寒空の下、寝袋に包まり、互いに眠れぬからと話をしていた。二人で冒険に出掛け、何度かこうして野宿をしながら、旅を続けている。寂れた塔の石畳に横になり、近くにはランタンを立てて、何気なく交わしていた会話にぽつりぽつりと自分のことを話し始めたのはペパーだった。自分の生い立ちや宝探しで見つけたもの、そして、実の両親がどうなってしまったかの顛末。ペパーはあまり自分のことを話したがらない相手だった。だからと言って、人付き合いが苦手という訳でもないが、不思議と自分と他人の間に一線を引くようなタイプだった。そのせいか、時々目に見える孤独に苛まれているように感じていた。

「俺の母ちゃん、とっくの昔に死んでたんだってさ」

 空気の冷ややかな夜、どこか淡白で青みがかった夜空にペパーの言葉が音もなく吸い込まれて消えた。遠く、ずっと遠くの夜空に生きる小さな星々も黙ってその話を聞いていた。

「昔っから家に居ないような親だった。でも、それでも、俺にとってはたった一人の母ちゃんだったんだけど」

 その事実は、母親そっくりの機械の体を持つAIが教えてくれたのだと言う。不慮の事故で命を亡くした実母のことを、ずっと後になってから知らされたと。ペパーの横顔が何処と無く、寂しげに見える。その場にはハルトやネモ、ボタン達が居てくれたおかげで、悲しい事実を受け入れることが出来た。しかし、漠然とした寂しさは受け入れても尚溢れてくるもので、今はなまえに甘える形で話していたいと苦笑していた。

「大変、だったんだね」
「そりゃあ、もう、めちゃくちゃ大変ちゃんだったぜ」
「大変ちゃん?」
「最初はマフィティフのこと、どうにかしてやりたくてアイツを巻き込んじまったんだが、」
「なんだか、すごい話を聞いちゃったなあ」
「この話知ってんのはアイツらとなまえだけ、だな」

 いつもの笑顔を見せるペパーの頭上で何かが瞬いていた。それは小さくキラキラと残像を残しながら、夜の濃紺の空に消えていく。流れ星だった。流れ星、と呟くと、急いでペパーが辺りを見回した。もう消えちゃった、と告げると、ペパーは残念そうな顔で体を起こした。なにか飲むか、と自分のリュックから水筒と瓶、マグカップを取り出し、冷たい石畳の床にクロスを広げてそれらを並べた。

「友達がガラル出身でさ、ガラルだとねがいぼしってのが拾えるらしいんだ」
「ねがいぼし?」
「おう。不思議なパワーを秘めた石らしくて、それを拾うと願いが叶うんだってよ」
「拾った人の願いを叶えてくれる、ねがいぼし」
「そういうの、パルデアにもあったらよかったのにな」
「……うん、」

 マグカップにスプーン数杯分、瓶詰めのココアを計り入れ、水筒から湯気の立つ温かなお湯を流し込んだ。あとは溶けたココアがダマにならないよう、二杯ともよくかき混ぜる。本当は眠れなかったのだ。自分も、ペパーも。寒風が頬を撫でるだけが理由じゃなかった。小さな隙間を塞ぐように、沈黙を破って他愛もない話がしたかった。夜のしんとした冷たさが身に染みるから、それを忘れたくて顔が見たかった。遠くを見つめて過去をなぞるペパーの横顔が、どこか大人びていて、ずるくて、寂しそうに見えたから。


「……ん?お前、なにかしたか?」

 急いで、それを寝袋に隠す。何もしてないよ、と上手く寝袋を抜け出し、胡座をかくペパーの隣に座って温かいマグカップを手に取る。ココアの甘い香りが不思議と気持ちを落ち着けてくれる。これで、何かが良くなったらいい。良くならないかもしれないが、何もしないよりかは何かした方がいい気がして。寝袋に隠したのは、小腹が空いた時用に買っておいたマシュマロの袋だ。ペパーはまだ気が付かないようだった。彼はまだマグカップに手を伸ばしていない。
 心地良い静寂、物静かな寂しさ、口を噤んで見上げている夜の冷たさ。暗闇で船を漕ぐ見えぬ月はもう既に欠けてしまったらしい。ランタンの細々とした明かりに照らされ、眠れない夜にココアを飲んでいる。これが宝探しなのかと問われてしまえば、はっきりと首を縦に振れない。だが、物思いに耽ける時間があるのも、宝探しの近道に感じられた。ぼんやりと何も決まっていない、不確かな時間に一つの筋道が見つかる。血眼になって探しても見つからないものが、ふとした時に見つかる。たかが刹那、されど刹那。その瞬間にしか感じられないことを積み重ねて、まだ見ぬ宝箱への道を綴るのだ。

「なんだ、これ」
「どうしたの」
「……星型のマシュマロ、なんか入れたっけか?」
「見せて見せて」

 ようやく、彼にねがいぼしが降ってきた。それは本物に比べたら、とても簡素でお粗末なものだけれど、何故かペパーに見つけてもらえて嬉しさが勝る。ふふ、パルデアにもねがいぼしがあるんだよ、きっと。と照れ隠しに笑いかければ、ペパーは一瞬ハッとして、表情を曇らせると目元を強く拭い、僅かに鼻の頭を赤くして笑い返してくれた。

「ペパーくんのお願いごと、叶うといいね」
「……そうだな、俺、見つけたもんな」

 両手の中にある、マグカップの中の小さな星。それを大切そうに眺めている横顔が明るくなったような気がした。だから、自分もペパーに続いてマグカップをゆっくりと傾ける。甘い匂いと体の内側からほんのりと暖かくなる感覚に、いつの間にか微睡んでいた。うつらうつらと船を漕ぎ、瞼が重たくなっていく。すん、と鼻先が匂いを捉える。瞼は既に閉じ、あまりの眠たさに目を開けられそうになかった。その代わりに鼻先をくすぐった匂いに、一つ心当たりがあった。冷たい夜の匂い、砂と埃っぽい外の匂い、飲み切ってしまったココアの匂い、そのどれもが違う。たった一つの心当たりは、温かな男の子の匂いだった。埋もれていたい柔らかな時間に、眠りに落ちてしまうのは仕方のないことのように思えた。


***


 朝焼けは仄かに色付く空と雲の隙間を縫って差し込んでくる。瞼の向こう側に眩しさを覚え、心地良い眠りから優しく揺り起こされた。ほんの少しの肌寒さに、昨夜自分が寝袋から出たままで眠ってしまったのだと知る。体を起こす前に気付いたのは、自分の頭は誰かの温かな膝の上にあり、その膝を貸してくれている相手は壁を背に眠っていると。恐る恐る体を起こせば、自分に膝を貸してくれていたのはペパーで、固くなった体の痛みよりも眠りに落ちていた空白の時間を思う。もう空に瞬く星の姿はない。明けてしまった、綺麗で澄み渡った美しい空だ。

『ペパーくんのお願いごと、叶うといいね』
『……そうだな、俺、見つけたもんな』

 彼は、何を願うのだろう。そして、自分が繕った粗末なねがいぼしはそれを叶えてくれるのだろうか。切ない、美しい一瞬に人は切なさを知る。そして、自分の選んだ選択肢が誤りでないことを祈るのだ。すると、孤独はすぐに溶けてなくなってしまった。

「……おはよ」
「おはよう」

 今日は私の方が早起きだったよ。と縮こまってしまった体を伸ばしているペパーに投げ掛ける。珍しいこともあるもんだな、と眠たそうな瞳でこちらを見るものだから、またあのココアが飲みたいと手頃な鍋に水筒の水を注ぎ、火をつける。湯が沸くまでの間は歯磨きだとか朝の支度を済ませ、沸騰したお湯でマグカップの底のココア溜りに流し入れていく。一定量まで入れたところで、気付くことがあった。出来上がったばかりのココアに浮かぶものがある。ぷかぷかと浮かぶのは真っ白な星型のマシュマロだった。途端に思い出したかのように寝袋を捲り上げると、昨夜そこに隠したマシュマロの袋が消えていたのだ。

「なまえの願いごとも叶うといいよな」

 どこか照れ臭そうに話すペパーを目の当たりにして、腑に落ちる。自分が考えることは他の誰かも考えつくことなのだと。そして、相手が優しい人間だと知っていたなら、自分と同じ行動をとったとしてもおかしくはないのだと。自然と視線がペパーの大きなリュックへと逸れた。その先には慌てて突っ込んだ形跡のあるマシュマロの袋がややはみ出ており、なまえは吹き出すように笑った。

「叶うよ、そんな気がする」
「そうか?それじゃあ、この宝探しで俺らの願いも叶えちまおうぜ!」
「ありがとう、ペパーくん」
「……そんなの、言いっこなしだろ」

 昨日より確かに大人びて、昨日より確かに柔らかな表情で笑いかけてくれる。年相応の幼さはなく、不思議と互いに大人になれたような錯覚を覚える。朝焼けの間、どうして人は生きていくのかをこっそりと耳打ちされ、教えられた気がした。そして、探し求めていた宝の在り処も胸の奥に記されたような、気がしたのだ。



| 瞬き |


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