「おい。なんだよ、その格好。乳丸出しじゃねェかよ。隠せって。」
「はぁ?これのどこが?ただのキャミでしょ。てか、銀時こそ、パンツ一丁でうろうろしないでよ。」

万事屋に銀時と二人きり。
私はキャミにジャージ。
銀時はパンツ一丁。
何故私は昼間から元カレと一つ屋根の下に居るのか。
誤解を解くためには、まずはそこから説明しなくちゃいけない。



真選組の隊士として働く私は、今朝から攘夷浪士の尻尾を掴んだ。
空は朝から曇っていて、雨が降るだろうかと危惧していた通り、攘夷浪士を確保したと同時に物の見事に降り始めた。
パトカーに乗せられていく攘夷浪士を見送りながら、昔のことをふと思い出していた。
まだ子どもだった頃、私たちがまだ大人になりきれなかった頃。
要員オーバーで徒歩で帰る羽目になった私は、その後ずぶ濡れになりながら江戸の町をとぼとぼと歩いた。

そして、出会ったのだ。
向こうもずぶ濡れだった。
暫くお互いに動かなくて、程なくして向こうから話しかけてきた。
「風邪引くぞ」と。
シャワーを浴びてけ、雨宿りしていけ、といろんな意味の籠った言葉だった。
そうして、今に至る。
決して、久しぶりに会ったからときめいたとかそんなんではない。
寒かったし、温まりたかっただけ。


「いや、ここ俺ん家だからね。」
「私がいるじゃない。私への配慮はないの?」
「その言葉そっくりそのまま返してやらァ。俺への配慮はないんですかァ?」
「しょうがないじゃない。びしょ濡れの上着着れないでしょう?それともなに?もしかして欲情してしまうから止めろってこと?やーだぁ。これだからヤダわぁ。男はみんなケダモノね。」
「男はみんなケダモノだァ?ああ、そうだよ。俺だってケダモノだからね。てことで、早く服着ねえと襲うぞ。」
「はぁ…。銀時はもっと優しくて紳士な人だと思ってたわ。」

万事屋のソファに胡座を掻いて座り、バスタオルで荒く髪の毛を拭く。
真選組に入ってから髪の毛はばっさり切ってしまったので、最近はもっぱら自然乾燥である。
そんな私に、銀時は灰色のトレーナーを投げてよこした。
私が勝手に借りていたジャージのセットらしかった。

「男はみんなケダモノなの。気付けろよ。俺じゃなかったら襲ってるぞ。」
「なんか、さっきとちょっと言ってること違うんですけど。」

私の向かいのソファへ銀時がどかっと座る。
天パから水滴を垂らしながら、バスタオルは肩にかけて、気怠げな顔でジャンプを読み始めた。
客が居てもそんな調子なのか、それとも元カノは客と思っていないのか。
まあ、すぐ出て行くつもりだし別にいいけど。
それにしても、雨は止まない。
空は曇っていて昼過ぎだというのに、窓の外は薄暗い。
ぼんやり、窓の外を眺めていると、また昔を思い出しそうになって、ぶんぶん首を振って銀時が読むジャンプの表紙に視線を移す。

「なに?お前も読みたいの?」
「誰が読むか。前から思ってたけどジャンプのどこがいいわけ?」
「はぁ?おま、ジャンプ舐めてんじゃねーぞ。ジャンプにはなぁ…」
「それって、少年が読むもんでしょ。銀時もう大人じゃん。もうそろそろやめたら?だから、新しい彼女できないんだって。」
「まあ、俺だってそろそろやめなきゃとは思うんだよ。だけどつい買っちまうっていうかさ。なんかこう、無いと落ち着かないっていうか。」
「中毒か。」
「あと、彼女はできないんじゃなくて、作んないの。わかる?この違い。」
「…わかんない。何よそれ。」

変な勘違いをしてしまいそうになる。
私は灰色のトレーナーに慌てて袖を通した。
大人ってのは、自由だし、楽しいけど、狡い。
恋人に戻れる可能性があったとしても、決して言わないし、言われないように努める。
子どもの頃から大好きだった人と恋人同士になれたのに、大人になると、すれ違いとかよくわからない理由で離れて行く。
付き合う理由は明確なのに、別れる理由は曖昧。
別れてから、再び付き合う理由も曖昧ならもう最悪の極み。
それは絶対イヤ。

「名前。」
「…なに。」
「久しぶりに名前呼んだ。」
「そうね。驚いた。」
「お前が真選組入った時も驚いたぜ。天パがストレートになるかと思ったくらいに。」
「例えがよく分からないけど、もし銀時の天パがストレートになるんだったら、そりゃもう天地がひっくり返るくらいの驚きね。」
「天パはなかなかしつけェからなぁ。」

銀時は自らの髪の毛を手に取り、そのくるくるを愉しむように弄っている。

「…ねえ、銀時。」
「あ?」
「あ、いや、今度さ。任務で結構ヤバそうなとこに潜入捜査しに行くんだけど、もし私が死んだらそん時はお墓作ってくれない?」
「何だよそれ。らしくねぇな。」
「大人になるとね。色々考えるんだって。」
「バカヤロー。お墓なんか作ってやるかよ。カッコつけてんじゃねーぞ、名前のクセによォ。」
「何よその言い方。いいわよ。新八と神楽に頼むから。」

銀時は納得がいかない様子で、珍しく苛立っているようにも見える。
私だって、こんなこと頼みたくないし、死にたくなんてない。
だけど、こんな仕事してるんだから、死ぬ覚悟くらいしてるつもり。
実際、今までにも何度か危ない橋を渡ってきた。
だからこその頼み事なのに。
元カノだから、だろうか。
ダメだ、少し自嘲気味になってきた。

「ごめん、私そろそろ戻るわ。煩い副長様に何言われるか分かんないし。」
「おお。土方くんとは上手くやってんの?」
「はぁ?勘違いしないでよ。副長とはそんなんじゃない。仕事柄一緒にいることが多いってだけよ。あと、勘違いされちゃたまんないから言っとくけど、銀時とダメになったのは、他の男が理由じゃないからね。」
「え、そうなの?俺てっきり男ができたのかと…。」
「はぁ、やっぱり。やめてよ。それじゃ私が尻軽女みたいじゃない。本当にそれだけはやめてよね。」

ブーツに足を通す。
玄関戸の向こうは少し明るんできたようだ。
雨は止まない止まないと思っていても、いつかは止むものだ。
屯所に早く戻らないと冗談抜きで、副長に道草してんじゃねェって怒鳴られそうだ。
大人になっても怒られるのはイヤなもので。
振り返って銀時の気怠げな顔を眺める。
何か言いたそうな雰囲気がするのは気のせいにしたい。

「シャワーありがとう、助かった。」
「おう。今度のヤバそうな潜入捜査気つけろよ。」
「何?心配してくれてんの?お墓の準備よろしくね。」
「ばか、っ。まだ言ってんの?作んねーって。」
「ふふっ。なんでそんなに慌ててるの?」
「ホントらしくねーからやめろって。」

そんなに悲しげな顔で私を見るんじゃない。
胸が苦しくなる。
鼓動が激しい。
大人になりきれなかった私たち。
別れ際と同じ顔。
そんなに悲しい顔をまたさせてしまった。

「ごめん。やっぱり銀時以外の人に頼むからいい。」
「だからァ、そういうことじゃなくてだな…」

銀時は自前の天パをがしがしと掻き乱し、長い溜息を吐き出して続ける。

「死ぬなよって言いてーの。分かる?お前が死ぬのを心待ちにしてお墓作るなんてそんなことできねェって言いてーんだよ。」

驚くくらいに、銀時の言葉は私の心の中にスッと入ってきた。
不思議だ。
普段は怠そうで何も考えてないような顔をしてるのに、こういう時に人を惹きつける魅力を感じる。
真選組では、気つけろだの慎重にやれだのも言われるけれど、命張れだの踏ん張れだのが多いので、どうしても自分の命を投げやりにしがちになる。
死ぬなよ、って言葉は、私の心を掴んで離さなかった。
そして、銀時の真っ直ぐな目から目を離せなくなった。

瞬間、携帯の着信音が鳴り響く。
私のだ。
胸ポケットにしまっていた携帯をがさがさと取り出すと、音は激しさを増した。
画面には土方副長の文字。

「早く帰ってやれよ。それでも心配してんだよ、土方くんは。」

私に掛けられた銀時の言葉は、どこか悲しげで酷く苦い。

「そうね。たっぷり怒鳴られてくる。」




大人になった私たち。

だけどやっぱり、なりきれない。

もう少しだけ、ほんの少しだけ、大人になりたい。

怒鳴り声を携帯越しに聞きながら、ビターで切ない後味が、口の中でざらりと音を立てた。



ビターな二人



2015/10/30
大人ってなんなんでしょうね。
まだまだ私も一人前にはなれそうにありません。


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