今年の誕生日は、どうやら携帯電話越しのお祝いメッセージだけになりそうだ。

メリーたちのゴーラウンド




「誕生日に仕事。しかも、彼女にも会えないなんて、厄日だな厄日。」

彼は、万事屋という何でも屋を営んでいて、急遽どうしても外せない仕事が入ってしまったらしい。

「そんなこと言わないでよ。ちょっとヤバい仕事なんでしょ。気をつけてよ。厄日だから大怪我で帰ってきました、なんてシャレになんないんだからね。」
「アレ?何もしかして、名前ちゃん、俺のこと心配してくれてんの?」
「いや、別に。でも言霊ってもんがあるでしょ。今日はツイてないと思ってたら本当にツイてない日になるから。」
「素直じゃないね〜。ま、そんなところも、可愛……うるせーなァ!ちょっ、ガキは黙ってろ!アァ?愛しの名前ちゃんですぅー!」
「銀時?聞いてる?」
「え、聞いてる聞いてる。悪ィな、名前。ちょっとガキども煩いから切るわ。心配すんな、ちゃんと怪我なく帰ってくるから。じゃ、またね〜。」
「あ、ちょっ、…………。」

耳に届かない空虚な音が、銀時が通話終了ボタンを押したのだと告げている。音は鳴っていないのに、何故か逆に、それがやけに耳障りで、すぐに携帯を耳から剥がした。

「まだ、おめでとう、って言えてないのに……」

こんなことなら、第一声で“おめでとう”と言っておくべきだった。と、後悔した。
帰ってくるのは夜中かもしれないのに。もう、今日中に会えないかもしれないのに。かと言って、携帯に留守電を入れるのは、何だか照れ臭いし、そうなればもう、誕生日でない、いつかの日に言うしか選択肢が無くなってしまう。いや、もうそうなったとしたら、言わない方が良いかもしれない。今年は当日言えなかったから、翌日言うね。なんて、それこそむず痒くて仕方がない。どうしたものかと、しばらく考えあぐねて、しょうがないかと、諦めることにした。

窓の外は、暗く陰鬱な雰囲気が漂っていて、外へ出る気も失せるほどだ。今日は雨です。と、天気予報のお姉さんがテレビの中でにこやかに解説する。低気圧のせいでなのかどうか、分からないが頭が痛い。せっかく有休を取ったから、買い物にでも行こうかと思っていたが、計画変更だ。買い物、というか、銀時とお出掛け、という恋人らしいことを想像していたのだが、当の銀時が仕事なら仕方がない。
どれもこれも、雨のせいにしたかった。







「こんにちはー。」

結局、天気予報は半分外れて、午後からは晴れた。申し訳程度の昼ご飯をむしゃむしゃ食べていたら、窓の外が明るくなってきたので、あれ?おかしいな、と思ったのだ。その数分後には、すっかり陽が差して、私はいそいそと身支度を済ませ、かぶき町へ足を運んだ。

「いらっしゃい!名前ちゃん、今日も可愛いねー!サービスするよー!どれにする?」
「ふはっ。ありがとう。うーんと、これにします。秋刀魚。美味しそう。」
「さっすが名前ちゃん!お目が高い!いつも2匹だろ。1匹おまけで3匹にしとくよ!」
「さっすが大将!すみませんが、この後もしばらく歩くので、氷入れておいてください。」

私は、この後、自分用の簪、それから足袋を数枚、あとは、銀時への誕生日プレゼントとしてホールケーキを買って帰りたいと思っていた。銀時へのプレゼントのケーキは、今日渡せるとは思っていなかったが、もともと今日買う予定だった為、明日渡すことになろうとも今日用意しておこうと思ったのだ。それに、今日会える可能性も、無きにしも非ずなわけだし。多分、その可能性はほぼゼロに近いだろうけど。

「ありがとう!また来ます!」

ずっしりと重たい秋刀魚の袋をもらい、手を振って挨拶をすると、大将は太陽のようにカラリと笑ってくれた。それだけで、また来よう、と思えるのだから、人間はなんて単純で馬鹿な生き物なんだろう、と思ってしまうのは、私だけだろうか。

商店街をぶらぶら歩いていると、よく声を掛けてもらえる。私が人気者だ。なんて、そんなことは決してない。なら、どうしてかと言うと、私ではなく、私の恋人の銀時がかぶき町で有名なのだ。銀時が歩けば、店々のおっちゃん、おばちゃんが声を上げる。飲食店では、ツケを払え、と店主にどやされる。これに関しては、私が立て替えて払ったことも、何度かある。だが、男も女も老人も子どももオカマも犬も、何だかんだ、みんなに愛されているのが、銀時という人なのだ。そんな彼が、私は好きだ。

「これにします。」
「やっぱりそれかィ。早く、万事屋の旦那に見せてやりな。」

無意識のうちに、銀時のことを考えていたら、これもまた無意識のうちに、銀時の好きそうな色の簪を選んでしまっていた。加えて、店主のおばちゃんに、心を読まれているような気がして、思わず顔に熱が迫り上がってくる。
レジ前に置いてあった、足袋3足セットを見つけて、これも一緒に、と購入した。咄嗟の照れ隠しもあったかもしれない。でも、足袋3足セットはお買得商品で、しかも、買いたいものだったから、人間万事塞翁が馬である。

「簪着けて帰りなよ、挿してやるから。」
「ええー、いいの?ありがとう。おばちゃん。」
「はいよ。」

おばちゃんは、暖炉のようにポカポカと暖かい笑みを浮かべて、私は安心感からか、買ったばかりのその簪をおばちゃんに預けた。鏡も見ずに出てきたから、どこにどう着けてあるのかすら分かっていなかったが、恐らく、一纏めに団子にした後頭部に挿さっているのだと思う。何だか、小学生の頃、初めて親の簪を借りて遊びに出掛けた時のような気分に、つい胸が躍る。

あとは、銀時へのケーキを買ってお終いだ。せっかくだから、ついこの間、銀時が目を輝かせて見つめていた、こじんまりとした新しいお店に行こう。私は、記憶を手繰り寄せながら、お店への道筋を辿って行く。同時に、よだれが出そうなゆるゆるの銀時の顔も思い出されて、私の口元も自然と緩んだ。

「いらっしゃいませ。」
「あっ、ははっ。こんにちはー。」
「ごゆっくりご覧になってくださいね。」
「はい。ありがとうございます。」

お淑やかな若い女性が出迎えてくれた。銀時の好きなタイプじゃなかろうか。と、脳裏にまた銀時が浮かんで、心の中で苦笑する。もしかして、銀時が目を輝かせて見ていたのは、このケーキたちではなくて、お姉さんの方なのかもしれない。なんて、少しだけやきもちを妬いてしまった。誤魔化すように、ショーケースに並ぶケーキたちに目を遣った。

「お誕生日ですか?」
「あー、はい。」

ホールケーキを眺めていたからか、勘の良いお姉さんが質問を寄越してくる。

「お子様ならこちら。大人の方にはこちらが人気ですよ。」
「お子様……。んー。大人なんですけど、子どもみたいな人なんですよねー。あはは。こっちにします。」

お姉さんが人気があると言う二つのケーキ。大人に人気がある方は、シックな雰囲気のチョコレートケーキ。子どもに人気がある方は、砂糖菓子の人形と苺がたっぷり乗ったショートケーキ。もう見るからに、銀時が好きそうなのは、子どもの方だ、と迷いもせず指差す。お姉さんは、満面の笑みで「ありがとうございます。」と言って手際良く、ショーケースからケーキを取り出す。さすが、接客業の人は、気持ちを取り繕うのが上手いなあ、と感心してしまう。絶対、どんな大人だよ、って心の中でツッコミを入れているに違いない。私なら、そうする。

「あら?お知り合いですか?」
「はい?」
「外から手を振っておられる方が、……あ、もしかして……?」
「え、うそっ。銀時!?」
「うふふっ。もしかして、お誕生日の方ですか。バレちゃいましたね。」
「あーはい、そうです。まあ、大丈夫です。ありがとうございます。」

最後まで、お淑やかに微笑むお姉さんは、綺麗すぎてとても眩しい。私は、その笑顔から逃げるように、お店を出た。
思ったより早く終わった、と言う銀時が、私の目の前に来て、自然に買い物袋を奪っていく。こういうところも、とても好き。

「お、おかえり。」
「なに?それ俺のケーキ?」
「バレた?」
「バレバレ。つーか、ぼーっとしてどうした。なんかあったか?」
「なんか、…………あったよ。」

もう、今日は会えないだろうと思っていた。ケーキも今日は渡せないと思っていた。お祝いもしてあげられないと思っていた。それなのに、いきなり、銀時が目の前に居て、その現実に頭がついていかない。とりあえず、銀時は、怪我もしていないようだし、元気そうだし、良かった。

「良かった。銀時が帰ってきてくれて。」
「たまぁーに、なんかそういう可愛いこと言うから、狡ィよなァ。名前は。」
「銀時だって狡いよ。こっそり買って明日渡そうと思ってたのにさ。タイミング良すぎ。」
「まあ、何を買ったかは見てねーから。お楽しみっつーことで、万事屋戻るか。」

銀時は、少年のようにキラキラした目で、私が買ったケーキの種類を想像している。かと思えば、秋刀魚の入った袋を持つ手と反対の手を、私の前に差し出した。普段、ダラダラとソファで寝そべっているから、鍛錬なんてしていないはずの、たまにだけ剣を握るその掌は、豆が潰れて硬くなっている。小さい頃からずっと剣を握ってきた賜物なんだろう。そっと手を伸ばして、その硬い掌に手を乗せる。銀時は躊躇いもせず、私の手を握った。それから、自然に歩き始める。

「手、冷たくね?」
「冷たくないよ、大丈夫。」
「素直じゃねーのー。」
「ふははっ。本当だって。銀時の手が温かいから大丈夫だよ、って言ってんの。」
「ま、っただよ!この子!こういうところ、狡いって言ってんの!」
「何よ。なんで、私の言い方ちょっと真似してんの?あははっ!」

銀時と話していたら、本当に手が熱くなってきた。嬉しくて可笑しくて、笑ったらまた手が熱くなるのが自分でも分かる。

気づいたら、頭痛が消えていた。やっぱり雨のせいだった。なんて、すっかり低気圧が姿を消した空を見上げる。そこには、鱗雲が、絵画のように敷き詰められていた。綺麗だなぁ。と思って見上げながら歩いていると、ふと、あることを思い出す。いけない。大事な言葉を言い忘れてしまうところだった。
歩みを止めて、隣で一緒になって空を見上げていた人の、名前を呼ぶ。どうしたの。と言わんばかりの不思議そうな顔をしながら、銀時は間抜けな声を漏らす。
ああ、やっぱり、好きだ。と、私は銀時への気持ちを爆発させないように、笑って誤魔化してから、息を吸った。


「誕生日、おめでとう。」


ちゃんと伝わっただろうか。不安になりそうなほど、間を置いて、握った手に一瞬ギュッと力が加わった。そして、短い返事のようなお礼が返ってきた。聞き逃してしまいそうなほど、呆気なく、素朴だった。







2018.10.13
銀さん誕生日おめでとう!!3日遅れお許しください!

※人間万事塞翁が馬=人間の幸不幸はどう転じるか解らない





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