で小さな太陽が群れをなして、わらわらと咲き乱れている。彼女は感じるだろうか、キマワリ達が抱く僅かな信頼を。ポケモンもまた、芸術と同じで我々に語り掛けてくる。彼女は、見つけられるだろうか。

「……考えてみます、前向きに」

 不安そうな顔をしていた彼女は、キマワリ達に視線を向けた後、どこかすっきりしたような表情でそう答えた。小麦色の髪が風に攫われる。突然、吹いた風だった。この街の大きな風車を回すほどに大らかな風だった。彼女は麦わら帽子が飛ばされぬように両手で押さえ、自分はと言えば吹き抜ける風の心地良さに、新たな創作意欲を感じていた。

「あの、何て呼んだらいいですか」
「まだ名乗っていなかったな、ワタシはこの街のジムリーダーを務めているコルサだ」
「えっ!ジムリーダーをされているんですか……?!」
「ジムリーダーだけではない、草ポケモンを専門としたアーティストでもある」
「それじゃあ、もしかして……」

 この大きなキマワリを作ったコルサさんって、あなたですか?!と途端に目を輝かせて、こちらに尊敬の眼差しを向けたのは、当時セルクルタウンに住んでいたなまえだった。なまえがコルサのいるボウルタウンに引っ越すのは、この出会いから実に一週間後のことであった。



03.風の便り


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