「ジ、ジムテストが暫く中止って、どう言うことですか」
その知らせはあまりにも突然だった。何気ない日常を過ごしていた今日、ボウルジムの担当者から緊急の連絡が入った。何でも、ボウルジムのジムリーダーであるコルサが行方を眩ませたと。だが、決して何も残さずに消えたのではなく、一枚の書き置きが残されており、暫く不在にする旨が綴られていたのだそうだ。恐らく、本業であるアーティストとして本腰を入れた制作が控えているのではないかと推測している者もいる。だが、コルサが行方を眩ませたのも突発的で、ボウルジム関係者並びにポケモンリーグ事務局も混乱していることには変わりない。しかし、ジムリーダー不在でジムバトルやテストをする訳にはいかないという言い分は理解出来る為、なまえ達はいきなり長期休暇を貰うこととなった。
「……コルサさん、どこに行っちゃったんだろう」
大丈夫かな、と呟くと、次から次へと色々な思いが溢れていく。ジムを休みにするくらいだから、本当に凄い作品を作っているに違いない。それはとても喜ばしいことであり、期待に胸が膨らむ思いなのだが、彼自身は大丈夫なのだろうか。思い詰めると延々と考え込む癖がある彼は頭痛持ちなのだ。悩み事の尽きない職業なのはよく知っているが、彼一人になっては際限がなくなってしまう。それが、不安なのだ。不安からか、不意にスマホロトムを手にするも、互いの連絡先は交換していない。なぜなら、こんな形で居なくなることが今までになかった。スマホロトムを握り締めても、連絡が取れる訳では無い。不安に飲み込まれ過ぎる前に、なまえはスマホロトムを起動させると、コルサではない別人に連絡を取った。それは、ボウルジムの担当者だった。
***
「それでコッチに戻って来てるのね」
話し相手はいつもの、カエデだった。今回の長期休暇を利用して、なまえはカエデのいるセルクルタウンへと一時帰郷していた。元々、なまえはセルクルタウンの出身であり、アカデミー在学時にカエデと出会い、何でも気兼ねなく相談し合える友人となった。それから卒業後、カエデはパティシエールになる夢を追いかけながら、一方でバトルセンスも持ち合わせていたこともあり、気付けば彼女はセルクルタウンのジムリーダーを任されていた。なまえはなまえで、引っ越しを考えていた時期だった為、コルサと出会ったのもその頃だった。
「コルサさんもいきなりね、突然いなくなっちゃうなんて」
「前にもこう言うことあったみたいなの。自暴自棄になって、その頃は荒んでて大変だったって」
「そう。じゃあ、もしかしたら今回もなのかしら」
「わかんない。でも、最後に会った時はやる気に満ち溢れてたんだけどなあ」
「兎にも角にも、待つ他になさそうね」
カエデの言う通り、『待つ』以外の選択肢はない。連絡する手段も持たず、彼の行き先の心当たりもない。それならば、大人しく彼の帰りを待たなければならない。なまえはボウルタウンから、故郷であるセルクルタウンの家に滞在している。勿論、両親は二人揃って今回の帰省を快諾してくれ、更には記念日のように帰りを祝ってくれていた。久々の帰郷と言うこともあり、両親はとても嬉しそうにしていたのだ。だが、なまえからして見れば、やはり寂しい。自分の生まれ育った街も大切に思ってはいるのだが、自分が一生懸命に仕事をこなし、努力して生活を営む街も大切だった。
「でも、やっとなまえちゃんを独り占め出来るのね。うれしいわあ」
「そんなに会いたかった?毎月会ってるのに、」
「ふふ、そうよ。だって、アカデミーにいた頃はずっと一緒に居たじゃない」
「確か、部屋もすぐ近くだったよね」
「ええ、懐かしいわ」
「あの時二人でよく作ってたサンドイッチ、また食べたいね」
昔話に花が咲く。カエデと話をしていると、漠然と感じていた寂しさも、晴れない気持ちも忘れることが出来た。けれど、心の奥底にはコルサに対する心配は募っている。顔に出ないよう、表情には人一倍気にかけていたものの、昔からの友人には隠し通せないのだと知る。
「大丈夫、コルサさんきっと熱が入っちゃったのね」
「熱……?」
「そう、熱。私も作る側だから、コルサさんのこと少しだけわかる気がするの」
ものづくりに対しての熱。それは作り手であれば、誰もが一度は抱いたことのある熱意だ。決して表面には見えず、当人の胸の内でふつふつと煮え滾り、密かに燃え上がっているもの。正直に言えば、自分にその熱意はない。作り手側に回ったことが一度もなかったからだ。だが、そうやって熱意の下に作り上げられた素晴らしい作品を体験するのは誰よりも好きだった。カエデが自分の納得のいくスイーツを作りたいと励んでいた時、その隣に居たのは自分だ。何度も何度も試行錯誤し、改良を重ね、時にはもう一度ゼロに戻って新しい方法を探る。努力の傍に人は不思議と寄り添いたくなるのだと知った。ただ、誰もが傍にいて欲しいと願う訳ではない。きっと、コルサもそうなのだろう。
「ね、明日お店に来てくれるかしら」
「うん。じゃあ、忙しくない時がいいよね」
「そうね。一緒にランチでも食べながら、話しましょう」
「……ランチ、サンドイッチにしない?」
「ふふ、言うと思った」
それに、と続けたカエデになまえは首を傾げる。それに、この間の宿題についても聞きたいことあるもの。とカエデは笑って見せた。なまえは途端に気が重くなった。そうだ、この前カエデにみつを届けに行った際、そんな話をして別れた。急に舌が回らなくなり、言葉が縺れ出すなまえに、明日楽しみにしてるからね〜。と満面の笑みでカエデとの通話が終了した。目の前の画面は暗転し、今までの通話時間が記録されている。明日、そう、明日なのだ。
なまえはスマホロトムをそのままに、脳裏を駆け巡る直近の出来事にパンクしそうになっていた。先日起きたコルサとの出来事を伝えるべきか。いや、まだそれは恥ずかしさが伴う話だ。恐らく、カエデは聞きたがるだろうが。どうアプローチしていくのか、だなんて全くもって考えていない。今でもまだ、決心は鈍っている。それはコルサが不在になったとしても変わらない。けれど、本当はどこかで期待していたのだ。自分の日常から彼が居なくなったことで、踏み出せる一歩があるのではないかと。しかし、現実は怠惰なままだった。
ボウルタウンのことは、初めはとても景観のいい街だと思っていた。自然と建物が共存しており、何より街に吹く風が心地良い所だと。中心に聳え立つ風車はゆっくりと周り、街の至るところにその爽やかな風を運ぶ。揺れる花々、街の人達の朗らかな表情、寄り添うように横たわる緑。どちらかと言えば、観光地に近いような印象のまま、街を彷徨い歩けば。あちこちに佇む立派な石像が目に入った。何かを模したそれは言葉もなく、身振り手振りもなく、その佇まいだけで物申しているようだった。今まであまり芸術に関しての興味を持つ機会がなかったなまえからすると、不思議と興味を引く力があった。
自然と共存しているのは街や建物だけではなかった。この誰かが添えた芸術とも共に生きているのだと知った。感銘だとか、感動だとか、そう言った心を揺さぶる思いはいつも後からやって来る。この芸術を形作った造り手への尊敬と共に。顔も名前も知らない相手に、憧れた。自分の居場所を探していたなまえにとって、作品の居場所を作り上げた誰かの熱意に。創作意欲に。触発された、良い刺激を受けた。だからこそ、見入ってしまったのだ。何もかもを投げ出して、どうでも良くなってしまったキマワリの石像に。
──── キミは今、何を感じている。
いつの日かの問いを思い出す。ただの憧れか、ただの恋慕か。もしくはただの一方通行か。核心を突く、本当は自分の中である程度の答えが出ているのだろう。だが、人は自分で出した答えを、決めた答えを、ありのままに受け入れるのが苦手だ。踏み出す為に理由を探し、その理由が見つからなければ諦めるしかないと思い込む。いつの間にか理由がなければ動けない生き物になってしまった。彼が一番大切にしている、直感的な感情を無視するようになってしまったのだ。
今、何を感じているかと問われたなら、こう答える他にない。たどたどしさに悶えるような、恋をしていると。心を寄せる相手がいると。そして、それは他ならぬあなたであると。まだ少し、怖い。気持ちに向き合うことが出来ても、いざ本人を前にして伝えられる勇気があるかは分からない。あるかは分からないが、その時にしか出せない思いもある気がして、なまえは深く息を吐く。次にコルサと再会するまでに、自分が今までに感じてきたことを伝えられるよう、もう一度自分の気持ちを確かめることを決めて。
08.迷子の恋慕