人はなぜ生き、なぜ死ぬのだろう。
人は死んだら、何処へ逝くのだろう。
星になるんだ、って誰かが言ってた。しかし空を見上げても、心に空いたこの穴が埋まることは無い。
目玉焼きを冷やしても生卵には戻らないように、人の魂が身体から離れたらもう二度と戻って来ることは無い。
身体はただの容れ物になってしまう。
それじゃあ、離れた魂は、何処へ逝くのだろう。




魂の行方



「来てくれてたんだ。有難う。」

名前は、銀時に笑顔を向けた。銀時は、何も言い返せなかった。名前の眼が痛々しく赤く腫れ上がって、ああ、これは悪戯や嘘なんかではなく現実なんだ、とそう思ったからだ。

男手一つで名前を育てたという彼女の父親は、今、奥の棺桶の中で眠っている。いや、正確にはもうこの世にいない。空っぽの容れ物がただ残されているだけだ。

お焼香を参列者全員が終え、坊主も役目を果たし帰って行った後、銀時は何も挨拶することができずにいた昔馴染みの若い喪主に、一言でも挨拶して帰ろうと、彼女の目の前まで来たのだった。

「名前ちゃん、あんまり気を落としなさんよ。」

何処の誰か解らない年配の女性が名前に声を掛ける。
彼女は笑っていた。“大丈夫ですよ”なんて全然大丈夫じゃないくせに。銀時は知っている。名前は昔から弱虫で泣き虫のくせに、強がりで人前では全然痛くも痒くも無い、という風にニコニコ笑っているのだ。
心では大泣きしているのに。

「良かったら、お顔、見て行ってあげて。父上もきっと喜ぶわ。」

年配の女性が去って行った後、また此方を向いて名前が微笑む。銀時は、後ろ頭をガシガシ掻いて今度は返事を返すことができた。
「おう。」


ただの容れ物。
そこに魂が昨日まで入っていて、笑ったり泣いたり怒ったり喜んだりしていたのかと思うと、得体の知れないものが身体の奥から込み上げて来た。
名前の父親とも何回か会ったことがあったけど、大人になってからはまったく見掛けることも無くなっていたので、こんなに年を取ったのかと年月の残酷さを感じた。皺だらけの顔は、幸せそうに微笑んでいた。

それから、銀時は名前のところに戻って来ると、忙しそうにしている喪主に何も声を掛けることができず、靴を履いて建物から出た。もうすでに空は暗く、太陽はとっくに沈んでいたようで、星々がキラキラと輝いていた。
その星々のどれかに、あの人がいるのかと、銀時は柄にもなく傷心的に空を見上げる。

「銀ちゃん。」

背後から声が掛かって、驚きもあったが、それを顔に出さないように注意して振り返る。
口角を未だに下げようとしない名前が、銀時をその赤い眼で見つめる。
「来てくれて、有難うね。」

「いや、昔は世話んなったしな。」

今度はすぐに言葉が出てきた。
銀時は続けた。
「何か手伝えることがあったら、いつでも言えよ。」

「・・・うん、有難う。」
「あー、金銭面は、ちょっと難しいけど。」
「うん、解ってる。」
「何だよそれ。酷くね?」
「今さら、でしょ?」
「・・・そうだな。」

「・・・そばに・・・居て。」

この日初めて、口角を下げた名前から溢れた言葉は、銀時に縋り付くように、助けを乞うように、銀時には聞こえた。
そんな顔で声で言われたら、断れるわけもない。まず、断る理由もない。

「も、少し、だけでいいから・・・そばに、居て。」
「少しじゃなくても、ずっと居てやる。だから、我慢すんなよ。気ィ済むまで喚き散らせ。」

銀時の胸に顔を埋める名前は、溜めていたものが爆発したように泣いた。



人はなぜ生き、なぜ死ぬのだろう。
人は死んだら、何処へ逝くのだろう。
星になるんだ、って誰かが言ってた。しかし空を見上げても、心に空いたこの穴が埋まることは無い。
目玉焼きを冷やしても生卵には戻らないように、人の魂が身体から離れたらもう二度と戻って来ることは無い。
身体はただの容れ物になってしまう。
それじゃあ、離れた魂は、何処へ逝くのだろう。





「親父さんは、お前の心に、ずっと居てくれるさ。」



銀時は空を見上げながら、そっと呟いた。






2017.6.7
私の親愛なる亡き方に捧げます。

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