童磨との戯れは今も気まぐれで行われている。ある時は、大量に信者を喰い漁った後の口直しに。またある時は、なんとなく口寂しい夜だったからと。またある時は、鬼としてどこまで成長したかを確かめるように。
信者としての日々は今までと変わりなく、いつも通りを装っている。教祖に仕え、迷える仲間を、苦しむ仲間をこの寺院という人喰い鬼の籠に閉じ込めておくのが、自分の役目だ。敬虔で信心深い信者であったことが幸いで、誰も自分が鬼だと気付かない。
この寺院で過ごしている間にたくさんの信者達を口にすることが出来、そのおかげで便利な能力にも恵まれた。人の心を唆す、そんな能力だ。これを使えば、相手の心が読めた。相手の最も強い欲求も手に取るように分かった。相手を誘う甘い言葉をかけることも出来た。人と接する機会の多い、一信者だからこそ、周りに溶け込み、周りの人間達の手網を握ることは容易だった。
「へえ!なまえちゃんは俺より便利な力を持っているんだね!」
「これもひとえに教祖様のおかげでございます」
「やっぱり鬼にした甲斐があったよ。鬼としての成長も目まぐるしいものだ」
どれ、褒めてあげよう。と伸ばされた手が頭に触れる。本来、これは神聖な行為だ。信者であれば、教祖という存在は絶対的神聖であり、その御体の一部に触れるということは奇跡にすら近い、神聖視される行為だ。しかし、なまえは知っている。これはどこにでもある、愛玩の意を込めた愛撫だと。それでも弾む心があるのは何故だろう、童磨と触れ合う時はいつも顔を見ることが出来ない。
「そうだ、なまえちゃんの力で俺の心は読めるのかい」
「教祖様の御心をですか、」
「俺には人の心を読む能力はなくてね。さあ、試してくれ」
童磨の一言になまえは血鬼術を発動させる。こめかみの辺りに青い筋が浮かび、なまえの目は、耳は、童磨の心のようなものを捉えていた。
『こうして油断している瞬間にでも喰らいついたら、つい殺してしまいそうだ』
『今、俺の心を読んだだろう?表情に出ているよ』
『また、ぴくりと動いた。なまえちゃんは正直な子なのかな』
『怯えないで。俺はなまえちゃんを殺さないから』
触れてはいけないものに触れた気がして、術を解く。蛇に睨まれた蛙だった。童磨という教祖の内情は自身が思っていたよりもどす黒く、おぞましいものだった。どこまでもが黒く塗り潰された闇。そこにあるのは救済という名ばかりの捕食と、信者達を憐れむ教祖としての慈しみがあった。
「……で、どうだった!俺の心というものは」
「大変、ご立派で崇高なものでございました」
「それは嬉しいなあ!しかし、俺にも心を読む術があれば、なまえちゃんと今より仲良く出来るだろうに……」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで十分でございます」
「そう?なまえちゃんは出来た子だね」
優秀な子が俺の傍にいてくれて嬉しいよ。童磨はにこやかな笑顔で頭を撫でた。あまり鬼の事情というものは分からない。もしかしたら鬼の世界にも上下関係があり、人間達と同じで殺伐としているのかもしれない。だが、教祖の振る舞いを見ていると、これが普通なのかどうかも分からない。外の鬼達もこうして触れ合い、共に過ごしたりするのだろうか。
「何を考えているんだい」
「申し訳ありません、教祖様の前でこのような」
「いいよ、いいよ。女の子が物思いに耽っている顔は可愛いものだからね」
いつでも柔和な笑みを絶やさない教祖でも、その腹の中は分からない。人は餌で、かつては自分も同じ餌の一つだった。それならば、何故。気付けば、先に問い掛けていた。その姿は正に導く教祖と迷える信者の図だ。
「何故、私は鬼になったのでしょう」
「うん?それは、俺の血を……」
「存じております。教祖様の血をいただいたこと」
「それは俺がなまえちゃんを好いているからさ」
「好いている……?」
「もちろん、嘘じゃないよ。本当なら綺麗に食べようと思ってた子を、わざわざ鬼にまでしたんだ」
これが好きという感情だろう?と、あっけらかんと童磨は変に臆する様子もなく、なまえに告げた。好意、人が人に寄せる目に見えない思いだ。それは鬼になっても存在するのだと知り、なまえは余計に分からなくなっていた。
「好いている子には苦しんで欲しくないものだろう?きみとの逢瀬があの一夜限りだなんて、寂しいと思ったんだ」
「だから、鬼に?」
「それに、なまえちゃんはとても救われたような顔をしていたよ」
まるで生まれ変わったかのように、清々しい顔をして、今も俺の目の前にいる。あ、でも、今は少し悩み事がある顔をしているね。
童磨の言葉で一つを思い出す。救われたような顔をしていたよ、の一言にあの時感じた思いが甦る。人として生きる苦しみを綺麗に掬ってもらった、あの時確かに救われていた。
「わかってもらえたかい。きみを好いていなければ、きっとなまえちゃんも他の子と同じで俺と永遠を共にしていたはずだよ」
「はい。教祖様の御気持ちに首を傾げてしまったこと、お詫び申し上げます」
「いいんだ!詫びることじゃない、本当になまえちゃんはいい子だね!他の子にも見習ってもらいたいものだよ」
たかが鬼の人真似。この世に神がいたなら、戯れ言と吐き捨てる行いだろう。だが、この世に神はいない。あるのは鬼と人間の二つのみだ。この世は残酷だ。与えるだけ与えて、あとは気まぐれに奪い去っていく。最初は些細なものから、徐々にかけがえのない大切なものを。奪われるから苦しみが生まれるのだ。
神より賜りし剥奪の枷は外された。ならば、あとは鬼として存分に己を満たし、存分に穢れていくだけだ。
06.あとは穢れていくだけ