※炭くんが怪異に狙われます。夏のホラー話


 黄昏時、逢魔が時とも呼ばれる夕方にその音は不意に聞こえてきた。

 それは、実家がパン屋である炭治郎が店で出たゴミを片付けるために店の裏口を開け、いつもの様に外に出た時のことだった。
 夕焼けが空を赤く染め、鴉の鳴き声と子どもたちが家に帰る声が聞こえる中、何故か何処からともなく『ぽぽぽぽ』と云う音が炭治郎の耳に届いたのである。
 機械音ではなく、耳鳴りの音でもない。かと言って店から聞こえてきた音でもない音に炭治郎はきょろきょろと辺りを見渡したが、音の発生源と思わしきものは見つからない。そのことに炭治郎は不思議そうに首を傾げた。
 早くゴミを片してしまおうと少し急足でいつもゴミを置いている場所まで向かい、ゴミを片付けるとその足を緩めることなく裏口へと戻る。
 その間も不思議とその音は鳴り止むことはなく、炭治郎が裏口の扉を閉めるまで怪奇音は聞こえ続けた。

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「炭治郎くん、何処か心霊スポットでも行きましたか?」

 唐突に炭治郎が想いを寄せる壱師紅は学園からの帰り道に隣を歩く炭治郎を紅い瞳で見つめながらそんなことを尋ねた。
 突然の訳のわからない質問に炭治郎は、ぽかーんと口を開け固まり、数秒の無言の空気が流れた後、ハッと我に返ると戸惑いながらも紅の質問に対して「い、行ってないぞ?」と答えたが、紅い瞳はじっと炭治郎を静かに見つめていた。

「本当ですか?これっぽっちも?」
「これっぽっちも行ってないぞ‼︎…と言うか、何でいきなりそんなことを聞いてきたんだ⁉︎」

 突然の質問に戸惑いながらも答えた炭治郎の返答に紅は考え込むような仕草を見せたかと思うとスッと炭治郎から視線を逸らした。
その紅の態度と先ほどの不思議な質問の理解ができていない炭治郎は自身の体温が少し下がったのを全身で感じ、思わず肩に掛けてた通学鞄の取っ手をぎゅっと両手で握り締めた。
 それと同時に紅のいつも通りの考えがわからない無表情に不安も感じ、思わず冷や汗をかきながら紅へと先ほどの問いについて声が裏返りそうな程の勢いで尋ねた。
 それでも紅は数秒、無表情のまま黙っていると特徴的な紅い瞳を再度チラリと炭治郎へと向け、ゆっくりと唇を開いた。

「いや、私も別に霊感とかないんですけど、なんか炭治郎くんから嫌な気配がしたんです」
「嫌な気配…?」
「わかります?自分の嫌いな人の残り香がある…みたいな時の気配版です」
「…えっ?」

 自身が感じた違和感を伝えるべく紅は淡々と無表情で炭治郎に例え話をしたのだが、炭治郎は紅の言葉にきょとんとした表情を見せた。
その炭治郎の表情に紅は今した己の例え話が伝わっていないと瞬時に判断すると更に別の言葉を続けた。


「じゃあ、夫から香水の匂いがして、『あぁ、こいつ今日は残業とか言ってキャバクラ行ってたんだな』って感じの残り香の気配版って感じならわかりますか?」
「ごめん、例えが例えすぎて色々と話が入ってこない」

 続けられた例え話も炭治郎には難しく理解することが出来なかった。
そのことに紅は、ふむふむっと呟きながら困った顔をする炭治郎を横目に己の肩に掛けていた通学鞄のチャックを開け、鞄の中に片手を突っ込むとゴソゴソとと何かを探し始めた。
ハンカチなのか、ティッシュなのか。突然の紅の行動に炭治郎は何か探しているのか?と声を掛けようとしたのだが、紅が探していた物はすぐに見つかったのかズボッと何かを取り出すとソッと炭治郎へと差し出した。

「良かったらこれ貸してあげます。私のお気に入り」

 そう言って紅が取り出した物は…細身な木彫りのなんとも言えない表情をした、こけしだった。
 そして炭治郎はそのこけしを見て思わず動きを止めてしまった。

 そう、炭治郎は知っているのである。

 紅が差し出した、このこけしの名前は【かずこさん】と云う名前がつけられており、無表情でなんだかダルそうな表情をしているのが特徴で趣味がこけし集めである紅が大変気に入っている紅の中の殿堂入りこけしなのである。
 だが、そのこけしは【曰く付き】なのである。
 そのことを炭治郎は紅の幼馴染である不死川玄弥から、かねてより聞いていたから知っていたのである。
 それは何気ない玄弥との話の中で出てきた話題のひとつであった。
確か、昨日の心霊番組を炭治郎の兄弟も玄弥の兄妹も見て下の子達が眠れなくなり、大変だったみたいな会話をしてた時に紅の家のこけしが少々不気味なのだと玄弥が話し始めたのである。
 まぁ、簡単に云うと悪いことはしないが紅の家の中をよくうろうろしているのだと言うではないか。
そのこけしが置いたところとは違う場所に佇んでいたり、気づいたら紅の鞄の中に入っていたりと様々な怪奇現象と言っても良いような不思議な出来事が起こっているのだと云う。
 しかも更に恐怖が増すのが紅や紅の家族達は、その怪奇現象とも呼べる出来事に然程驚きも恐怖もしておらず、紅本人に至ってはいつの間にか移動しているかずこさんに対して「お出迎えありがとうございます」などなどと気の抜けた声をかけるぐらいの態度で接していると云うのがまた怖いと玄弥は少し引き気味で話してくれたのを炭治郎は覚えていたのである。
 そんな曰く付きのこけしを差し出された炭治郎は困惑し受け取ることに躊躇してしまったのである。
 だが、そんな炭治郎の心境など知らぬ紅は無表情ながらにも不思議そうな表情を見せると炭治郎を安心させるかのように声をかけた。

「ちょっと動くけど怖くないですよ」
「それが怖い‼︎‼︎」

 そう言ったが、紅の優しさを無碍に出来ず、かずこさんを連れて炭治郎は帰宅することとなった。
 帰宅途中、紅と別れてからだがやはり何処からか「ぽぽぽぽぽ」と云う音が聞こえた気がしたが、昨日よりは何処か遠くから聞こえたような気がした。

 炭治郎の鞄の中でゴソッと何かが動いた気がしたが、そのまま炭治郎は気にすることなく家族と可愛い守護神達が待つ家へと帰宅した。
 

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 また、その日の夕方。
 昨日と同じように炭治郎は店で出た生ゴミを片付けるために店の裏口からゴミ置き場へと向かっていた時であった。

 炭治郎の視界の端をちらりと【何か白いもの】が掠めたのである。

 それはあまりにも白く一瞬のことだったが、周りの風景から浮いているように見えたため、炭治郎は思わず、二度見するかのように視界を掠めた【白いもの】の方へと赫灼の瞳を向けた。 

 そこには裏口にある塀の外から白い帽子が見えていると云う光景があった。

 しかもそれは少し高い塀の上から帽子の頭部部分だけが見えているのでは無く、全体の形が分かるほどはっきりとそれだけが塀に遮られること無く見えており、ふわふわと白い帽子のつばが風に揺れているのが炭治郎には分かった。
 異常に白いその帽子に炭治郎は何故か目が釘付けになったかのように逸らせず、ばさりと手に持っていたゴミを落とすとふらふらとその帽子の元へと向かって歩き始めた。
 何処からともなく、また『ぽぽぽぽぽ』と云う不思議な音が聞こえてきたが、この時の炭治郎にはその不思議な音でさえもなんだか心地良く感じ、まるで昔歌ってもらった母の子守唄のような安心感さえ湧き上がってきた。

——…このまま身を委ねでしまっても構わない。

 そう炭治郎が思ったその時だった。

 カチーンッ‼︎と云う拍子木の様な音と共にバンッ‼︎‼︎‼︎と店の裏口の扉が大きな音を立てて開いた。
 その音に炭治郎はハッと我に返ると大きな音を立てて開いた店の裏口の扉の方へと視線を向けた。
 するとそこには、竈門家の住人であり、炭治郎の家族でもある小さな可愛い守護神兼竈門ベーガリーのバイトリーダーである、子あらいぐまのぐまべにが立っていたのであった。
しかも頬は空気を含み、むむむむっと膨れ上がっており眉間には皺が寄っていることから「おこです!ぐまは、おこってるのですよ!と全身で表現しており、そしてその後ろから同じく炭治郎の家族である可愛い守護神兼竈門ベーガリーでパン職人をしている子狸のぽんじろうがぴょこんと顔を出しているのが炭治郎には見えた。
 驚く炭治郎にぐまべには小さな足でずんずんと近づくと炭治郎が落としていたゴミを拾い、炭治郎を紅い瞳でじっと見上げた。

「ぐまべに?」
「…こむぎこさんがたくさんおもてにとどいたのですよ‼︎いっぱいなのではこぶのおてつだいさんしてほしいのですよ‼︎」

じっと見上げてくるぐま紅に炭治郎は一瞬戸惑ったが、すぐにいつもの様にパッとした表情で話してくるぐまべにに炭治郎は、きょとんとした表情をしたが、すぐに優しい笑顔で頷いた。
 あ、でもゴミを先に…と言おうとした時、ぽんじろうがぐまべにからゴミを受け取り「おれがすててくるよ!だから、たんじろうくんはぐまべにをてつだってくれ!」とにこっと笑うとゴミを持って歩き始めた。
 炭治郎は、ぽんじろうにお礼を言いながらその後ろ姿を見送るとぐまべにと共に店の方へと歩き始めた。

 店の裏口の扉を潜ろうとした際、また、カチンと拍子木の音が聞こえ、炭治郎はその音方へと何気なく視線を向けて驚きに目を見開いた。

「……あれ?かずこさん⁉︎⁉︎⁉︎」

 そう、裏口の扉の脇には帰り道で紅に渡された曰く付きのこけしであるかずこさんが静かに佇んでいたからである。
 そのことに炭治郎は驚き、肩をビクつかせたが、それと同時に自身の背中に冷たい冷や汗もツーッと流れ落ちるのがわかった。
 何故なら、紅から渡されたこのこけしは炭治郎が受け取り、帰宅してから『まだ』鞄の中から出していなかったからである。
それなのに勝手にちょこんとこの場に、しかも炭治郎を出迎えるようにして立っているのだ。曰く付きのこけしが。
 そのことに炭治郎はゾワッとしたものが胸を一瞬掠めたような気がしたが、それは、ぐまべにのテンション爆上がりな声が聞こえたことにより消え去った。

 炭治郎の隣ではぐまが「ごしゅじんのところのかずこさん‼︎こんばんわ‼︎いらっしゃいませなのですよ‼︎さっきは、みまもりしていただき、かんしゃかんげきありがとさんなのですよ‼︎ほんじつはおとまりさんするです?なんにちするのです?ぐまといっしょにねんねるするです?」と何故かうきうきと喜んでいるのを見ながら炭治郎は、取り敢えず明日には紅へこの曰く付きのこけしを返そうと心に決めたのだった。













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 先ほど【連れさられそう】になっていた炭治郎の隣を歩きながらぐまべには、ちらりと塀の方へと視線を向けた。

 そこにはまだ、白い帽子を被った長い黒髪の巨大な女が塀から顔を覗かせながら此方をぎょろぎょろとした目で恨めしそうに見つめている姿があった。

 その光景にぐまべには自身の紅い瞳をスッと細めた。

 炭治郎は【今も昔も】相変わらず心優しい男の子である。
真っ直ぐで曲がったことが嫌いで頭がカチカチなところもあるが、魂に歪みがなく、暖かい存在だ。
他の人間から見てもその人柄は好ましくて人からの信頼も厚い。その証拠に炭治郎は家族皆からも愛されており、交友関係も広い。
ぐまべにとぽんじろうだって炭治郎が大好きだ。
 優しくて、時には怒ったら怖いけど、ぽかぽかと暖かなお日様のような存在だとぐまべには炭治郎のことをそう思っていた。

 でも、それは怪異や幽霊も同じように感じるのであろう。

 その暖かさと清らかな魂を求め、自分だけのものにしようと人ならざるモノが炭治郎に寄り憑いてくるということも少なくはなかった。

 まだ、視てるぐらいならばいい。害がないから可愛いものだ。
だが、その魂を奪い独り占めしようとするのはいただけない。
 守護神であるぐまべにとぽんじろうは、その堕ちたモノ達の自分勝手な考え方に怒りを感じていた。

 そう、遠くから視てるだけなら良いのだ。それなら赦した。
だから昨日は、ぽんじろうもぐまべにも見逃してやったのだ。
害のないものまで祓っていてはキリが無いと云う理由もあったが、害がないなら、見てるだけならと見逃した。

 でも、今日は駄目だ。見逃せない。

 炭治郎を呼び込もうとしたから。
 大切な家の子を魅せようとしたから。
 だから見逃しはせず、ぐまべとぽんじろうは間を壊すかのようにして現れたのである。

 【二人きりだった間】を壊されことに腹が立っているのであろう。

 塀で爪研ぎをしているのかと聞きたくなる程のキィーキィーと云う嫌な音が響き渡る。
思わず、バンダナの下に隠れた三角のぐまべにの耳がピクリと動き、ぐまべにの中の怒りの数値(おこおこ数値)がぎゅいーんと心の中で上がる。
これが普段の時ならすでに尻尾ビンタの刑であるのだが、今は炭治郎を家の中へ送り届けることをぐまべには優先した。
 女の帽子は、先ほどと同じように炭治郎を誘惑するかのように揺れているが、『視界』を隠された炭治郎には、もう帽子も女の姿も『視界』には映っていないため、もう女の存在すら炭治郎の意識の中には【なくなって】いた。
 しかも、ぐまべににはうるさい程に『ぽぽぽぽぽぽぽ』と怪奇音がサイレンのように聞こえ、耳障りで仕方がないのにそれすらも炭治郎には聞こえてすらいないかのような雰囲気であった。
 もしかしたら昨日の『視えた』ときからのことすら記憶にないのかもしれないと思うぐらいに裏口に向かう炭治郎の足並みに迷いも戸惑いも恐れもなかった。

 それが悔しいのか、更に声を荒げるかのように怪奇音の音量が増すがぐまべにのおこおこ数値(怒りの数値)が上がるだけで炭治郎には何も効果はなく、ぐまべにに頼まれたことをやろうと裏口の扉へと歩いて行く。
 そのことにぐま紅は炭治郎にバレないようににんまりと笑うと再度、塀の方に今度は光のない瞳を向けた。

 自分の思うようにいかなかったことに腹が立っているのだろう。

 今にでも塀を乗り越えようと背の高い白い帽子を被った髪の長い女が裏口の塀の上から顔を覗かせ、ぎりぎりと音が聞こえてきそうなほどに歯を食いしばり、ぐまべに達の知っている『鬼』よりも鬼の形相でこちらを見つめている。
 一生懸命こちらに来ようと白く長い腕を伸ばそうと踠いているが残念ながら竈門家は店を含めて全体的にこの竈門家の守護神であるぽんじろうとぐまべにが結界を張っているため、その結界に阻まれ此方にくることはできずに弾かれている。

「あとは、おまかせするのですよ。ぽんじろうくん」
「任せてくれ」

 ぐまべにが光のない瞳でボソリとそう呟くと巨大な女の背後から少年の声と共にカチャと音が聞こえた。
 まるで刀の鯉口を切ったような音に女はすぐさま自身の背後を振り返ったが、振り返ったと同時に視界が大きく歪み、首に大きな痛みが走った。

 そして、一瞬にして真っ赤な火に全身が包まれ女の視界は何も見えなくなった。

「…さて、ゴミ捨てもしなくちゃな」

 少年は、女が消えたことを見届けるとぽんッと音を立ててその身体を縮め、炭治郎が残したゴミを手にすると自身の小さな身長でゴミ袋を引きずって穴を開けてしまわないように慎重にゴミ捨て場へと向かったのだった。