※緋寄さん家の碓氷さんをお借りしました。
(キャラが違ってたらすみません)


 最近、奇妙な血鬼術が鬼殺隊を騒がせていた。

 その鬼と遭遇した隊士は突然として出入り口の無い真っ白な密閉空間へと閉じ込められるのだと云う。
 閉じ込められる人数に此れと言った法則は無く、一人の時もあれば複数人で閉じ込められることもあり、また、その密閉空間内に閉じ込められた者は密閉空間内の掛け軸に書かれたお題を合格しないと部屋から出る事が出来ず、永遠に閉じ込められてしまうそうだ。
 其れならば掛け軸に書かれたお題を熟せば良いのではないかと思うかもしれないが、その出されたお題は「頬を引っ張り合う」や「好きな者の名前を叫ぶ」など簡単なものであれば良いが、中には「相手を骨折させる」や「相手の一部を食べる」「足を斬り、差し出す」などと言った、人体損傷を余儀無くされるお題も少なくは無い。
 監禁…その後にお題で鬼殺隊に物理的または、心理的に攻撃を不意打ちで仕掛けて来る鬼に対し、鬼殺隊は如何対応すれば良いのか分からず、唯、その鬼に対して警戒しながら任務を遂行する事しか出来なかった。

「そう言えば、うちの師範もこの間、あの噂の血鬼術に巻き込まれたそうですよ」

鬼殺隊隊士である壱師紅は日の暮れた暗い森の中を自身と同じ階級:甲である、碓氷澪華と共にその噂の血鬼術を使用する鬼が居るであろうと云う場所へ向かうべく足を進めていた時だった。
 その噂の血鬼術について話す碓氷の言葉に紅は昨日の食べた晩御飯を思い出すかのようにして淡々と己の師範である風柱が噂の血鬼術に巻き込まれたのだと呟いた。

「え…」

 表情一つ変える事無く、突如として爆弾発言を落とした紅に碓氷は驚きながらも足を止めることはしなかった。
そんな碓氷を気にする事なく、紅は師範である風柱の話を続けた。どうやら、紅の語る内容によると「師範、その噂の血鬼術に炎柱様と巻き込まれたらしく…確かお題は相手の良いところを言うってものだったみたいです。是非ともそんな血鬼術に引っかかって驚く師範の顔が見たかったです」と揶揄うように話す紅に碓氷は「え、風柱様と壱師さんは師範と一応、弟子…だよね?」と思ったが口には出さなかった。
 普段から口数が少ない紅は師範である不死川に対してだけは揶揄うような仕草を見せることがある。あの傷だらけの年中殺る気満々な顔面凶悪風柱に臆することなく真顔で「師範おはようございます。今日も立派な助平柱感が出てますね。寒くないんですか?(笑)」や「師範。私、お昼は茄子の天ぷら蕎麦が食べたいです。師範の奢りで。あ、食後に羊羹つけてくれても良いですよ」とさらりと言ってのけるのを碓氷は知っており、初めて碓氷がその光景を目にしたのは柱稽古中だった。
 あの時は、ピキッと音を鳴らしながら顳顬を弾くつかせた風柱に碓氷の肝がヒヤッと冷えたのを覚えている。
 唐突に爆弾発言をする紅に碓氷はハラハラする事がある。

 「……それにしても、その例の鬼の血鬼術は厄介ね。次の被害が出る前に私と壱師さんで鬼の頸を刈り取れたら良いけど…」
「そうですね。あ、でも、私としては、師範と水柱様が例の血鬼術に掛かった姿を見てから鬼の頸を刈り取りたいです」

もしくは炭治郎くんと師範でも良いですね。と無表情ながらも何処か楽しそうな声色の紅がいた。
 紅は無駄な話が好きでは無い。だが、碓氷に冗談とも取れる言葉を言えるぐらいには碓氷に心を許しているようにも見え、碓氷は仕方ないなと自信を納得させるように小さく溜息を吐いた。
 その数分後、またしても紅に困らせられる事をこの時の碓氷は知らないのである。


    ♢♢♢♢♢♢


 其れから数分後、紅と碓氷が森を走って居ると遂にあの噂の血鬼術を使うと言う鬼と出会した。
 想像していたよりも鬼は小柄の青年の姿をしており、顔を真っ青にして半泣きになりながら「何で鬼狩りが二人も居ンだよ‼‼俺は鬼の中でも最弱なんだぞ⁉労われよ‼」と叫びまくり、紅と碓氷は何処かの黄色い蒲公英頭の少年が脳裏に浮かんだ気がしたが鬼は二人を気にする事無く、泣き叫び喚き散らしている。

「なんだよぉぉ‼もう、やだ‼お前ら出てくんな‼」
「「⁉」」

 鬼が鼻水と涙を垂らしながら目の前で刀を構えていた紅と碓氷に向かって何かを浴びせた。
 其れは生臭いような鉄の匂いが辺りに充満すると共に紅と碓氷の顔や手にぽたぽたと水滴のようなものが付着した。
 紅は頬に触れるとぬるりとした感触と自身の頬に触れた指が濡れるような感覚を感じ、隣に居た碓氷も同じように自身の頬に触れており、ぬるりとした感触を感じた指先が赤く染まっているのを見て美しい顔を顰めた。
そして目の前に居た鬼はヤケクソだ‼と言う様に紅と碓氷に向かって掌を翳し、叫ぶ様に声を上げた。

「血鬼術・【箱庭】」

鬼が血鬼術と叫んだ瞬間、紅と碓氷の周りに白く大きな板が地面からめきめきと音を立てながら現れ、紅と碓氷は咄嗟の事に驚きながらも其の白い巨大な板を斬り裂こうと日輪刀を振るったが白い巨大な板に傷一つつくこと無く、唖然とする二人を閉じ込めるかの様に迫り、気がついた時には鬼の姿は無く、森の中だった筈の二人は白一色に塗りつぶされた密閉空間へと閉じ込められてしまったのであった。

「…油断した…」
「凄いですね、あんなに泣き叫ばれるとは思いませんでした」

白い壁を見ながら何処か悔しそうな碓氷は先程の鬼の汁塗れの顔を思い出しズレた事を言う紅に何か言った方が良いのかと思ったが紅は何処か自身の慕う水柱・冨岡義勇と似た処があり、碓氷の経験上、紅に何かを言っても更にズレた言葉で返されるかもしれないと思い、何も言わずに目の前の自身たちを閉じ込める壁をコツコツと叩いた。

「硬いね。しかも結構、分厚いみたいだ」
「硬い…」

壁をコツコツと叩きながら呟いた碓氷の言葉を鸚鵡返しするかの様にポツリと呟いた紅は少し考えるような仕草を見せたかと思うとペタッと壁に両手を当てて、そのまま勢い良く壁に額を撃ちつけた。
 ゴンッと鈍い音が密閉空間に響き渡り、予想もしてなかった紅の突然の奇行に碓氷は目を見開きポカンッと口を開けることしか出来なかった。

 今回の任務の同行者であり共にこの密閉空間に閉じ込められた人物がいきなり壁に頭を撃ちつけたのである。硬いな、硬いねと言い合い、硬いことも碓氷が音を鳴らし証明した筈なのにこの目の前の極度の影薄女は何も説明も無く壁に頭突きをしたのである。
 此れに対して碓氷は如何反応すれば良いのか戸惑うことしか出来なかった。己が慕う水柱も感情を表現することと相手に想いを伝える言葉が無いに等しいのだが、紅は其れ以上に…いや、水柱とは違い問いかければきちんと答えてくれるのだが、聞かれなければ言わなくても良いかと勝手に己の中で判断してしまうめんどくさがりなタイプである。故に紅は何かを思いついたが聞かれていないし答えなくても良いかと判断した為に碓氷が混乱するようか行動を起こしたのである。

 壁に頭突きをした紅は数秒間、ぴくりと動かなくなり心配に思った碓氷が「い、壱師さん…?」と頬を痙攣らせながら紅の背後から名を呼んだ。そんな碓氷に紅はゆるゆると振り向き、壁に頭突きをした際に赤くなった額をそのままに少し涙目だが相変わらずの無表情で碓氷の方へと顔を向けた。

「無理でした」

何がですか⁉と碓氷は声を上げたくなるのを堪え、戸惑いながら紅に何故、そのような事をしたのかと優しく幼い子供に話しかける様に問い掛けると紅は「炭治郎くんがこの間…」と碓氷が慕う冨岡の弟弟子であり、鬼の妹を連れた隊士である竈門炭治郎の名前がその色付いた唇からポツリと紡がれたのである。
 炭治郎は紅と同い歳で、また、炭治郎が紅に好意を寄せているのを碓氷は知っていた。ついこの間の冨岡との任務帰りで蝶屋敷付近を碓氷と冨岡が歩いていたところ、曲がり角で炭治郎が壁に手を突き、壁と己の身体の間に閉じ込めている所謂壁ドン(恋柱からの知識)をしているところを遭遇したのである。
 その後、確か恋柱の話を何処かで聴いた冨岡が「夕日の綺麗な丘まで走ると良い」と言う不要な入れ知恵を素直に聞き入れた炭治郎が紅を担ぎながら去って行ったのは碓氷の記憶に新しい。
 だが、そこ迄されているにも関わらず、紅は炭治郎から向けられる好意に対して気づいていないのかは分からないが特に何も反応も関心も見せないのは見てる側からしたらちょっと炭治郎を哀れんでしまう気持ちがあった。

 そんな紅の話によると先日、炭治郎と同じ任務に着いたのだと言うではないか。
 炭治郎と紅の二人が追い掛けていた鬼は触れたものを硬化させる血鬼術を使用しており、硬化させた角材で炭治郎の頭に殴りかかったのだが炭治郎の頭はずば抜けて強度を誇る程の石頭で硬化した角材はボキッと音を立てて折れたのだと言う。                 紅は目の前の光景に驚き、動きを止めてしまい、また、同じく鬼も驚いたように目を見開き力が緩んだところを見逃さなかった炭治郎は素早く鬼の頸を日輪刀で切り落としたらしいのだ。

「その時のことを思い出したので私も頭突きで壊せるかと思い、実行してみたのです」
「うん、あれは彼だけが出来る技だから壱師さんはやめようね」

壁を壊せずがっかりとする紅に碓氷は、この少女は本当に行動が読めないと思った瞬間、部屋の中にカランッと何かが掛かるような音が聞こえた。
 碓氷は、また目の前の少女が何かしたのかと紅に視線を向けるが紅はジッと碓氷…では無く、碓氷の頭上を見つめながら「碓氷さん、頭」と呟いた。碓氷の頭の上に何かがあるぞと言いたいのだろうと読み取った碓氷は、ゆっくりと己の頭上に視線を向けると其処には白い天井から掛け軸がだらんっとぶら下がっていたのである。
 碓氷は少し動き、紅の隣へと移動をした後、天井からぶら下がっている掛け軸を見上げ、其処に書かれていた文字を口に出した。

「W笑わないとこの部屋からは出られないW」

 この血鬼術に遭遇した隊士の報告によると確か掛け軸のようなものが現れ、そのお題を終えなければ部屋から出られないと言っていたなと碓氷は思った。お題に寄っては軽いものから四肢を失うかもしれないものもあったと言うが今、碓氷と紅の前に出されたお題はとてつもなく簡単で身体を損傷する事も時間を掛けることなく直ぐに終わりそうなものだったために碓氷は内心ホッと胸を撫で下ろした。

「良かった。簡単そうだし早く済ましちゃおう」

碓氷の言葉に紅は静かに頷くと碓氷は「じゃあ、同時にせーので」と声を掛けた。

「「せーの」」

 掛け声と共に碓氷はニコッっと効果音が聞こえそうな程の笑顔を見せた。だが、部屋はシーンと静まり返ったまま脱出口などが現れる様子など無かった。
 碓氷は不思議そうにちらりと隣を視線を向けた。隣で無表情で紅も不思議そうに首を傾げており、紅と碓氷はお互いに顔を見合わせ「え、笑ったよね?」「はい、笑いましたよ。にっかりと」「にっかり…」「はい、にっかりと」とお互いに確認し合うと更に首を傾げた。

「もう一回、してみようか」
「そうですね」

お互いに顔を見合わせ、碓氷と紅は頷き合うと「「せーの」」再び声を掛け合い、掛け軸を見つめながらにこりと笑みを浮かべた。
 だが、先程と変わらず特に目に見える景色が変わる事は無かった。
 碓氷は再び紅にチラリと視線を向けた。紅は静かに無表情で掛け軸を見つめており、その横顔を見た碓氷は何か嫌な予感が脳裏を過った。
 まさか、いや、そんな事はないだろう。だって、そんな…え…でもなぁ…壱師さんだからなぁ…と碓氷の頭の中で二つの原因と思わしきものがぐるぐると渦巻いていた。

 紅は暗く影が薄い。
 同僚達からは影で幽霊と呼ばれており、また、その体質を利用して作り上げた新たなる呼吸・影の呼吸の使い手である。
 ふらりと闇に紛れては自身の姿を相手に悟られる事無く刃を振りかざす事が出来る。謂わば、暗殺術を織り交ぜた剣術であり、聴覚・触覚・嗅覚・視覚を一定時間なら全てを隠す事が出来る優れたものだった。
 碓氷は知っていた。紅はかなりの面倒くさがりであり、常日頃から影の呼吸を応用しては面倒事に巻き込まれない様に回避しているのを碓氷は知っていたのだ。
 だから、今回のお題について、もしかしたら紅が面倒だと思い、影の呼吸を使用して己の姿を認識させないようにしているのではないかと碓氷は思ったのだ。
 だが、チラリと紅を見る限り影の呼吸を使用するために大きく深く息を吸い込んだ様子はなかったと思った碓氷は、この考えは違うかと否定した。

 そして碓氷には、もうひとつ思う事があった。
 紅は常日頃から無表情なのだ。
 其れは吃驚するほど紅の表情は変わる事なく、いつも無表情なのである。ただ唯一、師範である不死川を揶揄っている時と好物を目にした時は心なしが嬉しそうな雰囲気はしているが矢張り碓氷の記憶の中で紅は無表情だった。
 そんな鉄仮面である紅が本当に笑っているのかと碓氷は疑問に思い、隣に居た紅に視線を向け恐る恐るその艶やかな唇を開き自身の疑問を目の前の紅に問い掛けた。

「あのさ、壱師さん…ちゃんと笑ったよね…?」
「?超絶笑顔で笑いましたよ」

きょとんとした表情でありながら矢張り無表情な紅に碓氷の嫌な予感は益々強くなった。
 碓氷は紅に「もしかしたらお互いに笑ってると思ってもきちんと笑えてなかったかもしれないのでお互いに確認し合おう」と提案し紅も其れに頷くとお互いに向き直り「「せーの」」と声を掛けた。

「…………え、それ笑ってる?壱師さんそれ笑ってる??」
「????超絶笑顔ですよ」

 碓氷の悪い予感は当たっていた。
 目の前で超絶笑顔だと言い張る紅の表情は頬の筋肉がぴくりとも動いておらず、相変わらずの無表情のまま、じっと紅い瞳で碓氷を見つめているだけではないか。
 「そりゃ開かないわ」と碓氷は思ったが口に出すのをグッと堪え、言葉を飲み込んだ。
 紅も巫山戯ている訳では無い、真面目に笑顔をしていると思っているのだ。だが、表情筋が動いていない為、この血鬼術によって出されたお題の合格ラインには至っていないのだ。
 故に部屋からの脱出口は出現しない。その事に碓氷は頭を再び悩ませた。

 紅も碓氷の表情が濁った事に気がついたのか、自身の頬に触れると少し視線を下へと落とし「私の所為ですね。すみません」と謝罪の言葉を述べた。

「壱師さんの所為じゃないよ」
「いえ、私がきちんと笑えてなかったからでしょう。よく、師範に言われるんです。【感情が表に出てねェぞ。もっときちんと表現しろやァ】っと」

 私は出してるつもりなんですけどね。不思議です。と語る紅に碓氷は何と声を掛ければ良いのか分からず、戸惑っていると紅は碓氷の顔を覗き込む様に顔を近づけた。

 無表情で何を考えているのか分からない紅の紅い瞳がじっと碓氷を射抜く様に見つめる。その瞳に碓氷は驚いた様に目を見開き、引きつる様な声で紅の名を読んだ。
 碓氷に呼ばれた紅は少しの無言の後、静かに艶やかな唇を薄く開いた。

「碓氷さんは何時も綺麗に笑いますよね」
「へっ?」

 唐突に紅の口から紡がれた言葉に碓氷は驚いた様な声を上げた。

「何時も碓氷さんの笑みを見て、綺麗だなぁと思ってたんです。私には出来ない、とても綺麗な笑顔です。特に…」

――水柱様と居る時が一番、笑顔が輝いていて美しく見えます――

 淡々とした声で言われた言葉に碓氷は瞳がこぼれ落ちそうな程、目を見開いた。
 じわじわと頬が熱を持った様に己の体の中から熱くなっていくのが分かり、碓氷は其れを隠す様に紅から顔を背けた。
 
「そう、かな…?」
「はい。私にはそう見えます。どうしたら…」

――私も貴女の様に綺麗に笑うことが出来るのでしょうか?――

 紅は碓氷に問い掛けたが、その難しい質問に碓氷は直ぐに答えることが出来ず、黙り込むことしか出来なかった。
 少しの沈黙が紅と碓氷の間を流れ、紅は「変な質問をしてしまっただろうか」と思い、再び謝罪しようと口を開いた時だった。

 碓氷は静かに紅を見つめ、優しい笑みを浮かべながら言った。

「壱師さんにはお慕いしてる人いる?」
「えっ…」

今度は紅が静かに目を見開いた。

「私はお慕いしてる…と言うか、大切な人はいるよ。凄く大切な人…その人の側にいるだけで嬉しいし安心するの。その人の為に頑張りたいとも思うの」

――壱師さんには、そんな人いる?――

 その大切な人を思っているのか、美しく輝かしい笑みを浮かべながら紅に問い掛ける碓氷に紅は息を忘れたかの様に見惚れてしまった。

 お慕いしている人はいない。
 大切な人と呼べる人もいない。
 師範は?と聞かれれば、あの人は紅にとって尊敬する人であるから、お慕いしてる人でも大切な人とは違う分類の人なのだ。

 ならば、安心する人は…?

 そう聞かれると何故か花札の耳飾りがカランと音を立てる光景が紅の脳裏を過った。

 紅は本を読みながらうたた寝するのが好きだ。
 特に暖かな日差しの下でのうたた寝は温もりと安心感を与えてくれるからほっとするのだ。

 碓氷の問い掛けに、脳裏を過った【彼】の隣もその暖かな温もりを思い出させてくれて安心するのだ。

 泣きたくなるような、縋りたくなるような…
 優しく、ずっと側にいて欲しいような温かい温もり…

「壱師さんにもいるんだね、大切な人が…」

――じゃあ、その人の顔を思いながら笑ってみたらどうかな――

「そしたらきっと、壱師さんも素敵な笑顔になれるよ」

 碓氷は優しく紅に声を掛けると紅は片手で自身の胸元を握り締めながら一人の少年を心の中で思い描いた。


     ♢♢♢♢♢

「義勇さん、ありがとうございました!」
「別に大した事はしていない」

 夜明けの山中、鬼殺隊の隊士である竈門炭治郎は珍しく柱であり兄弟子でもある水柱・冨岡義勇と合同の任務に就いていた。
 任務内容に載っていた鬼を狩り終えた炭治郎と冨岡は近くに藤の家紋の屋敷があることを鎹鴉から聞き、其処で休息をしようと山を降りた。
 夜明け前と言うこともあり野道は薄暗くぼんやりとしていたのだが、野道を歩く炭治郎と冨岡の前に二つの黒い人影が見えた。

 こんな時間帯に人影など珍しいなと思いながら冨岡は歩いていると隣を歩いていた炭治郎の鼻がくんくんっと動き、「あれ?この匂いは…」と呟いた。

「如何した、炭治郎」

 炭治郎の呟きに冨岡が問い掛ける。
 
「碓氷さんの匂いです。あの前を歩く人影の一つは碓氷さんです。…もう一人は…んっ?……匂いがしない…しかも、人影が薄い…もしかしてっ…」

 炭治郎はブツブツと何かを呟くと突然、前の人影に向かって走り出した。
 冨岡は突然の弟弟子の行動に目を見開き、固まったが、ハッと我に帰ると静かに炭治郎を追いかけた。
 炭治郎と冨岡が人影に近づく毎にその姿が段々と見え、炭治郎は日輪の様な輝かしい笑みを浮かべながら一人の少女の名を呼んだ。

「紅‼」
「?あっ、炭治郎くん。こんにちは」

突如、背後から自身の名を呼ばれた紅は不思議そうに振り返り、炭治郎の姿を目にすると無表情ながらにも少し驚いた表情を見せた。
 紅の横には先程、炭治郎が嗅ぎ取った通りに碓氷も居り、紅と同じように不思議そうな表情をしていたが炭治郎の後ろから現れた冨岡の姿を見て安心したかの様に表情を緩ませた。

「水柱様、お疲れ様です。任務帰りですか?」
「あぁ。…怪我は?」

側から見れば言葉足らずで何が言いたいのか伝わらない冨岡の言葉に碓氷は微笑むと「怪我はありません。大丈夫ですよ」と答えた。
 冨岡は碓氷の言葉に何処と無く安心したかの様な声色で「そうか」とだけ呟いた。

「紅も碓氷さんと任務だったのか?」
「えぇ、例の鬼の討伐を命じられまして。無事に任務完了しました」

例の鬼と言う言葉に炭治郎は目を見開き、慌てたように紅の両肩に己の両手を置き「例の鬼⁉怪我は⁉大丈夫なのか⁉何か奪われたりとかないか⁉」と夜明け前の静かな野道に響き渡る程、大きな声で紅を心配するように問い掛けたのだが、当の本人は無表情のまま「炭治郎くん、声が大きいですよ」と炭治郎に言った。

「すまない。でも…本当に大丈夫なのか?骨とか折ったりとか…削いだりとか…」
「そう言う恐ろしいお題では無かったので大丈夫ですよ。其れに…」


【炭治郎くんに助けてもらいましたから】


(なんて、言ったって分からないでしょうから言わなくていいか)

「紅?如何したんだ?」

 会話の最中で言葉を切った紅に炭治郎は心配そうに声を掛けたが紅は無表情のまま「何でもないですよ。大丈夫です」と自身の肩に置かれている炭治郎の手を下させると自身の片手で炭治郎の片手を握り、歩き始めた。

 突然の紅の行動に顔を赤らめながら「べ、紅⁉」と裏返った声で紅を呼ぶ炭治郎を横目に紅はチラリと碓氷の方へと視線を向けた。

 碓氷は紅の視線に気づく事なく、冨岡と話しており紅は、その光景を見つめながらポツリと呟いた。

「やっぱり綺麗だなぁ」