空は相変わらず、広い。
世界がどう動こうが、変わらずそこに在る。
誰かがどう生きようが変わらない。

ある冬の終わり。
春が待ち遠しいこの頃。
ある男は、空を見上げていた。


「腹減った…。そろそろ帰ェるとすっか。」


ぼんやりと誰に言うでもなく呟く。
それもそのはず、男の周りには連れのような存在も見当たらない。
1人、とぼとぼと家路を目指す。

腰には、木刀。
片腕だけしか袖を通していない着物に、中は黒の上下を身に纏い、黒のブーツを履いている。
何とも奇妙な出で立ち。
刀ーーもとい木刀であるがーーを差しているところを見る限りは、侍であると見受けられる。
髪の毛は天然パーマのボサボサした銀色。

と、ここまでくれば最早一人しかいない。
そう。
死んだ魚の眼をした侍、坂田銀時である。
珍しいと思われる銀色は、このかぶき町ではさして目立つようなことでもないらしい。
彼が歩いていても特に気にする人間は居ない。

少しすると、前方に小さなラーメン屋台が見えてきた。
薄ら明るいこの時刻に、屋台が出ているのも珍しいことではないらしい。
折角だから、と銀時は屋台の暖簾を揺らす。

「オヤジ、豚骨醤油ひとつくれや。」

どかっと屋台の椅子に座ると、早速『いつもの』と言わんばかりに注文を済ませる。
どちらかと言うと頑固オヤジ風な店主は、無表情に近い顔で一言返事をすると、ラーメンを作りにかかった。

地球に天人が襲来してから、ここ江戸も随分廃れてしまった。
かぶき町に建ち並ぶ店々が徐々に明かりを灯して行く。
そのギラギラした看板のネオンが逆に物寂しさを引き立たせている。
銀時はカウンターのテーブルに片肘をつきながら、そのネオンを横目で見てはぼんやり昔のことに想いを馳せていた。

のだが……



「……さん、…ぎ…さんっ!」

振り返ると、暖簾を掻き分けて顔を覗かせる女が居た。

「名前ちゃん…。」

そう呼ばれた女は、心底嬉しそうに微笑み、銀時の隣にちょこんと座り込んだ。
銀時より幾分か年下だろうか。
無邪気で、それでいて、何処と無く女性らしい色気もある。

「やっぱり銀さんだぁ!スーパーから出てきたら前の方に銀さんらしき人が歩いてて、そしたらココに入ってくもんだからさ。」

“大江戸スーパー”の文字がくしゃげて読めないが、それは紛れも無くここから歩いて数十分のところにあるスーパーの買い物袋だった。

「何、名前ちゃん。俺のことつけてきたわけ?」
「ん。まあ、そんなとこ!」

女は、スーパーの買い物袋を下に降ろすと、悪戯っ子のようにまた笑った。



ーースープのいい香りが食欲をそそる。
豚骨醤油ラーメンと、醤油ラーメンの味玉トッピングが並ぶ。
まずは匂いを。
それから同時に『いただきます』の掛け声を。
そして一気に食す。
まるで競走するようにゴールに向かって一直線。

「言っとくけど、俺、奢る金持ってねェからね。」
「大丈夫です。ハナから期待してません。」

どちらも、ラーメンから目を逸らさない。
時折、麺とスープを啜る音が混ざる。

「さっすが名前ちゃん!銀さんのことよく分かってるねェ。いい加減俺のとこに嫁に来たら?」
「そんな軽々しいプロポーズをする人のとこには嫁に行きたくありませんー。」
「じょ、冗談だってー。流石の俺でも傷つくからさァ。あんまりはっきり拒否らないでくれる?」

本当に冗談なのか、それとも冗談と言うのも嘘なのかはさて置き、銀時は派手に肩を落とす。
そして、『冗談』と言われてなぜか女も少し肩を落としている風に見える。
不思議な関係のふたり。


「んんんーっ!美味しかったー!」
「名前ちゃん本当に食べるの好きだよな。」
「好きですよ?食べてる時が一番幸せです!」



幾つも取り溢してきた。
多くの仲間を失った。
守れなかった。
何もかも失った。
もう二度とこんな想いは御免だ、と。
空を見上げては何度もそう思ったのに、なのに、気づけばまた何かを背負っている。
この幸せそうな顔もその一つ。
隣で最後の麺を食べ終えてスープを啜る女を見つめる。
戦争中はこんな笑顔をもう二度と見れないと思っていた。
戦争に負けた後、天人たちはのらりくらりと我が物顔で江戸を歩き回っているというのに、隣に居る女はそれでもラーメンを食べて笑っている。


「ほんっと、幸せそうな顔して食うもんなぁ。俺も食べてる時の名前ちゃん見てんの一番幸せ。」
「え。なんですかーそれ。また口説かれてんですか、あたし。」

暫くしてどちらからともなく、お会計を始める。
すると、ラーメン屋の店主は、これまた無愛想な顔で軽く会釈をして、ラーメン鉢を片付け始める。

「「ご馳走様ー。」」

二人とも帰る方向は同じ。
ご近所さんというやつで、知り合ったのも銀時の家の真向かいに女が引っ越してきたのがきっかけだった。
引っ越しの挨拶に串団子のセットを持ってきた女を銀時はえらく気に入り、それ以来、見掛ければ寄ってくる女の人懐っこい性格も相まって、こうしてご飯を食べる仲にまでなった。

「ぷはーっ!!お腹いっぱい!!」

ぽんぽんとお腹を叩く音を横に聞きながら、空を見上げれば月が顔を出していた。
かぶき町のネオンサインが一層ギラギラし出す時間だ。

「月が綺麗ですねー。」
「…それ、逆プロポーズ?」
「えぇ!?違いますよぉー。素直に綺麗だなーって。ほら、あの一番星もすっごく綺麗ですよ!」

前をちょこちょこ歩く女が、空を見上げながら笑っている。
月よりも星よりも、彼女の笑顔の方がよっぽど綺麗だ。
銀時はそんなことを想いながら、自分の頬も緩み始めているのに気づいた。

「ねえ銀さん!あれ、オリオン座ですよ!」

女が突然歓喜の声をあげる。
冬によく見る有名なアレを見つけたらしい。
天に指をさしてはしゃいでいる。

「え?どこ?」
「ほら、あそこ!!」
「ん?どこ?」
「あれですよ!!あそこの3つ並んでる…」

オリオン座なんか、これっぽっちも探す気になれないのは、目の前の女に見惚れてるから。
この笑顔だけは、あの空のように変わらず在って欲しい。
銀時は、空を見上げ、静かにそう願った。



「あ。見つけた。」



星空が綺麗なのはキミが笑うから



2016/4/2
移転記念作品です。

銀さん視点で、ヒロインほぼ笑ってるだけっていう…(笑)
銀さんが少しでも救われているといいな。


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