if鬼の兄と紅い華2
壱師 紅は影の呼吸の使い手である。
【影の呼吸】とは紅が育手の元で修行の際に編み出した新たなる呼吸であった。
元々、紅は影が薄く、其れを活かす様に生み出された剣術が影の呼吸である。
影の呼吸は己から発せられる音・匂い、そして姿や存在感を自由自在に操り、敵に悟られない様に頸を刈り取るのが特徴で、攻撃としての威力は弱いが己の姿を見え隠れさせる事の出来るこの呼吸は鬼用の暗殺術に近く、紅にとって、とても扱いやすいものであった。
何処ぞの派手柱は最初、紅の使用する影の呼吸を目の前で見た時、「地味だな」と矢鱈と連呼して来たのだが、地味なのは紅だって理解している。
いや、地味で良いのだ。紅は、めんどくさい事が嫌いなのだ。何かをするにしても穏便に素早く済ませたい派なのである。
それなのに派手柱が地味地味と連呼してくる事に若干、苛ついた紅は得意の花札で勝負を仕掛け、派手柱を派手負かしてやった事でスッキリした。
地味だろうが何だろうが、紅にとってとても扱いやすいのだ。放っておいてほしいと無表情で怒っていた。
しかも、日常生活でも面倒くさい事に巻き込まれそうになったらこの、呼吸を併用して切り抜ける事だって出来る優れもの。
例えば、紅の好物である羊羹に対して羊羹禁止令を出した師範への腹いせに師範の好物である御萩を盗み食いをしたのがバレて追いかけ回された時や『師範って巷では助平柱って呼ばれてるらしいですよ。面白いですよね(笑)』と無表情で淡々と本人に言って追いかけ回された時も元々の影の薄さとこの影の呼吸により、切り抜ける事が出来たのだ。
紅にとって危機を切り抜ける事の出来る唯一の手段なのだ。
その呼吸を今回行った任務で軽くだが、負傷した紅は治療の為に訪れていた蝶屋敷の一室で現在進行形で使用していた。
何故、使用せざるおえない状況に至ったのかを説明すると何処かの水柱の様に迄はいかないが少し長くなる。
其れは数ヶ月前の出来事だった。
鬼となった兄を連れて鬼殺隊に入隊した竈門禰豆子と任務を共にした事から始まったのである。
夜、眠れなかった紅が藤の家紋の屋敷の縁側で月を見ているところに禰豆子の鬼となってしまった兄である竈門炭治郎が現れ、炭治郎が何らかの理由で一方的に紅に惚れたのである。
その後、更に何度か任務を共にし前回の時には二人きりになった際に炭治郎は普段は禰豆子の背負う木箱の中に入るために幼子の姿をしてるが、その身体を成人男性にまで成長させ、紅の手を引き、自身の膝の上に乗せたかと思うと口に咥えた竹筒越しに紅の唇を奪うと言う事件を起こしたのであった。
戸惑い固まる紅を他所に炭治郎は紅を己の腕の中に抱き込み、手をにぎにぎと握ったり、また竹筒越しに紅の唇に触れたり、紅の頬をするりと優しく撫でては耳に触れてみたりとべたべたと紅に触れまくり、紅は等々、思考回路がショートを起こし気絶した事によりこの死ぬ程恥ずかしい時間は終わりを告げたのであった。
それからだ。
炭治郎は、その日から更に紅に接触してくる様になったのだ。
共に任務になった際、以前迄は幼子の姿で紅に突撃して来ていたが、今は必ずと言っていいほど本来の年齢の大きさ迄に身体を戻し紅を抱き上げ、自身の膝の上に座らせようとするのだ。
表情筋が死んでいる為、表情には出ないが内心、凄くこの事に困っている紅は炭治郎の妹である禰豆子にどうにかしてもらおうと禰豆子を見るが禰豆子は頬を染め、興奮したように「お兄ちゃん大胆‼がんばれ‼頑張れ‼押して押して押しまくろうね‼」と楽しそうにしているので助けてくれないなっとすぐさま判断した紅は「むーむー!」と機嫌の良い炭治郎の声を聞きながら遠い目をした。
また、別の日は共に任務にあたり負傷した男性隊士を手当てしてもらおうと付き添う形で夜に蝶屋敷を訪れた。
出て来てくれたアオイとカナヲに紅が遅くにごめんと謝ると二人は「これが仕事ですから」「紅は…大丈夫…?怪我とか…」と声を掛けてくれた。紅は二人に大丈夫ですと言いながら男性隊士をアオイ達と共に治療室へと連れて行き、診察台に寝かせた。
後は、蝶屋敷のみんなに任せようと思い、その場を去ろうとした所に蟲柱・胡蝶しのぶが現れ、今日は遅いのでここに泊まる様にと勧められた紅は少しの沈黙の後、その言葉に甘える様に「じゃあ、宜しくお願い致します」と返事をした。
其れを偶々、蝶屋敷で治療中の禰豆子と起きた炭治郎が見ており、炭治郎は紅が蝶屋敷で今夜泊まることを聞くと嬉しそうにふんすっ!と鼻を鳴らし、湯浴みを終え部屋に帰ろうとしていた紅を捕まえると紅を自身の片手に座らせる様に抱き上げ嬉しそうな笑みを浮かべながら何処かの物語のワンシーンかの様に紅を抱いたままくるくると何度か回ったのである。
数分後、解放された時には無表情を崩す事なく口元を押さえて吐き気を我慢する紅とにこにこと御機嫌に紅を膝の上に乗せながら紅の髪を指で梳かす、炭治郎の姿が見られたのであった。
それからも何度か色々とあったが上げ出したらキリが無く、毎度毎度被害に遭う紅は何とか積極的な炭治郎から逃げようと考えた結果…そうだ‼己には素晴らしいものがある!よし!影の呼吸を使用して何とか回避しよう!と決めたのであった。
それはすぐに実行される事となったのだ。
任務で軽く負傷した紅は蝶屋敷で療養を言い渡された。
最初は、ゆっくりとしようと思っていたのだが、何とまたしても別の部屋に竈門兄妹が居るではないか。しかも向こうは、紅が二人の存在に気付くより先に紅の存在に気付いており、日が沈んだ夕方…紅は与えられた部屋で本を読んでいると不意に視線を感じたので視線を感じる方へと顔を向けるといつの間にか襖が少々開いており、しかもその隙間からまん丸な赫灼の瞳がキラキラと紅を見つめているではないか。
紅が『あ、面倒くさい事になる』と悟った瞬間、炭治郎は襖を大きく開けて部屋に踏み込むと身体を成長させながら紅に近づき、紅の頬に触れようと手を伸ばして来たのだが、紅に触れる寸前で炭治郎の手はピタリと止まったのである。
そして炭治郎は赫灼の瞳を大きく見開いた。
其れもその筈である。
今、目の前に居た愛おしい少女に触れようとした瞬間、姿を消したのである。
其れはまるで幻であったかの様にふわりと背景に溶けて消えたのだ。
想いを寄せる少女が消え、自慢の鼻で何とか探そうと匂いを嗅ぐが元々、影が薄く、また紅の使用する影の呼吸は己から発せられる匂い・音・感覚・姿などを隠すことが出来るのが特徴なのだ。故にその呼吸を使用した紅を認識出来るのは余程優れた能力の持ち主で無いと難しいのである。
「むぅ…」
オロオロとする炭治郎の姿にまだ、部屋の中に居た紅は少し居た堪れない気持ちを感じたが、紅とて乙女だ。何度も竹筒越しとは云え、唇を許すわけにはいかない。しかも、毎回、何かしら接触されるのも顔色ひとつ変えてはいないが内心、正直恥ずかしいのだ。
後、竈門兄妹を良く思っていない己の師範である風柱にバレるとややこしいのだ。「だから、ちゃんと気をつけろっつったよなァ?」と頬をこれでもかと引っ張られるのは勘弁してほしい。
鬼化した炭治郎は鬼化する前とは違い、知能も少々幼くなっているところがある。多分、人に戻った際に後からこの事を思い出し、恥ずかしさで後悔するだろう。其れは凄く可哀想だと紅は思っていた。
だから、少し離れて炭治郎が落ち着くのを待とうと紅は考えたのだ。何度かこの逃げる行為を繰り返していれば炭治郎も諦めるだろうと思い、静かに息を殺して部屋の隅へと移動した。
むぅむぅと言って紅が先ほどまで座って居た場所に触れ、温もりを確かめる炭治郎を横目に部屋の外へと繋がる開きっぱなしの襖のもとへと移動した時だった。
紅が炭治郎から視線を外した瞬間、襖がバタンッと音を立てて閉まったのである。
突然の事に驚き、紅は目を見開いた。
如何やら炭治郎が開きっぱなしになっていた襖を勢いよく閉めた音の様だった。
炭治郎は襖を背にする様に部屋の中をぐるりと見渡した。その瞳は熱が込められ、まるで獲物を狙う肉食動物のような目をしており、自身の姿は炭治郎には見えていない筈なのに目が合った様な気がして紅は自身の身体がふるりと震えたのがわかった。
――炭治郎くんは、私がまだ部屋の中にいる事に気がついている。
その目を見て紅は、そう思った。
影の呼吸は敵から己の姿を認識させないようにする事ができる。だが、欠点としては長時間の使用が難しいのである。だから、この呼吸は時間との勝負であり、また、炭治郎と紅の我慢対決の始まりでもあった。
紅は体力を消費しないようになるべく動かない事を心掛け、呼吸も息を長く吸い込んでは浅く吐くを繰り返し長時間、使用出来るようにと対策を取った。
それから数分経っても炭治郎は襖の前から動く事なくキョロキョロと辺りを見渡すばかりであった。時折、鼻をくんくんと鳴らしては紅の匂いを嗅ぎ取ろうとしているのが分かった紅は更に深く息を吸い込み、呼吸の使用を強くした。
更に数分後…等々、継続して影の呼吸を使用し続けていた紅の体力が限界を迎えそうになっていたのである。
それに比べ、炭治郎は襖の前から動いていない為、体力を消耗すること無く唯、じっと静かに立っているだけであった。
彼此、もう、30分以上は経過しているのだ。さっさと諦めて禰豆子さんの元へ帰りなさい。良い子ですからっと心の中で炭治郎に語り掛けるように話す紅であったが炭治郎にその思いが届く訳も無く、唯、限界までじっと息を殺して姿を隠していたのである。
そんな時だった。
炭治郎は不意に自身が背にしていた襖に手を掛け、横に引くと襖を開けて紅の部屋から出て行ったのである。
静かに去って行き、ぱたんっと閉まった部屋の襖に紅はホッとした様に息を吐き、影の呼吸の使用をやめた。療養の為に蝶屋敷にいるはずなのに逆にどっと疲れた溜まった紅は、そのまま寝台にうつ伏せで飛び込んだ。
炭治郎が何かしら己に行為を寄せているのは幾ら人に関しての関心が薄い紅も理解していた。だが、押してくる強さが強いのだ。何か、もう言葉にならないぐらい…いや、とある人の言葉を借りるなら炭治郎は紅限定で猪突猛進なのだ。
嫌われるよりは好かれる方が良いとは思うのだが、あまりにもその好き具合が押せ押せと迫ってくる事に如何対処すれば良いのかが紅にはイマイチ分からないのである。
蟲柱である胡蝶に相談したところで「とても楽しそうですねぇ。今後の展開が楽しみです!」と言われ、仲のいいカナヲには微笑まれ、アオイには「まぁ、なる様にしかならないわよ」と可哀想な人を見る目で見られるのは分かっている。
炭治郎の妹である禰豆子には、もう助けを求めても無駄だと分かっているので元から何も言わないでおく。
紅は再度溜息を吐き、うつ伏せになっていた身体を今度は仰向けにする様に寝転がると天井に視線を向けた瞬間、紅はピシッと言う音を立てながらピタリと動きを止めた。
紅い眼を見開いた先には天井が広がっており、しかもその紅の寝転がる寝台の真上の天板がひとつ外されており、天井裏からじっと赤い赫灼の瞳が紅を見つめているではないか。
怪談話に出てきそうな、現在の展開に紅は声にならない悲鳴をあげそうになったが夜と言う事もあり咄嗟に喉の奥でぐっと悲鳴を堪えると天井裏から覗く赫灼の瞳の持ち主の名を引き攣った声で呼んだ。
「た、炭治郎く、ん…」
「むぅー‼‼」
やっぱり隠れてたな‼‼と言う様に紅を見て怒った顔を見せる幼子の姿の炭治郎に紅はサァーっと血の気が引いていくのが分かった。
炭治郎は紅が部屋の中に居るのを最初から分かっていたのだ。だが、紅の使用する影の呼吸の使用可能時間迄は分からなかった。
その時、ふっとこの間、禰豆子と共に元音柱である宇髄天元と三人の嫁にお世話になった時の事を思い出したのだ。
其れは元音柱である宇髄と三人の嫁が禰豆子に対し「禰豆子も良い歳だし好い人の一人や二人ぐらいるだろ?」と言うのに対し禰豆子は「え、興味ないので大丈夫です!寧ろ今はお兄ちゃんと紅さんの恋を見守るのが楽しくて仕方がないんです!」ときゃあきゃあと何処ぞの恋柱の様に興奮した様に兄の片思いの恋について宇髄と三人の嫁にバラしたのであった。
顔を赤くする炭治郎に禰豆子は「お兄ちゃん、頑張ってるんですよー‼紅さんに振り向いて欲しくて」更に嬉しそうに幼子の姿の炭治郎の頭を撫で撫でと撫でながらニコニコと笑う姿に宇髄は「紅ってあの、不死川ンとこの地味子か」と言った瞬間、宇髄の額に炭治郎の渾身の頭突きが入った。
誰が地味子だ‼紅は確かに影は薄いが美人だぞ‼俺は、そんな紅が好きだ‼‼とふんすふんすふがぶがと怒る炭治郎に宇髄は額を押さえ、強烈な痛みを我慢しながら「悪かった悪かった‼」と謝ると炭治郎の頭を撫でながら言った。
「良いか?女は押しに弱いンだよ。後、真っ直ぐに打つかられるのも弱い。だから…」
【絶対に欲しいなら諦めずに追いかけ続けろ】
優しく炭治郎の頭を撫でる宇髄の表情は優しいものであった。
炭治郎は宇髄の表情を見て不思議そうに首を傾げならもこくりと頷いた。
「後、偶には押して駄目なら引いてみろ作戦もすると効果的だぜ‼」
ド派手にお前と地味子の展開が楽しみだ‼と笑う宇髄の言葉を不意に思い出した炭治郎は姿は見えないがいるであろう部屋の中を見渡しながら、宇髄の言う通り、押して駄目なら引いてみろ作戦を決行したのであった。とは、言っても一旦、部屋を出てから瞬時に屋根裏に登り、上から紅の居るであろう部屋を覗くと言う唯、相手を油断させる作戦であり、全然引いていないのである。寧ろ、捉える気満々の押せ押せ作戦である事を炭治郎は気づいていないのであった。
そんな作戦にまんまと引っ掛かった紅は炭治郎のギラギラと熱の篭った赫灼の瞳を向けられ、無表情ながらにも顔を青くさせると咄嗟に我に返り、寝台から飛び起きて外へと繋がる襖へと走ろうとした。
背後ではトンッと何かが着地する音が聞こえたが今の紅には振り返る余裕も無く、襖を開けて外へ飛び出せば、其の後は呼吸を使い逃げ切る事ができる筈だと考える事で精一杯で背後から己に伸びてくる手に気がつく事が出来なかった。
――もう少しで襖に触れるっ
紅の指先が襖に触れ、紅は自身の勝利を確信した、その時…
ぐんっと背後から左手を掴まれた紅は『えっ』と無意識に声をあげると掴まれた左手を力強く引かれ、気づいた時には背中にトンッと温かな温もりが触れていた。
ぺたんと座り込む紅の背後から腹に回された腕は、まるで紅を逃がさないと言うかの様に力が込められており、身動きが出来なかった。
少し癖っ毛の入った赫灼の髪が自身の視界に入り、しかもその髪が耳に触れ少し擽ったく感じた。
「炭治郎くん、離してください」
紅が自身を背後から抱きしめる炭治郎に離して欲しいと声を掛けたが、炭治郎は嫌だと言う様に更に紅を抱きしめる腕に力を込めた。
紅の肩に顔を埋め、くんっと鼻を動かすと微かに甘い匂いを感じて炭治郎の胸がきゅんっと高鳴った。
紅は匂いがしない。それ以外にも耳の良い善逸曰く、紅から音も聴こえないらしいのだ。
元々影が薄く、また独自の使用する呼吸により己から発せられるもの全てを隠す事が出来る。その為、匂いや音がしない事が多く、鼻が良い炭治郎は最初は紅の匂いがしない事に不思議そうに首を傾げていたのだが、紅を追い回しては自身の腕の中に閉じ込め、紅の首元に顔を埋める度に微かに紅の匂いがする事に気がついた。
甘く蕩ける匂いを嗅ぐ度に自身の中にある【紅が欲しい】と言う感情がむくむくと育ち、腕の中の存在が一層愛おしくなっていくのだ。
大好きだ。君の名前を呼びたい。俺の名前をもっと呼んで。もっと君に触れたい。
離れたそうにもぞもぞと動く紅に伝えたくても伝えられない、もどかしさが悔しくて口元の竹筒をぐっと噛むことしが出来なかった。
何も反応しなくなった炭治郎に紅は少しの沈黙の後、ため息を吐きながらポツリと呟いた。
「炭治郎くんは強引ですね。私の事などお構いなしにやって来る…」
――私が如何すれば良いのか分からないくらいに真っ直ぐで…
「私の全てが炭治郎くんに囚われそうで……時々、怖くなります」
紅の言葉に炭治郎の胸がドクンッと高鳴った。
【囚われそう】と思うほど紅の心に己が住みついているのではないかと思ったからである。
初めて感じた言葉では表現出来ない様な歓喜に炭治郎は己の腹の底が熱くなる気がした。怒りではない喜びの熱さを感じた。
だって、今まで我慢してきた。
其れは長男だから、長男に生まれたから炭治郎は我慢してきた。
好物も何もかも炭治郎は長男だから下の子に譲り、父が亡くなってからは父の代わりになろうと頑張ってきた。
欲しいものもあった。でも家族を一番に考え我慢して時には己の心を誤魔化した事もあったであろう。
それが当たり前だと思っていたし苦だとも思わなかった。
でも、今回は違う。
紅と言う存在は、この世に一人しかいない。
炭治郎が我慢して手を伸ばすことを諦めたらスッと消えてしまう存在なのだ。
それが嫌だと思った。自身の側にいて欲しいと思った。
紅く美しい紅玉の瞳に己を写してほしい、己のことで頭も心もいっぱいにしてほしいと願った。
だから、隙さえ有れば直ぐに紅に触れた。
言葉を話せない今だから、炭治郎は触れることで紅の心に自身をねじ込もうとしたのだ。
そんな欲しくて欲しくてたまらない存在が【囚われそう】と思ってくれたのだ。
確実に少しずつ己の存在が紅の心の中にねじ込まれている。
それが嬉しくて堪らないのだ。
炭治郎は紅の首元から顔を上げる背後から抱き締めていた紅の体をくるりと回転させ、己の太腿を跨ぐようにして座らせた。
細い紅の腰に片手を回し、空いてる片手で紅の白く柔らかい頬に触れた。
――あぁ、紅い瞳が俺だけを見つめている。
――嬉しい、嬉しい。
――もっと見てほしい、俺だけを見てほしい。
「た、んじろ、うく…ん?」
この展開は、まさか…と炭治郎からとろりと蕩けた熱い瞳を向けられた紅は自身の血の気が一気に引いていくのが分かった。
逃げようにも腰に回った手と自身の頬に触れる手が其れを阻止するかのように触れている。
竹筒越しとは言え、何度も唇を許してやるものかと紅は空いてる片手で己の口を押さえ、もう片方では近づいて来る炭治郎の口元に当て、拒否するような態勢を見せたのだが、炭治郎は「むぅ…」と不機嫌そうな声を上げると紅の両手を己の両手で掴み、そのまま床にトンッと押し倒したのである。
紅い瞳がこぼれ落ちそうなほど見開かれ、赫灼の瞳は更にとろりと蕩ける。
困ったような表情を見せる己の下に組み引かれている紅に炭治郎は更に己の中の熱が高ぶるのが分かった。
――我慢しない。逃してあげない。
――俺は長男だけど、これだけは譲れない。
紅く色づいた柔らかな唇に己の口を寄せた。
咥えた竹筒越しの温もりがいつの日か直に感じられる様になる日が来る事が待ち遠しいと思う炭治郎であった。
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