「ふーみさんっ{emj_ip_0792}」


横浜の街を私服で歩いていたふみは、突如背後から呼ばれた自身の名を呼ぶ聞き覚えのある声に嫌そうな顔をしながら背後を振り返った。

其処には、ニコニコと笑みを浮かべた歪な髪型をした武装探偵社社員でありふみに一目惚れしストーカーを繰り返す人虎・中島敦が立っていた。


嫌そうな顔をするふみに対してニコニコと笑みを絶やさない敦にふみは、くるりと体を元に戻すと敦を無視して歩きだそうとしたのだが背後から「逃がしませんよ」と言う言葉と共に手を掴まれた。
『離せ{emj_ip_0792}』と言いながら無理矢理歩き出そうとするふみに「はーなーしーませーんっ{emj_ip_0792}」と駄々を捏ねる子供の様に敦は、無理矢理ふみを引き留めた。


『何なんだ貴様は…毎日毎日、私が街を歩いていたら現れおって。
ストーカーか?ストーカーなのか?』


敦「人は皆、愛を追い求める追求者《ストーカー》だと太宰さんが言ってました{emj_ip_0792}」


『太宰さんも貴様も阿保だと言うことが良く分かったから手を離せ』


敦「嫌です{emj_ip_0792}」


ぶんぶんっと繋がれた手を離そうと上下に振るふみに対して敦は笑みを絶やす事無くふみの手を離さんとしていた。
離れない敦の手にふみは不機嫌そうに頬を膨らませると自身の掴まれていない方の手で拳を作ると敦の腹へと遠慮無しに叩き込んだ。


敦「痛ぁぁぁぁっ{emj_ip_0792}」


『手を、早く、離せ』


そう言いながらボコボコと敦を殴るふみに敦は痛がるとパッと掴んでいた手を離した。
ふみは離れた自身の手をジッと数秒見つめると敦に視線を移しキッと敦を睨みつけた。
敦は殴られた腹を抑えながら「ふみさんは元気いっぱいですね{emj_ip_0792}」と微笑む敦にふみは、最後と言わんばかりに力強い拳を敦の脇腹へと叩き込んだ。

あまりの痛さに膝をつく敦にふみは鼻で笑うとその場を去ろうとしたが再び、今度は自身の羽織る外套のゆらゆらと揺れるベルトを引っ張られたふみは前のめりになり転けそうになった所を腕を掴まれ、ぽふんっと背後から誰かの胸へと飛び込んでしまった。


敦「はい、捕獲です!」


嬉しそうにふみを背後から抱きしめる敦にふみは、肘鉄を食らわせようと肘を引いたところで敦がふみの顔の前にスッと紙切れ2枚を見せた。


『{emj_ip_0793}そ、それは…っ{emj_ip_0792}』


目の前でひらひらと揺れる紙切れ2枚に目を見開きキラキラと瞳を輝かせると目の前の紙切れを掴もうと手を伸ばすがひょいっと高い位置に上げられぴょんぴょんとふみがジャンプする形になった。
ふみは悔しそうに顔を歪めるとくるりと体を反転させ背後にいる敦へと体を向けた。
再び向き直った敦の顔は、ニコニコと(ふみに取っては)憎たらしい笑みを浮かべていた。


敦「良いでしょう。この“中華食べ放題《バイキング》無料券{emj_ip_0792}

しかも……“高級食材、鱶鰭《フカヒレ》含む”ですよ{emj_ip_0792}」


ドヤァ{emj_ip_0792}と音が聞こえそうな程の何故か得意そうな顔をする敦にふみは『何処でそれを…っ{emj_ip_0792}』といつもよりテンション高めの声で敦に問い掛けると敦は、二枚のチケットをひらひらとさせながら「探偵社の依頼主の方から頂いたんです」と笑み浮かべながらふみの問いに答えた。

『ふかひれ…』


敦「ふふふっ…食べたいですよね?鱶鰭《ふかひれ》」


ニコニコと笑う敦の笑顔が大食いのふみは憎たらしく見え、ムスッとした表情を見せ、
そんなふみに敦は、ふふっと笑うと「今日、僕、お休みなんです」と言った。
ふみは敦の言葉に不機嫌そうな顔をしながらも『其れがどうした。私には関係無い』と目線は敦が手に持った食べ放題券に向けたまま答えた。


敦「今日一日、ふみさんが僕とデェトしてくれたら…

この無料券差し上げても良いですよ」



“あ、無論、デェトですから手繋いでですよ{emj_ip_0792}”


輝かしい笑顔でそう言う敦の発言にふみは、驚き目を見開くと瞬時に嫌そうな顔へと表情を変えた。
だが、大食いのふみにとっては食べ放題《バイキング》無料券は、とても魅力的で価値のあるものであるが故にふみの中で“人虎とデェトは嫌だでも無料券が欲しい”と言う葛藤があった。

ふみの中で“人虎とデェトは嫌だ”と“無料券欲しい”が争い、勝者が決まった。




『し、仕方ない……今日一日だけ付き合ってやるっ』


“感謝しろ”と言いながらそっぽを向くふみに敦は嬉しそうに頬を染めながら「ありがとうございます{emj_ip_0792}」とお礼を言った。


ふみは、そっぽを向きながらも視線だけをチラリと敦に向けると“ふんっ”と鼻を鳴らし、敦は、無料券を仕舞うとふみの手を掴み指と指を絡ませると恋人繋ぎをした。
恋人繋ぎをしている手を微妙そうな表情で見つめると“此れも無料券の為っ…{emj_ip_0792}”とぐっと空いている手で拳を握った。


敦「じゃあ行きましょう{emj_ip_0792}あ、何処か行きたい場所ありますか?」


首を傾げながらふみに問い掛ける敦にふみは横にふるふると首を振ると敦は「なら、僕の行きたい場所に行きましょう{emj_ip_0792}」とふみの手をぎゅっと握り歩き出した。











ふみの手を握りながら敦が連れて来たのは、以前に鏡花と行ったゲームセンターだった。

普段来ない場所にふみは戸惑いながら物珍しそうに辺りをキョロキョロと見渡した。


『{emj_ip_0793}人虎っ……大きいう●い棒とブラッ●サンダーがあるぞ{emj_ip_0792}』


クレーンゲームの景品である普通に購入するより大きなう●い棒とブラッ●サンダーを見つけたふみは普段は光の無い黒い瞳をキラキラと輝かせながら自身と繋がれた敦の手をぐいぐいと引っ張り景品を指差した。
「ふみさん欲しいんですか?」と問い掛ける敦にふみは欲しいと言う様に首をコクコクと動かし鞄から財布を取り出すと敦の手にポンと乗せた。


『私は、この様な遊戯をした事がない。不本意だが任せたぞ、人虎』

キラキラと目を輝かせているふみに敦は、ふふっと笑うと「頑張りますね」とふみに財布を返した。
返された財布にふみは、目をきょとんとさせると敦は「デェトでは男性が出すものですから」と笑うと繋いだ手を離しクレーンゲームへと向き直った。



『…………』


繋がれた手が離れた瞬間、何故か少し寂しさを感じたふみは数秒ジッと自身の手を見つめると“気の所為か”と思いながらクレーンゲームをする敦の背中を見つめた。


敦「ふみさん?どうかしましたか?」


自身をジッと見つめるふみに気がついた敦は不思議そうにふみに尋ねるとふみは少し視線を逸らしながら『何でもない』と言い、敦の真横に立つと硝子越しの景品に目を向けた。








敦「取れたっ{emj_ip_0792}」


『ぶらっ●さんだー…っ{emj_ip_0792}』


数分間格闘した上にやっと獲得した景品を取り出すと敦は、ふみに「はい、どうぞ」と手渡すとふみは、通常より大きな箱に入ったブラッ●サンダーを両手で受け取り掲げる様にして目をキラキラと輝かせていた。


『大きい{emj_ip_0792}沢山入っているっ{emj_ip_0792}』


敦「ふふっ…喜んで頂けたなら何よりです」


“次は、あれ取りましょう{emj_ip_0792}”と再びふみの手を取り別のクレーンゲームへと向かう敦にふみは再び繋がれた手をジッと見つめると視線を自身の手を引きながら前を歩く敦の背中へと向けた。


『じっ……』


何故か無意識に敦を呼ぼうとした事にふみはハッと気がつくと素早く自身の口元を手で覆い隠した。

突然の訳のわからない自身の行動に驚き目を見開くふみに敦は気付かないまま手を繋いでいた。


敦「ふみさん!次は、これを……どうかしましたか?」

“気分が優れませんか?”と心配そうに尋ねる敦にふみは視線を右往左往させると『腹が減っただけだ』と誤魔化した。
敦は、いつもと変わりないふみの“腹が減った”と言う言葉に笑うと「なら、此れを取ってプリクラ撮ったらご飯食べに行きましょう{emj_ip_0792}」と言うとふみは『ぷりくら?』と首を傾げた。


敦「プリント倶楽部の略ですよ。写真がシールになるんです{emj_ip_0792}
太宰さんが是非ふみさんと撮っておいでっと…」


『あの人の要らない入れ知恵か』


太宰と言う言葉を聞いた瞬間、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべるふみに敦も苦笑いをした。

敦「一緒に撮りましょうね{emj_ip_0792}」


『拒否する』


敦「無料券要らないんですか?」


『{emj_ip_0793}………貴様っ』


敦はニコニコと笑みを浮かべると「どうします?」とふみに問いかけふみは悔しそうに『撮る…』と呟き、敦は満足気な顔をした。

敦は、ふみの為に素早く次のクレーンゲームの景品を取るとふみに手渡しふみの手を握りながらプリクラコーナーへと足を踏み入れた。
沢山並ぶ機械に嬉しそうな敦に対して明らかに不機嫌満載です。と言う様に顔をムスッとさせるふみの手を敦は引っ張り適当に選んだ機械の中へと入って行った。

中に入ると財布から小銭を取り出し投入した後、画面に表示されたコースや壁紙をスラスラと選んで行く敦にふみは『手慣れているな』と言うと敦は「この間、探偵社の皆さんで撮ったんです」と答えた。

『……武装探偵社は暇人の集まりか?』


敦「違いますよ{emj_ip_0793}この間、皆さんとご飯を食べに行った後に鏡花ちゃんが撮りたいって言い出したんです」


そう言った敦にふみは『そうか』とだけ答えると画面操作をする敦の横顔を見つめた。


銀色で歪な髪型にアメトリンの様な瞳…
髪も瞳も服も黒で染まっているふみにとって敦の“色”と言うものが少し眩しく感じ、そして何故か目を逸らすことが出来なかった。

ふみは、無意識に繋がれた手にぎゅっと力を込めた。


繋がれた手に力が入った事に気がついた敦は、振り返りきょとんとした様にふみを見つめ、ふみと目が合うと敦は幸せそうに微笑み「どうしたんですか?」と優しい声色でふみに問いかけた。

その優しい声色と幸せそうな笑みにふみは、一瞬息が出来なくなった様な気がした。

何故か苦しくなる胸にふみは、自身の胸を繋がれていない片手で服の上から押さえると『おなかすいたっ』と口にした。
敦は再び聞いたその一言にまた、微笑むと「終わったら美味しい物食べましょう」と言い、画面に向き直った。







“お腹すいた”






本当は、そんな事などふみは思っていなかった。
いや、腹は減っていたのだが口に出す程の空き様では無かったのだが何故か敦と目が合った瞬間、何を言えば良いか分からなくなったふみは咄嗟に“お腹すいた”と言う言葉しか言えなかったのだった。

目が合っただけなのに何故か取り乱す自身にふみは訳が分からず今、繋がれている手を振り払い逃げ出したい気分になったが無料券の事が頭を過ぎり、グッとその気持ちを抑えるとふみは小さく溜息を吐いた。






フレームや背景を選び終えた敦は、楽しそうにふみをカメラの前に立たせるとピースサインをした。

『えっ?えっ?』


敦「ほらほら、ふみさんもピース{emj_ip_0792}」


『ぴーす?』


初のプリクラに戸惑い、わたわたとするふみに敦はピースをする様に言うとふみは訳が分からないままピースサインをした。
その瞬間、聞こえたカシャッと言うシャッター音に戸惑いおろおろとするふみを敦は、楽しそうに見つめていた。


戸惑いながらも撮影が最後の一枚に差し掛かった時、敦は不意にふみの名を呼ぶとふみが反応する前にふみの白い柔らかな頬にちゅっと頬に口付けを落とした。

シャッターを切る音に突然の事に目を見開き素早く頬を押さえ驚いた表情を見せるふみに敦は、ふふっと笑っていたのだがすぐ様ふみに頬を抓られた。


『貴様は…巫山戯るな{emj_ip_0792}』


敦「痛たたたたたたたたっ{emj_ip_0792}痛いですぅぅぅぅぅっ{emj_ip_0792}」


『煩い、黙れ死ね人虎』


ギリギリと敦の頬を抓るふみに敦は涙目になりながらやめてくれと言ったがふみの気が済むまで抓られた続けた。









敦「うぅぅっ……頬が痛いです」


『貴様が調子に乗るからだ、愚者め』


プリクラの機械から出た後、抓られ痛む頬を敦は摩りながらそう言うとふみは敦を鼻で笑った。


敦「でも、ふみさんとプリクラを取れたのでこの痛みも記念の一部ですね{emj_ip_0792}」


『気持ち悪い』


怪訝そうな顔をするふみとは逆に敦はプリクラを見て嬉しそうにしており、ふみは敦を見て溜息を吐くと『そんなに嬉しいものなのか?』と不思議そうに尋ねると敦は「えぇ、とっても」と本当に嬉しそうに笑っていた。


敦がそんなに嬉しそうに微笑むから胸に訳のわからない感情が込み上げたふみは、敦から視線を逸らすと『おなかすいた』と呟いた。




敦「そうですね、美味しいもの食べに行きましょう{emj_ip_0792}
何か食べたい物とかありますか?」


首を傾げながらふみに問いかける敦にふみは、少し黙ると繋がれた手をぎゅっと握りながらボソボソと何かを呟いた。


『……のっ』


敦「?すいません、何て言っているのか聞こえなくて…もう一度言ってもらえますか?」


敦が再び尋ねるとふみは、少し頬を赤く染めながら再び口を開いた。



『人虎の…っ……好きなも、の』




何故、自身の口からそう出たのかふみには分からなかった。
食べたい物と聞かれたのに対して自身が食べたい物は沢山思い浮かんだ。
ふみが此れが食べたいと言えば敦なら笑顔で了承してくれるはずなのに何故かふみは、言い出す事をしなかった。

ただ…


ただ、ふっとふみの胸の中で“人虎は何が好きなのだろうか”と言う疑問が浮かび上がっただけだった。

いつもは、他人に対してそんな事など思わないのに不意に思い浮かんだ感情にふみは“何だか今日は、調子が悪いな”とその一言で自身の心境を無理矢理に片付けた。


敦「僕の好きな物ですか…?」


『そ、うだ…。
貴様のくだらない遊戯に付き合わされて私は腹が減った。
貴様が私に“今日一日付き合え”と言ったのだ。
私の顔色ばかり伺わず、貴様の行きたい場所に連れて行けば良かろう』


ふんっといつもの様に鼻を鳴らし偉そうにするふみに敦は「行きたい場所…あ、役場に行きたいんですけど良いですか?サインしてくれます?婚姻届に」と言う敦にふみは自身の拳を敦の腹に叩き込むと痛がる敦に『貴様、本当に調子に乗るなよ』と握りしめた拳をふるふると震わせながら怒った。










敦「いただきます{emj_ip_0792}」


『いただきます』


敦がふみを連れて来た場所は、太宰と国木田に出会い連れて行ってもらったお茶漬けが美味しい食堂であった。
敦の前に置かれたお茶漬けとふみの前に置かれた魚焼き定食に2人は手を合わせるとそれぞれ箸を持ち食べ始めた。

温かな味噌汁を一口飲むだけで口いっぱいに広がる優しい味にふみは、ほぅっと安心した様に吐息が溢れた。


『美味しい』


敦「それは、良かったです」


笑う敦にふみは無言で焼き魚に手を伸ばし黙々と食べ始めた。

黙々と食べるふみの姿を敦は見つめると自身のお茶漬けを食べ始めた。



ふみは、黙々と食べながらちらりと視線を敦に向けた。

すると敦は、ふみの視線に気がつき目が合うと幸せそうに微笑んだ。


食べる手をふみはピタリと止めると合っていた視線を逸らし箸を置いた。


敦「ふみさんっ…?」


箸を置き下を向くふみに敦は不思議そうに首を傾げた。


『貴様は……何故そんなに嬉しそうに微笑むのだ?』


敦は、ふみの急な問いかけに「えっ?」と声をあげた。



今日一日を敦と過ごしたふみは、不思議で仕方がなかった事があった。
ただ、共に過ごしただけでしかも、ふみは、ほぼ無表情か不機嫌そうな表情しかしていない。
だが、敦は、そんなふみに嫌気を指す事無く、寧ろ嬉しそうに微笑んでいた。

手を握るだけで花が咲き誇りそうな程の笑みを浮かべ、目が合うだけで幸せそうな表情を見せる敦にふみは、不思議で仕方がなかった。


『私は…貴様を好いておらぬ。
其れなのに貴様は、私に微笑む。




今だって、目が合っただけで幸せそうに微笑む貴様が………私には分からぬ……』


何処か困った様に話すふみに敦は、ふふっと笑った。


『何故、笑う』

笑う敦にふみは、ムスッとした表情を見せると敦は「すいません」と謝った。


敦「僕が笑うのは、ふみさんが居るからです」


その言葉にふみは『私が居るから…?』と敦の言葉を繰り返した。


敦「大好きなふみさんが居てくれるから嬉しくて…


今でもこうやって一緒にご飯を食べている事が凄く幸せに感じてしまうんです。


ずっとこんな日々が続けばいいなって」


『其れは…無理だ』


敦「えぇ…“今は”無理でしょう。





でも未来は、どうなっているか分かりませんよね」


いつもと違い妖艶な笑みを見せる敦にふみは、一瞬たじろぐと『貴様には諦めると言う考えは無いのか』と呆れた様に呟いた。


敦「ふみさんの隣に立てる日が来るまで諦めません。


言ったでしょう?」



“逃さないつもりなので覚悟してくださいねっと”



そう言って笑う敦の瞳は、獲物を目の前にした虎の様な瞳をしており、そのアメトリンの様な瞳にふみは、自身背筋がぞくりとなったのが分かった。

ふみは、誤魔化す様に再び箸を持つと慌てた様にご飯を掻き込み始めた。










敦「美味しかったですね{emj_ip_0792}」


会計を済ませた敦とふみは店から出ると港の方へと向かい、港に置かれたベンチへと2人は腰をかけ、キラキラと太陽の光によって輝く海と大きな観覧車を見つめていた。


敦「いつ見ても大きな観覧車ですね。
ふみさんは観覧車乗った事ありますか?」


敦の問いにふみは、観覧車を見つめながらふるふると首を横に振った。


『乗った事が無い。
だが、鏡花は楽しいと言っていたから楽しい物なのだろうな』


観覧車を見つめるふみに敦は「乗ってみますか?」と問いかけるとふみは、『いや、いい』と断った。


敦「もしかして…高所恐怖症…」


『任務であれより高いところから飛び降りた事がある』

真顔で言うふみに敦は「えっ{emj_ip_0793}」と驚いた様に声をあげた後「大丈夫だったんですか{emj_ip_0793}」とふみを心配した。


『大丈夫で無ければ、此処に居ないだろう』


敦「そ、そうですね」






敦は、ふみの言葉に苦笑いすると目の前の観覧車を見つめた後、ゴソゴソとポケットから紙を二枚取り出しふみに差し出した。


敦「今日は、付き合ってくれてありがとうございました。

楽しかったし幸せな時間を過ごせました{emj_ip_0792}」


“此れ、約束の無料券です”と差し出す敦にふみは無言で受け取ると手に持つ無料券をじっと見つめた。

『……本当に良いのか、貰っても』


敦「いっぱい食べてふみさんが幸せな気分になってくれると僕は嬉しいです{emj_ip_0792}」


“元々、ふみさんに差し上げるつもりでしたから”と笑う敦にふみは、視線をきょろきょろさせると二枚の内、一枚を敦に差し出した。


「えっ?」と驚く敦にふみは、下を向きながら敦に差し出した一枚を無理矢理敦の胸に押し付け敦は訳がわからないまま、ふみの手から受け取ると「ふみさん?」とふみの名を呼んだ。


『……此れは…貴様が貰った物だ。


だ、だから貴様も共に行かないとこの無料券を贈ってくれた者に対して失礼だろう』


そう言いながら下を向くふみの表情は敦には見えなかったが黒い髪の間から見える紅く色づいた耳を見て、敦は幸せそうに微笑んだ。



ふみは、自分が普段とは違うと理解していた。


胸の中で大きくなる名前の分からない感情にふみは、不安を感じながらも目の前で微笑む敦の幸せそうな表情に少し安心した様な気したのをふみは気づかないふりをして、敦と別れたのであった。