地を這う炎と空を漂う炎。静寂を切り裂いたのは、彼女の炎だった。なまえはこのジム出身のトレーナーだ。無論、こちらのマルヤクデの特性は心得ている。彼女は真っ先に攻撃を仕掛けてきた。ウルガモスは背に生やしている六枚の羽根を力強く羽ばたかせ、辺りに強い風を生み出していた。かぜおこし、ひこうタイプの技がマルヤクデ目掛けて襲いかかる。こちらの出方を窺っているのだろう、マルヤクデにはほのおタイプの技が効かない。それが同じジム出身の痛いところだ。ジムトレーナー達のポケモンは皆、ほのおタイプであることから、彼女も例外では無い。ジムチャレンジャーよりも彼女の方がいくつも不利なのだ。相手をよく知っているからこそ、到達する答えがある。実現しうる詰みがある。それらを跳ね返す程の何かがなければ、勝敗を自ずと悟ってしまう。

「そうだね、ほのおタイプの技は使えない。覚えていてくれて、嬉しいよ」
「一番近くでカブさんのことは見てきましたから、」
「なら、ある程度のことは出来るね?」
「……ある程度は、」
「勿論、対応も出来るね?」
「してみせます、」

 かぜおこしは探りを入れる為の、軽めの一撃なのだ。一拍置き、強く吹き付ける風に耐えているマルヤクデを見れば、まったく揺るがない闘志。いつまでも様子を探らせていて良いはずがないと、今度はこちらの燃え盛る炎に手を伸ばした。いつでも一気に燃え上がる準備は出来ていた。ありったけを注ぐ、そんな相手と出会えることなど何度もあることではない。ましてや、それが自身の後を着いてきただけの女の子が。なるべくしてなったトレーナーではない彼女が。自分に立ち向かってくることの喜びを噛み締める。
 初手から飛ばすつもりだった。強い風が吹き荒れる中、それは始まる。放たれる火炎放射、辺りの空気を取り込みながら大きく燃え上がる火炎がコート全体を包み込む。熱気を撒き散らしながら漂う火炎を一匹の獣のように嗾ける。同じタイプとは言え、彼女のウルガモスはほのお技が効かない訳ではない。大きなダメージを与えられずとも、しっかりと体力を削ることが可能だ。迫り来る火炎からどうやって逃れるのか、見物だった。彼女の姿も炎に飲まれて見えなくなる。どうすればこの状況を打破出来る?吹き荒れた風の全てが炎と化し、彼女が取れる行動とは?この旅で彼女は一体何を学び、血肉としてきた?

 ──── 灼熱がうねる。
 辺りに飛散していた炎の一片、一片が一つの玉のようにコートの中心に集約されていく。熱気一つも残さずに全てを丸く収めてしまった。これは、彼女のウルガモスがやって見せたことだ。念力にも似た不可思議な力で燃え盛る炎を捉え、自在に操っている。サイコキネシス、エスパータイプの技だ。ウルガモスは灼熱の太陽である炎の塊をこちらに差し向けて来る。地面に叩き付けられた炎は一気に飛散し、辺りには散り散りとなった火の粉が降り注いだ。

「いい機転の利かせ方だ、僕のマルヤクデの特性を知っているからこその動きだね」
「これで終わりじゃありません……!」

 すると、彼女が声を上げた途端に火の粉の隙間を掻い潜るように、こちらへと飛来する物体がいた。その迫り来る物体の正体は、彼女のウルガモスだった。サイコキネシスでマルヤクデの放った火炎を操り、意識を炎へと向けさせ、肝心のウルガモスはひこうタイプの技である、そらをとぶを繰り出していたのだ。突然の攻撃にマルヤクデも避けるタイミングを外してしまい、ウルガモスの大きな一撃を受ける ──── 。

「僕のマルヤクデはとにかくタフでね。たった一回の攻撃なら、受け止めてすぐに反撃出来る」

 はずだった。マルヤクデはウルガモスの技を敢えてその身で受け止めると、カウンターと言わんばかりにウルガモスに絡み付いては身動きを封じている。彼女の顔は驚きに歪んでいた。肉を切らせて骨を断つ、多少の犠牲はやむを得ない。だからこそ、全身全霊で相手の骨を断つことに尽力する。初めは緩やかに絡まっていた多足が、次第にギチギチと音を立てながら強く、複雑に、そして、強固に絡まっていく。絞め上げられる形でウルガモスはマルヤクデによって攻撃も防御も封じられてしまったのだ。
 相性抜群だった技さえも耐え凌ぐマルヤクデの堅固な防御力に彼女が呆気に取られている間に、マルヤクデの絞めつけは熾烈なものへと変わっていく。決して逃れられぬよう、その長い体はウルガモスの胴体や羽を巻き込みながら、未だ自由を許さない。この窮地から脱する為に彼女は何をすべきか。見物だった、ここを乗り切れるかどうかでトレーナーとしての真価が分かる。

「やっぱりすごいです、カブさんのマルヤクデ」
「それでも君は僕に挑んで来たんだ、このまま終わらせないでほしい」
「諦めてません。私も、ウルガモスも」

 瞳の奥に燃え上がる何かを見た。彼女は言葉通り、まだ諦めていないのだろう。それは自分達が積み重ねてきた時間やこの旅で培った経験、互いを信じる力、そのどれもが昔より深まったのだ。やはり、心躍る。無邪気に楽しんでも構わないのだと許されているようで、初心の頃を思い出す。辛かった、苦しかった、若過ぎた、青過ぎた、もどかしかった、煩わしかった。けれど、最後にはいつも『楽しかった』に行き着く。いい経験だ、いい学びだ。年老いた自分にも学びの喜びをまだまだ体感させてくれる、いいバトルだ。

「ウルガモス、サイコキネシス!」

 純粋なパワーでは到底及ばないと判断したなまえは、全力のサイコキネシスで対抗しようとした。しかし、ようやく動きを封じることの出来たウルガモスをこのまま自由にしてはいけない。ならば、こちらは純粋なパワーで対抗する他にないと、より絞め上げる力を強めた。サイコパワーでこちらが引き剥がされる前に、技を決めてしまいたかったのだ。拮抗する、力と力。ウルガモスのサイコパワーは確かにマルヤクデの体の自由を侵食し、マルヤクデの巻き付き、絞め上げる力はウルガモスの体に絡まって蝕んでいくばかり。どちらも攻防の手を止めず、互いが勝つことを諦めていなかった。
 しかし、常に全力であり続けると言うことはかなりの負担がのしかかってくる。彼女はそれを理解はしているが、熟知はしていない。つまり、息継ぎをする適切なタイミングを知らないのだ。それは僅かな一瞬の隙だった。ダメージを負っているウルガモスの攻撃の手が僅かに緩まったのだ。その隙を突く他にないと、マルヤクデに技の指示を出す。かえんぐるま、彼女のウルガモスを拘束したまま放たれる技に抗いようがなく。

 辺りを四方八方に炎の車輪となって駆け回る様は、激しくのたうち回る蛇の様だった。もらいびの特性を持たないウルガモスの身を焼き、かえんぐるまによる回転の衝撃と勢いに抵抗など出来ない。なまえの声が響き渡るが、最早逃げ切れやしないだろう。最後にはコートの壁に強く叩きつけられるようにして、ウルガモスが解放され、戦闘不能となるはずだった。だが、解放されたウルガモスはそのまま戦闘不能にならなかった。瀕死であるにも拘わらず、本当に最後の技であるフレアドライブを繰り出した。これは彼女の指示ではなかった、ウルガモス自身が最後に一矢報いろうと独断で出した技だ。技の反動でダメージがあると分かっていながら、真っ直ぐ向かって来る姿に何の抵抗もしなかった。受け止めてやらなければならない技だったからだ。
 同時に彼女もコートに飛び出す。体力が尽きるウルガモスを真っ先に介抱しなければならないという使命感から。淡い炎が舞い散る。瞬間的な熱が気化し、散っていく。マルヤクデの特性はもらいびだ。ダメージを受けることなく、突進してきたウルガモスを支えるようにして、マルヤクデは佇んでいた。最後の一撃を確かに、しっかりと受け止めたのだ。なまえは今にも泣き出しそうな顔でウルガモスに駆け寄り、自分の懐から『げんきのかたまり』を取り出した。そして、力尽きたウルガモスにそっと宛てがうと淡い光と共に体力を取り戻していった。不安げな顔が安堵に変わる。

「なまえ、」
「……カブさん、」

 彼女が次に口を開こうとしたその時、突然彼女の懐から飛び出してきたものがあった。彼女の周りを取り囲むように、飛び出してきたものは並び、こちらを鋭い眼差しで見つめていた。

「だ、だめ、ちがうの、みんな……!」
「これは、旅の途中で見つけたポケモンくん達かい?」

 なまえは大きく頷くと共に、自分を取り囲むポケモン達を抑えようと躍起になっている。彼らの睨みつける瞳から読み取れた感情に、その場で膝を着く。

「ウルガモスくんが負けてしまって悔しいんだね」

 この言葉に彼女のポケモン達は顔を曇らせた。その気持ちは痛いほどよく分かる。負ける、たったそれだけの結果が自分にどう及ぶのか、昔からよく知っていたから。

「でも、確かに強かった!僕も本気でかからなくちゃいけないと感じるほどにね!」

 エレズン、イーブイ、コソクムシ。どれもみな幼いポケモンばかりだ。きっと彼女の旅の道中で語られない物語があったのだろう。でなければ、種族もタイプも越えた信頼など築き得ない。そして、彼女に語り掛ける。

「なまえ、とてもいいバトルだった」
「……負けちゃった、私、かてなかった」
「それでも、君は着実に成長している。そう感じたよ」

 以前に比べて、ウルガモスくんの力を引き出せるいいバトルをしていた。ピンチに陥っても、勝利を諦めない姿は僕も胸を熱くさせられたよ。
 真っ直ぐに揺れる瞳を見つめた。泣き出しそうな感情に拍車をかけてしまったような気がしたが、伝えなければならない言葉を後回しに出来るほど自分は理性的な人間ではない。

「もし、今君が自分の積み重ねてきたものをどこかで否定しているのなら、それはしちゃいけないよ」

「僕は君が選んだ道を間違いだとは思わないし、そんな寂しいこと思って欲しくない」

 今日までよく頑張った。となまえの震える肩に手を置く。すると、涙を堪えていた瞳から一筋、それが流れていく。なまえは慌てて口元に手の甲を添えたが、くしゃくしゃに歪む顔から感情に歯止めが効かないのだと知り、大きく震える背中を何度もゆっくりと撫でた。彼女は決して突っぱねずにそれを受け入れながら泣いていた。また一人、若きトレーナーの才に触れた日だった。

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