【ゴーストバスター風一門】
※こごりさん家のこよりさんをお借りしました‼




壱師紅には亜鎖蔵こよりと云う幼馴染が居る。 

 常に表情筋が仕事をせず無表情で影が極端に薄く、時には音や匂いや存在すらも感じさせない感性のズレた性格をした自由気ままなでマイペースな問題児である紅とは正反対で同じ歳でありながら表情と感性が豊かな納豆好きな可愛らしい少女、それがこよりであった。

 二人はお互いの家が近く、幼少期にひょんなことから仲良くなり共にいることが多かった。
 自由気ままでマイペースでズレた事を云う紅に合わせることのできる数少ない人の一人が亜鎖蔵こよりだったのである。

 事の発端は紅とこよりが幼少期の頃まで遡る。

 ある時、近所の空き地で遊んでいた紅は共に遊んでいたこよりがチラチラとある一角に視線を向けていることに気がついた。
 縄跳び・ボール遊び・おままごとなどころころと様々な遊びをしながらもこよりはずっと何かを気にした様子で何度もチラチラと空き地のある一角に視線を向けるばかりで不思議に思った紅もこよりの視線を辿る様にこよりの視線の先へと視線を向けるがその先は唯の空き地が広がるばかりで物や人など一切何も存在していなかった。

 こよりは何を見ているのだろうか?紅はそう思い、声を掛けようとしたのだがハッととあることを思い出した。

 「最近、うちの子が厨二病に目覚めてしまった…」と悲しい目をした叔父の姿を思い出したのである。

 厨二病と云う言葉を初めて聞いた紅は叔父にそのことについて尋ねた。すると叔父は乾いた笑い声をあげながら「突然包帯を巻いたり目が疼いたり、見えないものが見えたりする思春期特有の病気だよ…紅ちゃんも思春期になれば訪れるかもしれないけど…程々にしておかないと…後で死ぬほど後悔するからね」と遠い目をしながら語る叔父の悲しそうな背中を紅は覚えていたのだった。

 その事を思い出した紅は、こよりにしか見えないものが見える=『これがちゅうにびょう』と思い「こんな時はそっと見守っててあげようね…」と語るこの場に居ない叔父の助言を思い出し紅は一人コクリと頷いた。

(そっとしてみまもります、うんうん)

 それから数日後、そんな事などすっかりと忘れた紅は、この日もこよりと遊ぶ約束をしていた。

 学校が終わり、一旦ランドセルを置いてからまた空き地に集合しようとこよりと別れた紅は自宅へと帰り、自身の部屋の勉強机にランドセルを置いた。
 直ぐに押し入れの中に閉まっていた遊びに行く用の鞄を肩から下げると部屋を出ようとしたのだが突然、こてんと何かが倒れる様な音が聞こえた。

 紅は静かにその音の方へと視線を向けると一体のこけし人形が床へと転がっていたのである。

 シンプルな子供向け家具で構成された部屋に異彩を放つこけし人形…一見、おかしく見えるかもしれないが、その転がるこけし人形は正真正銘の紅の私物である。
 年頃の女の子であれば可愛いお人形やアクセサリーのおもちゃなどを好み欲しがる筈だが、好みにも性格が現れているのか、ズレた性格を持つ紅は何故か祖母の家で飾られていたこけし人形を大層気に入り、欲しがった。
 両親がどれだけ「こっちのりおんちゃん人形の方が可愛いわよ?」「こっちのロロちゃんもあるよ」と通販サイトを見せながら言っても『こけしがほしいです』と無表情ながらにも目を輝かせて言うので両親は言葉を失った。
 最初は祖母から譲り受けた一体だけだったのにいつの間にか数を増やしたこけし人形は紅の部屋の本棚の上を我が物顔で占領している。

 そんな複数あるこけし人形の中の一体である祖母から譲り受けたこけし人形・かずこさん(紅命名)が床に転がっていたのだった。
 紅は静かにこけし人形のかずこさんを拾い上げるとじっとお互いに見つめ合い何を思ったのか、紅は遊びに行く用の鞄の中に何故かこけし人形を突っ込み遊びに出掛けたのであった。


 数分も立たないうちに近所の空き地に辿り着いた紅の目に既に到着していたこよりの姿が見えた。
 だが、こよりは紅が到着したことに気づいていないのか、ある一点を見つめては怯えた様な表情をして身体を強張らしていることに紅は気がついた。
 幼馴染の異変に紅は、たたたたっと足音を鳴らし駆け寄るが、こよりは紅に視線を向ける事なく小さく震えており、紅はチラリとこよりの視線の先を見るが紅の瞳には空き地しか見えない。

 だが、異常に震え怯える可愛い幼馴染には【何か】が視えているのだと理解した。
 それも紅には視えない恐ろしい何かが…そう思った紅は咄嗟に震えるこよりの手を掴み、グイッと力強く引っ張った。

 突然、背後から握られた手にこよりは驚き、ハッと自身の背後を振り返る。見慣れた紅い瞳が視界に入り一瞬眼を丸くしたのだが、紅はそんなこよりの表情など気にする事無く、掴んだ手を再び力強く引っ張るといきなりこよりを連れて走り始めたのだった。

 可愛い幼馴染は空き地のある一点を見て怯えていた。ならば、あそこから遠ざけなければいけない。幼いながらにも紅は、そう思い咄嗟にこよりの手を掴んだのである。

(まっすぐいえには…だめです。いえがばれる。こじんしょうほうりゅうしゅつってやつです。どこか、じぐざぐはしってから…)

そう思いながら紅はこよりの手を掴んだまま離さず、二人は全速力で走る。時折、こよりがチラチラと自分達の背後を見ては「っ…おいかけてくる…」と言っているのを紅は聞きながら視えない何かから取り敢えず、可愛い幼馴染を守らねばっと思いながら走ることしか出来なかった。


 そんな時だった。

「あ?お前等、そんなに慌てて如何したんだァ?」

 住宅街の曲がり角を曲がろうとした二人に一人の少年が声を掛けた。

 二人はバッと音が聞こえそうな程の速度でその声の方へと振り向くと其処には二人の幼馴染で歳上の不死川実弥が立っていた。
 帰宅途中だったのだろう、学ラン姿である実弥の姿はガラの悪そうな不良にしか見えず、いつもの紅とこよりなら揶揄う言葉の一言や二言ぐらいは言っただろうが、今の二人にはそんな余裕など無く、再び背後を振り返り「きてる…っ」と怯えるこよりの姿に紅は目の前の歳上の幼馴染に助けを求めた。

『さねさん、うしろからへんなものがくるらしいのでたすけてください』
「は?」

突然の紅の言葉とこよりの怯えた表情に驚いた声をあげた実弥だったが、二人の背後からやって来る見えないが何かの【嫌な気配】を感じ取った実弥は顔を歪ませた。
 
「何だあれ…っ…チッ‼取り敢えず、ウチに行くぞ‼」
「うんっ…」
『さねさん、こよりちゃんをかついでください』

実弥は紅の言葉通りにこよりを担ぎ上げると自身の家目掛けて走り始め、紅もその後を追った。

 数分と経たない内に不死川家へと到着し、三人は家の中へと駆け込んだ。
 本来ならば神社や寺へと向かう方が良かったのだが、寺も神社もバスに乗らねばならない場所にあるため直ぐに向かうことが出来なかった。
 家の中は誰も居らず、実弥は幼い二人をリビングへと通すとキッチンから取り敢えず塩を持ち、リビングへと戻ってきた。

 そして、震えるこよりに「いつから視えてたんだァ?」と問い掛けた。
 実弥の問い掛けにこよりはビクッと肩を震わせ、紅は不思議そうに首を傾げる。
 少しの沈黙の後、こよりは恐る恐る口を開き「いつのまにか、こわいものがみえるようになってた」と言った。

 こよりが言うには、いつの日か忘れたがいつの間にか怖いものが視えるようになっていたのだと言う。
 其れは街中だったり学校だったりと見える場所は様々で知らない振りをすれば特に何もしないからいつも放って置いた。
 だから、ある時から空き地に現れた【怖いもの】もいつも通りに無視していたのにその【怖いもの】は、こよりが視えていることに気づいたのか日に日に距離を縮めてくるのだ。一昨日は空き地の少し離れた外に立っていた。昨日は空き地の近く…今日は…空き地の中にいた。

(じぶんにちかづいてきている)

 そう気がついた時には恐怖で身体が動かなかったのだと言う。
 怖くて苦しい。そんな時に紅が現れたのだった。

「何でもっと早く言わねェんだ…」
「だって…こわかったししんじてくれないかもっておもって…」
『わたしは、みえなかったからわからないですけど、さねさんはみえました?』
「あ?何で、そう思ったんだ?」
『だって、さっきさねさん【なんだあれ】っていってたので』

 こよりの背中を優しく撫でながら尋ねる紅に「普段はズレた事言いやがる癖にこんな時ばっかり気がつきやがって」と実弥は顔を顰めながら呟いた。
 紅の問い掛けの通り、不死川実弥には、こより程では無いが【良く無いもの】の気配を感じ取る力があった。視える訳ではない。唯、感じとることが出来るだけだった。だから、別にこよりの様に怯えたことは無いし追いかけられたことも無かった。
 偶に肩が重い、頭が痛えと思うぐらいだった。
 感じるだけの人間がこんな風に感じるのだ。ガッツリと姿が視えるこよりは、さぞかし恐ろしかったであろう。そう思うと実弥は何とも言えない気持ちになった。

 実弥は紅とこよりに自分は感じるだけで視えないことを伝え、力になれなくて悪いなと謝った。

 その時、突然実弥の背中に冷たいものが伝った。
 ずるずると何かを引きずる音が家の玄関から聞こえ、【良くないモノ】が家の中に入ろうとしているのだと実弥とこよりは気がついた。
 唯、何も感じない視えない紅だけが急に黙り、顔を青くさせたこよりと顔を顰めた実弥の姿を見て不思議そうな表情を浮かべている。

 ずるっ…ずるっ……べちゃ、べちゃ…っ

「ひっ…‼」

 普段の良くないモノなんか目じゃない程の禍々しい空気に視えるこよりから引きつった声が漏れ、感じる実弥はグッと口元を押さえながら吐き気を耐える。
 紅は無表情ながらにもおろおろと二人を見て心配することしか出来ず、どうすれば良いのか分からなかった。

ぎぃぃっと閉めていた筈の不死川家のリビングの扉が誰も居ないのに勝手に音を立てて開かれた。
 その瞬間、ずんっと禍々しい空気がリビングに広がる。
 突然、開かれたリビングの扉の先を見てこよりの身体が震え上がり、実弥の額から冷や汗が伝う。

 固まる二人を見て、視えない・感じない紅は理解した。
 あぁ、このリビングの扉を開けたのは大切な幼馴染の二人を苦しめている【良くないモノ】なのだと瞬時に理解したのだ。

 だが、理解しただけで自分は、その【良くないモノ】が視えないし感じられない。だけども、自分だけが、自分しかこの場を動くことが出来ない。二人を守ることが出来るのは自分だけ。
 でも、どうやって対処すれば良いのか分からない。視えない感じない自分には何が出来るんだ?

考えて、考えて、考えて…考えた結果…。

(…なぐる!)

 紅は考える事を放棄した。
 そして、脳筋になった。

 考える事を放棄して脳筋に走った紅の行動は素早かった。
 目に視えないし感じないから取り敢えず、なんか居そうなところを殴る‼と決めた紅は殺傷力を上げるために硬そうなものを探したが、手頃なものが見当たらない。だが、ハッと自身の鞄の中にこけし人形のかずこさんを偶々入れていた事を思い出した。

(これでなぐられたらいたいはずです)

むふーっと無表情ながらにも勇者が伝説の剣を手に入れた様な気分になりながら、紅は実弥とこよりの視線の先にある場所へと走ったかと思うと驚く程の勢いでこけし人形を床へと叩きつけた。

「「……え?」」

 がごーんっと言う大きな音が響いたかと思うと実弥とこよりの口から驚いた様な声が漏れた。
 だが、紅は気にする事なく『??なんか、あたったような…そうか、ここですね。ここ、ここ』とこけし人形を叩きつけた際に何かの感触を感じたのか、ある一点をごんごんがんがんと何度も何度も叩きつける。

『かわいいおさななじみをなかせたつみはおもいのです。はんせいしてください。はい、はんせーい』

 無表情で語り、こけし人形を叩きつける幼女。
 側から見れば恐ろしい光景だが、こよりにはしっかりと視えていた。

 視えてない幼馴染がきっちりしっかりと【良くないモノ】にこけし人形を叩きつけており、しかもその【良くないモノ】が痛みで泣き叫び、段々とその姿が薄くなっていく光景がこよりには視えていた。
 実弥自身は視えていないが【良くないモノ】が痛がり、段々と気配が薄くなっていくのを感じていた。

 そして気がついたときには【良くないモノ】はすっかりと姿を消し、禍々しかった空気は逆に澄んだものへと変わっていたのであった。

 この時、こよりと実弥は気がついた。

 紅は視えないし感じないタイプの人間だが、寄せ付けない&祓える側の人間だと…


 そして数年後、共に仕事をする事になるのをこの時の三人は未だ知らない。