ただ、ただ、夕焼けの空は美しいと思う。

真っ赤な夕焼けを
見に行きましょう



攘夷戦争が終わって間もないころ。
異国の飛行船は、我が物顔で空を飛んでいた。
いつしか空が嫌いになった。
空を見上げるのがこんなに苦痛に感じる日が来るなんて。
ふと足を止めると敗北感と虚無感に襲われそうになる。
それが嫌で、とてつもなく怖くて、無我夢中に足を動かしていた。
立ち止まって仕舞えば、もう動き出せないような気がして……


「ねぇ、銀ちゃん。」
「んー?」
銀髪は、ジャンプと和菓子を両手に持って器用に両方を愉しんでいる。
「今日はお仕事ないの?」
「んー?」

全くこちらの話が耳に入っていないようである。
彼の『お仕事』は、万事屋、つまり、頼まれれば何でも引き受ける何でも屋。
攘夷戦争を終えてから、刀を棄てた彼は、まるで死んだ魚のような眼の色になってしまった。
何を考えているのか、『昔から掴めない奴』とは思っていたものの、まさか、ケロっとよくわからない仕事を始め出すとは予想外でしかなかった。


そして、そういう彼が少しだけ憎くもあり、少しだけ羨ましかった。
よくわからない仕事、とは言ったものの、彼にはよく合っている仕事なのだろう。
今の生活はただのマダオ以外の何者でもないが。

ただ、暇を見つければここへやって来てしまうあたしは、なんだかんだ今の彼を嫌いじゃないんだと思う。


「まあ、ジャンプと和菓子両手に持ってる奴が仕事なんかしてるわけないか。」
「んー?」
そろそろ、殴っていいかな?こいつ。

「……仕方ない。構ってくれないんだったら帰るか。彼女じゃあ、あるまいしね。」
「んー?………ん?帰んの?」

彼はソファから立ち上がったあたしを見上げた。
読んでいた漫画がひと段落したらしい。
ジャンプを閉じて、テーブルに置くと、残る和菓子をあたしへ差し出す。
『食べろ』ということのようだ。
あたしはそれを躊躇いもなく彼の手から頬張る。
よく噛んで全部呑み込む。
そういえばお昼ご飯をまだ食べていなかったことに気づく。

「……銀ちゃん、ご飯食べた?」
「あ?」
「お昼ご飯!」
「もうそんな時間か!」
「そんなことだろうと思いましたー」

食事を忘れる、ということは、あたしたちにとって珍しいことではない。
戦場に赴いていた時には、ろくに食事せずに天人と戦っていたのだから。
そもそも、お昼ご飯をみんなで仲良く『いただきます』したのだって、遠い昔のようだ。
『腹が減っては戦は出来ぬ』とよく言うが、『戦は腹が減っても止まぬ』と言う方が合っていると思う。
実際、お腹が減ったという感情もつい最近思い出した。

「どっか食いに行くか?名前もまだなんだろ、どうせ。」
「どうせって何よ。どうせって。あたしが言おうとしてた台詞先取りしないで。」
「じゃあ、決まりな。」

彼はそう言うなり、にんまりと笑った。歯を見せて。
この笑い方は昔と変わってないな、と安堵感を覚える。
そう。恐らく、あたしはこの安堵感を求めて彼の元を訪ねているのだろうと思う。
こんな、死んだ魚の目をした木刀侍の何処に、そんな力があるのか心底不思議である。

時計は、14時15分を過ぎた辺りを指していた。
ジャンプを置き去りにして、あたしたちは万事屋を出た。




「なァ、飯食いに行くか、とは言ったもののどこ行こう。」

彼の運転するスクーターの後ろに乗って風を愉しんでいると、前を向いたままの彼から声が聞こえてきた。
声音からして本当に迷ってくれているようではあるが、あたしも実はそこまでご飯屋さんを知らないし、何を食べたいか、と考えてみても特に食べたいものも無かった。

「んー。どうしよう。銀ちゃん、いい店知らないの?」
「いやー。俺金ねェから外で食うのとか、あんまねェんだわ。」
「何それ。これだからマダオは使えないね。」
「え!それなんか酷くない?てか、マダオと関係なくね?」
「ある。」
「なんだよ。……名前ってなんか最近になってから冷たくなったよな。」
「え、そうかな?別に普通だよ。前と変わんないって。」

彼の言う『最近』は、きっと『戦争後』ということだろう。
戦争中はこんなに他愛もない話をしたことが無かったから、きっとそれでだ。
あたしはあたしで、今までもこれからもずっとあたしなのだから。
彼もずっと彼なのだから。
結局根本的な所は、みんな変わらないでいて欲しい。
ただの我儘だろうか。
それでも、願わずにはいられない。

結局、あたしたちを乗せたスクーターはその後も暫く走り、おやつ時になって客足の少なくなったファミレスの駐車場に入った。
万事屋を出てから3軒目のファミレスだった。

「いらっしゃいませー。2名様ですか?」
「はい。」
「奥の席どうぞ。」

なんだか新鮮だ。
こうやって、彼と2人でファミレスなんて、考えたら初めてじゃないか。
若い学生のような顔立ちの女の店員さんは、『メニューお決まりになりましたらお知らせください』と言い、去っていった。
はにかんだ笑顔が印象的な可愛らしい女の子だ。
彼も鼻の下を伸ばして要らぬ妄想をしている風に見える。

「なっ、なんだよ!そんな俺の顔見つめんなって!穴が開くだろーが!」
「ふーん。やっぱり。」
「なっ!何がだよ!」
「銀ちゃんもおっさんになったんだなーって思って。」
「は!?俺まだ20代なんですけどォ!?じゃあ名前はおばちゃんになるけど、いいんですかァ!?」
「は?何それ。……ぷっ!」
「お、おい、何笑ってんだよ。ムカつくんですけどー。」

必死の抵抗というのか、照れ隠しというのか、が可愛くて、つい笑ってしまった。
テーブルを挟んで向かいに座る彼と、足がぶつかる。
彼は特に気にしている風でもなく、あたしも謝ったりなどしない。
そんな空気みたいな存在が凄く心地いい。
彼はハンバーグ定食、あたしはドリアを注文して、食べ終わって少ししてから、チョコレートパフェを追加注文して2人で食べた。
甘いものが大好きな彼はパフェを週3で食べないと死んでしまうらしい。
糖尿病寸前だ。
あまり食べ過ぎないようにして欲しいとは思っているが、今日は特別だ。
あたしもパフェはむしろ好きな方である。

全部食べ終わった後、お腹を叩いて満腹感に浸っている。

「ぷはーっ。食った食った。」
「あはは!満足ですか。よかったよかった。あたしもお腹いっぱい!」
「おう。名前のドリア美味そうだったなー。」
「え、言ってくれたらあげたのに。」
「銀さん、そこまで飢えてませんー。それにあんな幸せそうに食ってる奴に『くれ』なんて言えねェっての。」
「へ?」

どんな顔をしていたのか。
自分では全く気づかなかった。
後になってそんなことを言われても恥ずかしい。

「そ、そんな顔を?」
「んー。なんていうか、初めて餌あげた時の仔犬みたいな?」
「そんな!あたし犬みたいな食べ方してません!」
「いやー、そういうんじゃなくてだな。なんつーか、食べてる時は無防備な顔になるんだなって。」
「…………。」
「人間みんなそんなんだよな。食べてる時が1番素が出るって、こないだなんかのテレビ番組でやってたよ。」
「素……。」

「そう。まあ、名前の寝顔も見たことある俺からすりゃァ、別に……」
「え!!」

今、彼は何を……?
寝顔を見たことある?
あたしの?
彼が?
いつ?

「おお、おお。覚えてねェんだろ、どうせ。」
「どうせって何よ。どうせって……。覚えてないもなにも、銀ちゃんの前で寝た覚えはありません。」
「そりゃァ、名前が覚えてねェだけだろ。俺ァばっちり覚えてるね。てことはお前、起きてから俺に言ったことも覚えてねェのか。」
「ん?何を?」
「まあ、そうなるよな。お、もうこんな時間。帰ェるぞ。」


彼にあたしが何を言ったのだろう。
必死に脳みそを捻り、思い出そうとしても思い出せそうにない。
わざとらしく、席を立ち上がる彼に聞いても、きっと教えてはくれないのだろう。
すぐ、そこまで。
出てきそうな…いや、諦めよ。
何でもいいや。

会計を済まして外に出ると、夕方時になっていた。
ヘルメットを投げ渡されると、それをしっかりと被り、スクーターに跨った彼の後ろへ。

「行くぞ。」
「うん、お願いしまーす」

あたしたちを乗せたスクーターは、ゆったりと進みだした。

「あ!ねえ、見て見て!夕焼け!」
「おー。赤ェな。」
「綺麗ー。銀ちゃんとご飯来てよかったー。」
「なんだそれ。つーか、お前って昔から夕焼け好きだよな。」
「ん?好きだけど……そんな話したことあったっけ?」
「あれ、やっぱり忘れてんのな。」

やっぱり……
先ほどの寝顔の話と関係あるのだろうか。
そういえば、夕暮れ前に2人で屋根の上に昇ったことがあったような。

その時も確か、今の空と同じ真っ赤な夕焼け空を見たくて。

あれ、そこから思い出せない。
屋根に上がって、すぐ寝ちゃったのかな。



『何でもいいや』とは思ったもののやっぱり気になるみたいで、あたしは目の前にいる彼に視線を移す…
と、眩しい夕焼けの赤に照らされる彼の横顔が映る。




……あ、綺麗。





ふと、思い出したーーー

「お、起きたか?」
「あ、れ?あたし…寝てた?」
「ん。それより、見てみろって。」
「ん?銀ちゃん、顔赤、い………」
「赤ェなー。」
「綺麗…………」
「こんな赤い夕焼け初めて見たわ。」



「……ねえ、銀ちゃん。」




戦争が終わってもーーー





ーーー「…ずっと側にいてね。」





fin.
2015/6/1
攘夷戦争終わった直後をイメージして書きましたが、少し矛盾もあるかと思います…(ご了承を…)
銀さんは戦争終わってすぐパフェ食べてばっかりのダメオになったはずはないと思うから。(笑)
夕焼け空は本当に一瞬ですよね。
そんな一瞬を銀さんと共有しているところにきゅんとして下さったら幸いです。
ありがとうございました!


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