梅雨入り。
お天気お姉さんが今朝のニュースで、そう言っているのを聞いた。
じめじめして、鬱陶しい季節が今年もやってきたのだ。
梅雨が嫌いと言う人は多く居ると思うけど、私はそんなに嫌いじゃない。
毎年、忘れた頃にやってくる、必ずやってくる。
梅雨があるから季節が回っている。
そういう風に考えれば、梅雨も相当輝いて見えてくるもんだ。

そう。考え方を変えれば、世界は変わる。

簡単なことなのに、これが案外難しい。



新しい靴に足を通す気分はまるで


「あっちィー」

隣で文句を垂れたのは、銀時。
くるくるの天然パーマが湿気を含んで、よりくるくるしていた。
汗が頬を伝っているのを、拭っても拭ってもじんわりとまた溢れ出す。
そんなじめじめした気候の梅雨入りの今日。
雨は、小粒だけど量は多めの鬱陶しい具合。

「なァ。名前は暑くねェわけ?」

暑くないわけない。
私がどれほど汗を掻いているか、知らないでしょう。

「暑いに決まってるじゃない。でも、暑い暑い言ってたら余計暑くなるよ。」
「バカヤロー。寒い寒い言ってたら涼しくなるよ、っていうの、アレ嘘だからね。何て言おうが、暑いもんは暑いの。変わんねーの。」

彼らしい答えについ笑ってしまった。
でも、隣で暑い暑い言われてたら、少なくとも私が暑苦しくなってしまう。
そういう風に返せば、一応は納得してくれたようで、もう言わないと言ってくれたのだけれど、二言目には“暑い”をすかさず聞かされた。
これも、彼らしいと言えば彼らしい。
私は呆れ顔で、じわりと滲み出る汗をハンカチで拭った。

暫く歩くと、雨だというのに人通りも増してくる。
所謂、江戸の繁華街に入る。
ギラギラ光る筈のネオンは、まだお昼時で暗く縮こまったままだ。
行き交う人々は、大人子ども様々で、両親と小さい男の子の組み合わせもあれば、若い学生風のカップル、少しやつれたサラリーマン、派手な化粧のミニスカートのお姉さんだって居る。
その所々に偉そうな顔した天人どもが踏ん反り返り歩いている。
傘を差さずに霧のような雨を鬱陶しそうにして。

ふと、隣の銀時が口を開く。

「なぁ。名前。」

“本当に良かったのか?”

その口が疑問を投げかけてくる。
どうして、今更になってそんなことを聞いてくるのか。
私が良くないと答えたらどうなるのか。

“どうにもならないでしょう…?”

「もう大丈夫だよ。あれから何年経ったと思ってるの?3年だよ?3年も経てば中学生も高校生になるでしょ。」
「そりゃあ、そうだろうがよォ。それとこれとはまた違うだろ。」
「大丈夫だってば。それより、銀時こそどうなの?」

そう。
心配なのは、銀時の方。
へらへらして、普段は心の読めない顔してるから、余計に心配。
なのに、いつも私の心配ばかり。



3年前。
江戸に天人がやってきた頃。
私たちは、攘夷戦争という戦に参加していた。
剣を握り、立ち向かってくる天人を斬っては走り、返り血を浴びても仲間が倒れてもボロボロになっても、前を向いて走り続けた。
その結果、得たものは何も無くて、失ったものばかり。
心臓にぽっかりと穴が開いたみたいに、暫くは米粒も喉を通らなかった。
それからの3年間、少しづつ、本当に少しづつ前に進んできた。
だからって、仲間を失った哀しみは今も癒えない。
でも、それでも前に進んできたんだ。

「何?もしかして俺の心配してくれてんの?大丈夫、心配すんなって。それに、死んでいった奴らは俺らがどんなに哀しもうが戻ってきやしねェだろ。」

また彼らしい答えが返ってきた。
怠そうに真っ直ぐ前を見つめる眼差し。
私には、彼の何も考えていなさそうな目から、見えない涙が流れているような気がした。

「…3年ってさ。短いようで長くて、長いようで短いよね。」
「…それどういう意味?よく分かんねェんだけど。」
「んー。長く感じるんだけど、でも振り返ってみたら案外あっという間だったなぁ、って。」
「3年に限らず、5年も10年も全部同じようなもんだろ。」
「そうかもね。あっという間に銀時も老けたもんね。」
「あぁーそうだなァ。名前も老けたよなァ。」

いつもだったら一発殴ってる所だけど、今日は何故かそんな気分になれない。
ニヤリと笑む銀時を横目で見ては、昔と変わらない笑顔に安堵感さえ覚える。

「特に、顔のハリがイマイチ…うぶッ!!」

やっぱり一発入れておく。
傘と傘がぶつかって、雫が弾ける。

「あはははは!!バーカバーカ銀時のバーカ。」

くだらない。
こんなにくだらない事で笑い合えるのは、きっと隣に居るのが銀時だから。
ずっと側に居てくれたのが銀時だったから。

「それよりお前ェ、ちゃんと蝋燭とか線香とか持ってきてんだろうな?」
「ん?……。…銀時が持ってくるって」
「言ってねェ。」
「…わ、忘れた。」
「ったく…。お前昔っから忘れっぽいよな。銀さん心配だわ。」
「何よ。しっかりした旦那さん見つけるから大丈夫。」
「その旦那さんが心配だわ。」
「そっちか!」

小さな水溜りが私たちの足元を濡らす。
少し冷たくて不快な感覚。
下駄なんか履いてくるんじゃなかった。
銀時のブーツが今日はやけに羨ましい。
一つもゴール入れさせねぇ、と強気なゴールキーパーみたいに、水滴一つ染み込ませてやるもんか、って主張してくる。

雨は先ほどより本格的になってきた。
未だに、雨が降ると昔のことを思い出す。
じめじめと纏わりつく衣類と、地面が打たれる音と、流れる赤い血と、震える手の中の剣と、それから隣で息をしている銀時と。
それらを思いだして、私は目をぎゅっと瞑る。
そうやってまた奥にしまい込む。
前に進むために。

「名前ー。ぼーっとすんなよ。前見て歩け。」
「えっ。あ、ごめん。考え事してた。」
「…無理すんじゃねェよ。ここ寄ってくか?」
「え?ここ?…、銀時がパフェ食べたいだけでしょ。」
「ちがっ…バカお前ェ。俺はなァ、医者に止められて週1でしかパフェ食えねェんだぞ。今日食ったら今週どうやって……バカ、女の子がそんな目するんじゃありません!」
「あははっ!銀時の奢りね。」

週1でも食べすぎだと思うけど。
私がそう言うと、“だからパフェが食いたいんじゃねェよ”と意地を張る。
そんな彼はとてもじゃないけど、かっこよくなんて見えない。
なのに、何でだろう。
昔から、頼りにしてるのも傍に居たいと思えたのも銀時だった。
明日が怖くても、銀時の隣だとすやすや眠れた。

雨だというのにそこそこ繁盛してそうなファミレス。
そこには入らずに、私は銀時の着物の裾を引っ張った。
彼に何か言いたかったわけじゃない。
ファミレスの隣に、心くすぐるものがあったから。

「これ、見ていこうよ。」

私が指さす先を見て、彼はどんな顔をしただろうか。
ずらりと並ぶ靴。
奥には、怠そうに椅子に座っている禿げ頭の店主。
隣のファミレスに客を取られてしまって、小さくこじんまりとした店内が余計に小さく見えた。
その軒下に、ピカピカ光る長靴を見つけた。
私は、それを手に取り足を通す。
驚くほどに、ぴったりと心地いい。


考え方を変えれば、世界は変わる。

雨が降れば、長靴を履けばいい。
暑い時には、サンダル。
寒い時には、ブーツ。
そうして、靴がボロボロになったら、私はまた新しい靴に足を通す。

何年経っても、雨が降ればまた昔を思い出すだろう。
どうしても立ち止まってしまうこともあるだろう。
でも、銀時の隣ならどんな道だって安心して歩ける気がするんだ。


銀時が隣なら、私はどこまでだって歩いてゆける。






2016.10.10
Happy Birthday!!

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