窓から差し込む日差しの快活さに、嵐が去り、すっかり晴れ間が覗いていると気付いたのはコルサだった。凝りの残る体を叩き起し、ソファーから日差し眩しい窓辺へと近付いていく。窓の外の空は雲ひとつない真っ青な空で、ふとなまえのことを思い出せば、彼女の眠るソファーへと歩み寄る。彼女はまだ眠っており、静かな寝息と呼吸の度に僅かに上下する体が平穏のそれであった。小麦色の髪はゆっくりと傾く日差しに照らされ、キラキラと輝いている。
すると、太陽が昇るのを感覚的に感じ取っていたのか、奥の鉢植えの部屋からキマワリ達が一斉にわらわらと集まってきた。外に出たいと言っているのか、未だに眠っているなまえの周りを取り囲んでは、室内に大輪のキマワリ畑が出来上がる。群生する花々を掻き分け、真っ先に扉の傍で立ち止まるとドアノブを回し、音をたてぬように扉を開けた。途端に、花びらの嵐。いや、雪崩と表現してもいいかもしれない。兎にも角にも、扉を開けるとキマワリ達は太陽の光を求めて一目散に外へと飛び出して行った。
「存分に太陽を浴びるがいい。その強かさには創作意欲を刺激するものがある」
コルサも同様に外へ出て行こうとした時、不意に足元へ近付いてくる何かが視界に入り込み、足を止めて視線を向けた。視線の先にあったのは、なまえがパートナーとしているメェークルだった。それに続いて、ミツハニーもこちらへと来たそうに飛び回っている。
「……好きにしたまえ。ワタシで良いのならば、キマワリ達と共に面倒を見てやろう」
言葉の意味を察したメェークルとミツハニーは弾かれたように勢い良く外へと飛び出して行く。そして、じゃれ合うようにキマワリ達の隙間を縫って、思い思いに太陽の恵みを一身に受けている。飛び跳ねるようにして日差しを喜んでいるのはメェークルで、気持ち良さそうに日光浴をしているキマワリ達に寄り添いながら飛び回っているのはミツハニーだった。肝心のキマワリ達はその二匹を邪険にすることなく、共に過ごしているように見えた。自然の中にある、共存の姿に少しずつ創作意欲が湧き上がる。今、制作に取り掛かっているものだけでなく、その次、更にその次、と脳裏に浮かび上がる造形に触れたくて堪らなかった。
ボウルタウンを吹き抜ける爽やかな風の匂い、雨を含んで湿った土や草の匂い、晴れた空から降り注ぐ太陽の日差しの匂い。その全てに感銘を受け、その全てに教えられ、その全てに思いを馳せる。雄大なる世界で、自分の生み出す作品はいつだって試されている。だからこそ、創造する手を止めない。止められないのだ。破壊と創造、それは初めからこの世界に存在する、太古からの表現方法だ。だが、時代を超えても尚、誰かに受け継がれ、その系譜が途絶えることはない。
未だ外に出て行けぬ足で、彼女の傍で膝を着いた。さらさら、と流れる小麦色の髪に触れ、安寧を知る。日に焼けた健康的な肌を、自身の不健康そうな青白い指が撫でる。快活で親切な、他人を思いやることに躊躇わない彼女。彼女は常に美しかった。身なりの話では無い、その佇まいが美しかったのだ。美しさは細部に宿る。彼女の美しさは常日頃から言動や行動の端々に宿っていた。
「キミもワタシの創作における源泉の一つだ、なまえ」
木漏れ日に呟く。ソファーに丸まった小さな太陽は未だに眠りに落ちたままだった。とある芸術家はまだ若い小さな太陽に焦がされている。キマワリが太陽の下に向かっていくのと同様に、自分もまたその温かな日差しに誘われた青なのだと。だから、あの時、嫉妬していたのだ。芽吹き出した新緑の彼に。太陽の眼差しを一身に浴びていた彼が、羨ましいと思えた。今までは自分に余すことなく向けられていた情熱が、ほんの少しでも誰かに向いていることが受け入れ難かったのだ。自分もいつの間にか、すっかり欲張りな大木へと成り果ててしまった。誰よりも太陽の近くにいることに甘んじ、驕っていたのだろう。
「なまえ、ワタシはキミにただならぬものを感じている。その正体が何かまではわからんがな」
一晩眠って気が付いた。不思議なことに、今、ワタシの胸はその何かに高鳴っているのだ。と柔らかで肌触りの良い、薄雲にくるまった太陽に静かに語り掛ける。降り注ぐ日差しのような眩い髪をひと房、後ろへと逃がしてやる。決して曇らぬ表情、決して泣き濡れぬ表情、決して落雷の如く激昂してくれぬ表情。まだ、見たことがないだけかもしれない。しかし、いつかその表情を垣間見ることが出来たなら、その時にハッキリと伝えられるだろう。この予感は、この胸に渦巻く大きな靄は、この深く根を下ろした感情は、全てなまえに起因するものだと。
破壊の瞬間が待ち遠しい。すっかり自分の中に出来上がってしまった彼女の形を、見事に破壊して欲しいのだ。見てくれ通りの良い人間ではなく、彼女らしさの塊である一面や何もかもを見せて欲しい。その為ならぶつかることさえ厭わないだろう。問題なのは、彼女が彼女らしさを見せずにこれから先を生きていくことだ。彼女の良さを知っている自分からすれば、そのように、自己を殺したままで生きて欲しくないのだ。そして、出来ることならば、彼女らしさを享受するのは自分であって欲しいと願っている。
すると、誰よりも寝坊していた太陽が遂に目を覚ます。眠りから揺り起こされ、目の前にある光景に驚きを隠し切れないようだった。勢いよく体を起こし、体を覆っていたタオルケットを胸元に抱く。彼女の視線はどこを向いていいのか分からず、あちこちを右往左往していた。時々、何かを恥じらうように前髪を弄り、服装の乱れを気にし、時折こちらをちらりと覗いている。
「おはよう。いい朝だ、実に気持ちのいい、朝だ」
「……は、はい、おはようございます、」
「どうした、いつものキミらしくないが」
「え、えっと、その、」
寝起きも相まってか、なまえはもごもごと口ごもっている。そして、おどおどとした瞳でこちらを見た。
「い、いつから、見てたんですか、コルサさん」
「見ていた?何のことだ」
「私が寝ている姿です……!全然、何もしてないから、恥ずかしいんです……!」
「そんなことか。なら、安心するがいい。ワタシはずっと見ていたが、全く普通の寝姿だったぞ」
「だから、それが恥ずかしいんですってば……!」
そう言って彼女はこちらに背を向けると、コルサさんが、まさか、そんなに早起きだったなんて知りませんでした……。とぶつぶつ呟いている。何に怒っているのかは分からなかったが、これもまた彼女の新しい一面だと思うと、胸が高鳴って仕方ない。まるで理想の草ポケモンと出会った時のように、突き動かされる感情がある。しかし、寝起きの彼女にそれを押し付けるのは些か気が引ける為、今は彼女の怒りを喜んで受け止めることにした。やはり話を聞いても、何故恥ずかしさと寝姿が結びつくのか、理解出来なかったが、それはそれで良しとする。そういう日もあるだろう、彼女は多感で繊細なのだ。
「……あれ。そう言えば、コルサさん。頭痛の方はもう良いんですか」
「ああ、昨晩のあれか。ここで休ませてもらったおかげで全快だ」
「それは良かったです。見ていて、辛そうでしたからね」
自然に。ごく自然に、手が伸びた。彼女の陽だまりへ。この時ばかりは容易く触れてはいけないだとか、構わないだとかは全く考えていなかった。やんわりと曲線をなぞる。目の前にある顔は徐々に俯き、終いには前髪に遮られ、その表情を窺うことが出来なくなった。どうしたのかと問えば、……いえ、なんでもないです。大丈夫です。と手短に返され、それ以上は追求しなかった。
「その、……そろそろ顔洗ってきますね」
そそくさ、と立ち去るように洗面台へと向かうなまえを見送りながら、彼女が横たわっていたソファーに腰掛ける。ほのかな温もりに、本当に彼女は太陽の人なのではないかと思えた。
06.朝焼けの息吹