ボウルタウンに吹く風が生暖かく感じられ、ふと空を見上げれば夕焼け空にひっそりと暗い雲が流れ込んでいた。その色を見るに、これから一雨降りそうだとなまえは同じように空を見上げているキマワリ達を屋内へと連れて行くことにした。彼らは日が沈んでしまうと動けなくなってしまう。その前にと、なまえはややぐったりとしているキマワリ達を抱き抱えて、広場内にある母屋へと駆け込んだ。全てのキマワリ達を母屋の中にある、土がふっくらとしていて心地良い鉢植えに逃がし終わった頃、窓の外はいつの間にか降り始めた雨で白くぼやけていた。空も具合の悪い色味になっており、今日は早々に休んだ方が良いような気がしている。
 この広場内にある母屋はなまえが生活の拠点としている場所でもあった。ボウルタウンに引っ越しを決めたのは良かったが、どのように生活していくかが問題だった。近くのショップで働くべきか、隣町まで出向いて別の仕事に就くべきか。まさに悩みの種だったのだが、それはコルサの意外な一言で解決に至ることとなった。

『ならば、キマワリの世話をしてやって欲しい。この間の事も踏まえて、キミに適していることだろう』

 ジムリーダーであるワタシからの餞別だ、とそのままボウルジムに連れられ、あれよあれよという間にキマワリ広場と彼らの世話を任されることになった。何より有難かったのが、住み込みで働けるということだった。ジム関係者として、前任者からある程度の引き継ぎを受け、なまえは正式に今の職に就くこととなった。それからはキマワリ達の世話をしながら、挑戦者のジム戦を観戦したり、ごく普通に生活を営んでいたりとボウルタウンの住人として暮らしている。


***


 キマワリ達を鉢植えに寝かせた後は、明日の用意や強まる雨足に建物の戸締りを見回っていたのだが、いつの間にか窓を叩くほどに雨が強まっていた。窓の外は白んで霞んでいたのに、今ではすっかり夜闇が辺りに漂う時間になってしまった。じめっとした空気が肌を撫で付ける。明日まで長引かなければいいが、とぼんやりと考え込んでいると、不意に窓越しに人影を見た。いや、正しくは人ではなく、ポケモンだった。まるで木に擬態しているかのような、特徴的な体を持つそのポケモンは水を苦手とするウソッキーと言うポケモンだった。入口の扉から覗く小窓の向こうには、諦観さえ漂わせているウソッキーの表情が見え、急いで中へと入れてやった。
 すると、雨音に紛れてドタバタと慌ただしい足音が駆け込んで来て、避難したウソッキーの後に続く形で屋内に上がり込んで来た人物がいた。茨を思わせる緑の髪に大きな水滴を乗せた、ウソッキーのトレーナーである人物は激しく息切れを起こしており、肩を上下に揺らしながら呼吸をしていた。

「だ、大丈夫ですか……!?」
「……ああ。突然の雨にウソッキーがこっちに逃げてしまってな、追い掛けずにはいられなかった」
「と、とりあえず、ソファーに座って休んでてください……!」

 屋内に避難することが出来たからか、ウソッキーの表情は晴れ晴れとしていたが、反対にトレーナーであるコルサは苦しそうに息をしている。背中を摩ってやりながら、一番近くにあったソファーへと案内すれば、コルサは重たく感じるであろう体をソファーの背もたれに預けた。なまえはその間に濡れた客人達の雨粒を拭く為のタオルを急ぎ足で取りに向かう。厚手でよく水気を吸い取る、大きなタオルを二つ抱え、彼らの元へ戻れば、少しは落ち着いたコルサとウソッキーにタオルを手渡した。

「ウソッキーを追いかけて、って言ってましたけど、今日の制作は外だったんですか」
「今回の新作はとある草ポケモンをモチーフにしていてな……」

 だが、この雨では。と静かに首を振るコルサに、制作の調子を尋ねてみると、意外と難航しているようで次第に頭を抱えるような、悩みの種になってしまった。彼が言っていた通り、モチーフはとある草ポケモンらしいのだが、その表現方法に拘っているのだとか。だが、拘りがあると言うことは妥協が出来ないと言うことでもある。理想と葛藤、そして、向上心の三つの要素に悩まされているようだった。芸術家の悩みを自分のような一般人が完全に理解し、助けてやることは叶わない願いだろう。ただ思うのは、悩み過ぎると彼は頭が痛くなってしまうらしいので、出来れば上手いこと解決策が見つかればいい。
 しかし、一度思考の沼に足が嵌ってしまうと、中々抜け出せない。コルサは思い出したかのように頭を抱えており、なまえは深い思考から気を逸らそうと今度はキッチンの戸棚から荒々しくクッキーを取り出し、皿に広げ、それをコルサの座るソファーの前にあるテーブルに置いた。

「よければ、召し上がってください。友人から頂いたんです」
「これは実に興味深い。どれも草タイプのポケモンを模したものになっている」

 折角だ。貰おう。とコルサは皿の上に広げられた草タイプのポケモンをかたどったクッキーに手を伸ばした。無事に気を逸らすことが出来たようだった。ポケモンの他にも葉や花、植物の蔦を模したクッキーは皿を華やかに彩ってくれる。一枚を選んだ指先がそれを口に運んでいく。

「どうです?美味しいでしょう」
「見た目の芸術点が高いだけでなく、味も良い。これは素晴らしい品ではないか」
「私の友人、パティシエールをやっているんです」
「ほう、菓子作りの観点から見えてくる造形もあるかもしれない」

 ふむ、と顎に手を置き、クッキーをまじまじと見つめる姿に笑みが零れる。どこまで行っても、芸術家と言うのは自分の表現したいものの為なら、如何なる物からでもそれを追求せざるを得ないのだと知った。答えのない世界だ。自分が感じたものは他者からすれば、意外と何でもないことであったりする。表現から解釈が生まれ、いつの間にか一番最初の構想より多岐に渡って生まれた解釈の方が幅を利かせていたり。だが、明確な答えがないからこそ、生み出せるものもある。

 強くなる一方の大雨に、気付けば室内は湿った空気から肌寒い空気へと変わっていた。未だ雨は止む気配がなく、なまえはその肌寒さから温かい飲み物が恋しくなり、キッチンへと立った。冷蔵庫から取り出したのは他の地方から取り寄せたミルクで、コンロに乗っていた鍋を軽く水で洗い、その中に注ぎ入れた。そして、火をつけ、ミルクが温まるのを待つ。鍋はコトコトと小さく鳴り、振動に震えている。今の内に、今度は戸棚からビンを一つ取り出した。そのビンに詰まっているのは、先日セルクルタウンのカエデに渡した『あまいみつ』だった。これはなまえのミツハニーが集めたみつで、あのカエデからも絶賛されるほどに質の良いものだそうだ。
 ふつふつと熱気が立ち上る。ゆらりと肌をくすぐる湯気にコンロの火を止め、用意していたマグカップに温かなミルクを注ぐ。そして、ビンの中のみつをスプーンで掬い、そのままマグカップに沈めていく。丁度、二人分が用意出来たところで、なまえはその二つをトレーに乗せて運んで行った。すると、つい先程までクッキーを手にしていたのに、今度は皿の上に綺麗に整列させて
眉間に深い皺を寄せながら、ぶつぶつと何かしら呟いている。

「……あまり考え過ぎない方が、」
「分かっている。分かってはいるのだが……!」

 緑の茨が悩ましげに沈んでいく。なまえは遅れてから、コルサの手元にホットミルクの入ったマグカップを差し出した。

「頭痛、酷くなっちゃいますよ」
「そんなもの、とうになっている」
「今も?」
「僅かに、だが」
「飲んでみて下さい、少しは落ち着くかもしれません」
「ん?……ああ、そうだな。うむ、貰っておこう」

 頭痛の合間にコルサはマグカップを手に取り、ゆっくりと傾ける。もう少し甘いのがよければ、砂糖も持ってきますから。と話しかければ、コルサは静かに首を横に振り、いや、このままでいい。とその後も何度かマグカップを傾ける。前髪の隙間から密かに覗いた眉間に、深く刻まれていた皺は無くなっていた。



04.嵐の夜


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