『巨大パフェ…食べたい』
そう呟きながらふみは、横浜の街を歩いていた。
昨日の出来事だった。
数日前に任務を終えたふみは、上司である中原中也に頼まれ首領である森鴎外の執務室を訪れた時だった。
執務室の扉の前に静かに立ち、大量の書類を落とさない様に抱え直すとふみは目の前の扉を数回ノックした。
『失礼致します。中原さんより頼まれました書類をお届けに参りました。』
ノックをした後、声を掛けると執務室の中から「入り給え。」と首領である森の声が聞こえ、ふみは『失礼致します』と再び声を掛けると扉のノブに手を掛け、扉を開けた。
「ふみ{emj_ip_0792}」
扉を開けた瞬間、可愛らしいふみを呼ぶ声が聞こえたかと思うと、いきなり下腹部辺りに強い衝撃を感じた。
その衝撃に何とか倒れまいとふみは、踏ん張ると自身の下腹部に感じた衝撃の正体とへと目を向けた。
其処には、金髪のお人形の様な可愛らしい幼女がニコニコと笑いながらふみへと抱きついていた。
『エリス嬢、お久しぶりです。』
エリスと呼ばれた金髪の幼女は、自分の名前が呼ばれたのが嬉しかったのか更にふみの腰に抱きつく腕の力を強めた。
エ「会いたかったわ{emj_ip_0792}ふみ、長い事帰ってこないから寂しかったわ…」
そう、言うエリスにふみは、『私もエリス嬢にお会いしたかったです。お土産買って来ているので後で食べてくださいね』と言うとエリスは、パァーッ!と効果音がつきそうな程嬉しそうな表情になった。
エ「ふみが選ぶお土産は、全部美味しいから大好きっ{emj_ip_0792}」
『そう言って頂けると嬉しいです。』
ふみは、貧民街に居た頃から食べるという事に人一倍の執着があった。
それは、もう双子の兄である芥川龍之介の食欲という物を生まれる前の顔も覚えていない母の胎内にいる時にふみが全て奪ってしまったのでは無いかという程に食欲凄かったのだ。
また、異能を使うとお腹が空く体質らしく食べても太らないという素晴らしい体質の持ち主でもあった。
とにかく食欲が凄いふみは、ポートマフィアに入り貧民街に居た時とは違いお金がある今、どうせなら美味しい物を食べたいという考えからグルメ雑誌などで情報収集を行い、地方の仕事の時はその場所の人気な食べ物を食べて帰ると言うのを1つの楽しみとしていた。
調べに調べたふみの情報や出張のお土産など結構好評だった。
そんな、好評してくれている人の一人が目の前にいるポートマフィア首領・森鴎外が溺愛する幼女・エリス嬢だったりするのだ。
ふみがオススメしたり買って来てくれたりするお菓子がエリスの好みらしく、いつも出張に行った時に買って来てくれるお土産を楽しみにしていた。
そんなエリスは、今回のお土産は何だろうと胸をワクワクさせていた。
森「いつも御苦労様、ふみちゃん。
エリスちゃんも喜んでくれていて私も嬉しいよ」
目の前で執務机に両肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せながら溺愛しているエリスとふみの微笑ましい光景にニコニコと笑う首領・森鴎外にふみは、『エリス嬢に喜んでいただけて私も嬉しい限りです』と答えると森は、「実は、私も楽しみにしていてね」と言うとふみにウィンクを飛ばした。
エ「リンタロウ気持ち悪い」
森「えぇ{emj_ip_0793}酷いよぉ〜エリスちゃん{emj_ip_0792}」
しくしく、と泣き真似をする森にエリスは再び「中年がキモい」と冷たく言い放った。
ふみは、そんな二人の光景に小さく微笑むとハッと自身の目的を思い出し自身の腰に抱きつくエリスに声を掛け、離れてもらうと森が座る執務机に近づき、上司中原に頼まれていた大量の書類を森へと手渡した。
『中原さんから頼まれました。書類です。』
森「御苦労様。
ところでふみちゃん数日前に帰って来てから働きっぱなしと聞いたのだけど本当かい?」
にこやかに問いかける森にふみは、特に気にする事もなく、『はい』と頷いた。
そんなふみの言葉に森は、にこやかな笑顔が何処か困った様な顔に変化した。
森「君の上司から聞いていてね…
長期出張から帰って来て休む事なく働いていると」
『? 中原さんがですか?」
長期出張から帰って来てから何度かふみは、上司である中原中也に「休め」や「きちんと休暇を」などと言われていたのだが、ふみは特に気にする事も無く聞き流していただけだった。
いつまで経ってもこうゆう事の話を聞かないふみに中原は、痺れを切らし首領である森に相談していたのだった。
森「彼も君を心配しているのだよ。大切な可愛い部下だからね」
“無論、私も可愛い部下だと思っているよ”
大人の色気を醸し出しながら微笑む森にふみは、『そうですか、ありがとうございます。』ととくに表情を変える事なく淡々と言ってのけた。
そんなふみに森は再び苦笑いすると「ふみちゃん」とふみの名を呼んだ。
『はい、何でしょう』
森「君、二日間有休ね。
これ、首領命令ね」
と休もうとしないふみに森から強制有休取得を命じられたのだった。
強制有休取得を二日間頂いたふみは、朝起きると片割れである芥川龍之介と妹・銀は既に仕事に行っており、家には居なかった。
ふみは、着替えるとキッチンに銀が作ったであろうラップがされた美味しそうな朝食が置かれており「食べてね」と可愛らしい文字の下に「和食が食べたい」と書かれた自身の片割れの文字に小さく微笑むと朝食に手をつけた。
その後、家事を済ませたふみは、久しぶりにショッピングでもしようかと横浜の街へと出かけたのであった。
本屋や新しく出来ていた可愛らしい小物が売っている雑貨屋などを見て回っていた時、ふみの腹がグゥーとなったのだった。
『お腹空いた…』
何か食べようと思い、ここら辺でお店は…と考え、脳裏によぎったのが以前にやっていた「巨大パフェチャレンジ!」と言うテレビ特集だった。
『巨大パフェ…食べたい』
そう呟きながら、横浜の街を歩き出したのだった。
巨大パフェに想いを馳せるふみの足取りは軽く、表情は変わりなく無表情だが、片割れや妹・銀などが見れば「嬉しそう」と思うぐらいふみの機嫌は絶好調だった。
だが、そんなふみの機嫌は一人の少年の登場よって急降下するのであった。
「あっ…{emj_ip_0792}」
突然、前方から聞こえた声に目線を向けると無表情だったふみの表情は、みるみる内に嫌そうな顔に変わっていった。
『貴様は……』
ふみの目線の先には、白髪の歪な髪をした少年でふみと片割れの龍之介が大嫌いな人虎、武装探偵社・中島敦が立っていたのだった。
『人虎……』
敦「お、お久しぶりです!」
顔を赤くしながらもじもじとする敦にふみは不快感を感じ、“一層の事ここで異能を発動して殺してやろうか”と思ったが此処は街中。
この場で騒ぎを起こせば、首領や上司や家族に迷惑が掛かるとグッと堪えると目の前の敦を無視する事に決めた。
顔を赤くする敦の隣を通り過ぎると巨大パフェに再び想いを馳せようとしたのだが、背後から3メートルぐらいの感覚を開けて敦がついて来るのが分かった。
『何故ついて来るのだ。』
敦「僕も、こっちに用事がありまして!」
『なら、向こうから行け。鬱陶しい』
敦「僕の事は気にしないでください。」
あぁ言えば、こう言う敦にふみは内心イライラしながらも目的地へと足を進めた。
数分後、目的地に着いたふみは、お洒落な外観の店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
営業スマイルで人数を問いかける店員に『一人』と答えようとしたのだが、背後からの声に掻き消されたのだった。
「二人でお願いします。」
背後の聞いたことのある声にふみは、バッと振り返ると
其処には先程、ふみの背後を歩いていた敦が立っていた。
『なっ{emj_ip_0793}人虎…{emj_ip_0792}』
驚くふみを他所に爽やかに笑う敦を横目に店員は「2名様、ご案内です。」と二人を席へと案内したのだった。
『ちが…私はひとりで…』
敦「はい、行きましょうね。」
店員に抗議しようとするふみの背中を敦は、無理矢理席まで押して行ったのだった。
席に着き、其々注文をしたのだが、ふみの機嫌は頗る悪かった。
そんなふみとは、反対に敦は頬を紅潮させながら何処か嬉しそうに微笑んでいた。
『何故、私が貴様何かと…』
敦「すいません。でも、貴女とお話ししたい事があったんです。」
『話…?まだ、二度しか会った事のない、自身を嫌い、殺そうとしている人物にか?』
ハッと鼻で笑うふみに敦は「そうですね、でも気づいてしまったものは、仕方がないんです」と言った。
その言葉の意味が分からなかったふみは、首を傾げると敦に問いかけようとしたが、店員が持ってきた巨大パフェに意識を持って行かれたのだった。
「お待たせ致しました。当店オリジナルの巨大パフェです。」
『{emj_ip_0793}』
目の前に置かれた巨大パフェにふみは、片割れと同じくいつもは光の無い瞳をキラキラと輝かせた。
そんなふみを敦は愛おしそうに見つめていた。
その細い体の何処に入っているのかと問いたくなる程の量のパフェを食べ進めて行くふみに其れを見つめる敦。
パフェが残り半分となった頃、ふみのパフェを食べる手がピタリと止まった。
そんなふみに敦は、不思議そうに首を傾げると「どうしたんですか?」と問いかけた。
『此方が“どうしたのか”と聞きたいのだが』
敦「何がですか?」
問いかけに問いかけを返す敦にふみは、怪訝な顔をした。
『私と貴様は、数日前に出会ったばかりだ。そして、私は貴様が好かぬ。
龍之介は、直ぐに貴様と太宰さんを見つけると私を置いて行ってしまうからだ。』
何処か拗ねた様に言うふみに敦は、微笑んだ。
敦「僕が今日着いてきたのは、貴女に話したい事があったからなんです。」
その言葉に今度は、ふみが首を傾げた。
『話たい事?』
そう言うと敦は、コクリと頷くと口を開いた。
敦「僕は、貴女に一目惚れしました。」
周りに花が飛びそうな程、にこやかに笑いながら言った敦の驚くべき言葉にふみは目を見開き、持っていたスプーンをテーブルの上に落とした。
『え…っ?あ?…はぁ{emj_ip_0793}』
突然の告白に訳が分からず、狼狽えるふみににこにこと微笑む敦と言う異様な光景が広がっていた。
ふみは、訳が分からなかった。
出会いは、最悪な筈だった。
殺そうとまでしたのに目の前の人虎は、何と言った?
一目惚れした?誰に?私に?
どこにそんな要素があったのだ{emj_ip_0793}と言う思考がふみの頭を駆け巡っていた。
訳が分からないと言う表情を浮かべるふみに敦は、「最初は、この気持ちが恋だなんて分からなかったんです。」と言った。
敦「でも、貴女と出会ってからずっと…
貴女の姿や声が頭から離れなくて、
仕事も手に付かなくて怒られちゃうくらいに」
あははっと頬を掻きながら苦笑いする敦の言葉にふみは、黙ったまま静かに聞いていた。
敦「依頼中や街中を歩いてても探してしまうくらい、貴女が僕の中から消えませんでした。」
『………』
敦「貴女は僕の事を知りません。
そして僕も貴女の事を知りません。
この気持ちをどうしたら良いかも分からなくて…
知らない事ばかりです。
でも、太宰さんが言ってくれたんです。
“知らないなら知れば良いんじゃないか”と』
『“知らないなら知る”?』
その言葉に敦は頷いた。
敦「“知らないなら知り、そして知ってもらう”……
そして、“恋はアタックあるのみ”だと」
敦の口から出た太宰のアドバイスの言葉にふみは、何か嫌な予感がするのが分かった。
そんなふみに敦は気にする事なく言葉を続けた。
敦「だから、僕は貴女に好きになってもらえる様に貴女にアタックして行こうと思います。」
にこりと笑顔でいった恋のアタック宣言にふみの嫌な予感は当たってしまったと顔を歪めた。
敦は、ふみの髪に触れ、数量掬い上げ口づけを落とすと…
敦「逃さないつもりなので覚悟してくださいね。」
と先程の笑顔とは打って変わり、不敵な笑み
をふみへと向けた。
ふみを見つめる金色の瞳は捕食者の瞳をしていた。
その事に気がついたふみは、背筋がゾクっとなった。
そして、此れからの敦の恋のアタックを考るだけでふみの頭は痛くなり、美味しい筈のパフェが不味く感じてしまったのだった。
→